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ロク  作者: にゃんちぃ
第六章 囚われの身
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一話:今際の際からの生還

 


 二人の子供。



 その子供たちを、僕は知らない。知らないけれど、兄弟だとわかる。目鼻立ちが、本当によく似ている。二人の姿はやつれ、身に纏うものは布切れ一枚。裸足で歩くその姿は、まるで貧しい身寄りのない孤児のようだった。が、二人には顔も知らない父親がいる。


 二人は、その父親に逢いに行こうとしていた。自分たちが唯一頼ることができる存在の父に……。


 なぜかはわからないが、僕はそのことを知っていた。そして僕は道を尋ねられる。不思議とその父が居るであろう場所も知っていた。この道をしばらくまっすぐ進んで、こうして、ああして……。説明をすると、兄の方は「ありがとうございます」と頭を下げる。



 そうして別れたハズなのだけれど、なぜかそのまま、僕は二人の様子を俯瞰していた。



 僕が説明した通りに、二人は歩を進める。

 このままちゃんと進めば、辿り着ける。ただ、兄の方は自分たちの進む道が合っているのかどうか、わかっておらず、不安そうな表情をしている。弟の方はというと、ただ泣きながら付き従うだけである。


 歩みを進める兄弟の前から、一人の婦人が歩いてくる。

 ちょうどすれ違おうとするとき、兄の方が駆け寄り、僕にそうしたように道を尋ねる。すると、婦人はなぜか、違う方向を指さしている。


(そっちは違う!)


 僕のその声は届かず、兄弟は婦人の指さす方向へと向きを変え、間違った道を進んでいく。


(ああ、なんということだ)


 もう一度、教えることは叶わない。僕にはどうすることもできず、ただ見ているだけしかできなかった。二人は目的の場所からはどんどん遠ざかる。どうなってしまうんだろうと心配で、二人の姿から目を離せずにいた。早く間違いに気づいてくれ。



 ほどなくして、また兄はすれ違う人に声をかけている。今度はおじいさん。そのおじいさんは、同じように道を教えていた。お礼をしているのであろう、兄は頭を下げると、二人は来た道を戻っていく。


(よし! それでいいぞ!)


 今度は順調に進んでいる。そのまま無事に目的地へ、父に逢えることを願うばかりである。

 あともう少しで到着する、というところで、兄は不安そうに通りすがる人に再び道を尋ねる。

 そうしてまた、違う方向へ導かれる。


 (おい、これは……、これは…………)



 二人の兄弟は、永遠のそれを繰り返すばかり。

 二人の兄弟は、永遠に目的地に辿り着かない。

 二人の兄弟が、父に逢うことはなかった。




     ※     ※     ※




 夢を見ていた。

 なんとも言えない、物悲しい夢。



「目が覚めたか」



 ―― !! ――



 突然の声に、現実へ引き戻される。

 誰だ! ここはどこだ! 起き上がろうとして、



 ―― 痛っ!! ――



 左腕に激痛が走る!


 その左腕を庇うように、

 ほかの箇所に力が入ると、

 左腕ほどではないにせよ

 痛みが走る!


 どこもかしこも痛い。

 ああ、思い出した。

 僕は霊虎にやられたんだ。



「応急処置はしている。が、まだ動けぬであろう」


「な……ゴホッ、ゴホッ……」



 体中に激痛が走る。


 くそっ!

 話すことすらできないのか。

 激痛を堪え、なんとか痛みを抑えようと

 ゆっくりと呼吸を整える。



「ふん、安心しろ。今、お前を殺しはしない。動くな、しゃべるな、聞け!」



 ベッドのすぐ脇にいる霊虎を睨みつける。が、それが精一杯だった。

 覚醒が進むにつれ、体中の傷みがますますはっきりとし、異常なまでの熱さを自覚する。まるで体が燃えているようだ。明瞭なつもりでいた意識も、本当は酷く朦朧(もうろう)としていることにも気付く。まったくダメだ。何もできない。



「傷の処置はしたが、我はお前たち人間を回復することはできぬ。ここで朽ち果てるも、生き長らえるも、お前次第だ。なぜ殺さぬのか、それが気になっておるであろう。それだけ話しておく。

 お前を瀕死にまで追い込んだ後、我はお前が手放した天叢(あまのむら)雲剣(くものつるぎ)を手に取った。お前から奪うものはそれだけでよいからな。そのままお前を始末するつもりでいたが、あろうことか、手にしたハズの天叢雲剣は忽然と姿を消した。間もなく死にゆかんとするお前を改めて見ると、驚いたことに、その体内に(つるぎ)の気配があるではないか。どうしたものか考えた末、生かしてみることにした。そうして、お前に応急処置を施したということよ。

 もう一度言う。死ぬるも生きるもお前次第だ。お前が死んで、天叢雲剣が手に入らぬのは(くち)()しいが、それも運命、仕方あるまい。もう眠るがよい」



 痛みと高熱で意識が混濁する中ではあったが、霊虎が天叢雲剣を手にできなかったことだけはわかり、心の中でほくそ笑んだ。ざまあみろだ。そうしてそのまま、再び意識を失った。




     ※     ※     ※




 また、兄弟がいる。


 雪降る橋の上で、肩を寄せ合う。

 兄はうな垂れ、肩を落とし、弱々しく座り込んでいる。

 弟は膝を抱え込んだまま、寒さに震えている。

 涙はもう、枯れてしまったようだ。


 もう歩くことを諦めていた。

 いや、もう、歩くことができないでいた。


 僕はまた、俯瞰しているだけだ。

 むしろ、見ることしかできない。

 声を掛けることもできなかった。


 やがて、二人とも目を瞑る。

 じっとして、動かない。

 道行く人はいるのに、二人を見向きもしない。


 僕は悲しみが込み上げる。

 誰か、助けてやってくれ!


