第32話…ライバルと組むんですか?
「一緒に依頼を?僕とラルフが?」
城塞都市アシュールを含む一帯の領主代行からの依頼を『鉄の獅子』と『闇の後宮』の合同で受けないか?という話にクラージュは首を傾げる。
周りが勝手に好敵手扱いしている2人だが、実際はそこまで仲が悪いわけでもない。
しかし、若手冒険者の一党の中で、戦闘力に優れバランスが取れた『鉄の獅子』が、はっきり言って残念な能力しかない『闇の後宮』と組むメリットは全く無いだろう。
仮に『鉄の獅子』で戦力が不足する仕事なら単独で活動している冒険者を助っ人に雇う方が合理的だ。
疑問顔のクラージュ。
その後ろの卓では、エリが買ったばかりの軽弩を使いこなせるように練習し、ゲルタが「私は、あんな痛い女にはならないぞ」と謎の呟きを漏らし、ルゥが小さな銀色の狼のぬいぐるみを勝手にクラージュの背嚢に縫い付けている。
つまり、クラージュとラルフの話には全く興味を持っていない美少女3人である。
「これを見てくれ」
ラルフが見せてきた領内の大規模見廻りの仕事の依頼書。
読んでみたクラージュは一応納得する。
「ラルフの一党は女が居ないからか?」
「まあ、そういう事だ。
報酬は『鉄の獅子』と『闇の後宮』で、半々に分ける。
領主代行から仕事を受けた事があるって実績は、そっちにも悪い話じゃないはずだ」
「…」
クラージュは自分の後ろで話に全く興味を示さない面々を見る。
そして小声でラルフに確認した。
「女の冒険者が欲しいのは理解したが、ウチの面子はアレだぞ」
闇妖精は論外だろうし、痴女服のルゥもお堅い仕事ではダメだろうし、小柄で軽武装のエリは冒険者に見られない恐れがある。
仮にクラージュが、領主代行に仕える役人なら、こんな面子を雇うはずは無い。
「その辺は上手くやるさ」
悪名しか無い『闇の後宮』と違って『鉄の獅子』は冒険者ギルド内でも評価が高い。
『鉄の獅子&助っ人4人』とかで申し込むつもりだろうか?
クラージュは少し考える。
「1つ確認したい」
「何だ?」
「さっき報酬は半々って言ったか?」
「ああ、半々でいい」
クラージュの一党 は4人、ラルフの方は6人。
半々では公平とは言えない。
つまりはラルフ側が一歩譲って交渉しているという事だろう。
それに元々の報酬が安い仕事であり、ラルフからすれば金より実績が欲しいだけ。
「…」
それはクラージュにも理解出来たのだが…
「報酬は人数で分けよう、つまり4割をコッチで貰う」
「いいのか?」
「そのかわり…」
「何だ?」
「覚悟しておけよ」
その言葉の意味をラルフが知るのは、少し後の話である。
『闇の後宮』 とは真っ当な冒険者一党では無いのだと…
「エリとルゥの体力で、長距離の見廻りは…なぁ…」
途中でバテて倒れる2人を想像しクラージュはタメ息をついた。
クラージュやゲルタより体力がある『鉄の獅子』 のメンバーからすればお荷物2つを抱えるような物だろう。
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ラルフが早速依頼を受けるための交渉に向かい、クラージュは何か飲もうかと卓につく。
「ルゥ?コレ何?」
プライベートなど無い男性冒険者用の大部屋で寝泊まりするクラージュは荷物を女性陣の借りてる部屋に預けている。
そこから持ち出したのだろうクラージュの背嚢。
その背嚢に縫い付けられた銀色の狼。
「御守りですよ可愛いでしょう?」
いや、可愛いとかじゃなくてさ…と突っ込みを入れようとしたクラージュにルゥは奇妙な事を言った。
「今朝、施療院の子供たちと一緒に作ったんですよ」
施療院は貧しい人たちを、ほとんど無料で治療する慈善施設。
病気や怪我で訪れた子供たちに奉仕活動の一環として、ぬいぐるみを作って配ったのだろうか?
玩具など持ってない貧しい子供たちは喜びそうだが、何故それをクラージュの背嚢に?
その理由をルゥが口にした。
「マシロンさんが」
「は?」
マシロンといえば、遺跡で眠っていた神族・冥精の名前だ。
つまり、神である冥精が子供たちと一緒にぬいぐるみを作っていた?
「ちょっと待って、あの冥精ってルゥの故郷に行ったんじゃないの?」
「それが、途中でお腹が空いて行き倒れていた所を施療院の方々に助けられたとかで」
「何やってるの?あの神様?!」
その御礼としてマシロンは奉仕活動を手伝っていたらしい。
「施療院の院長は、マシロンさんが吐き出した金貨だけで御礼は十分だって言ってたんですけど。
ぬいぐるみを作って配るって聞かなくて」
金貨を吐いた?
あの化け物の腹の中には何が詰まってるんだ?
と、クラージュは頭が痛くなる思いだった。
「一応、神族である冥精が作ったから御守りか…」
冒険者の背嚢にぬいぐるみって何だよ…と思うクラージュだが銀色の狼を外すのは諦めた。
恩があるクラージュに渡す御守りとして九本尻尾がある狐のぬいぐるみを作ろうとしたマシロン。
仮にも神族であるマシロンの腹にボディーブローを叩き込んで、自分をモデルにした銀色の狼を作らせたルゥは獲物を狙う雌狼の笑み浮かべた。
銀色の狼のぬいぐるみを背嚢に付けたのは、この雄は自分の番いという意思表示なのだろう。
ルゥ・リミヤ。
狙った男を落とすためなら神様の腹すら殴る超肉食系女子である。