十五話:一騎討ち
「なぜすぐに殺さない」
「ずいぶんと派手にやってくれたものよ。一息で殺したのでは腹の虫が収まらぬわ。嬲り殺してくれよう」
痛いとか、苦しいとか、ホント嫌なんだけどな……。やるしかないか。
僕は天叢雲剣を取り出し、シャボン玉防御を張る。さらに剣に気を溜め込み、攻撃をしても防御盾を作っても、どちらでもできるように準備する。
河原で遭遇したとき、霊虎は黒炎を飛ばして攻撃してきた。その黒炎は途中で手の形にも変化していた。あとは物理攻撃といっていいのだろうか、前脚や尻尾を使った攻撃。それらの攻撃がすべてということはないだろうが、少なくとも知っているこれらの攻撃だけでも防御できそうな態勢を整える。
それにしても、である。なんという膨大な霊圧エネルギーだ。前回の五倍はあるであろう大きさだ。ここへ来て、最初に感じた霊虎のエネルギーは前回の二倍。そこから合体したのか、もう一度出し直したのかはわからないけれど、とにかく強大になっている。僕みたいなのが相手なんだから、むしろ減らしてきて欲しいくらいだというのに、ずいぶんと過大評価されたものである。
ああ、そういえば、前回は恐ろしくて動けないほどであったというのに、すっかり慣れてしまったのだろうか? いや、そんなことはないか。恐ろしいのは間違いない。気を許せば、いつでも容易に絶望の深淵に落ち込むことができる。でも、コイツとの戦いはすでに死を覚悟しているからだろう。これまでに幾度となく絶望の深淵を覗き見てきたという経験と、ある種のあきらめの境地が、自我と理性を保っていることに気付く。
それに……、今回は他の霊体たちを逃がすことに成功したんだ。霊虎にしてみれば、僕を捕まえれば他の連中も引き留め、一網打尽にできると思ったんだろうが、残念だったな。コイツの目論見をひとつ、思い通りにさせなかっただけでも、僕としてはしてやったり、大金星というものだ。
あとは、可能な限り足掻くのみ! さぁ、来い!
僕の意気込みを察知したかのように、霊虎が攻撃に動く!
霊虎が間合を一気に詰め寄る。
そのままの勢いで右前脚をひと振り、
シャボン玉防御は、一瞬で弾け飛んだ!
マジかっ!!
そのまま振り下ろされる前脚に、防御盾を構える。
余裕なんてかましてられない! 全力の防御盾だ!
霊虎の前脚が防御盾に触れると、
今度は霊虎の脚を後ろへ弾き返した!
さすがに全力の防御盾をそのままという訳にもいかず、一度引っ込めて、呼吸を整える。リツネに言わせれば、ここが瞬間的に小さく吸い込みができるところだ。ところが、右前脚をはじき飛ばされた霊虎は、攻撃の手は緩めずに、そのまま体を回れ右させると、尻尾で僕の右から横殴りの攻撃を仕掛けてくる。すぐに息を止めて攻撃に備えようとするが、……半歩遅れた!
防御盾を作り出す暇はなく、
そのまま天叢雲剣に気を溜めて、
受け止めに入る!
いや、それではダメだ! 尻尾を曲げて攻撃してくるかもしれないし、尻尾を巻き付け、剣を絡め盗るかもしれない。
切断だ!!
霊虎の尻尾が触れようかとした瞬間、
柊ビカビカを回転させて、切断!
