入国
「料理って難しいな…」
「コレは料理とは言わないわ」
ニルが焼き尽くした巨大牛を解体しながら、世界の料理人を敵に回すような発言にツッコミを入れる。
ここ数時間の会話ですっかり板についた。
焼き尽くしたと言っても、あまりの巨体故に、中までは火が入り切らなかったらしく、完全に炭化した表面に比べて、内側は普通に食べられそうだ。
贅沢だが、食べられる分だけ貰っておこう。
多すぎても、ニルのポーチなら傷むこともない。
「苦っ!?」
「火加減がなってないのよ」
炭化した表面を齧って悶絶するニルを放って、解体を終える。
数日は美味い料理が続きそうだ。
「さっきの魔法って…火よね?」
「なんだ?藪から棒に…。如何にも、先程使ったのは火属性の魔法だ」
「アンタ闇の一族とか言ってなかった?」
「言ったな」
「なんで火属性も使えるの?闇属性だけじゃないの?」
闇の魔法使いと名乗っていたのなら、闇属性の魔法しか使えないのではないのだろうか。
闇属性の魔法がどのような魔法なのか知らないが…。
なんとなく、おどろおどろしい魔法なのだろうという想像しかできない。
「闇の一族だから闇属性しか使えないなんて言うのは偏見だ。君だって剣だけじゃなくて、ナイフも扱えるだろう?何故だ?」
「何故って?大まかな使い方が一緒だから…?」
剣もナイフも同じ刃物で、物を切るものというのは、共通だ。
勝手は違うが、使えない訳では無い。
「地水火風光闇…大まかな分類はこの六つで、それぞれ才能がなければ扱えない。君の言う通り、闇属性の魔法しか使えないものもいるが、俺は全ての属性を使えるぞ。なんせ天才だからな」
成る程。
コイツが、他と違うことだけは分かった。
「それにしても便利ね魔法って…。言葉を呟くだけで超常現象を引き起こせるんだから」
「言うほど簡単じゃないぞ?属性はそれぞれ全く別の才能が求められるし、仮に才能があっても扱えるとは限らない。呪文を間違えようものなら、魔法は暴発して想定外の被害を及ぼす」
「言葉一つでそんなことになる?」
「あまり、言葉を甘く見てはいけない」
ニルは突然、真面目な声色で言った。
「言葉というのは、人間誰しもが使える手頃な凶器だ。言葉一つで人の心をの動かす可能性を秘めている。君にも覚えがあるのではないか?」
「……ええ。あるわ」
いくら、身体が丈夫な獣人でも心までは守れない。
化け物。
その言葉に私の心は何度引き裂かれたことか。
言葉は凶器…言い得て妙だ。
言葉で人を救うこともあれば、傷つけ殺すこともある。
「魔法とは言葉の持つ力の結晶だ。人を救うのも、傷付けるのも…な」
「厄介ね…」
「安心しろ。俺は魔法で人を傷付けたりはしない」
「是非そうして頂きたいものね」
見晴らしのいい草原は避けて、歩くこと数日。
あの牛には会いたくないので、遠回りした結果、想定よりも時間がかかった。
旅人が踏み歩いた街道を歩いていく。
次第に石畳が、現れ始めた。
特に面倒事もなく、目的地が見えてきた。
「おお!あれが中央大国〈カリメア〉か……!!」
立派な城壁に囲まれた巨大な街。
大陸のど真ん中に位置し、物流の中心に立つ大国だ。
遠目からでも存在感を放つ、砦のような外壁は物々しい雰囲気を放っている。
「ああ、ココに筆と紙さえあれば、この素晴らしい風景を絵に描き残せるのに!」
「バカ言わないでよ。夜になったら門が閉まるわ。砦の前で野宿とか御免よ」
「俺はそれでも構わないが…」
「じゃあ、私先に行くから」
「待て待て!!冗談の通じないやつだな!?」
魔法使いも冗談言うんだな…。
至極どうでもいい感想を、胸にしまって私は歩き出す。
その後を、慌ててニルが追いかけてきた。
「そういえば、入国するときって身分証必要だけど、アンタなんか持ってるの?通行許可証とか、紹介状とか…」
ふと、思い出したから聞いてみたが、ニルは何のことかわかっていない顔をしている。
おもむろにフードを脱いで、美しいご尊顔を惜しげもなく晒して、妖しく嗤った。
「この美貌で、突破できないか?」
「持ってないのね……門の見張りがそんなんで突破できると思うわけ?」
「そういう君は持っているのか?」
「当然でしょ?」
私は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。
年季が入ってボロボロだが、通行許可証だ。
「ちょっと拝借」
「は!?ちょっと!?」
電光石火の早業で、許可証をひったくられた。
獣人の動体視力を持ってして、反応できない速さだった。
「か、返しなさい!」
「まあ、待て。俺にいい考えがある」
私が手を伸ばすよりも早く、通行許可証をポーチにしまうニル。
本気に持ち逃げする気だろうか?
