第7話…闇妖精の話
「お金って、ある所にはあるんだな」
今、クラージュの前にあるのは大きな御屋敷だった。
城塞都市アシュールの中では郊外と呼べる地区。
貴族や大商人が住む一等地では無くても、屋敷の大きさからして主の財力は高いと解る。
クラージュの隣には闇妖精のゲルタ。
2人とも護身用の武器は持って来ているが鎧姿ではない普段着。
見た目が美少女で胸も大きいゲルタのミニスカートの普段着姿は魅力的に映るだろう。
奴隷を表す目立つ首輪を着けたゲルタは、ここに来るまでの道すがら男たちから好色な視線を浴び。
隣を歩くクラージュは、美しい闇妖精を奴隷として好きに出来る男として嫉妬の視線に晒されてきた。
「じゃあ、行こうか」
そう言ってクラージュはゲルタを促し屋敷の扉を叩く。
この屋敷の主である魔導士プブリ・コンコーネが今回の仕事の依頼人だった。
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クラージュが聞いた話では、コンコーネという男は道楽で研究をやっている魔導士。
神々が物質界と名付けたという、この世界に存在する主な4種類の魔法。
司祭が使う信仰により神族の力を借りる神聖魔法。
精霊術士が使う盟約により精霊の力を借りる精霊魔法。
妖術士が使う契約により魔族の力を借りる暗黒魔法。
この3つは上位存在と言うべき力ある者から、その力を借りる事で発動する物。
そして最後の1つが魔導士が使う呪文魔法。
呪文と紋章により魔力を制御し物理法則を上書きする技術。
それが呪文魔法。
呪文魔法は他の魔法と違い学問であり、呪文と紋章の研究や魔導士の育成を行う魔法学院が存在する。
コンコーネは祖父が一財産築いた有能な商人で、その財産を受け継いだコンコーネは魔法学院で呪文魔法を学んだ後は、働きもせず市井で独自の研究をしているという事。
クラージュの目の前の屋敷もコンコーネの祖父が残した莫大な財産の一部なのだろう。
屋敷の使用人に案内され客間に通されたクラージュとゲルタ。
いかにも高級そうな長椅子に長机。
長机の上にはクラージュが好みそうな果物が乗せられた皿と紅茶のティーカップ。
並んで座るクラージュとゲルタの対面に座るのは運動不足で太り屋敷内に籠っているからだろう日焼けしてない白い肌の中年男性プブリ・コンコーネ。
悪人では無いが自分の研究以外に興味が無い世間知らずの魔導士。
それがラルフからクラージュが聞いたコンコーネの印象。
「闇妖精と直接話が出来る機会に恵まれるとは今でも信じられない」
少年のように瞳を輝かせて無遠慮にゲルタを凝視するコンコーネ。
そんな主に代わり長机上の果物や紅茶をすすめる使用人の姿も目に入らぬようで、コンコーネは矢継ぎ早にゲルタに質問をぶつける。
「闇妖精は森妖精と同じ上位森妖精から分岐したという話は本当なのか?」
そんな質問にゲルタは前置きして答える。
「私は学者でも賢者でもない。
私が知る知識は一族の一般論程度だけだ。
それで良いなら答えるが、その質問の答えは『我々にも解らない』だ。
闇妖精の先祖に上位森妖精とは違う闇妖精王が居たと信じる者もいるが、少なくとも私は実物を見た事はない」
「では闇妖精の英雄と言われる妖魔王の伝説についてだが」
コンコーネは興味深そうにゲルタの答えを羊皮紙に書き写している。
物質界の生き物は生まれつき光と闇の2つの属性に分類される。
光属性では、人間、森妖精、鉱妖精、小妖精、使巨人などが知られ。
闇属性では、闇妖精、猪鬼、岩鬼、小鬼などが居る。
何故2つの属性に別れたかは善神と邪神の戦いの結果とも神族と魔族の戦争が原因とも、そもそも世界創造時に創造主が決めたとも、様々な説があるが真相は不明。
ただ遥か古代の神話の時代から2つの属性の種族は争ってきた事だけは事実だった。
闇属性の種族である闇妖精と光属性の種族である人間は、神話の時代から敵対関係にありゲルタのように人間の街で暮らすのは例外中の例外。
闇妖精と人間が出会えば即座に殺し合いになるのが普通である以上、闇妖精から情報を聞き出す機会は貴重なのだろう。
ゲルタの言葉に興味津々なコンコーネと違い、ゲルタの方は使用人がいれた紅茶に混ぜる蒸留酒の方にしか興味が無いらしい。
ゲルタに付いてきただけのクラージュは話に口を挟む事も無く、高級果実を食べながら『シシリィにも食べさせてあげたいなぁ』とか考えているだけだった。
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どのくらいコンコーネがゲルタを質問攻めしていたのか?
