第5話…接吻の感触
「かんぱ~い!」
酒場も兼任する冒険者の店『木漏れ日亭』にクラージュたち4人の乾杯の声が響いた。
クラージュの一党では、最初は報酬の半分を一党の共有財産としてクラージュが管理し、残り半分を4人で分配していた。
その個人の取り分をどう使おうと個々の自由なのだが…
エリは金が入ると即座に賭場に飛んで行き賭事に全部注ぎ込んでしまう。
ゲルタの場合は手持ちの金で高級酒を買い漁り、最終的に全て酒代に消える。
質素倹約な女司祭のルゥは一見まともそうだが、実際は得た報酬を全て施療院や孤児院に寄付して無一文になってしまう。
結果として日々の食費やら宿代すら手元に残さない問題児たちを養うために一党の共有財産に手をつけるしか無く。
今では報酬金は全てクラージュが管理して小遣いを3人に渡す方法に変わっていた。
クラージュが管理する金から食費を払ってもらっている3人の日々の食事は贅沢とは無縁なのだが、唯一の例外が仕事を1つ終えた時の打ち上げの宴会。
「私、この羊の焙り肉を」
「私は血が滴るような生肉が欲し~い」
この日だけは何を注文しても良いと決まっているのでルゥとエリは普段は食べられない肉料理を注文する。
「麦酒大杯で!」
もう何杯目かもわからない酒を注文するゲルタ。
クラージュはクラージュで、果汁ジュースを飲みながら新鮮な野菜のサラダを口に運んでいる。
肉が嫌いなわけでも食べられないわけでもないが、森妖精のシシリィが肉より野菜や果物を好んだのがクラージュにも移っていた。
命掛けで何時死ぬかも分からない冒険者。
だから楽しむ時には思いっきり楽しむのが冒険者の流儀。
4人は精一杯今を楽しんだ…
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『木漏れ日亭』の酒場は深夜でも営業している。
2階が宿屋になっており、ここを根城にしている冒険者が多いのも1つの理由だろう。
満腹まで食べ、騒ぎ疲れたクラージュが卓で居眠りし始めている。
夜に生きる捕食者たちは、その寝顔に肉食獣の笑みを浮かべた。
昼間の小柄で非力な姿とは裏腹にクラージュを軽々と担ぎ上げるエリジェーベト・ラウ。
「あらあら大変?こんな場所で寝ていては風邪をひきますよ」
ニコニコと張り付いた笑みではなく爛々と瞳を光らせる肉食獣の笑みを浮かべるルゥ。
「ゲルタ、ほいっ!」
クラージュの懐から財布を抜きゲルタに投げるエリ。
それで今夜の代金を払っておけ、という事と。
しばらく寝室には来るなという意思表示だろう。
「まあ童貞くらいは、アイツらに譲ってやるさ」
そこに拘りは無いゲルタは少年を捕食しようと巣穴に運ぶ2匹を見送り。
共有財産の財布の中身を確かめ、もう一杯麦酒の大杯を注文する事にした。
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「ふふふ…美味しそう…」
女性陣3人が借りている部屋の特大サイズのベッドにクラージュを寝かせてエリジェーベト・ラウは服を脱がせていく。
そして、顕になったクラージュの白い首筋を涎を垂らさんばかりに凝視した。
エリの後ろで衣擦れの音がして一緒に部屋に入ってきたルゥが全裸になっているのも気付かぬくらいに、エリは発情した熱い息を吐き。
自分の服を脱ぎ捨てたエリは、下着一枚に剥かれたクラージュの首筋に唇を寄せた…
「待ちなさい!」
そのエリの頭を後ろからルゥが掴む。
「離せクソ狼!!」
「私が最初!貴女は後よ!」
「はぁ?
ルゥ、何言ってるんだ?」
「私がクラージュさんの始めてを貰うって言ってるのよ」
エリの瞳が赤く輝き始める。
「はぁ?夜の私に勝てるとでも思ってるのか?」
頭を掴むルゥの手を振り払い大きな八重歯を剥き出しにしながら睨み付けるエリ。
「尻尾も無い貴女が、夜の私に勝てるわけ無いでしょう」
ルゥの声と同時に部屋に濃い獣臭が漂い始める。
やがて睨みあった2匹はお互いの顔面目掛けて同時に拳を振るった!