獣人はただでさえ肩身が狭い、許可証がなければ入国できなし、再発行も難しいのだ。
悪い魔法使いの典型のような黒い笑みを浮かべて、ニルは私の耳元に口を近づけた。
「一列に並べ!通行許可証などの身分を証明できる物を準備しろ!」
門番が、押しかけてくる旅人たちを統制している。
大国ではよく見る光景だ。
旅人たちの顔には大なり小なり、緊張の色が浮かんでいる。
しかし、大陸のほぼ中心に位置し、物流の中心になる大国にしては旅人の数が少ない。
以前立ち寄った大きな国の検門など、朝から並んで夜まで続く長蛇の列だったこともある。
しかし、この列は多くてせいぜい五十人程度。
大国としては驚くほど少ない。
それはそうと…。
「アンタ…本当に大丈夫なんでしょうね?」
「案ずるな。俺に任せておけば全てうまくいく」
自信満々の表情でニルは笑う。
私は"大量"の荷物を抱えて、鎖付き首輪を嵌めてニルの背後に立つ。
ああ、神よ。
いるのならこの顔だけは良い魔術師に天罰を…。
ニルは言った。
"うまく行けば、二人で安く入国できる。失敗すれば、仲良く牢行きだ。楽しみにしていろ"。
もう不安しか無い。
せめて、概要くらい教えてくれ。
仮にこの作戦がうまく言ったとしても、私は既に色々と失っている。
「次!」
とうとう私たちの番である。
フードを被った怪しい二人組に、門番と、その隣に立つ衛兵の目が鋭くなる。
「身分証を」
門番に命じられた通り、ニルは手に持っていた、"私の通行許可証"を見せる。
門番が、それに目を通す。
「旅人だな。何日の滞在予定だ?」
「一週間程を予定している」
「門をくぐれば、貴様にもこの国のルールを守ってもらう」
「ああ、分かっている」
今の所、問題の無い受け答えだ。
このまま、終わってくれ。
命知らずな、魔法使いに命を握られている私は生きた心地がしない。
門番の目が私に向けられた。
「後ろの女は?どういう関係だ?」
予想通りの質問だ。
さて、ニルはなんと答えるのだろう。
そう思って私はニルを見た。
ニィっと、ニルは私を見下ろし、あろうことか左腕の包帯に手を伸ばした。
抵抗する間もなかった。
私の硬い鱗に覆われた、醜い左腕が晒された。
門番と衛兵、後ろの旅人たちの視線が突き刺さる。
「俺の奴隷だ」
殴ろう。
この検閲が終わったら、絶対に殴る。
私は誓った。
「じ、獣人か…珍しい種類だな?何の獣だ?」
「さあな。だが、気に入ったので買い取った。調教はされているので、暴れたりはしない。芸でも仕込んで金を取るもよし、好き放題弄ぶもよしだ。いい買い物だったと思う」
私はもう俯いて、石畳の床を見つめるしか無い。
先程までとは、違って周りからは哀れみの目で見られている。
どんなクズ貴族も、ここまで奴隷を見せびらかしたりしない。
「そ、そうか……。追加の通行料がかかるが問題はないか?」
「ああ、ほら行くぞ」
「は、はい…ゴ、ゴ主人サマ…」
顔を引き攣らせた門番に対して、空気の読めない満面の笑顔で通行料を払ったニルは、鎖を優しく引っ張った。
私たちはこうして、検問を突破した。
門から少し離れた場所で、狭い路地の裏に連れられる。
「上手く行ったな」
「ええ。そうね…。でもそれはそれとしてッ!!」
「ウッ!?」
私は、ニルの無防備な腹に、容赦なく左拳を叩き込んだ。
悶絶して床にのたうつバカを無視して、首輪を引き千切る。
