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情報収集

打算的に選んだオンボロ宿屋は存外、宿屋としてきちんと機能していた。


「この菓子美味いぞ!!」

「そう…良かったわね。コレ本当にタダで頂いていいの?」

「当宿のサービスでございますので。遠慮なさらず」


子供のようにはしゃぐニルを宥めながら、私は女に確認する。

しかし、女はニコニコと笑っている。

そばかすの散った愛嬌のある顔立ちの若い娘だ。

ボロボロなこの宿にサービスなどしている余裕があるとは思えないが。

最初は顔を引き攣らせていたが、私が至って真っ当な獣人だと理解したようで、女は自然な接客態度を取れるようになっていた。

私も自分の分の菓子に視線を落とす。

小さいながら、精巧に飾り付けられた焼き菓子だ。

しっとりとした舌触りに優しい甘さが口に広がる。

普通に金が取れるくらいには完成度が高い。


「これだけ美味い菓子を作れるなら、こんな宿屋ではなく、街で店を開く方がいいんじゃないか?」

「それは…」

「アンタねそういうのは、事情があるからあまり深く踏み込まないほうがいいわよ」

「そうか?しかし、気になる」


この無神経魔術師が…。

折角、止めてやったのに振り切りやがった。


「お気遣いありがとうございます。しかし、もとより言うつもりでしたので」

「そう…」


つまり、今の私の発言はすべて無意味であったと…。

気遣いって難しいな。

脳内で一人反省会を開いている内に、話はドンドン進んでいく。


「元々、この宿は祖母が営んでいたものなんです。昔はもっとキレイでお客様もたくさん来てくれたのですが祖母が原因不明の病に倒れてしまって…」

「あの…無理に言わなくても」

「で?その話を俺たちにして、君は一体何を望む?」

「アンタねぇ!?」


涙をにじませた目で、震える声でに続けようとする女を止めようとする私に被せるように、ニルが続きを促す。

人の心がないのか?

