第39話…彼女の慟哭
村から多数の煙が上がっているのが見えた。
炊事の煙などでは無い黒い大煙。
大火災か?
村が焼き討ちされたのか?
何らかの非常事態である事は確実だろう。
そう判断した冒険者たちは走り出す。
先頭を走るラルフの目に、村の境界線を示す法典神の聖印が刻まれた石碑が見えた。
そして村から必死に逃げてくる若い女性。
彼女を追いかけるのは、乱杭歯を剥き出しにした醜い顔に下卑た笑い浮かべる緑色の肌の小柄の亜人たち。
「小鬼かっ!?」
獅子面の派手な兜を陽光で輝かせラルフは両手持ちの大剣を手に走る。
しかし、ラルフが女性を助けれる距離まで近づくより前に、小鬼の武器が女性を引き裂くだろう。
走る冒険者がラルフだけだったならば!
「魔力よ!光の矢となれ!」
長杖を振り上げ、魔導士アントニオの呪文魔法が完成する。
呪文魔法とは、決められた呪文と紋章の組み合わせにより魔力を操り物理法則を上書きする技術。
予め長杖に刻まれていた紋章がアントニオの唱える呪文に反応し魔法を発動させ、数本の光の矢が放たれた。
「ヒッ!?」
逃げてきた女性は、前方から走ってくる冒険者が放った光の矢が自分の向かってくるのに悲鳴を上げて目を閉じた。
放たれた光の矢は、魔導士と小鬼の間に居る女性を貫くのか?
いや、これは物理法則を上書きした魔法の力。
光の矢は軌道を変え女性を避け小鬼たちに突き刺さった。
先頭で女性を追いかけていた4匹の小鬼が光の矢に貫かれ倒れた隙にラルフが女性と小鬼の間に割って入る。
「おぉぉぉーっ!!」
咆哮と共に横薙ぎに振られる刀身長150cmを越える大剣が、3匹の小鬼の首を斬り跳ばす。
派手な獅子面に恥じぬ膂力と技量による一撃だった。
しかし、大きく大剣を振り抜いたラルフは体勢を崩し無防備となる。
そこに棍棒を振りかぶった大柄な小鬼が襲いかかった。
強小鬼。
人間の成人男性並みの大きさを持つ小鬼の上位種。
強小鬼に殺された仲間への憐憫など無かった。
ただ体勢を崩し、即座に反撃が出来ないラルフをバカにしながら棍棒でラルフの頭を叩き割るだけだ。
しかし、ラルフにも共に戦う仲間が居る。
背が低く脚が短いため出遅れた鉱妖精の戦士グスタフ。
ラルフを庇い前に出たグスタフに強小鬼は目標を変え棍棒を叩きつけた。
棍棒は確かにグスタフの頭に叩きつけられた。
鋼鉄製の兜があるとはいえ、その衝撃は計り知れないだろう。
しかし、グスタフは怯む事も止まる事も無かった。
人間より圧倒的に高い筋力と頑丈な肉体を持つ鉱妖精。
高い筋力は身に纏う鎧の分厚さを保証し、頑丈な肉体は強小鬼の一撃にビクともしない。
「ぬぅん!!」
そして、その怪力で振られた巨大な戦斧は、受け止めた棍棒ごと強小鬼を真っ二つに叩き斬った。
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「もう大丈夫ですよ」
イシュリス王国で主に信仰される3柱の善神。
法典神リマシュ、天候神バル、そして戦神ルガヌス。
人々の生活を支える鉄製品を作る鍛冶神としても知られる戦神ルガヌスの聖印が刺繍された上着を着た神官戦士カーウェルの姿に女性は安堵したのか泣き出した。
「神官様、ありがとうございます」
何度も礼を言う女性にカーウェルは村の状況を聞こうとしたが、その時間も必要も無かった。
「ラルフ!とんでもない数の小鬼だ!」
いつの間にか村の入口にあった見張り櫓に登り、村全体を見渡した盗賊のラタが叫ぶ。
「小鬼どもを村から排除するぞ!」
そう叫ぶラルフだが、助けた女性をどうするか迷った。
『安全な場所に逃げろ』
吟遊詩人が詠う騎士物語や英雄伝説では定番の台詞かも知れないが、実際には安全な場所など無い。
