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ロク  作者: にゃんちぃ
第五章 敵陣進攻(続き)
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八話:かかりつけ医

 

 午前の訓練を終えて、僕は回復薬をひとつ流し込み、パンを二つばかり片手に持ち、缶コーヒーをもう片手にそのまま作戦室へ向かう。なんともこれは、サラリーマンと変わらない忙しさだ。


 作戦室はこの度の『富士地下トンネル封鎖作戦』に合わせて、新たに作られた部屋だった。演習場といい、作戦室といい、なるほど建設部が立ち上げられたのも頷ける。作戦室に行くと、ナムチとアルタゴス、それにねこ父がもう既にいた。



「あれ? ねこ父、演習場にいらっしゃいませんでした?」


「うむ、向こうはリツネに任せておる。分身思念体で様子は見ておるがのぅ」


「ああ、なるほど。……あ、そういえば! そもそも分身思念体って何体くらいまで出せるもんなんですか?」


「いくらでも出せるぞ。むろん、その分だけの能力に落ちてしまうがの」


「そうですか……。では、やはりあの撃退した霊虎が何分の一の霊虎なのかはわからないのですね」


「そうじゃな。まあでもおヌシの部屋に常駐しておったことを考えれば、そんなに霊圧エネルギーを()いておったとは考えにくいのぅ」


「ですね。やはり今回は、霊虎からは逃げることを前提に立案した方がよさそうですね」


「致しかたあるまいの。では、始めるぞ。アルタゴス、トンネルを塞ぐ手段はどうなっておる」


「はい、進攻潜入した部隊には、この計測札をトンネル内のいずれかに貼り付けてもらいます。貼り付けますと計測札は、トンネルの位置や形状を立体的に計測し、その情報を霊殿に送ります。その情報を元に、炭化ケイ素は霊殿で成形して、それを計測札のある場所に転送するという流れです。

 尚、計測札の位置はその時点で記録化しますので、仮に計測後敵に発見されて外されたとしても問題ございません」


「うむ、わかった。所要時間はいかほどか」


「トンネルにさえ辿り着けば、部隊はこの計測札を貼り付けるだけですので、数秒で任務は完了します。計測札は半径十キロメートル圏を一分ほどで計測、データの送信は即時です。炭化ケイ素の成形は三十分ほどで、転送時間は一分もかからないでしょう」


「ふむ……。十キロメートルを超える長さの場合はどうなるのじゃ?」


「今回は炭化ケイ素の成形時間、その成形設備、転送能力との兼ね合いで、十キロメートルを上限に設定しました。ですので、十キロメートルを超える長さのトンネルでも、塞ぐことができるのは最長十キロメートルということになります。

 ですが、暗部の事前調査の段階で、トンネルの間口の広さは十()()()()以内、また長さも十キロメートル未満とわかっておりますので、スカスカになるということはありません。

 それと、この十キロメートル分の長さの炭化ケイ素の塊をマグマが自然に浸食する場合は、百年以上の年月を必要とする計算になります。現段階では十分な能力と考えてよいかと存じます」


「なるほど、あい分かった。転送に使うエネルギーはいかほどじゃ」


「半径十メートル、長さ十キロメートルの最大のもので、一本当たりおよそ三ヶ月分の生活エネルギーです。最大十本まで考えておりますので、三十ヶ月分の霊殿の生活エネルギー分を消費します」


「約三年分か……。ナムチよ、備蓄は五年分ほどあったか?」


「はい。ですが、此度の一連の騒動で、一年分ほど緊急消費しましたので、現在残りは四年分ほどです」


「しょうがあるまいの。本作戦で仮にエネルギーを計算通りすべて緊急使用した場合でも一年分と少しは残る計算じゃしのぅ。今のエネルギー収支バランスはどうなっておるのじゃ?」


「はい、緊急消費にて賄っている部分が概算での計算になりますが、ひと月あたりマイナス三分の一ヶ月分となってございます。つまり、三分の一ヶ月分ほど消費が上回っており、一年で十六ヶ月分の消費ということになっております。増加消費の大きなものは、砂鉄対応に変更した防御網と、急激に増えた霊員の生活エネルギーでございます」