これだから魔法使いは悪魔だなんだと罵られるのだ。


「薬は高くてとても買えません。でも、国の外から来た旅人様なら宿泊の対価に良いお薬をお持ちではないかと思いまして」


この娘はこの娘で、中々ちゃっかりしている。

つまり、金の代わりに薬で支払えということだ。


「薬…薬か…」

「ッ!何か心当たりがお有りなのですか!?」


顎に手を添えて、思わせ振りに思案顔を作るニルに、女が喰い付く。


「落ち着け。まずは君の祖母の病状を教えてくれ。ぬか喜びさせるわけにはいかん」

「頭痛と発熱…吐き気も酷いし、最近は寝れてもいないみたいで…お願いです!!お代はしっかり払いますのでどうか。薬があるのなら譲って頂けませんか!?」

「フム。その病なら心当たりがある」

「本当ですか!?」

「ああ、取ってくるから少し待っていてくれ」


そう言ってニルは、個室に消えて行った。

私はその光景をぼんやりと眺めながら、あの魔術師は医学にも精通しているのかと、意外に思っていた。

女は今にも泣き崩れそうな程に顔をグチャグチャにして母親が助かる事に喜んでいた。


「またせたな」


しばらくして、ニルが戻ってきた。

その手には小さな革袋が握られていた。

恐らく薬が入っているのだろう。


「これが薬だ」

「これで祖母は治るんですね?」

「もちろんだとも」

「ありがとうございます…!早速飲ませてきます!」

「同行しよう」


薬を受け取った女が早足で、部屋を横切った。

そして母が療養している奥の部屋に向かう。

それにニルも続く。

私は、その二人を眺める。

ニルが僅かに振り返って手招きした。

付いて来い、ということだろう。

面倒くさい。

私は椅子にくっついたのかと思うほど、重たくなった腰を上げて、女に続いた。


「お婆ちゃん!旅人様がお薬をくれたの…きっと良くなるわ」

「パ、パーヤ…。私はどの道長くないんだ…。こんな老いぼれは放って、自分の夢に生きなさい」


扉の先には、女の祖母と思われる老婆がベッドの上に横たわっていた。

私に医療の心得なんて無いが、かなり衰弱していることが分かる。

病どうこうよりも、老衰に近い。

本人の言う通り、薬で生きながらえても直ぐに限界が来るだろう。


「第一お前、その薬のお代はどうするんだい?ここにはもう金が…」

「そんなものは後でどうにかするわ。だから今は生きて?」


孫娘を案じる祖母に対して、孫娘はどこまでも真っ直ぐだ。

弱った祖母の口を無理矢理開けて、粉薬を流し込む。

やはり、強引な娘だ。

瞬間、空気が変わった。

私の背後に立って、ジッとしていたニルに向かってナニカが流れ込む。

言いようのない感覚。

あの怪物牛と対峙した時にも感じたソレ。


「ちょっと、アンタ!?」


この男は何を考えているのか。

人前で、それも街の宿なんかで魔法を使うなど。

この世界において、魔法とは外法だ。

使うことはもちろん、その恩恵に授かることも許されない。

昔、飢饉に陥った村を救った魔法使いと救われたその村が、教会の意向で焼かれたという。

今ここで魔法の使用がバレれば私たちはもちろん、この二人も罪人として処罰される。


「案ずるな…」


不敵に笑ったニルが、淡く光る右手を老婆に向けてかざした。

私は咄嗟に翼膜を広げてニルの右手を隠す。


「"病を癒し、命に力を与えろ"」

ニルがボソリと呟いた。

それと同時に、老婆も薬を飲み終えた。

目に見えて、顔色が良くなっている。


「どう?お婆ちゃん?」

「不思議だね…。体の奥底から力が湧いてくるようだよ。若返ったような気分だ」

「本当に!?じゃあ、治った!?」

「暫くは安静にしていなければならないが、直ぐに快復するだろう」

「ありがとうございます!!」


ニルの言葉に娘は深々と頭を下げた。


「気にするな。祖母の側にいてあげると良い。俺たちは街を見てくる。いくぞステラ」

「ちょっと…!」


ズカズカと、宿を出ていくニルを追って、私は二人を残して部屋を出た。



「ちょっとアンタどこ行くのよ?」


一人でスタスタと人混みをすり抜けていくニル。

人目を引きすぎる美しい銀色の髪をフードで隠してしまえば、誰も見向きもしない有象無象の旅人だ。

私も角を隠すためにフードを被りながら、ニルの後を追って、やけに老人の多い人混みをかき分ける。



「待ちなさいっての!」


ようやく追いついたニルの肩に手をおいて私は、息を整える。


「どうしたステラ?そんなに慌てて?」

「アンタが勝手に宿を飛び出すからでしょうが!?」

「宿も見つかったし、本来の目的を成し遂げようと思ってな」


キョトン、とした顔で首を傾げるニルに、私は思わず叫ぶ。

帰ってきたのは至極真っ当な答えだったけど…自分勝手が過ぎないか?

まあ、私としても厄介な仕事はさっさと片付けて人間に戻りたいから、咎めはしない。


「なんで魔法使ったわけ?」


とりあえず、一番の疑問をぶつける。

何故、密告される危険のある魔法を使ったのか。


「そりゃ、あの薬が偽物だからさ」

「は?」

「そんな都合よく病に効く薬があるわけ無いだろ?」


確かに、偶々訪れた宿屋に居た病人に効く薬を持っているのはいくらなんでも話が出来すぎだ。


「サービスの菓子が美味かったので、その対価として祖母の病を治した。それだけだ」

「じゃあ、あの薬は?」

「ああ、アレはトカゲの尻尾と、ネズミのないz、ムグッ」

「分かった。もう良いわ」


何かおぞましい単語が聞こえた気がする。

今後、コイツから何か渡せれても絶対に口にしないと、心に誓う。

話題を変えよう。


「そう言えば、アンタが探してる本がこの国のどこにあるか分かるの?」

「いや?」

「え?」


まさかの衝撃発言。


「この国にある保証すら無いぞ?」


更なる衝撃発言。


「…じゃあ、なんでアンタはこの国を目指してたの?」

「そりゃ…勘さ」

「……」

「ッ痛!?何故殴る!?」


思わず、拳を突き出してしまった。

だってそんな無計画だとは思わないじゃん?

