閑話…お前をパーティーから追放する!について
『木漏れ日亭』を拠点にする冒険者たちの中で、若手最強の呼び声も高い『鉄の獅子』
そのメンバーである男性冒険者6人は、彼らが借りている『木漏れ日亭』二階の一室で、一党内の問題について話し合っていた。
晩飯として惣菜屋台で買ってきた食べ物と酒を口に運びながら話し合う面々。
「このままじゃいかんのは、分かっているだろう?」
声を上げたのは一党で一番年長であり経験も長い鉱妖精のグスタフ。
グスタフは酒精度数が高い火酒を呑みながら頭目ラルフを見る。
「ああ、アイツを一党に入れておくのは、お互いにとって為にならない」
そう断言するのは、羊の串焼きを齧りながら話す頭目のラルフ。
そして『アイツ』とは、女魔導士のメル。
メルは同郷の友人たちとの3人で一党を組んでいたが、小鬼の群れとの戦いに負けたのが原因で解散した。
戦士パーチは冒険者から傭兵に転職し、神官戦士スロートは冒険者を廃業して故郷に帰った。
残されたメルは、小鬼から助けてくれた『鉄の獅子』に見習いとして参加しているが…
「あの女は、はっきり言って足手まといだ。
体力が無いから移動に付いてこれなくて邪魔になるし、呪文魔法以外の取り柄もない。
その魔法の腕だって初級魔法しか使えないだろ」
麦酒を呑みながら話す盗賊ラタの辛辣な評価。
だが、その内容は他のメンバーが口にしないだけで全員同意見だった。
『鉄の獅子』の利点の1つは、全員が体力に優れる男性で構成された一党である点。
他の一党では体力的に劣る後衛の魔導士や精霊術士も、『鉄の獅子』では魔法剣士と魔法戦士であり十分な体力がある。
その中で少女といえる年齢で、後衛の魔導士であり身体を鍛えているわけでもないメルは足手まといになってしまう。
さらに戦闘力で見ても初級魔法しか使えないメルを一党に参加させても、『鉄の獅子』のランクで戦うような魔物相手では力不足。
「しかしですね、ウチから出しても他の一党に参加してやっていけますか?」
肉入りパイを食べながら、戦神の神官戦士カーウェルが心配の声を上げる。
若い女性冒険者が、よく知らない連中と一党を組んだ場合。
身の安全を守れるか?という問題が出てくる。
人里離れた場所で仲間と思っていた男たちに襲われる…という事態が無いとは言えない。
『鉄の獅子』と交遊がある一党に移籍させるにしても、一緒に飯を喰ったり酒を呑んだりと気の合う連中は居ても、冒険者とは所詮は無法者の集まりだ。
人目の無い場所での行動など信用出来ない。
自分たちが紹介して移籍させた一党で冒険に出て、メルだけ帰って来なかった!なんて事態になれば目覚めが悪い。
だから簡単にメルを一党から追放できない。
「『闇の後宮』に預けるというのは?」
生魚を丸呑みしつつの蜥蜴人ガガの意見。
『闇の後宮』に魔導士は居ない。
女性が3人居て、唯一の男性であるクラージュは極度の森妖精愛好者であり一党の美少女たちから言い寄られても手を出していない。
その点から移籍先になりそうだが…
「ダメだな…
クラージュの所は女性メンバー3人が恋敵として対立しながらも仲が良いという奇跡的な関係で成立している。
他の女を入れれば関係が破綻するか、入った新人の身の置き場が無くなるのがオチだろう」
ラルフがタメ息混じりに答える。
「彼女に冒険者を辞めさせる場合ですが、金銭的な問題が出てきます」
メルと同じ魔導士であるアントニオが、葡萄酒の入った杯を手にメルの経済的事情を推察する。
「呪文魔法を教える魔法学院の学費は安くありません。
実家が貴族や大商人ならともかく、メルさんの実家は…」
「メルは、アシュール近郊の村の村長の娘だ。
父親は農夫としては裕福な部類だろうが、高額な学費を捻出できるはずは無いな」
ラルフがメルから聞いた話では、研究材料の珍しい植物だかの採取とやらで村に滞在した魔導士に魔法の基礎を習い。
魔法の才能があるとして城塞都市アシュールの魔法学院に入学を決めた…とか。
