第6話…闇の後宮
冒険者の店『木漏れ日亭』にある掲示板。
冒険者たちの情報交換や連絡用として使用されている掲示板は使用料を払えば誰でも使う事が出来る。
クラージュは、一党メンバー募集と書かれた羊皮紙を掲示板に張り付ける。
冒険者ランク、保有技能、どちらも不問という内容であり、普通ならば1人、2人はクラージュに話くらいは聞きにくるだろう。
だが…
「無駄だと思うぞ」
張り付けた羊皮紙を見ていたクラージュに話しかけたのは、周りからクラージュの好敵手と思われている戦士ラルフ。
「何でだよ?」
「お前、自分の一党が何て呼ばれてるか知ってるか?」
「えっ?ウチの一党に名前が付いたのか?」
クラージュは眼を輝かせてラルフに確認する。
有名な冒険者一党には大抵名前がある。
有名な例だと、20年程前に最強と呼ばれた『破魔の鏡』、古代魔法王国の遺跡を発見し幾つもの古代魔法を復活させた『六大賢者』、最強の魔獣竜を討ち取った『竜を討つ者たち』など。
クラージュたちは一党に名前を付けていない。
つまりはクラージュたちの活躍から周りが名付け広めたという事だろうか?
それは一党のステータスと言えるだろう。
そう考えて喜色を表すクラージュにラルフは憐れみの眼を向け、その名前を口にした。
「『闇の後宮』
それが最近お前らの一党に付いた名前だ」
「えっ?闇?後宮?」
クラージュは、その名の意味を考える。
闇は人間の街では珍しい…というか、ほとんど唯一の冒険者闇妖精のゲルタが所属してるからだろう。
後宮とはハーレム。
つまり…
クラージュたちの一党は、クラージュのハーレムだと揶揄した名前なのだ。
「元々、若い男が見た目が良い闇妖精の女を奴隷として連れてるなんて身体目当ての奴隷にしか見えないだろ。
そして他の2人もアレだ」
露出過多の痴女服のルゥ。
露出皆無だが身体のラインが丸分かりなエリ。
共に胸が大きな美少女。
とどめを刺したのが早朝に下着一枚で彼女たちの部屋から出てきたクラージュの姿。
クラージュが身体目当てで美少女3人を囲ってハーレムにした一党と誤解されても不思議ない。
いや誤解されない方が不思議である。
「そんな一党に入りたいヤツが居るか?」
男からすれば、クラージュが美少女を侍らせてイチャイチャする様子を見せつけられる一党などに入るわけがない。
女からすれば、一党に加入する事はクラージュのハーレムに入る事と思って拒否するに決まっている。
それらを理解したクラージュはガックリと肩を落とした。
=======
そもそも、何故このような状況になってしまったのか?
それは、クラージュは冒険者になるために、始めて『木漏れ日亭』を訪れた日まで遡る。
それは本当に偶然だった。
冒険者になるためには、冒険者ギルド傘下の店で登録する必要がある。
だからクラージュは『木漏れ日亭』を訪れたのだが、その扉の前で出会ったのが、同じく冒険者になるために訪れた新米戦士のラルフ。
ここでクラージュかラルフのどちらかが相手に声をかけていたなら、後の展開は変わっていただろう。
だが現実は、会話はなく店の扉をくぐった2人。
そして2つ目の偶然が、その時間たまたま店主が不在だった事。
慣れていない雰囲気から、お互いを冒険者志望の新米と感じていた2人は、店内を見渡し冒険者になるための手続き方法を聞けそうな相手を探した。
ラルフが声をかけたのは低身長で樽のような体型の鉱妖精の戦士。
クラージュが声をかけたのは森妖精と思われた女性魔法戦士。
この瞬間に2人の運命が決まった。
ラルフは自身より数ヶ月先輩だった鉱妖精と一党を組む事になり、次々と仲間を増やし6人を率いる頭目になる。
一方、クラージュが話しかけたのは森妖精ではなく闇妖精のゲルタだった。
人間の街で闇妖精が冒険者をしているなど想像すらしていなかったクラージュは、育ててくれたシシリィと同じ森妖精と勘違いし話しかけてしまったのだ。
そしてクラージュが気づいた時には、ゲルタはクラージュの奴隷という事になっていた。
市民権を持てないゲルタは人間の街では魔物と同じ扱いを受ける。
街中に虎や熊といった猛獣が現れたなら、即座に討伐されるのと同じ。
闇妖精が人間の街を歩けば、街を守る衛兵やら正義感溢れる冒険者やらが善良な市民を守るために問答無用で斬りかかってくる。
ゲルタがフードを目深に被って顔を隠し闇妖精と知られないようにしていても、いつ正体がバレるか解らない。
ゲルタが人間に敵対的では無いと知った木漏れ日亭の店主が冒険者として登録してくれたが、彼女を知らない人からすれば魔物扱いなのは変わらなかった。
冒険者の店の中ならともかく、外に出るには正体を隠す必要があるのは変わらない。
結果、酒瓶1本を市場で買うのにも難儀していたゲルタ。
だがクラージュの奴隷という事になれば話は変わる。
奴隷は財産であるから、他者が傷つけたりすれば犯罪になる。
まして見目麗しい闇妖精の女の値段など金貨を何枚積むか分からない程に高価であり、傷つけた場合の賠償額はバカにならない。
目立つ奴隷の証の首輪を付け、名目上クラージュの奴隷になったゲルタは人としてではなく高価な物として法的に守られるようになったわけだった。
そして闇妖精が参加する一党に入ろうとする奇特な冒険者は、辺境ド田舎の村から出てきた世間知らずの女司祭と所属していた旅芸人一座が解散して食うのに困った吟遊詩人くらいしかいなかったのである。
======
一党の酷い名前への現実逃避だろう。
昔の事を思い出していたクラージュの背後から声がかかる。
「闇の後宮か…まあ無名より悪名の方がマシか」
クラージュの背後に立っていたのは、悪名の原因の1つであるゲルタ。
そのゲルタを姿を一瞥したラルフは、クラージュに話す。
「俺の一党の雇い主が闇妖精と話をしてみたいんだそうだ」
「ゲルタと?」
人間と友好的で話が出来る闇妖精などゲルタくらいだろう。
「雇い主は魔導士なんだが亜人の研究をしていてな。
俺の今やってる仕事は知ってるよな?」
「小鬼の生け捕りか?」
「ああ、それも研究の一貫で、森妖精や鉱妖精にも話を聞いて回っているそうだ」
「その魔導士とゲルタを会わせたら実験動物にされたりしないだろうな?」
「まさか、相手は魔法学院とも付き合いがある魔導士だ、そんなバカな真似はしないさ」
クラージュは、ラルフが雇い主にゲルタと話をする場を用意するよう依頼されたのかと考える。
「お前がいいなら『闇の後宮』への正規の依頼として雇い主から店に依頼を出させるがどうする?」
冒険者の店を仲介して、ゲルタを騙し討ちして捕らえるような真似をしたら冒険者ギルドを敵に回す事になる。
依頼主が報酬を踏み倒したり騙したりしないように対策するのもギルドの役割。
その分、仲介料として報酬の一部がギルドに行くわけであるが、ゲルタもギルドに登録した冒険者である以上はギルドに守られる。
クラージュは背後のゲルタの表情を見る。
特に不満は無いようだ。
「じゃあ店に依頼を出すよう雇い主に言っておいてくれ」
クラージュの答えに頷くとラルフは雇い主の元に向かった。