「霊界もエネルギーが無尽蔵という訳ではないのか……。僕も節約に協力するよ。ダイニングキッチンなんかは随分とエネルギーを消費してしまっているんじゃないか?」


「フォフォフォ。ダイニングキッチンなど取るに足らんエネルギー消費じゃよ。気にするでない」


「そうですか。その……、霊界のエネルギーは、どこから供給してるんですか?」


「ほとんどが下界じゃよ。人間の不幸で生まれる負のエネルギーを吸収しておる」


「えっ!? それってロクが現世にいたときの、そのままじゃないですか!」


「フォ、フォ、フォ。どういう説明を受けたのかは知らんがのぅ、人間の不幸というか、負のエネルギーは吸収してやらねばならんのじゃ。吸収してやらねば、その人間は不幸の連続を受けてしまうのじゃ。じゃからワシらが吸い上げてやって、不幸を止めてやるのじゃ。で、そのエネルギーを霊界では有効活用するというウィンウィンの関係じゃ」


「あれ? ロクは僕を不幸に陥れた、って言ってましたけど……。アイツ、僕に犬の尻尾を踏ませたんです」


「フォ、フォ、フォ。そんなことを言っておったか。フォ、フォ。それは冗談じゃろうて。やろうと思えば出来ようが、そのような面倒なことをせずとも人間は勝手に不幸に足を踏み入れるからのぅ。おおかたその尻尾を踏んだのも、おヌシの不注意じゃと思うぞ。それに確かおヌシは、ロクと出逢ったとき、下級霊に呪い殺される寸前じゃったのであろう? それならば、まだその影響が残っておったのやもしれんぞい」


「はぁ、そうだったのか……」


「まあ、霊界のエネルギー源については、また落ち着いたときにでもちゃんと話してやろう。それこそ下級霊が人間を呪い殺すことにも関わっておるからのぅ。じゃが、今は作戦の方が優先じゃ」


「そうですね。話を逸らしてしまって、スミマセンでした」


「うむ。ともあれ、霊殿のエネルギーの収支バランスについては本作戦の成功後にしっかりと検討しようぞ。して、本作戦の詰めじゃ。タカよ、部隊の進攻に関してはどうする」


「ええ、それですが、当初は三部隊の波状進攻でと話していましたが、霊虎の強さや能力から考えて、同時進攻に変えます。霊虎に出逢わないようにするには、作戦時間はできるだけ短い方がいいからです。それに一度にたくさんで進攻すれば、霊虎の力が分散される可能性も高まります。この二つの理由から同時進攻に変更しました。

 目的のトンネル封鎖ですが、情報部の以前の分析では、マグマだまりに直接つながるトンネルはちょうど三本で、そこから裾野を広げるように二本ずつ枝分かれして下側に六本、合計九本のトンネルがあります。今回塞ぐトンネルは、マグマだまりに直接繋がるトンネル三本。それにプレートにより近い方がマグマの発生が頻発しますので、プレートに近い下側のトンネル三本、合計六本を塞ぐ作戦を考えています」


「三部隊を二回進攻させるということじゃな」


「はい。もちろん可能であれば、の話です。可能なら三回進攻して九本とも塞いでやりたいところです。ただ、アルタゴスのさっきの話ですと、計測札の貼り付けにさほど時間がかからないようですし、一回の進攻で連続して貼り付けていってもいいような気がしてます」


「うむ。しばし待て、シタハルに敵地現状が今も変わりないか確認しよう」



 そういうと、ねこ父は思念会話に入った。

 会話はすぐに終わるのかと思いきや、思いのほか長引く様相で、アルタゴスが僕に話しかけてきた。



「タカさんの視界ですが、やはり今のままでは頭打ちの状況です。関門海峡任務の時に地中に潜ったと聞いていますが、どの程度の視界が確保できていましたか?」


「あのときはヘッドライトと、蓄光鱗粉を塗ったロクが隣にいて、その明かりも含めてたぶん三メートルぐらいだったと思う」


「そうですか。恐らく本作戦は、それではまったく意味をなさないでしょう。もちろんトンネルを探すだけの作戦であれば問題ないのですが、周りは敵だらけ、おまけに霊虎と遭遇する可能性もあります。周囲三メートルの視界では、ろくに戦うこともできませんし、おまけにこちらの居場所が筒抜けになってしまいます」


