第3話…この言葉を唱えろ
冒険者は、武装し高い戦闘技能を持った無法者集団である。
そんな冒険者が食い摘めたらどうなるのか?
日々の食費にも事欠く事になればどうなるのか?
武装し戦闘技能を持つ冒険者は、盗賊団だの山賊団だの危険な犯罪者に早変わりである。
そんな状況を回避するために冒険者ギルドは存在する。
危険な無法者たちを曲がりなりにも管理し仕事を与え生活出来るようにし、冒険者が犯罪に走らないようにする。
あるいは犯罪に走った冒険者を素早く処分するために冒険者ギルドはある。
そして、ここに1つの食い摘めかけた残念な一党があった。
冒険者の店『木漏れ日亭』の高齢な店主は、銀貨20枚が入った袋を張場にドンと置く。
「金は貸してやる、利息つきで返してもらうし、1つ無償で仕事を受けて貰うがな」
冒険者ランクとは、冒険者の戦闘力ではなく信用度を表す物。
目の前の若い冒険者クラージュは最低ランクより1つ上なだけのランクD。
つまりクラージュは信用など無い新米冒険者で銀貨20枚なんて金額を貸す事は普通はあり得ないが…
「店主?いいのか?」
「お前さんたちが金に困って犯罪を犯したら、ウチの店の名前に傷がつくからな」
クラージュは店主に頭を下げ、下着姿で泣いているエリの方を見る。
「コレで借金返して装備を取り戻してこい」
「ありがと~クラージュ~お礼にオッパイくらい揉ませて上げるから~」
低身長のわりに大きなエリの胸に一瞬だけ眼をやり、クラージュは咳払いして、わざとキツい言い方をする。
「馬鹿な事言ってないで、さっさと行ってこい!」
博打狂いのダメ人間を送り出し、クラージュは店主に向き直った。
「それで仕事っていうのは?」
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依頼主は店主の友人だという男。
城塞都市アシュールから徒歩で3日程の距離にある山村ロッカより来た男は脚を怪我していた。
「定期的に来てくれていた行商人が来なくてな。
塩とか幾つか足りない物が出てきたんでアシュールまで買い出しに来たんだ」
その途中で獣に襲われ、命からがらアシュールまでたどり着いたという話。
「この脚じゃ村に戻れないから、俺がしばらく帰れない事を知らせる手紙と街で買った物を村に届けてほしいんだ」
冒険者に正規に依頼すれば、当然依頼料がかかる。
しかし、豊かとは言い難い山村から来た男は、依頼料を出せる余分な金を持っていなかった。
それを店主に相談した結果、借金の利息の一部として無料でクラージュたちに仕事をさせる事にしたという訳だった。
「話は解りました。
それで襲ってきた獣というのは?」
銀貨20枚なんて大金を即座に返すあてがないクラージュに依頼を断れるわけもなく。
可能な限りの情報を得て、道中の安全をはかるしか無かった。
「麦酒だけは何故か人間の作る物に敵わないんだよな」
「お酒といえば鉱妖精さん達の物が良いのでは無いのですか?」
クラージュの背後から、まだ酒を呑んでいるゲルタと朝食の雑穀粥を食べているルゥの話が聞こえた。
お前らも少しは仕事をする姿勢を見せろよ…と思わなくもないのだが…
闇妖精のゲルタは依頼人から警戒されるだけで信用されないため依頼人との話し合いでは役に立たないし。
他人の言葉をとりあえず信じるルゥに交渉させれば騙される可能性が高い。
博打好きのエリに任せたらハイリスク・ハイリターンの仕事を嬉々として受けそうだ。
結局、クラージュが1人で依頼人と話すのが一番効率が良いというのが一党が出した結論だった。
「一党メンバー増やしたいなぁ…」
必要と思える情報を依頼人から聞き出したクラージュは、店の掲示板に貼るメンバー募集のチラシの文面を考え始めるのだった。
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城塞都市を囲む防壁から一歩外に出ると、其処は野盗や魔物が徘徊する危険地帯。
クラージュたち4人は山村ロッカ目指して歩き出す。
荷物を運ぶ馬やロバを買う余裕など無いため、依頼人から託された荷物はルゥが背負う事になった。
これはルゥが信仰する神に『戦いで武器を使わない』 という誓いを立てており、戦闘力で一番劣るからである。
修道僧として素手での戦闘技能を身につけているにはいるが、技量が同等なら武器を持っている方が圧倒的に有利なのは言うまでもない。
もう1つの理由は回復魔法の使い手であるルゥは一党の生命線であり守る対象であるからだ。
依頼人から託された荷物と回復役のルゥを一緒にしておけば両方守るのが楽になるという考えだった。
何度か冒険を共にしてきた4人は移動時の隊列を決めていた。
斥候、野伏という警戒や罠探知技能があり戦士でもあるクラージュが先頭。
二列目に賭場から取り返した身体に密着し身体のラインが丸解りの鎧とは名ばかりの丈夫な布の服こと布鎧を着て、短剣を腰に下げたエリ。
三列目は攻撃力、防御力共に皆無なルゥ。
最後尾が精霊魔法で後ろから支援出来、後方からの奇襲に対応出来る近接戦闘力を持つ魔法戦士のゲルタ。
この4人ではベストな隊列なのだが、壁役になれる重装備の前衛が居ないアンバランスな一党であった。
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比較的安全な街道から、依頼人を襲ったという獣が居る可能性が高い山道に入る。
その入り口でクラージュは用意していた鈴を全員に配った。
「依頼人の話だと襲ってきたのは熊だと思う。
熊は普通は人間を襲ったりしないんだ。