ラルフたちが他の村人を助けに行った隙に、別の小鬼が女性を襲うかも知れない。
そして危険な戦場に女性を連れて行くわけにもいかない。
「くそっ!」
時間が無い。
この時にも他の村人たちが襲われているだろう。
その時だった。
「きゃああああーっ!!」
女性が甲高い悲鳴を上げた。
彼女の眼に写るのは小鬼たちを操る親玉の姿。
「闇妖精っ!!」
そう叫ぶ女性の視線の先。
『まあ、そうなるよな』と納得しながら、ラルフたちは人族と敵対する邪悪な亜人たる闇妖精ゲルタが仲間たちと走ってくる姿を見たのだった。
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神官戦士カーウェルの後ろに隠れながらゲルタに脅える女性。
ラルフは、自分たちより戦闘力に劣るが小鬼程度ならなんとかなるだろうクラージュ達に女性を預けて他の村人を助けに行こうとしたが、脅える女性にどう説明するものか迷う。
その状況をゲルタも理解したのだろう。
女性を安心させるためにゲルタは手っ取り早い方法をとる事にした。
ゲルタは、クラージュの顔を両手で挟み。
その唇を奪った。
「んーっ?!んんーっ?!」
唇をゲルタの唇で塞がれ、言葉を発せずに混乱するクラージュ。
ゲルタは離れた2人の口から唾液が糸の引く様を女性に見せつけながら言った。
「安心しろ。
私は、この男の性の奴隷だ」
「えっ?ええっ?」
ゲルタとクラージュの顔を行ったり来たりする女性の視線。
「クラージュ、この人の事を頼む。
俺たちは他の人たちを助けに行く!」
ラルフがクラージュに言うが…
「舌…入れてくるなんて…」
愛するシシリィ以外と接吻してしまった事でクラージュは涙目になっており、聞いていなかった。
「此方は任せろ」
クラージュに代わりゲルタが答えるとラルフたちは村を助けるために走り出す。
そして、ゲルタとクラージュ接吻した瞬間、『ブチッ!』と何かが切れる音が三回したが、クラージュに気づく余裕は無かった。
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それは小鬼の中でも最上位と呼ばれる種だった。
大きく強靭な肉体と高い知能をあわせ持つ小鬼王。
その小鬼王の中でも、多くの冒険者一党を返り討ちにし、人々から恐怖され『虎髪』の異名を与えられた個体。
森の中の小高い丘の上。
虎髪は異名の由来となった縞々模様の長い髪を振り乱し村を襲う小鬼たちの動きを見ていた。
虎髪の周りには側近である暗黒魔法を操る小鬼巫覡と親衛隊と呼ぶべき複数の強小鬼。
村を助けに入った冒険者たちを殲滅するのに不足ない戦力の小鬼たち。
「何で…何で…よりによって闇妖精なんかと…」
不意にした声に虎髪は驚愕する。
自分も部下たちも、その女が姿を表すまで存在に気づかなかった事に驚愕する。
自分の下腹部に爪を立て、顔を伏せて泣いている森妖精の女。
「ホォォーイ!!」
虎髪は配下に森妖精を殺せと命じた。
だが、倒れたのは配下の者たちだった。
何が起きたのか小鬼という種の中で破格の知能を持つ虎髪にも理解出来なかった。
泣いている女が顔を上げた。
それだけで虎髪の配下でも精鋭中の精鋭の者たちが絶命したのだ。
そして虎髪は見てしまった。
涙を流す女の顔を…
その氷よりも冷たい瞳を…
次の瞬間、多くの冒険者を殺し恐れられた虎髪は、絶命した。
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接吻だけだった。
男に抱かれる事が出来ない身体のシシリィに出来る事は、接吻だけだったのに…
「あああーっ!」
クラージュが自分以外の女性と接吻する姿を見てしまったシシリィの慟哭が森の中に響いた。




