第8話…乗り合い馬車で辺境を目指そう
郊外の大きな屋敷。
その地下には魔法の実験場が作られていた。
床に巨大な魔法陣が描かれ、魔法陣の真ん中には緑色の肌をした小柄な亜人小鬼が拘束され転がされていた。
その魔法陣目掛けて呪文を唱え続けているのは屋敷の主プブリ・コンコーネ。
やがて魔法陣が妖しく輝き始め中心部の小鬼が悲鳴を上げる。
小鬼の身体が肥大化し始めた。
全身の骨格が筋肉が軋みを上げながら肥大化し小鬼の身体を何倍もの大きさに変化させる。
そして…
小鬼の断末魔の絶叫が響いた。
身体は変化に耐えられず皮膚が破れ筋肉は破裂し骨格は砕ける。
小鬼は、元の形すら解らないメチャクチャな肉塊と化して絶命した。
「失敗か…」
コンコーネは実験の失敗を残念がるが死んだ小鬼への同情や憐れみなど欠片も無い。
「理論は間違っていないはずだが、何かが足りないのか?」
コンコーネが長年研究して完成させた魔法陣と呪文。
これで小鬼は上位種に変化するはずだったが、実験は失敗。
「冒険者に新しい小鬼を捕らえてきてもらわんとな」
何匹もの小鬼がコンコーネの実験の犠牲になり、在庫が足りなくなってしまった。
「今度は、もっと強力な個体を注文するか…」
肉体的に普通の小鬼より強力な強小鬼や小鬼王なら変化に耐えられる可能性がある。
「他には…」
コンコーネは古文書にあった神話の時代に全ての小鬼を統べる大王が持っていたという魔剣の事を思い出す。
その魔剣を所有していたという古代魔法王国の魔導士の事が書いてあったのは、どの文献だったか?
コンコーネは使用人に魔法陣の掃除を命じて書斎に向かった。
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「よし、忘れ物は無いな?」
「「ありませ~ん!」」
ここは荒くれ者の冒険者が集まる店。
そのはずだが、響いた声はお出かけする子供と保護者のようだった。
保護者の名前はクラージュ、子供たちの名前はルゥとエリ。
その様を一歩引いて笑って見てるのがゲルタ。
最近、悪名が響き始めた一党『闇の後宮』の4人は、冒険者たちの微妙な視線を受けながら店を出る。
これから都市間の交易を行う隊商と一緒に出る大型乗り合い馬車で西の辺境にある都市ベベルを目指す。
都市ベベルから徒歩で移動し古代魔法王国時代の遺跡を探索、そこにあるという魔法の剣を見つけ出すのが今回の仕事。
城塞都市アシュールから出ての長期遠征の仕事は前金だけでも高収入。
無事に魔法剣を発見して依頼人に渡す事が出来れば借金を返してお釣りが来るのは間違いない。
「今回の仕事を受けれたのはゲルタのおかげだな」
依頼人は魔導士のプブリ・コンコーネ。
『闇の後宮』を名指ししての依頼は闇妖精ゲルタの印象が強かったからだろう。
借金の完済と富豪であるコンコーネの印象を良くして定期的に仕事が貰えるようになる事を目指して魔法剣探索の仕事が始まった。
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「…」
クラージュたちが店を出た直後。
長張の後ろでギルド本部から来た羊皮紙を読んでいた店主の横にヒョコっと金髪に長い耳を持つ頭が下から出てくる。
どうやら隠れて店内の様子を伺っていたらしい森妖精の女。
「声くらいかけてやらないのか?」
高齢の店主は自分が若かった頃からの顔馴染みである女の方を見もせずに問う。
「あの子の邪魔はしたくないもの」
そう言いながらも未練がましく少年冒険者が出ていった扉を見ている女。
やがて彼女は、手にしていた『闇の後宮』のメンバーたちが冒険者ギルドに登録する時に作られた略歴が書かれた羊皮紙を凝視する。
背中からドス黒いオーラが出てそうな女に店主は真実を教える事にした。
「あの小僧が一党メンバーでハーレムを作ってるって噂は嘘だぞ」
「も…もちろん、あの子がそんな破廉恥な事をするはず無いって信じてたわ」
十秒前まで絶対に信じてなかっただろう古い顔馴染みの方を見ずに店主は煙管に火をつけた。
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人数が増えれば、安全性が上がる。
野盗や野獣が大人数で移動する隊商と1人で旅する旅人のどちらを狙うかなど議論する必要も無いだろう。
「ゲルタ、痛くない?」
商人ギルドの多数の馬車の列の中を進む、大型乗り合い馬車の席でクラージュはゲルタに囁く。
ゲルタの両手首は木製の大きな手枷で拘束されている。
鍵は見せかけの物で簡単に外れるとはいえ手枷が手首を傷めるのは変わらないだろう。
乗り合い馬車の他の客が闇妖精を怖がらないようにする配慮として用意した偽手枷。
珍しく、そして危険な闇妖精をチラチラ見てくる同乗者たちへのアピールとしてゲルタはクラージュに、もたれ掛かる。
これでゲルタがクラージュの奴隷だと認識しやすくなるだろう。
その露出度高すぎる格好でゲルタ以上に男の視線を集めるルゥの張り付いた笑顔の額に、怒筋が浮かんだ気がしたがゲルタは無視しクラージュは気づく事さえなかった。
そしてエリは馬車の窓から差し込む直射日光に耐えられずフードを被って気絶するように眠っていたのだった。
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小鬼の群れが根城にしていたのは大きな洞窟。
地元の村人の話では入口は1つだが中は、かなり広いという。
城塞都市アシュールに近い村から依頼があった小鬼退治にラルフたち一党は来ていた。
彼らの目的は小鬼退治が半分、魔導士コンコーネから受けている小鬼の生け捕りが半分。
ラルフの冒険者ランクCは、新米を卒業した一般的冒険者のランク。
そんなラルフからすれば小鬼退治は実入りが良い仕事ではないのだが、今回『木漏れ日亭』の店主が、この仕事をラルフたちに任せた理由が洞窟から顔を出す。
「あれが小鬼王か…なるほど化け物だな」
人間の冒険者を殺し奪っただろう錆び付いた鎖帷子を纏い、先が折れた長剣を振り上げ威嚇の声をあげる小鬼王。
ラルフには、普通の小鬼より二回りは大きいと言われる小鬼王の中でも特に大きな個体に見えた。
「俺とグスタフが前衛でヤツを止めるぞ!」
「おう!」
背は低いが手足が太く樽のような頑健な身体の鉱妖精戦士グスタフが応え、2人は前に出る。
普段の武器は大剣のラルフと戦斧のグスタフだが、小鬼王を生け捕りにするのが目的である今回は鈍器である重鎚矛を用意していた。
金属製の棍棒のような鎚矛ならば刃物よりも手加減が効き生け捕りできる可能性が増えるからだ。
「アレを生け捕り出来たら、しばらく遊んでくらせるくらいの報酬が入るぞ!」
そう叫び仲間を鼓舞するラルフ。
小鬼王の部下である小鬼の数が約30匹。
ラルフたち6人の冒険者と小鬼王の群れが激突した。