多分、お互い気づかずに不意に遭遇して驚いた熊が攻撃して来たんだと思う」
「こちらから音を出して存在を知らせてやれば、向こうが逃げてくれるってわけか?」
クラージュの意図をゲルタが確認するとクラージュは頷く。
クラージュ以外に狩人として野外行動の知識があるルゥがニコニコ笑っているだけで反論しなかった事もあり4人は鈴を鳴らしながら山道に入って行った。
山道を進む途中、何度かルゥが止まり小さく喉から唸るような声が出ていて、クラージュはルゥが背負う荷物が重いのかと思い小まめに休憩を取る事にした。
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短い休憩を挟みながら山道を進むと川のせせらぎが聞こえてきた。
「ええーっ!!」
エリが思わず声を上げる。
彼女の眼に映るのは山道を横切る浅い川。
水面から突き出た大きな石を足場にすれば濡れずに向こう岸に行けるはずだが。
「無理!無理!無理!絶対無理!」
川を渡る事を首をブンブン振って拒否するエリ。
エリ曰く、子供ころに水に落ちて溺れかけて以来トラウマになっており水の中に落ちると身体が硬直して動けなくなるらしい。
冒険者としてどうなんだ?と言いたくなる欠点なのだが、エリに文句を言ってトラウマが消えるわけもない。
クラージュはタメ息を吐きつつ考える。
ゲルタの精霊魔法に水の精霊の力を借りて水面を歩けるようになる魔法がある。
しかし、1日に魔法を使える回数には制限がある。
こんな浅い川で使うわけにはいかない。
と、なると…
「僕が背負って渡ってやるから」
「大丈夫?落としたりしない?」
涙目のエリにクラージュは断言する。
「エリを捨てるなら、とっくの前に捨ててるだろ」
「本当の本当に大丈夫だよね?信じるからね!」
こんな浅い川を渡るのが一大イベントである。
クラージュは一度向こう岸に行き、少しでも身軽になるために革鎧を脱ぐ。
そして1人だけ川を渡れず残っているエリの下に行き、エリを背負って川を渡り始めた。
「もうヤダー!」
本気で川が怖いエリは悲鳴上げながらクラージュに強くしがみつく。
「…」
エリジェーベト・ラウは低身長に似合わぬ巨乳の持ち主である。
そして彼女の服は体型が丸解りになる程に身体に密着している。
さらにクラージュは鎧を脱ぎ、上半身はシャツ一枚である。
結果どうなるだうか?
(この柔らかい2つの物は…)
クラージュの脳に戦慄が走った。
クラージュの背中に押し付けられたのは大きく柔らかい2つの膨らみ。
つまりは、エリのオッパイであった。
クラージュは自分の顔が赤くなっていくのを感じていた。
普段は努めて考えないようにしているが、エリジェーベト・ラウは間違いなく美少女であり巨乳の持ち主。
十代の少年クラージュには美少女のオッパイの感触は生々し過ぎた。
それを考えないようにすればするほど背中に押し付けられた柔らかい物の感触が強くなっていく。
「くっくく…」
エリを背負って川を渡るクラージュの顔が真っ赤な理由を察してゲルタから笑い声が漏れる。
そして、ルゥが不機嫌に眉を寄せた。
「エリ!早く降りろ!」
やっと川を渡り終えたクラージュがオッパイの感触に耐えられずエリを落とすように降ろす。
「ちょっと酷くない!!」
尻もちをついたエリは抗議の声を上げつつクラージュの真っ赤な顔を不思議そうに見る。
「ふ~ん」
そして理由を察して大きな八重歯を見せながら嫌な笑みを浮かべクラージュの耳元で囁く。
「私の胸の感触はどうだった?」
「なっ?!」
「クラージュが触りたいなら生で触らせて上げようか?」
クラージュの首筋を見つめながらエリが蠱惑的に囁く。
クラージュが思わずエリの胸に視線を向けた時。
「きゃっ!」
ルゥのわざとらしい声が響いた。
川岸の濡れた石で足を滑らせた…のだろうか?
バランスを崩したルゥの服とも言えない布が少し擦れていた。
ルゥの巨大すぎる胸の頂点をギリギリ隠す幅しかない布が擦れたらどうなるか?
言うまでも無かった。
「っ?!」
こぼれ落ちた大きな双胸の頂点部にクラージュの眼が釘付けになる。
その視線を受けてルゥは獲物を狙う肉食獣のような笑みを浮かべる。
背中に感じたエリの胸、視界に飛び込むルゥの胸。
雄の本能に支配されそうになったクラージュは、先輩冒険者から聞いた事を思い出す。
「魔獣の中には裸の女なんて外見のヤツがいる、乳が丸出しのヤツとかもな。
そんなヤツと出会った時にはな。
心の中で、こう唱えるんだ」
唱える事で性欲が消え、冷静に戦えるようになるという言葉。
それをクラージュは心の中で唱える。
(あれは母さんのオッパイ!あれは母さんのオッパイ!あれは母さんのオッパイ!)
しかし、クラージュに実の母親の記憶はない。
彼が母親と言われて想像するのは育ててくれた美しい森妖精シシリィである。
実のところクラージュはシシリィの全裸を見た事は無かった。
クラージュが性欲など無い幼い時にもシシリィは絶対にクラージュの前で全裸にはならなかった。
それでも十年以上共に暮らしたのだからシシリィの胸を見た事はあった。
クラージュの脳裏にシシリィの胸が浮かぶ。
その胸は…絶壁であった。
言い方を変えるなら、まな板であった。
シシリィ・アナスタージア・ルオナヴェーラとは、ド貧乳の持ち主であったのだ。
「…」
シシリィの胸を想像したクラージュは自分の中の雄の本能が巣穴に帰って行くような気持ちになった。
「2人とも、バカな事やってないで先を急ぐぞ」
頬を膨らませる2人の美少女に背を向けてクラージュは歩き出した。