霊虎は飛び下がり、体勢を整えるように尻尾を再び生やす。切断した尻尾が目の前でピクピクと動いていて、僕が試しにとすぐさま青白い光をぶつけると、それは消えてなくなった。どうやら切り離しさえすれば、霊虎といえども、その部分の昇華はできるらしい。
今度こそここが呼吸どころだったかと、僕は大きく吸い込み、息を整える。確かに一筋縄ではいかないよ、リツネ……。それにしたって、絶望的だ。初撃はなんとか対応できたけれど、シャボン玉防御、ねこ父との訓練の倍のエネルギーだったのだ。それを一瞬で弾き飛ばされたのである。まいった……、本当にまいった。
まったく勝機が見出せない時にこそ、ちゃんと分析をして、ちゃんと整理をして、作戦を立てないといけないのだけれど、あまりに絶望的過ぎて、なにをするのも無意味に感じてしまう。端から倒してやろうなどというおこがましいことは考えていないが、なんとか耐えることですら困難を極めている。戦略を立てることそのものがバカバカしく思えてしまう。
ましてや、今は僕一人なのだ。ここにロクやシャル、いや誰でもいい、誰かが居さえすれば、奮い立つこともできようというものだが、誰も居ないというのがこんなにも戦う意欲を削いでしまうものだとは、今の今、初めて知った。『誰かのためにこそ強くなれる』というのは、案外本当らしい。
あれ? 僕は仲間のために戦っていたんだろうか?
ふと、そんなことに気が付いて、自分自身に驚いてしまった。現世ではできるだけ人との接触を避け、周りとの距離を保つことを優先して生きていた僕が、いつの間にか誰かのために戦うことに意義を見出しているなんて、なんと滑稽なことか。おまけにその仲間というのは、霊体たちである……。まったく呆れるばかり、やれやれである。
まあいい。それならそれで、最後までそれを全うしようじゃないか!
思わず苦笑いがこぼれ、それでもそのおかげで、開き直ることができた。僕のこの戦いが、ロクの助けになるかも知れない。何かしらの突破口を見つけるヒントになるかも知れない。今の自分にできること、すべてやってみよう!
さてと。ちゃんと整理してみるか。
コイツはもう一度、防御網を張ったのだろう。シタハルには思念を残したが、それに対する返事もないし、呼びかけもない。だが、防御網を張り続ければ、コイツのエネルギーも消費していくことになるし、防御網を解けば、またトンネルを塞ぐ炭化ケイ素が送り込まれる。現時点で不利なのは僕の方じゃなくて、コイツの方だ。時間が経過すればするほど、僕にとっては有利なんだ。焦る必要はない。
防御は、シャボン玉防御じゃダメだな。盾の方で、その都度全力で行くしかない。攻撃は……、ちゃんと攻撃の訓練もしておくべきだった……。まあいい。ビカビカカッターとチャンスがあれば飛ばすヤツだ。
考えがまとまろうかという時、霊虎は再び飛び掛かってきた。天叢雲剣に気を溜め、防御盾を作る準備をしながら、今度はちゃんと、霊虎の霊圧エネルギーの流れを注意深く観察する。両の前脚に均等に配分されていて、左前脚の実体が動くほんの僅か前に、白っぽく見えるエネルギーが動く。
右から来る! その後、すぐに左だ!
全力の防御盾を右側に寄せて作る。
霊虎は構わずそのまま左前脚で虎パンチ!
防御盾は、霊虎の虎パンチを弾く。
弾かれた勢いを利用して、
霊虎は右前脚の虎パンチ。
防御盾を左側にスライドして
虎パンチを、また弾く。
次の攻撃に備え、霊虎の霊圧エネルギーを注視する。
今のところはまだ両前脚に集中したままだ。
霊虎は左右からの虎パンチ攻撃を何往復か続け、僕はそれをタイミングよく弾き続け、その単調な攻撃のリズムに体が慣れてきたちょうどその時、尻尾がぼんやりと白く浮かび上がった。
尻尾の攻撃が来る!
左右の虎パンチを繰り出し続けている中で、突如霊虎の左前脚の白いヤツも大きく膨らむ。尻尾にも、もちろん溜まっていっている。
次、右から強いのが来る! その後、尻尾か!
霊虎の右からの強い攻撃に備えて、
僕は防御盾のエネルギーを半分に落とす。
霊虎の強烈な虎パンチ!
僕は防御盾の角度を少しだけ上向きに変えて、
霊虎のパンチを上へいなすように仕向ける!
ヒットした霊虎の左前脚は、上に流れる。
それでも強烈なその一撃は、
僕を体ごと後ろへ飛ばした!