「だよな……」


「で、ナムチと相談したのですが、タカさんの視界構造を変えてしまう方がいいのではないかと……」


「やっぱりそうなるか……。いや、アルタゴスが苦戦してるって言ってただろ? だから、その可能性はちょっと考えていたんだよな。もう少しだけ、どういう変更になるかを教えてくれないか?」


「では、わたくしからご説明します。わたしたち霊体は、磁場を把握して空間を認識しています。例を挙げるとコウモリなんかと同じです。コウモリの場合は超音波を発し、その反響音で空間やモノを認識します。わたしたちの場合は磁波を発し、磁力線の変化を把握して空間を認識しています。この点においてはコウモリと似ているのですが、コウモリには実は視力もあります。ここでいう視力はタカさん、あなた方人間と同じ視力と認識してください。つまり、コウモリは視力と超音波の二つを併せて視界としているのです。わたしたち霊体に視力はありません。ですから磁場の把握だけで視界としているのです。ここまで大丈夫ですか?」


「コウモリの視界は、視力プラス超音波。お前ら霊体の視界は、磁波だけ。これでいいか?」



 僕がそう言うと、ナムチはにこりと頷いた。



「さすがです。で、タカさんにはコウモリのようになっていただこうかと。人間としての視力はそのまま、霊体の持っている磁波の反響で空間の認識できる器官を新たに体内に作ります。磁波を発するのはキャスミーロークさまにしていただくとして、その反響を……」



 僕を気遣って丁寧に、遠回しに、詳細に……ナムチが説明をしてくれているのを、僕は遮った。



「ああ、大体わかった、もういいぞナムチ。お前のことはもちろん、アルタゴスのことも、僕は全面信用してるんだ。アルタゴスがこれしか手がないっていうんなら、そうなんだろうし、ナムチ、お前がこれがベストというならそうなんだろう? よろしく頼む。最善の形にしてくれ」


「そう言っていただけるのは嬉しいのですが、ひとつ問題がありまして……」


「なんだ?」


「磁波を知覚することになりますので、下界での暮らしでひとつ大きな弊害が出まして、『MRI』という医療検査が受けられなくなります。それは磁波で体内を診る装置なのですが、一部を吸収してしまうので恐らくきれいな画像にできなくなると思われます」


「それぐらいか?」


「恐らく」


「うん、ならいいぞ。だいたい僕の体内には天叢(あまのむら)雲剣(くものつるぎ)やら八尺瓊(やさかにの)勾玉(まがたま)やらがあるんだ。MRI診断なんて金輪際(こんりんざい)、受けられたもんじゃないよ。病気になったら、生きている間はお前に診てもらうことにするよ」



 ナムチが大笑いをした。


 僕はお前の爆笑の方が衝撃だぞ!


 が、そう思ったのはアルタゴスもらしく、更には思念会話に集中していたねこ父さえも、突然のナムチの爆笑ぶりにはビックリしていた。



「ハハハ、まったく、いいでしょう、あなたが存命の内はあなたのかかりつけ医になりましょう」


「ついでといっちゃなんだけど、ミトコンドリアを増やしておいてくれないか?」


「なるほど。持久力のアップですね。いいアイデアです。速筋繊維(そっきんせんい)遅筋繊維(ちきんせんい)も少し増やしておきましょう」


「で、その手術、いつやるんだ」


「この打ち合わせが終わり次第でどうですか?」


「うん、いいぞ。所要時間は?」


「術後回復も含めて、二時間ほど見ていただければ」


「わかった」



 やれやれである。

 ナムチの腕は信用しているから、手術そのものはどうということもないのだけれど、とうとう僕もロクと同じく強化人間(サイボーグ)になってしまうらしい。それでも今後、霊虎と戦い、ロクを守るのであれば最低限必要な肉体改造である。


 それに僕の命はロクの現れた日に本来失われていたのだから、それを思えばどうということはないし、アイツのために使うと決めたのだから、このぐらいの強化は受け入れることにしよう。


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