魔法を身に付ければ、借金した学費を返せるくらいに高給な仕事につける…なんて言うのは絵空事。
実際には貴族や大商人の子弟が実家の縁故で、貴族のお抱え魔導士やら国の文官になれるだけ。
初級魔法を使える程度の魔導士が借金した学費を返すには危険な冒険者になるくらいしか道はない。
魔導士の世知辛い内情を葡萄酒を呑みながらアントニオは語り続ける。
「魔導士として魔法の研究を続けるにも金銭は不可欠なんですよ。
魔法の奥義に関する希少な魔導書を閲覧するには、所蔵する学院や魔導士に払う謝礼が必要ですし。
魔法の儀式に使う触媒なんて普通の店で売ってませんから、冒険者に依頼して採取してきてもらうなり、高い金を払って学院から買うしかありません」
結局は、金、金、金…
大した魔法を使えない新米魔導士では定職につくのすら難しい。
そもそも普通の仕事をするのに魔法なんて必要ないのだ。
生活で少し便利な『明かりを灯す魔法』や『火を着ける魔法』だって、そのために金を払って1人雇うか?と言われたなら提灯や火口箱を使う方を選択するだろう。
「せめて定職について収入を得られないと冒険者を辞めるのも無理か…」
ラルフが問題点を纏めるが、解決策は無い。
実力があり、上昇思考が強い『鉄の獅子』が、メル1人の成長を待つのも現実的ではない。
速くランクを上げ、一流の冒険者になるという全員の目標をメル1人のために捨てるなんて出来ないからだ。
解決策が無いまま全員が黙る。
そして、空気を変えるためにラルフは別の話題を出す事にした。
「俺たちで借りる家の話だが」
家を借りるには金と信用が必要だった。
若手最強との名声とプーナー騎士隊長の口利き。
そして貯めてきた金で、『木漏れ日亭』に近い借家を借りる話が進んでいた。
「これが見取り図だ」
大量の酒瓶と肉料理を避け、卓に置かれた羊皮紙を全員が覗き込む。
気心が知れた一党メンバーとでも他人と一緒の部屋で四六時中過ごすのはストレスが貯まる。
自分だけで寛げる部屋は欲しいし、宿屋の一室では私物も置けない。
新しい家は一人に一部屋割り当てても余るくらいに部屋数がある。
皆が新しい家での生活を想像して満足げな笑みを浮かべた。
「だが引っ越す前に娘っ子の件を片付けんとな」
『木漏れ日亭』の女性冒険者用大部屋で寝ているメルをどうするか?
このまま一党に参加させるなら新しい家にメルの部屋も必要になるわけで…
全員が解決していない問題にタメ息を吐き。
名案が出ないまま酒を呑み続けた。
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ドンドンドン!
翌朝、扉を叩く音でラルフは目覚めた。
「くそ…二日酔いだな…」
結局、昨夜は解決策が出ないまま深夜まで酒を呑み続けた結果。
部屋の中は酷い有り様だった。
酔っぱらい床で寝てイビキをかいている面々。
散乱する空の酒瓶と食べ残しとゴミの山…
「今日は仕事は休むか…」
言いながら痛む頭を抱えラルフは扉に向かう。
「まったく…二日酔いの頭に響くから煩く叩くのは止めてくれ」
愚痴りつつ扉を開けると、そこに立っていたのは、尖り帽子を被り長衣を着て背嚢を背負ったメルの姿。
「おはようございます、ラルフさん」
即座に冒険に出発出来る完全装備のメルの顔をラルフは見る。
栗色の前髪が長くて顔が半分隠れているが、髪を上げたなら幼い風貌ながら顔立ちは整っているのだが…
前髪で見えないはずのメルの眼が鋭く光るのをラルフは幻視した。
前髪で隠れたメルの視線の先には酷い有り様の部屋の様子。
「皆さん…何をやってるんですかーっ!!」
爆発したメルが部屋内にズカズカと押し入り、散乱したゴミを片付け始める。
「おい…」
メルの行動に何か言おうとしたラルフだが…
「お酒とお肉とお魚だけですね」
「は?」
ゴミや食べ残しから昨夜の酒盛りで出た物を当てるメル。
「野菜も食べないとダメでしょうが!!
