彼女は台風の目(2)
お昼どきの学食は戦場だ。
皆、我先にと食券を出し、昼食を受け取る。
カウンター付近はごった返し、移動するのでさえ苦労する。
「お前、瑞希ちゃんに何したんだよ。」
カツカレーを頬張りながら質問してきたのは、僕の正面に座っている大和だ。
朝の一件以来、瑞希はご機嫌斜めだ。
教室ではいつも通り笑顔で過ごしているが、僕に話しかけてくる回数は明らかに少なくなっている。
こういう細かい事に気づくところが、何かと周りに気を使う大和らしいと感心する。
「別に何もしてないんだけどな。」
トラブル発生の張本人である勇斗は、聞こえないふりをして天ぷらうどんを啜っている。
「何もしてなかったら、あんなに不機嫌にはならないだろう?お前は女心ってもんを分かってないからな。」
大和は少し呆れ顔だ。
「おーっす!むさ苦しいのが、揃ってんな。」
後ろから話しかけてきたのは、Aランチを手に持った優愛だった。
「なんだ優愛か。今から昼飯か?」
勇斗が顔を上げて、優愛に話しかけた。
「相変わらず学食は混んでるね。ここ座っても良い?」
返事を待たずに僕の隣に座り、手を合わせる優愛。
「何の話してたの?」
「晃が女心を分かってないって話。」
大和は既にカツカレーを食べ終わり、給茶機で出した麦茶を飲んでいる。
「晃が女心を分かってないってのは、今に始まった話じゃないでしょ?」
「そうなんだけどよ。今度の話はそれだけじゃないんだ。」
人差し指を‘‘ピッ!’’立てた勇斗が、大和と優愛の会話に割り込んだ。
「俺は見たんだよ。駅前で後輩の女の子と仲良さそうに歩く、晃の姿を。」
まるで怪談でも話すかのような雰囲気で、勇斗が話しだした。
大和と優愛も雰囲気にのまれたのか、『マジかっ?!』とか『怖〜い。』とか言っている。
「明るい茶色の髪をした後輩の女の子、晃に付き従うかのように商店街を歩き、遂には薄暗い店内に・・・。」
「きゃ〜〜〜!晃、サイテー!」
顎のあたりで両手を握り、いわゆる『ぶりっ子のポーズ』で僕を非難する優愛。
なぜだか勇斗と大和まで同じポーズをとっているから、気持ち悪いことこの上ない。
「ちょっと待て!ゲーセンで絡まれてるところを助けたら、お礼にお茶でもって誘われただけだよ。」
盛り上がっているところ申し訳ないが、僕の名誉のためだ、ここははっきりと訂正させて頂こう。
「晃が、人助け?」
「絡まれてる女の子を、助けた?」
勇斗と優愛が、信じられないといった顔で僕を見た。
なぜだか大和だけは「成長したな、お父さんは嬉しいよ」とでも言いたげな顔で頷いている。
「嘘だね。晃にそんな度胸がある訳ない。」
今度は優愛がフォークを‘‘ピッ’’と立てて断言する。
「嘘じゃないよ。僕はやるときはやる男だぞ!」
本当は巻き込まれただけだけど、そんな事は黙っていれば分かるはずない。
「その子ってさ、明るい茶髪のちょっときつそうな顔してたよね。」
なぜ知っている、勇斗!
「ほら、あの子みたいな。」
勇斗が、僕の後方を指さした。
明るい茶色に染めた髪、少しきつめではあるが整った顔立ち、スラッとしたスタイル。
信じられない事に勇斗が指したのは、戸田咲希本人だった。
「っていうか、あの子は晃が一緒にいた子じゃない?」
「さあ、どうだったかな。」
僕は勇斗の問にとぼけてみせた。
「ねぇ、そこの1年生!」
突然、優愛が立ち上がり、咲希ちゃんに声をかけた。
「優愛、やめろよ。迷惑だろ。」
「大丈夫、ちょっと話を聞いてみたいだけ。」
いつものことであるが、優愛は僕の静止に全く聞く耳を持たない。
「はい、何でしょうか?・・・あれ?晃先輩?」
怪訝そうな顔でこちらへ来た咲希ちゃんの表情が、僕の顔を見ると綻んだ。
「晃がね、君が絡まれていたところを助けたって言うんだけど、ホント?」
自己紹介もせずにいきなり質問を投げかける優愛。
万事休す。僕はウソつき決定だ。
でも分かってほしい。決して嘘を付きたかったわけじゃない。ただ単に「少しだけ話を盛っておこうかな」って思っちゃっただけなんだ。
会話を弾ませたかっただけなんだよ、ちょっとだけ自分を良く見せようと思う気持ちは、誰にでもあると思うんだよね。
咲希ちゃんと目が合った。
少しだけ意地悪な笑顔を見せる咲希ちゃん。
あぁ、これは「私、助けられてなんかいません」って言う流れだ。
「晃先輩は・・・。」
皆が咲希ちゃんの言葉に注目する。
頼むよ咲希ちゃん。
「私がゲームセンターで絡まれてる時に・・・。」
次の言葉は何だ?
僕は“ゴクリ”と、唾を飲み込んだ。
「助けてくれたんです!」
よっしゃ!よく言った、咲希ちゃん!
「もう、大学生の人たちの胸ぐらを掴んで「俺の女にちょっかい出すな」とか言って、ホント格好良かったったんですよ。」
咲希ちゃん、さすがにそれは盛りすぎ。
でも。これで僕の嘘つき疑惑は晴れたわけだな。安心安心。
それにしても、さすが美桜先輩の妹だ。
僕の危機をいち早く察知して、回避してくれるなんて、なんて優秀な姉妹なのであろうか。
そう思っていたら、携帯にメッセージが届いた。
送り主は咲希ちゃんだ。
僕はメッセージアプリを開き、内容を確認した。
――せんぱ〜い、話盛りましたね(笑)
――ごめんごめん。でも助かったよ。
――いいですよ別に。今度、何か奢ってもらいますから♪
咲希ちゃんはこちらを見て、ニッコリと微笑んだ。
この嘘は高くついたな・・・。