二メートルほど後ろへ飛ばされたが、虎パンチを受け止めるのではなく、受け流す作戦が功を奏して、僕の姿勢は大きく乱れることはなかった。防御盾のエネルギーを半分に減らすがための緊急避難的措置だったのだけれど、これはなかなかいいぞ、使える! そして、残り半分のエネルギーは、すでに剣に準備している。本命は尻尾の攻撃のハズなのだ。
霊虎は上に流された勢いをそのまま、
くるりと後ろに半回転、仰向けになり
おしりを手前にしたかと思うと、
尻尾を槍のように伸ばして来た!
ねこ父が訓練の時に披露した尻尾槍。その時ですら防御盾を貫いた。霊虎の尻尾槍はそれ以上と考えるべきである。ただ防ぐだけでは、殺られるのは確実である。何か手を打たないと!
霊虎は宙に浮いたまま、頭は持ち上げてこちらに向けているが、体は仰向けの姿勢。尻尾槍はもうすぐ目の前だ!
防御盾は七割ほどに強化しつつ、ひと回りサイズを小さくして更に強度を上げる。角度は斜め下に向けて調整、剣には残りのエネルギーを溜める。
霊虎の尻尾槍が、防御盾に当たる!
強度を上げ、斜め下に構えた防御盾に、
尻尾槍は反射するようにその向き下にを変え、
地面に突き刺さる!!
よしっ!
天叢雲剣は手元にあるイメージをすれば呼び出せる。同じように、特定の場所をしっかりイメージすれば、送り出すこともできる。これを利用して、霊虎の死角からの攻撃をしてやる!
霊虎は仰向けの姿勢、
背中はちょうど死角になる。
ちょうど霊虎の腰の辺りに、
天叢雲剣があるイメージをして送り出す。
そうして、そのまま下から突き刺す!!
まだだ!
そこからさらに、
青白い閃光を放った!!
―― グガァァアアア!! ――
霊虎は呻き声をあげ、身を捩る。
ここはチャンスだ!
さらにそのまま、
切り刻みにかかろうとした
その刹那……
―― 痛っ!! ――
右足に鋭い痛み!
地中から、尻尾槍が伸びてきた!
そのまま白い大きなエネルギーの塊が、
足元から僕の頭に向けられる!
ヤバイっ!!
僕は体を大きくのけぞらせながら、
迫りくる尻尾槍の方向を変えるべく
防御盾を間に、斜めに、差し込んだ!
尻尾槍は防御盾に向きを変えられて、
霊虎のいる方へ伸びていく。
天叢雲剣のある方に!
ちっ! これは、剣を狙ってやがるな!
天叢雲剣を奪う気でいやがる!
霊虎の尻尾槍の攻撃を
どうにかこうにか、かわすのだけれど、
そのすべてを次の攻撃に繋げてきやがる!
くそうっ!!
仕方なく、天叢雲剣をもう一度手元にイメージして戻す。霊虎も体勢を立て直す。僕も大きく息を吸って態勢を立て直す。
それでも、なんとか一撃を入れてやったぞ!
不可能だと思っていたことが、出来たぞ!
右足が痛いが、冷めやらぬ興奮が麻痺させ、羽衣の効果もあり和らげていた。霊虎の腰からは出血するように黒い靄が立ちのぼっていたが、治癒したのであろう、小さく治まっていく。互いに譲らず、睨み合う。
「やるではないか」
「心配するな。たまたま上手くいっただけだ」
「ふん、謙虚ではないか」
「自分の力はわかっているつもりだ」
実際、こちらから攻撃する手立てはないし、ギリギリなのは間違いないのだ。霊虎の姿はひと回り小さくなり、前回比三倍程度まで霊圧エネルギーは減っていたけれど、僕の方も負傷した足を治す手段はなく、エネルギーは三割ほど失っていた。防御の消耗で一割と、放った閃光の二割。すぐ手元でエネルギーを押し留めて使用する防御盾とは違って、青白い閃光は放った分だけそのままエネルギーを失う。僕は今のところ軌道を変えたりできないから、外したら最後、放っただけでただエネルギーの消費することになってしまう。これは、闇雲には放てない。
チャンスが来るまで、粘り強く! やるしかない。