 それでもやはり、僕が声をあげることは叶わない。

 胸が締め付けられる。




 ※     ※     ※




 寝覚めは最悪だった。

 僕は涙を流していたらしい。あの兄弟はきっと、あのまま死んでしまったんだろう。暗くどんよりと、重苦しい気持ち。身を動かすこともなく、夢の中での出来事を反芻(はんすう)し、その夢を見た意味を考えていた。


 僕のお迎えというわけではなかったのか……。まぁ、僕に弟はいないしな。それにしても、どうしてこの夢を見たんだろう……。誰か死んだんだろうか……。もしかして、僕の救助作戦でも展開されて、ロクやシャル……、いや、アイツらは女性だしな。兄弟……、リモーリとネモーリか!




「あ、お目覚めになりましたですか。お加減はいかがですか?」



 唐突に、子供のようなやや甲高い声が、僕の思考を遮る。その方を見やると、白い鼠の霊がいた。首を動かすことはできたが、体中は相変わらず痛い。けれど、我慢できない痛みというわけでもなくて、途中で目覚めたときに比べればずいぶんとマシになっていた。白鼠(しろねずみ)の霊はさらに声をかけてくる。



「テメエのお世話係をするように言われていますです。何なりとおっしゃって下さいです」


「僕は、どのくらい眠っていたんだ?」


「一度目覚められてから丸一日です。初めは二日間ですから、合計三日です」


「そうか……。ありがとう」


「いえ、どういたしましてです。何か、食べたいですか?」


「いや……、ああ……水が飲みたいかな」


「わかりましたです。持ってきますです」



 白鼠はそういうと、部屋を出ていった。



 丸三日か……。ロクのヤツ、心配してるだろうな……。



 さて。先ずは自分がどの程度回復してるのか。しゃべることはできる。体を起こしてみようと思ったのだが、そうして激痛に襲われたことを体が覚えていた。身が(すく)む。



 ああ、途中で目覚めたときにエライ目に遭ったんだった……。



 前回に比べればマシになっているとはいえ、やはり体を起こすという動作は激痛を伴うであろうことが容易に想像できる。そろりそろりとゆっくりと、体を起こす。



 ―― 痛! ――



 体中に激しい痛みが走ったが、ムリは利きそうである。気づけば、左腕はガチガチに固定されている。まあ、複雑骨折といったところなんだろう。こういう状況になると、いつもロクがすぐに治してくれていたことが、とてもありがたいことであったのがわかる。と同時に、人間の弱さというか脆さというのを、改めて感じてしまう。ともあれ、この現状で霊虎と戦うことはもちろん、動き回ってこの拠点を調べまくるということも不可能であることは明白だった。

 ベッドの脇を見ると、ゴミ箱のようなものがあり、そこには血の滲んだ包帯が捨てられている。もちろん、僕の血なんだろうけれど、誰かが変えてくれていたということだろうか? そう思いながら改めて自分の体を見てみると、すっかり包帯でぐるぐる巻きにされていて、もはやミイラさながらの様相となっていた。



 あれ? 羽衣はどうなった? 羽衣なしじゃ死んでしまうはずなんだけれど……。



 反対側に目をやると、ベッドの脇に小さな台のようなものがあり、そこに洗濯されたのだろうか? 穴だらけではあるが綺麗になった僕の衣服と、羽衣が畳んで置かれていた。となれば、ここには気圧と温度を調整する防御網なりが張られているということになる。もちろん、防御網には探知機能もあるだろうから、これは迂闊にこの部屋を出ることもできないということだ。軟禁状態、囚われの身ということだな……。




 ほどなくして、白鼠の霊が水を入れたデキャンタとコップを盆に載せ、器用に両手で頭の上に抱えて戻ってきた。



「お待たせしましたです。あ、もう起き上がれましたですか。よかったです」


「ああ、おかげさまでな。ありがとう」



 白鼠の霊は自分の身の丈よりも大きなデキャンタを両手で抱えると、コップに注ぐ。なんだかとても危なっかしくて心配だったが、器用に上手に注ぐと「どうぞです」と僕に、水の入ったコップを両手で渡してくれた。三日以上ぶりに飲む水は、とても美味しく、体全体に染み渡った。



「僕の服を洗ってくれたのは、お前なのか?」


「はいです! 洗濯はお任せあれです」


「包帯を変えてくれたのも、お前なのか?」


「はいです! でも、おいらだけではムリなので、トラセンセーに手伝ってもらってです」


「トラセンセーってのは、霊虎のことか?」


「レイコ? トラセンセーはトラセンセーです」


「ああっと、その、ここで一番エライ、虎の霊のことか?」


「はいです! トラセンセーは何でも知ってて、おいらを助けてくれたすごいセンセーです」


「そうか。洗濯も包帯も、ありがとうな」


「いえいえです」



 センセーか……。ずいぶんと好かれているんだな……。



「お前の名前はなんていうんだ?」


「おいらですか? おいらに名前というのはありませんです。けれどトラセンセーはおいらのことをシロネって呼びます」


「そうか。僕もお前のことをシロネって呼んでいいか?」


「はいです!」



 そこへ、霊虎が部屋に入って来た。



「ふん。生き延びおったか」


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