第49話…仕事と女、どっちが大事なの?
ほんの少しズレていたなら…
クラージュの傷口を見たルゥの顔から血の気が引いた。
傭兵の剣はクラージュの動脈を斬り、治癒魔法が無ければ出血で命はなかった。
それ以前に、少し剣先がズレていたならクラージュの首は胴と離れていただろう。
「ははは…ちょっと失敗しちゃったね」
そう笑ってクラージュは、大丈夫だと手を振る。
「笑い事じゃありませんよ!
クラージュさん、死ぬところだったんですよ!」
ルゥが涙目でクラージュに抱きつき、クラージュの命があった事を復讐の女神に感謝しつつも苦言を呈する。
「良かった~!」
エリが安堵の吐息を漏らす。
ゲルタもクラージュが無事だった事に微笑む。
そして…
「ああ…時間切れか…」
ゲルタが纏っていた炎が消え、ゲルタは糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。
「ゲルタッ!?」
クラージュが自分が一瞬前に死にかけた事も忘れて、倒れるゲルタに駆け寄り、抱き止める。
「ルゥ!ゲルタに治癒魔法を!」
そう叫ぶクラージュに、ルゥは首を横に振る。
ルゥの治癒魔法でも、ゲルタを癒せない。
それを知っているルゥは首を横に振る。
(ああ…クラージュの腕の中で眠れるなら…幸せだな…)
恋する男の腕の中で眠れるなら、無理をした甲斐があった。
そう思うゲルタの身体は…
クラージュが何か叫び、ルゥが何か言っている。
その言葉も…もう聞こえず…ゲルタ・ゼーツレイフは眼を閉じた。
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「ですから!体力と魔力を限界以上に使ってしまったんです!
治癒魔法だって万能じゃないって理解して下さい!」
ルゥが無理をして倒れたゲルタの身体について説明している。
「このまま目覚めないなんて事は無いよね?」
気絶しているゲルタを抱き止めたままクラージュは確認する。
ルゥは他の人には聞こえないように、クラージュの耳に囁く。
「肉体的には半日もすれば目覚めると思いますが…」
一拍置いてルゥは、ゲルタの切り札の弱点を明かす。
「魔力はダメです。
2~3日は一切魔法が使えなくなります」
短時間だけ戦闘力を爆発的に上げるのと引き換えに、体力と魔力を消費し尽くす魔法。
闇妖精ゲルタにとって、自分の命を狙う相手から身を守るのに、体力を消費し尽くし眠っている時間と魔力を消費し尽くし魔法を使えない時間の存在は致命的。
炎の魔人化の魔法の存在を知られ相手に対策され、効果時間が切れてしまえばゲルタは簡単に殺される。
だから、この切り札の存在をゲルタはクラージュにも隠していた。
それをゲルタはクラージュの手柄のために曝した。
人族の世界では、いつ命を狙われるか分からない身のゲルタが自分を守る切り札をクラージュのために曝した。
「ゲルタ…」
クラージュはゲルタを抱き上げ、柔らかい草地になっている道の端にお姫様抱っこで運ぶ。
「いいな~」
「何て羨ましい…」
エリとルゥが何か言っているがクラージュは無視する事にする。
そして、クラージュは木陰でゲルタを膝枕して休ませる。
「…」
その様子を蜥蜴人のガガは横目で見る。
蜥蜴人という種族は、光属性側の種族であり人間と敵対しているわけでは無いが、その容姿から生理的に受け付けないという人間は多い。
それは普通の蜥蜴や蛇に生理的嫌悪感を持つ人間が多いのと同じだろう。
だからガガは周囲に伏兵といった脅威が無いか警戒しながら仲間たちの到着を待っていた。
撤退する傭兵たちと擦れ違う仲間たち。
「カーウェルは騎士の方々を!」
「心得ました!」
クラージュたちに、僅かに遅れて到着したラルフたち『鉄の獅子』
ラルフは傷つき倒れている騎士たちの治療を神官戦士カーウェルに任せ。
尻餅をついたまま拾った短剣を握り締め震えている領主代行ベアトリス・エールワーズの元に向かい、貴族令嬢に礼儀を示す騎士の真似事で片膝を地について話しかける。
「アシュール公爵家に領内見廻りのために雇われました冒険者『鉄の獅子』のラルフ・アッドであります!
勝手ながら領主代行ベアトリス様の危機と思い助成させていただきました!」
「あ…ああ…」
ベアトリスは、まだ放心しつつも小さく応える。
鉱妖精のグスタフが騎士たちの兜を脱がせ、呼吸を楽にした後、カーウェルが治癒魔法で騎士たちの傷を癒していく。
盗賊のラタは、クラージュが頭を射貫いた傭兵の遺体を、雇い主や傭兵の所属に関係する物が無いか調べている。
魔導士のアントニオは、少し離れた場所で倒れている領主代行側の魔導士に駆け寄り肩を貸して立たせていた。
「…」
ガガは道端で仲間の闇妖精の女に膝枕しながら頭を撫でてやっているクラージュと、それを羨ましそうに指を咥えて見ている2人を見た。
「領主代行に恩を売る機会だっただろうに…」
領主代行を守った功労者は闇妖精の女とクラージュだろうに、領主代行と騎士たちの記憶には『鉄の獅子』の面々しか残らないのでは無いか?
「だから出世できないんだろうな」
自分の出世や利益より仲間を優先するのは美徳かもしれないが…と、世渡り下手なクラージュに、ガガはポリポリと顔を掻いた。
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「お嬢様」
治癒魔法で傷を癒したプーナー騎士隊長が、ベアトリスの指が硬直して握り締めたままになっている短剣を離させた。
「あ…ああ、大義であった…」
ベアトリスは、やっと状況を認識出来たのか片膝をつくラルフに礼を言う。
治療された2人の騎士と冒険者たちが協力して亡くなった兵士と侍女を道端の草むらに寝かせ目を閉じてやっている。
「すみません騎士隊長、気絶していたようで…」
「いや、ハイアッグ殿が無事で良かった」
魔導士ハイアッグが冒険者の肩を借りて歩いてくる。
生き残った護衛は騎士3人と魔導士ハイアッグのみ。
「無理にでも引き返していただくべきだった…」
プーナー騎士隊長は、自身の不明を恥じる。
そして助けに駆けつけた冒険者に向き直った。
「『鉄の獅子』のラルフ君だったか?
助成に感謝する」
「冒険者の店『木漏れ日亭』を拠点とする一党『鉄の獅子』の頭目ラルフ・アッドです。
以後、お見知りおき下さい」
「うむ」
プーナー騎士隊長が、目立つ獅子面の兜を忘れる事は無いだろう。
これで『鉄の獅子』は騎士隊長と縁故が出来たと言えるのだが…
「ところでラルフ君…」
「はい騎士殿…」
騎士隊長の視線の先をラルフも見た。
その先では…
「私もクラージュに膝枕して欲しい~」
「エリは、前にしてもらったでしょ!
クラージュさん、私にも膝枕して下さい!」
見目麗しい闇妖精の女奴隷を膝枕しながら、美少女2人に両腕を引かれているクラージュ。
あれは何だ?というプーナー騎士隊長の表情にラルフは…
「あれも『木漏れ日亭』を拠点にする冒険者一党『闇の後宮』です」
と、紹介しておいた。
しかし、領主代行を前にして痴話喧嘩しているような一党に、領主代行を救った優秀な冒険者という評価がつく事はないだろう。
「そういうところだろ…」
ラルフは、領主代行に恩を売る機会を逸したクラージュにタメ息をついた。