そもそもコレって屋台で買ってきた物ばかりですよね?
身体が資本の冒険者が、こんな食生活じゃ身体を壊しますよ!!」
メルの声に死屍累々と化していた『鉄の獅子』の面々が起きてくる。
その面々にメルが次々にダメ出ししていった。
「グスタフさん!こんな酒精度数が高いお酒を何本も呑んで!いくらお酒に強い鉱妖精でも限度があるでしょう!!」
「ラタさん!そのシャツは何日洗濯してないんですか?!
私が洗濯しますから脱いで下さい!」
「カーウェルさん!その情けない姿を信者の皆さんが見たらどう思うか考えて下さい!」
「ガガさん!生魚を持ち込むなら窓を開けて換気しないと部屋が臭くなるでしょう!」
「アントニオさん!なんで裸で床に寝てるんですか!!」
若手最強との呼び声も高い『鉄の獅子』の冒険者たちがメルの怒声に萎縮して掃除を手伝い始める。
さらにメルは溜まっている洗濯物を全て出させると、洗濯場まで運ばせる手筈を整え始めた。
「…」
ラルフは、その様子を見て考える。
このまま男性冒険者6人で家を借りた場合、家事を誰もしなくて生活が破綻するのではないか?
ラルフは、今の『鉄の獅子』の収入を考える。
人を一人雇うくらいは問題ない程度の収入はあった。
冒険者である自分たちは、家を長期間空ける事もある。
普段の家事と長期不在時の留守番に住み込み家政婦を雇うのは悪い選択ではない。
定期収入があれば、メルは無理して冒険者を続ける必要もなくなる。
だからラルフはメルに、こう言った。
「なあ、俺たちは家を借りるつもりなんだが、メルも一緒に暮らさないか?」
「それって…」
前髪で隠れたメルの顔が紅潮するのがラルフには見えなかった。
ラルフは家政婦としてメルに住み込みで働いてもらうつもりでの発言だったのだろう…
しかし、言われたメル側の認識は…
「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします!」
それは、結婚の申し出…最低でも同棲の誘い…
ラルフが気づかない間に、メルの勘違いは進んでいくのだった。
急に機嫌が良くなったメルが大量の洗濯物を抱えて去った後。
「朝飯行くか…」
勘違いされた事に気づかないまま。
ラルフは仲間たちと一階の酒場に向かった。
こうしてメルは事実上冒険者を引退し『鉄の獅子』の住居の家政婦になったのだが…
それを寿退職のようにメルが勘違いしているのを一党は知らなかったのである。
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クラージュには、何が楽しいのか解らないのだが…
今夜も銀狼ルゥを連れてクラージュは散歩に出ていた。
特に何かあるわけでもない散歩の何がそんなに楽しいのだろうか?
ルゥは今夜もご機嫌に尻尾を振りながら散歩している。
ルゥが途中で道端の何かの臭いを嗅ぎ確認する姿は本当に犬にしか見えない。
いつもの散歩コースを歩き『木漏れ日亭』に帰る途中。
クラージュは一軒の家の前で立ち止まる。
「ここって新しいラルフたちの住居だったね」
『鉄の獅子』は、それだけ稼いでいるという事なのだろう。
「ウチも頑張らないとな」
そしてクラージュとペットは『木漏れ日亭』に帰っていった。