夕日が沈みかけた頃。
コンコーネの話は自分の研究の事に移っていった。
「上位森妖精や古代鉱妖精と呼ばれる森妖精や鉱妖精の祖先は、今の種族より遥かに強い力を持っていた。
そして、その力は今も種族の血に残っているとワシは考えている」
自分の研究の自慢話か…と思いながらも依頼人の機嫌を損ねない程度に興味があるふりをするクラージュとゲルタ。
「その証拠にだ。
普通の小鬼から上位種の小鬼王や強小鬼が産まれるのだろう?」
ゲルタへの質問というより確認なコンコーネの言葉に、ゲルタは答える。
「それは間違いない闇妖精の集落で小鬼を奴隷にしている事は珍しくないが、小鬼同士の交配で上位種が産まれる事はある」
コンコーネはゲルタの答えに嬉々として語る。
「ワシは今の森妖精や鉱妖精に祖先の上位種の力を取り戻させたいのだ」
失われた祖先の力を現代に復活させる研究。
それがコンコーネの研究なのだろう。
それが成功したならシシリィは、もっともっと綺麗になるのだろうか?なんてクラージュは考えた。
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すっかり太陽が沈んだ時間になって、クラージュたちはようやくコンコーネから解放された。
宿にしている『木漏れ日亭』に帰るゲルタの手には今日の報酬が入った袋。
1日の日当としてなら十分な金額が入っている。
「本当にいいのか?」
ゲルタはクラージュに確認する。
「今日の仕事はゲルタ1人でやったような物だし、報酬も全部ゲルタの取り分でいいよ」
「そうか…」
ゲルタは少し考え、ふざけてクラージュの腕に自分の腕を絡ませる。
まるで恋人同士みたいに。
「1仕事終えたら打ち上げで宴会をするのがウチのルールだろう。
なら、この金でやろうじゃないか」
袋の中身は一食で使いきる額では無いが少しは一党全員に還元しようというゲルタの心遣いだろう。
クラージュは宿で待ってるだろう2人の顔を思い出しながら頷いた。
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(久しぶりだな、この感覚は…)
ゲルタは先ほどから何者かが自分に向かって殺気を放っている事に気づいていた。
相手の隠形技術は高い、少なくともクラージュは気づいていない。
(いや…わざと私に自分の存在を知らせているのか?)
闇妖精は存在そのものが悪。
そんな考えの正義の味方様。
そういった相手に狙われるなど、クラージュの名目上の奴隷になるまでは日常茶飯事だった。
ゲルタは、そんな手合いが自分を狙っているのだろうと判断する。
(クラージュを巻き込むのは問題か)
暗くなった道に人影はなくなっていく。
そんな時にゲルタの眼に写ったのは店じまいし始めている酒屋。
「クラージュ、葡萄酒を2本買ってきてくれ」
ゲルタは報酬の入った袋をクラージュに渡して頼む。
闇妖精に物を売らない店もあるためクラージュは素直にゲルタを残し店に入っていった。
それを確認したゲルタは殺気を放つ相手の方を見た。
距離は300メートル程、そこに立つのはフードを被った女。
(弓兵か?)
女は短弓を構える。
ゲルタは鎧を身につけておらず、武器は護身用の短剣のみ。
それでも魔法戦士のゲルタは精霊魔法だけでも戦える。
「風の精霊よ…」
ゲルタが矢を防ぐ風の鎧の魔法を使おうとした時、一瞬速く女は矢を放つ。
射たれた?!
ゲルタの胸に走ったのは矢で貫かれた痛み!
(違う!?コイツは殺気だけを放ちやがった!?)
よく見れば短弓には矢がつがえられていない。
女は短弓を構え殺気を放っただけだった。
その殺気がゲルタが自分が貫かれたと誤認する程に強力だっただけ。
(そんな技量…化け物かよ…)
ゲルタが怯んだ一瞬に女は小剣を抜き間合いを詰める。
「火の精霊よ!槍となりて我が敵を貫け!」
ゲルタが単体の敵相手に使える最大火力の攻撃魔法。
炎槍の魔法が女に向かって放たれた。
だが炎の槍が女に当たる直前。
「はっ!」
小さな気合いの声を女が発する。
それだけで炎槍は女の直前で霧散した。
「抵抗しただと?!」
次の魔法は間に合わない。
ゲルタは護身用の短剣を握りしめ、女の攻撃に備えるしかなかった。
(あの剣技は森妖精か?!)
女の足運びからゲルタは相手が森妖精と判断する。
キィンッ!
女の小剣は一撃目でゲルタの短剣を斬り飛ばす。
小剣は二撃目でゲルタの首を落とすだろう。
二撃目が振られる一瞬前に、その声が響いた。
「ゲルタ、葡萄酒は赤と白どっちにする?」
店の中からしたのはクラージュの声。
そしてポトリと、それは地面を落ちた。
「ゲルタ?」
「あっ…ああ両方頼む…」
答えつつゲルタは斬り落とされ地面に落ちた首輪を拾った。
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彼に見つからないように隠れたところで涙で視界が歪んだ。
「何で…何で…よりによって闇妖精なんかと…」
仲睦まじく腕を組む姿を忘れようと首を振る。
必死で抑えようとしても嗚咽が漏れるのが抑えられなかった。
シシリィ・アナスタージア・ルオナヴェーラは、自分の下腹部に爪を立てながら嗚咽を漏らし続けた。