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いつの日か君の隣で  作者: 要
春は出会いの季節
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   幕間 〜 一ノ瀬瑞希

 暖かな春の日差しの中、私は見知らぬ土地に足をつけた。

 微かに感じる潮の匂いが、海が近いことを知らせてくれる。

 春特有の強い風が、ショートボブにカットした私の髪の間を抜け、家の屋根へと吹き上がった。

「引っ越し屋が来るまで、まだ時間があるな。」

 お父さんが2階建ての母屋を見上げる。

 白を基調とした木造2階建て、間取りは4LDK。これが今日から私とお父さんが住む家だ。

「瑞希、まだ時間があるから散歩でもしてきて良いぞ。」

 いきなり散歩・・・と言われてもな・・・。

 そう言ったお父さんは、さっさと家の裏の方へと入っていった。

 お父さんは都内に本社を構える半導体メーカーの営業をやっている。

 急に転勤とか言われたから「とうとう左遷か?」と思ったけど、どうやら2年間だけこの町にある半導体製造工場で研修をして本社へ帰るらしい。

 さすがに単身赴任は可哀想なので、私も一緒に付いてきてあげたという訳だ。

「引っ越し屋さんって、何時に来るんだっけ?」

 建物をぐるりと回り込み、雑草だらけの庭にいたお父さんに話しかけた。

「11時ぐらいに来るって言ってたかな。」

 今はまだ10時前だから、引っ越し屋さんが来るまで、1時間以上ある事になる。

 私は少し迷ったが、ここにいても暇なので、父の車のトランクから折りたたみ自転車を取り出した。

 黄色いフレームにHUMMERと書かれたこの自転車は、折りたたみ自転車とは思えない軽快な走りが自慢の一台だ。

「じゃ、お父さん、一回りしてくるね。」

「あぁ、気をつけてな。」

 私は力強くペダルを漕ぎ出すと、まだ見ぬ町並みに想いを馳せる。いったいどんな出会いが待っているのだろう。

 ペダルを漕ぎながら、意図せぬ笑みが漏れていることに気づき口を押さえた。

 危ない危ない。これでは怪しい人に思われてしまう。

 引っ越し初日にお巡りさんのお世話になるとか、冗談じゃない。

 自転車で10分も走ると、海沿いの道が見えてきた。

 残念ながら海水浴場という訳ではないが、都会育ちの私にとってはテトラポットに爆ぜる波を眺めるだけでも、充分刺激的だった。

 海風が気持ちいい。

 そう思いながら、ゆっくりと海沿いの道を走る。

「港だ。」

 それは、本当に小さな港だった。

 築地や豊洲しか知らない私にとって、そのミニチュアみたいな港は、まるで宝箱の様に目に映った。

「あっはっはっは、長靴って・・・。」

 女の子の声だ。

「邪魔すんなら、あっち行けよ。」

 男の子の声もする。

 声のする方向に目をやると、私と同じぐらいの年齢の男女が楽しそうに釣りをしているのが目に入った。

「腹が痛い。あっはっは。」

 話しかけてみようか。

 でも変な人って思われたらどうしよう。

 東京に住んでいたときは、知らない人に声をかけようなんて思った事なかった。

 あんなに楽しそうなのに、私が話しかけたら邪魔になっちゃうかな。

 ペダルを漕ぎ、一度港を通り過ぎる。

 どうしよう。

 でも話しかけなきゃ後悔する気がする。

 そう思うと、私は自転車をUターンさせ、港に戻った。

 心臓がバクバクする。

 大きく息を吸い、勇気を振り絞って一言。

「釣れますか?」

 3人が一斉に私の方を見た。


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