第64話…大王の帰還
「満月か」
子供たちを家まで送ったクラージュは、空に浮かぶ月を見上げた。
「ドロレス、リリア、アンネ、マルゴット、エマ…みんな…元気かな?」
クラージュが久しぶりに思い出した幼なじみと呼ぶべき女の子たち。
「…」
クラージュは彼女たちとの思い出を回想しながら宿への道を歩くが…
その途中で、お尻に幻痛を感じて止まる。
『クラージュ!人から盗むのは悪い事だって教えたでしょ!』
『痛い!痛い!痛い!シシリィ!もう許して!二度としないから許して!!』
クラージュは、少女窃盗団と一緒に密輸屋から荷物を盗んだ事がシシリィにバレて、もの凄く怒られた事を思い出す。
その時に、お尻が割れて穴が開くかと思うくらいに、シシリィにお尻を叩かれた痛みも思い出す。
あの事件は…確か…
クラージュが密輸屋に殴られて気絶して、気を失っている間に密輸屋は駆けつけた衛兵に捕まった…とかシシリィは言っていたはずだ。
当時、まだ幼かったクラージュは細かい部分を覚えていなかった。
「ドロレス…」
一番、仲が良かった赤毛の女の子。
きっと、今頃は美人に成長している事だろう。
クラージュは無意識に目を反らす。
貧民窟の孤児の女の子たちの未来が明るいわけが無いという当たり前の事実から目を反らす。
きっと、もう二度と会えない女の子たちは、幸せになっているんだと…
クラージュは理由もなく、そう信じた。
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「あああぁぁぁーっ!食べたい!食べたい!食べたい!人間が食べたい!」
ルゥの叫びが部屋の外に漏れないようにゲルタは、音を阻害する風の精霊の魔法を使う。
太陽が沈み、獣人形態になったルゥは餓えの辛さに泣き叫び暴れようとする。
「ルゥ!耐えろ!耐えろ!お願いだから!」
同じ人喰いで、人の血を吸いたいという吸血衝動の辛さを知るエリが、獣人となったルゥを抱き止め語りかける。
「クラージュと一緒に居るんだろ!番いになるんだろ!だから人間を食べたらダメなんだ!」
弱い…夜に半吸血鬼として身体能力が大幅に上がるエリは、ルゥを抱き止め抑えながら、獣人化したルゥの力の弱さに涙が出た。
人間を食べないルゥは、人狼として狼に完全変身する力を失ってしまった。
中途半端な獣人形態にしか成れず、その力も弱くなっていっている。
満月になると激しくなる、ルゥの人間を食べたいという飢餓。
その餓えは大きくなっている。
人間を喰わず、弱体化した身体、餓えた身体を治すために人間を喰おうとする本能。
今夜は耐えられても、次の満月には耐えられるのか?
次は耐えられても、次の次は?
それ以前に…
ルゥの衰えた身体が、あと何ヵ月もつのか?
抱き止めるエリを引き摺りルゥは窓に向かう。
窓から跳び出し、人間を襲うために…
今夜は満月。
月明かりが道を照らす。
窓を開け、跳び出そうとしたルゥが止まった。
その身体は獣化を解き人の姿に戻る。
歯を鳴らし、身体を震わせ、涙を流し、涎を垂らし、餓えに苦しむルゥの眼に月明かりに照らされながら歩いてくる彼の姿が見えた。
「クラージュさん…」
その姿を見たルゥは、自分の身体を抱きしめ餓えに耐える。
好きな人と一緒に居たい。
そんな願いのために必死に耐える。
満月が沈み、太陽が登るまで、まだまだ時があった。
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それは小鬼の姿をしていた。
遠目に彼を見る者が居れば、間違いなく彼を小鬼と認識するだろう。
しかし、近づいて彼を見た者は、彼を小鬼とは呼ばないだろう。
彼は小鬼にしては大きすぎた。
身長は2mを越える巨体で、大きな骨格に相応しい筋肉で覆われた肉体を持っていた。
彼に従う小鬼の群れは、20匹に満たない。
その彼の前には100匹を越える小鬼の群れ。
50匹も居れば大規模と呼ばれる小鬼の群れで、倍する数を統率する長は並みの力量では無い。
100匹を越える群れから進み出る小鬼もまた通常の大きさでは無かった。
子供並みの体格の小鬼という種族の中で、身長180cmはあるだろう巨体の上位種・小鬼王。
その中でも岩のように硬くゴツゴツした頭部から『岩頭』の異名で人々から恐れられる個体。
「グォォォーッ!!」
2mを越える体躯の小鬼は、手にしていた輝く片刃剣を地面に突き立て、両腕を振り上げ咆哮した。
岩頭も殺した冒険者から奪った戦斧を投げ捨て咆哮する。
小鬼という種族の中で規格外の怪物2匹は、どちらが長に相応しいかを賭けて激突した。
小鬼の群れとは単純に力が強い者が長となる。
長の地位を賭けた戦いは、互いに素手で正面から戦う。
正々堂々なんて言葉は小鬼には無い。
それでも小鬼たちは卑怯な手段で長となった者に心から服従する事はない。
岩頭は突撃し自慢の頭突きを相手の胸板に叩き込んだ。
強小鬼の頭蓋を叩き割った事もある自慢の一撃。
小鬼王でもマトモに喰らえば胸骨がへし折れて不思議ない一撃。
しかし、2mの巨体の小鬼はビクともしない。
まるで砦の防壁のような固さで岩頭の頭突きを受け止める。
「ホォォーイッ!」
岩頭は己を鼓舞する叫びを上げ、拳を敵に叩き込む、何発も何発も叩き込む。
だが、相手はビクともしない。
まるで岩頭が最上位種たる小鬼王 ではなく、並みの小鬼になったのかと思う程に岩頭の攻撃は相手に通用しないのだ。
自慢の力が通用せず驚愕する岩頭。
そして相手が初めて拳を振るう。
一撃!
僅か一撃で、多くの冒険者を返り討ちにし、その悪名を轟かせた岩頭は血反吐を吐いて地に倒れた。
岩頭は平伏する。
両手を地面につけ、額を地面に擦り付け平伏する。
岩頭は、たった一撃で理解した。
それは頭でなく、理屈でなく、その身に流れる血が、その魂が理解した。
この方こそが真の王だと。
全ての小鬼を統べる大王なのだと。
小鬼大王は、魔力を持ち輝く片刃剣を振り上げ咆哮する。
遥か昔、全ての小鬼を統べた長の証たる剣を高々と掲げ、小鬼大王は神話の時代より帰還した事を示した。