剥き出しのままの左手で、のたうち回っていたニルの襟を掴み上げる。
「アンタねぇ……。何してくれちゃってるの?」
「何をそんなに怒っているんだ!?無事に安く入国できただろう!?」
「あんな事しなくても入国できるのよ!!多少高くなるけど余分に払えばそれで済むのよ!!だって言うのにあんたのせいで私は哀れな奴隷獣人よ!?」
「グ…苦しいぃ。わ、悪かった!だから離せ!」
私は、パッと手を離してニルを解放する。
地面に崩れ落ちたニルは、苦しそうに咳き込みながら、立ち上がる。
大量の荷物をポーチに仕舞い、鎖付き首輪も回収する。
「あ~、あのですねステラさん?」
「なに?…クソ魔術師」
自分でも冷たい声が出たと思う。
しかし、当事者たちは演技だと分かっていても、第三者からは私は、奴隷なわけだ。
ちっぽけな矜持だし、何の役にも立たないが見栄は張りたいものだ。
それに奴隷だと思われるだけで、宿屋などの扱いもだいぶ変わる。
獣人相手だとそれが顕著に出る。
「一応、二人共顔は晒していない。俺はこのボロボロで汗臭いローブとおさらばしたい」
「何が言いたいわけ?」
「つまりですね。君も俺も着替えれば、検問所に現れた奴隷を連れた旅人は、あの場に居た者の記憶の中だけの存在になる」
そう言われて、私は自分の姿を見下ろす。
定期的に洗濯はしていたので、長持ちはしたほうだが、所々破けたり、劣化している。
二人の服は如何にも、貧乏臭い馬鹿な貴族気取りの旅人と、その哀れな獣人の奴隷と言った酷い様相だ。
どの道今後、新しく買い直す必要があるのは事実だ。
「アンタの奢りよ。それと、この国を出るまでにアンタの身分証を発行する。これで今日の不貞はチャラにしてあげるわ」
「不貞…」
「女の子を奴隷扱いとか、もはや辱めよ。これでも恩情よ」
「はい…」
態度が明らかに小さくなったニルに、無意識の内に口角が上がる。
暫くは、このネタで色々と奢らせよう。
そう心に決めた私だった。
街で一番、種類の豊富だと言われる古着屋を尋ねる。
落ち着いて町並みを見てみると、美しいがどこか活気がない。
それに老人が多い。
スタスタと前方を歩くステラを追いかける。
前評判に違わず、安いボロキレ同然の布から、金持ちが安売りしただろう、品質の良いものまで、なんでもござれと言った感じだ。
店主は留守にしているようで、若い女の店員が数人いるのみだ。
「旅人向けって言うとここら辺かしら?」
ステラの目線の先には、旅人用のローブや、丈夫そうな衣服が並んでいる。
装飾よりも機能面を優先した作りだ。
俺は自分の如何にも魔法使いですと、言わんばかりのおんぼろローブを見下ろす。
本当に、検問の時こんなみすぼらしい格好で良かった。
俺自身はともかく、ステラに悪いことをした。
魔法使いとは、感情よりも実利を優先する生き物だ。
今回の場合は、安く入国するために、ステラの感情を蔑ろにした。
その結果、新しい衣服の費用は俺持ちとなってしまった。
大損だ。
今まで、集落で生きてきた中で、こうも思い通りにならなかった女はいない。
俺が口を開けば、一も二も無くすべてを肯定し、思う通りに動く存在。
それが女だった。
胡散臭そうに、俺たちを見張る女の店員たちの前でフードを脱ぐ。
「っ!」
フードからこぼれ落ちた銀色の長髪に女たちが息を呑んだ。
そこにすかさず、優しい顔で笑い掛ける。
女たちの表情が見る見るうちに恍惚に赤く染まる。