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「あれ?」
目覚めたクラージュは見慣れない天井に首を傾げる。
酒を呑んだわけでは無いが、寝落ちするまで騒いだような気がする。
では眠ったクラージュを誰かが宿まで運んでくれたのだろうか?
「この部屋は…」
よく見れば見覚えがある。
2階が宿屋になっている『木漏れ日亭』に女性陣3人が借りてる部屋。
どうやら眠ってしまったクラージュを自分たちの部屋に連れてきて寝かせてくれたらしい。
「ん?」
特大サイズのベッドの上で上半身だけ起こしたクラージュは、自分が裸なのに気付く。
「えっ?何で裸?」
そして次に自分が裸な事よりも大きな問題に気付く。
それは床で折り重なって眠っているような2人。
いや眠っているというより、お互いの顔面に拳をめり込ませて気絶してるように見える2人。
彼女たちは、全裸だった。
「なっなななな!なぜに裸?!」
そしてクラージュに戦慄が走る。
まさか昨夜、2人と身体の関係を持った?!
『クラージュも年頃の男の子だものね。
女の子に興味を持つのは普通の事なのよ。
私を好きだと言ってくれたのも、結婚しようって言ってくれたのも、女の子とそういう事がしたかっただけで、相手は誰でも良かっただけよね』
クラージュの脳内でシシリィが笑顔で恐ろしい事を言っている。
その笑顔は、クラージュが貧民窟で犯罪に手を染める子供たちの仲間に入りかけた時に、激怒して止めてくれた時のシシリィの顔より怖かった。
推定年齢15歳のクラージュは貧民窟出身と思えない程に貞操観念が固い。
いや単純に始めては初恋の相手であるシシリィじゃないと嫌という理想を持っているだけかもしれない。
どちらにしても、こんな美少女を抱けてラッキー!なんて発想はクラージュには一切無い。
クラージュは恐る恐る自分の下半身を隠す毛布を剥がしてみる。
クラージュの涙が零れそうな瞳に映ったのは…
しっかり下着を履いた、自分の下半身だった。
「良かった~」
自分がシシリィ以外と関係を持ったわけでは無いと知ったクラージュは、安堵のタメ息を吐く。
「それにしても…」
普段は3人同じベッドで寝ているのだろう特大サイズのベッド。
同性と同じベッドで同衾というのはどうなんだろう?とクラージュは考える。
こんな部屋でも普段クラージュが寝起きする男性冒険者用の大部屋より圧倒的にマシなわけだが。
「ん~」
クラージュの隣から艶かしい声がした。
声の方を見れば、当然そこに眠っているのは、この部屋で寝起きする3人目である闇妖精のゲルタ。
普段から寝る時はそうなのかは不明だが、ゲルタも全裸だった。
森妖精と似た特徴を持つ美貌に豊かな胸。
単純に見た目だけならクラージュの好みに近いゲルタの艶かしい姿。
クラージュの脳内の闇妖精の姿をした悪魔が囁く。
「やっちまえ!どうせシシリィにはバレねぇよ!」
それに対してクラージュの脳内の森妖精の姿をした天使が囁く。
「シシリィなら謝れば許してくれるよ!」
理性が本能に負けそうになるクラージュは無意識に自分の唇を舐めた。
その瞬間に思い出したのはシシリィとの接吻の感触。
それを思い出したクラージュは下着一枚で女性陣の部屋を飛び出した。
「あっ?」
「おっ?」
「えっ?」
時刻は早朝、男性冒険者用の大部屋から次々に出てくる男たち。
彼らは当然それを見た。
美少女3人が泊まる部屋から下着一枚で出てくるクラージュの姿を…
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「聞いたか?」
「やっぱり、そうじゃないかと思っていたぜ」
「不潔…」
一階の酒場の隅で朝食を食べるクラージュの耳にヒソヒソと噂話が聞こえる。
その内容は…
あの闇妖精が居る一党は、頭目の後宮であり、全員と肉体関係があるという噂。
「違うのに…違うのに…シシリィ~」
推定年齢15歳の少年は卓に突っ伏して涙を流した。