第9話…夜遊び一座の娘
辺境都市ベベルは防壁に囲まれた城郭都市である。
その大きさはイシュリス王国第二の都市である城塞都市アシュールよりは小さく街を囲う防壁も低い。
「ほ~う、闇妖精の奴隷か、こりゃ念入りに身体検査せんとな」
ベベルに入る門を守る衛兵がゲルタに好色な視線を向け、その豊かな胸に手を伸ばす。
「番兵殿、彼女の値段がいくらか御存知ですか?」
愛想笑いを浮かべながらも目は笑っていないクラージュが衛兵とゲルタの間に割って入る。
「ちっ…」
不機嫌に舌打ちしながら見目麗しい闇妖精の女奴隷の値段を想像したのか衛兵は引き下がる。
「人頭税は1人銅貨10枚だ」
税金を払い、クラージュたち『闇の後宮』4人は辺境都市ベベルに入った。
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城塞都市アシュールより規模が小さいベベルの冒険者の店も小さかった。
まずは今夜の宿の確保と冒険者ギルドのベベル支部といえる冒険者の店に挨拶に行ったクラージュたちだが。
「ここは宿屋は兼任してないのか…」
「クラージュさん、近くに安い宿屋があるみたいですよ。
名前は『白鳩亭』という名前だそうです」
痴女衣装のルゥに引き寄せられて来た色ボケ冒険者から聞いた情報をルゥはクラージュに伝える。
「ならルゥとゲルタは先に宿屋に行って4人分の部屋を取っておいて」
提案するのはエリ。
悪目立ちする闇妖精のゲルタと痴女服のルゥを宿屋に隔離しておくつもりなのだろう。
「私は旅芸人一座に居た時にベベルに来た事あるし、情報を調べられそうな場所にも心当たりがあるから。
クラージュ、一緒に来てくれるよね?」
エリことエリジェーベト・ラウは冒険者になる前は旅芸人一座に所属しイシュリス王国各地を回っていた。
少なくともクラージュは、そう聞いている。
「うん、じゃあゲルタとルゥは宿の確保。
僕とエリは情報収集で手分けしよう。
何か問題があった場合は冒険者の店の掲示板に連絡を貼る事。
それでどう?」
三人の美少女から異論は出ず、クラージュとエリは情報収集、ゲルタとルゥは今夜の宿の確保に冒険者の店を出た。
エリは昔を思い出しながら裏路地に入って行き、クラージュも続く。
やがて到着したのは寂れた酒場といった小さな店。
エリとクラージュが店の扉を開けると煙草の煙で店内は満たされていた。
昼間なのに店内は薄暗く、煙草の煙が暗さを加速させる。
数少ない卓にはガラが悪い強面の男たちが座りサイコロ賭博に興じながらジロリとクラージュたちを睨む。
その雰囲気に回れ右して店から出たくなるクラージュだったが、エリは構わず店の奥の張場席に座った。
「果汁ジュースか、ミルクはある?」
絵に描いたような悪人面の巨漢がエリの前にミルクの入った杯をドンと置く。
「嬢ちゃん、この店は嬢ちゃんが来るような店じゃねぇ。
そいつを飲んだら帰りな」
『ですよね~』とエリの後ろで内心同意するクラージュ。
一方エリはミルクに口を付けずに巨漢に言う。
「ベルベットさんは居る?