「あ、あの…お悩みでしたら、私がお手伝いいたしましょうか?」
「いいのかい?助かるよ」
おずおずと申し出てきた女に、優しく礼の言葉を囁やけば、もう俺の虜だ。
働き蜂が女王蜂にすべてを捧げるように、次から次に衣服を持ってくる。
その中から、気に入ったものを選ぶ。
ボタンで閉めるタイプの真っ白いシャツ。
対照的な真っ黒いズボン。
丈夫で歩きやすそうな靴。
今着ているのと少し似ている、真っ黒いローブ。
首元が寂しいので、青地に白の模様が入ったネクタイを緩めに締める。
「どう?」
「とてもお似合いです!」
女は、理性の失われた瞳で絶賛する。
うむ。
普通の娘なら問題なく、虜にできる。
ステラの方を見れば、向こうも買うものを決めた様子だ。
「勘定を頼むよ」
「はい!折角ですからおまけして差し上げます!」
「フフ…。ありがとう」
健気な女たちに俺は笑顔で応じて勘定を済ませた。
古着屋でお互い、装いを改めて街に出る。
フードを脱ぎ、美しい顔面を衆目に晒すニル。
すれ違う人間全員の視線を一身に集めていながら、ニル本人はソレを一切気に止めていない。
小綺麗な装いになったニルは、事情を知らないものが見れば、貴族や領主等、地位のある人間に見えることだろう。
あまり変わり映えのない旅装束の私と比較すると、着替える前も後も、二人で動くには身なりに差がありすぎる。
「さあ、色々と街を見て回ろう!…グエッ!?」
「まずは、宿探しよ」
子供のように駆け出しそうになっていたニルの首を掴んで捕まえる。
街にまで来て野宿などしたくない。
さて、獣人を泊めてくれる気前のいい宿はあるだろうか。
「宿なんて、雨風を凌げればどこでも良い。だから後でも良いだろう?」
「獣人を泊めてくれる宿ってなかなか無いのよ」
「だったら、女が営んでいる宿にしよう。俺が交渉する」
「アンタ…さっきの服屋のアレ、狙ってやったの?」
「当然だ。魔法使……俺たちは最善の結果のためにはなんだってやるぞ。自分の容姿が有効に働くなら使わない手はないだろう?」
大した自信だ。
そして、ソレを可能にするだけの容姿がこの男にはあった。
さっきの服屋だって、私と二人分まとめて払ったはずなのに、総額は一人分以下だった。
顔がいいと言うだけで、世の中は意のままに操れる。
そう錯覚しそうだ。
「おい、あそこなんてどうだ?」
ニルが指差す方向にあったのは、質素な宿屋だった。
ボロボロの看板が哀愁を漂わせている。
窓から覗く、中は若い女が一人で働き詰めている。
確かに悪くない場所だ。
あのオンボロ具合なら獣人でもなんでも客が欲しいだろう。
黙って首肯して、扉を潜る。
「あ、いらっしゃいませ…」
今にも消え入りそうな弱々しい声に出迎えられた。
窓の外から見た以上に、ボロボロな内装に、痩せ細った女。
金に困っていることがよく分かる。
そんな女の前でフードを脱いだニルが、誰もが見惚れる笑みを浮かべて前に出た。
「宿が取りたい」
「え、ええ!大歓迎でございます!…」
「連れが獣人なんだが、それでもかい?」
ニルが確認を取る。
それに合わせて私もフードを脱ぐ。
頭部に生える歪な角を見て、女が息を呑んだ。
悲鳴を上げるかと思っていたが、以外にも顔が青褪めるだけでそれ以外の感情を押し殺している。
「もちろんでございます…」
女は震える声で了承した。
なんだか罪悪感を覚える。