この本探しの旅は、私が思っていた数倍、長くなりそうだ。

ニルは腹を抑えて悶絶する。

左手じゃないからそこまで痛くないだろう。


「そんで?なんの宛もない状態でどこ探すつもりなの?」

「イテテ…。盗んだのがただの盗賊ならどこかで売り払った可能性が高い。そして物流は大陸の中心であるこの国に集まる。ならばこの国の本が集まる場所を洗うのが早いだろう」

「アンタなりの考えがあるのは分かったわ」


だったら先に言ってほしい。

態々殴る必要なかったわ。


「こう見えても天才だからな」

「はいはい」


私たちはこの国一の本屋に向かった。



「すまんが、そんな本は見てないな…」

「そうか…」


都市部に存在する国一番の本屋の店主は、豊かな髭を撫でながら答えた。

ニルは、淡々と応じた。

二人の声が誰も居ない大きな店に響く。

あまりショックは受けていないようだ。

ここにない可能性も十分考慮していたからだろう。

無いと分かれば、もうここに用はない。

さっさと次を当たろう。


「それにしても客が少ないな。ここは国で一番大きな本屋だろう?」


そう思っていたが、ニルはそうでもないらしい。

確かに彼の言う通り、二階まである大型の店にしては客は少ない。

と言うか、私たち二人しか居ない。


「旅人のアンタらには関係のない話だがな…この国は変わっちまったんだよ」

「変わった?」

「数ヶ月前、先代国王様がお亡くなりになられて息子が王位を継いだんだ」

「つまり、代替わりで政治体制が変化したということか?」

「そんな生易しいもんじゃねぇよ!」


店主はバン、と机を叩いた。

ギシリ、と机が軋む。


「…すまんな。少し頭に血が上った」

「大丈夫だ。それで続きは?」

「あ、ああ…。ここから先は他言無用だぞ?」

「約束しよう」


店主は声を潜めてから続けた。


「新しい国王は他国を侵攻しようとしてる」

私はその言葉に息を呑み、ニルは興味深げに頷いた。


「…それは大事になりそうだな」

「今まで交易してきた大国相手に攻撃を仕掛けてもなんの得もないことは国民だって分かってる。だと言うのにあの国王と来たら聞きやしねぇ。反対した国民は全員衛兵どもに連れてかれちまったし、若いのは徴兵されちまった」

「だからこの国はやたら老人が多いのね」

「即位される前は、誠実な方だと思っていたんだがな…。即位した途端に人が変わったようになっちまった…」


王がご乱心となれば、国も混乱するだろう。

だから、入国する者が少なかったわけだ。


「国に残ってんのは戦力にならねぇ女か、老人ばっかだ。他は財産持って国を出ていちまったよ」

店主は、力無く吐き捨てた。


「そういう貴方は何故ここに残っている?見た所足が悪いわけでもないだろう」

「……そこまで教える義理は無い」


ニルの質問に店主は答えない。

しかし、ニルは気分を害した様子もなく、そうだなと答えるだけだった。


「アンタらもさっさと国を出た方がいい。巻き込まれるぞ」

「ご忠告どうも」

私は店主に礼を言って店を後にした。

手がかりは無し、この国に留まる理由も無い。


「十分な収穫だったな」

「?」


ニルが呟いた言葉の意味が分からなくて私は首を傾げる。

収穫?

本は見つからなかった。

それらしい情報も一切無しで何が収穫だ。

だが、ニルは確信を込めて堂々と言い放った。


「本は王城にある」

「…その心は?」

「以前話しただろう?あの本がもたらす影響を」

「…確か、人の心の闇を増幅するとかって」

「その通り。あの店主が言うには即位前の国王は誠実だった。それが即位した途端に、悪政を強いる暴君に早変わり。元から権力に目がない愚王なら気にも止めなかったが…」


ニルの推論に指摘するような矛盾はない。

だが、力を手にすれば人は変わるものだ。

その国王も権力に溺れた可能性も十分にあるだろう。


「君の考えも分かる。だが、こういう時の俺の勘は当たる」

「…何も言ってないけど?」

「顔を見れば何が言いたいか分かる」

魔法使いって怖…。


「というわけでいざ、王城へ!」

「ちょっと待ちなさいってば!!」


私はまたも、唐突に駆け出すニルを追いかけることになった。

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