『夜遊び一座』のエリジェーベト・ラウが来たって伝えてくれる?」
ベルベットという名前を出した瞬間に店の空気が変わった。
巨漢の店員は巨大な肉切り包丁を手にし、サイコロ賭博に興じていた客たちが立ち上がりエリとクラージュを囲む。
「嬢ちゃん、ここが何の店か知って…」
「盗賊ギルドの入り口の1つでしょ」
何でも無い事のように答えるエリ。
エリとクラージュを囲む男たちは、いつの間にか短剣を抜いていた。
「と…ととと…盗賊ギルド?!」
クラージュの背筋が一気に冷たくなり、身体中から脂汗が流れた。
盗賊ギルド。
名前の通り盗賊を始めとする犯罪者たちの組織。
街の悪党たちを纏め、凶悪犯罪を抑制しているなんて評価をする人間もいるが。
窃盗、詐欺、麻薬販売、奴隷売買、様々な犯罪に関わり汚い金を稼ぐ悪の組織なのは間違いない。
街の表を支配するのが領主なら、裏を支配するのが盗賊ギルド。
そして冒険者の中にも盗賊ギルドと繋がる者がいる。
古代遺跡の探索に必要な技能である罠の発見解除、鍵開け、忍び足、様々な技術を持つ盗賊が冒険者になる事は珍しくないからだ。
そして街の裏に通じる盗賊ギルドの情報収集能力は高く、情報屋として利用する冒険者も数知れない。
巨漢はエリの顔を凝視し何か思い出そうとしているようだった。
「『夜遊び一座』ってラドの旦那の組織か?」
「そうだよ~」
合点がいったらしい巨漢は部下に命じる。
「若頭を呼んでこい!『夜遊び一座』の化け物が来たってな」
慌てた様子で裏口の扉に飛び込む部下の男。
「ナイトストーカーかぁ~その呼び方好きじゃないんだよね~」
大きな八重歯を剥き出しに笑うエリジェーベト・ラウに盗賊ギルドの男たちは一歩引く。
「あっ、クラージュ、ミルク飲むでしょ」
渦中のエリは能天気にミルクの杯をクラージュに渡した。
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小汚ない店の裏口を抜けると裕福な商人の屋敷の一室かと思える豪奢な客間があった。
エリがベルベットと呼んだ盗賊ギルドの幹部は、盗賊というより下級貴族か大商人といった服装の男だった。
「ラド座長は息災か?」
「死んじゃったよ。
一座は解散して、今の私は冒険者の吟遊詩人って事になってる。
家業の方はクル兄とミラ姉が継いでるから、コッチに来た時に仕事の挨拶に来ると思う」
「そうか…ラド座長がな」
クラージュは2人の会話の意味を考える。
エリが旅芸人一座としてベベルに来た時に盗賊ギルドで講演をしたのだろうか?
それで2人は客と芸人の関係で知り合いなのかと。
「それで家業の話じゃないなら、何の要件だ?」
クラージュを値踏みするように一瞬見てベルベットは問う。
「この街の北に古代の遺跡があるって話ない?」
クラージュは、その情報を盗賊ギルドに教えていいのか?とエリを見る。
遺跡探索を依頼した魔導士コンコーネの持っていた古文書では、遺跡の場所は現ベベルの北辺りとしか解らなかった。
その断片的情報を知った他の人間が先に遺跡を探索して財宝を奪う可能性が無いとは言えない。
だから他人に話すのは不味いはずだが。
「それはドブロムとか言う古代王国の貴族の遺跡か?」
「そう、それ!ドブロム侯爵!」
ベルベットは葉巻に火をつける。
独特な匂いが部屋に充満しクラージュは僅かに眉をひそめる。
「銅貨30枚だな」
情報料の値段だろう金額をベルベットは口にする。
「え~高いよ~銅貨10枚に負けてよ」
「強欲すぎだろ化け物」
「じゃあ20枚で」
「28枚」
「う~22枚~」
「26、これ以上は負けられないな」
エリはクラージュの方を見る。
クラージュは財布から銅貨を出し、卓に並べる。
それを見つつもベルベットは手を出さない。
「街から出て西に行けば河がある。
その河に沿って北上すればパディラの地、ドブロムの工房があった地域だ」
エリは大きな八重歯を光らせ笑い、礼を言った。
「それじゃ情報ありがとう」
クラージュの腕を取り立ち去ろうとするエリにベルベットは言った。
「あと銅貨5枚追加する気はあるか?」
その言葉に不穏な物を感じたクラージュはエリの返答を待たずに銅貨5枚を卓に置く。
「一月ほど前だ。
ウチに所属する若いヤツを含む冒険者の一党が同じ情報を買ってパディラに向かった。
冒険者ランクCの戦士を頭目にした5人組の冒険者だ」
「何それ!?もう遺跡は探索されて空っぽって事?!」
「いやパディラに向かった冒険者は誰も帰って来なかったのさ」
ベルベットは、お前らも全滅しないよう気を付けろよとエリに笑った。
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「若頭、あの小娘は何なんです?」
エリたちが立ち去った後。
事情を知らない若い盗賊がベルベットに聞く。
ベルベットは肉食獣と一緒に檻に入っていたような気持ち悪さを強い酒で沈め答えた。
「『夜遊び一座』、旅芸人一座を隠れ蓑に国中を回って仕事をしていた暗殺者集団。
あの娘は、その一員だった化け物さ」