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ロク  作者: にゃんちぃ
第五章 敵陣進攻(続き)
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七話:まったく、手がかかるんだから

 

 翌朝、ねこ父は明後日の早朝に敵拠点襲撃作戦を敢行すると宣言した。作戦名は改めて『富士トンネル封鎖作戦』と命名された。


 事実上、今日と明日の二日で、僕らは霊虎にある程度対峙できる力を身に付けなくてはならない計算だ。なかなか厳しい話だが、それでも僕はその考えに同意だ。攻められ続けていて防戦一方のこの状況を打開できるのは、こちらからの攻撃しかないからだ。

 とはいえ、僕が二日で出来ることというのは、あまりにも限られている。というか、少なくとも戦いにおいて向上できる要素はほとんどないように思われた。そこで、僕の訓練は午前中に基礎訓練だけを行い、午後は作戦の再立案に時間を使うことにした。作戦の再立案は、先の霊虎の分身思念体との戦いで、見直しを迫られたからに他ならない。



 ともあれ、まずは午前の訓練である。今日の訓練はリツネではなく、リモーリとネモーリだった。リツネは、ロクとシャルとサルメの訓練を共にすることになったからである。リモーリは刀武士、ネモーリは槍武士だ。二人とは関門海峡任務での対峙以来であるが、僕は二人とはまったく交えていない。そんな訳で、初めのお互いのあいさつは、なんとも妙にぎこちなく、戸惑いながらなものになった。それでも、最後にはお互いが思わず笑ってしまい、それはそれでなかなかいい具合にスタートが切れることになった。



「リモーリ、ネモーリ、指導をよろしく頼む」



 リモーリもネモーリも、平清盛の弟で、リモーリの方がお兄さんである。因みに、リツネはリモーリの子供である。どうやらリツネはあっという間に親父(おやじ)越えを果たしてしまったらしい。まあそれはさておき、お兄さんということで、僕の指導はリモーリが中心に行ってくれ、ネモーリはサポート役のように稽古相手になってくれた。



「では、まずは実際の剣技から行います。とはいっても、相手は剣士でも武士でも剣客でもありません。ですからタカさんの動きやすい姿勢を基本軸にして組み立てをしましょう。まず剣の握り方ですが、普通はこのように持ちます」


「あー、握り方からして間違ってたのか……」



 どうやら右手と左手、こぶしひとつ分程度離すのが正しい握り方らしい……。



「いえ、大丈夫ですよ。これも相手が人間の剣士で、物理的な刀と刀の戦いならば、押し返す力や切りつける力が必要になりますので、必ずこの握り方をしてもらいますが、相手は霊体で武器も霊圧エネルギーです。すべての力は霊圧エネルギーの強さがモノをいうのです。ですから、どんな握り方でも問題ありません。確認していただきたいのは、(つるぎ)を早く動かせる握り方です。わたしはもうすっかりこの握り方で慣れていますが、タカさんはこの握り方にとらわれないでください。いろんな握り方を試してみて、一番剣を早く動かせる握り方にしてください」



 いろいろ持ち方を試しながら剣を振ってみて、僕としては、結局野球のバットの持ち方が一番早く動かせた。リモーリのように、剣道で学ぶような正しい持ち方は、支点が二つになってしまい、腕を大きく動かさないといけなくなるので、どうしても遅くなる。右手と左手をくっつけて握れば、支点がひとつになるので、手首を動かすだけで剣が動かせるのだ。



「問題ありません。では、すこし受けをしてみましょう。上段からの三方向、正面、右斜め上、左斜め上からの打ち込みをすべて受けてみてください。ネモーリ、打突(だとつ)は弱くして、スピードを徐々に上げてください」



 ネモーリがどんどん打ち込んでくるのを、小気味よく受けていく。カンカンカンと木刀の打ち合う音が霊殿内の演習場、それは砂鉄の研究や特訓のために急遽設けられたものであったのだが、その場内に響き渡った。演習場は二つに区切られていて、透明のガラスのような防御網の向こう側の大きな空間の方では、ロクとシャルとサルメ、それにリツネとねこ父が特訓をしていた。


 一分ほど、ネモーリの上段攻撃は時間を追うごとにどんどん早くなっていったのだが、なんとかすべて受けきることができたところで、リモーリがストップをかけた。



「いいですね。では、左右からの攻撃と下段攻撃も追加していきましょう」



 上段攻撃の受けだけで、腕をずっと上げ続けていた僕は、本当のところはすっかり腕が疲れていたのだけれど、全て受け止めることができ、得意げに意気揚々と調子に乗り、リモーリの言うがまま次の特訓に突入してしまった。もちろん、疲れ切った腕は言うことを聞かず、爆死である。次の一分間は半分も受け止めることができず、滅多打ちにされ、打ち込みの力は弱くしてくれていたのだけれど、体中が打撲で内出血の(あざ)だらけ、という体たらくであった。



「これが実践だったら何回死んでいるんですか? まったくもう……」


「面目ない……。才がないことはわかっていたけれど、自分でもここまで軟弱とは思っていなかったよ……」


「こんなに頻繁に呼び出されては、わたしの方が訓練になりませんので、ひとまずこの木刀の重みを消しておきます。あとはしっかりご自分で乗り切ってくださいね」


「ああ、うん。善処するよ……」



 ひとまずは体中の傷をロクに治してもらい、木刀の重みまで消してもらったわけであるが、そもそもこの木刀はロクに思念形成してもらったもので、その重みは天叢(あまのむら)雲剣(くものつるぎ)の重みに合わせてもらっていたものである。つまり僕は一分間しか天叢雲剣を振るうことができないということが、ここにきて新たに判明したのだ。無敵の時間が一分間だというのであればまだしも、弱い上に一分間しか戦えないとは、もはやお荷物以外のナニモノでもない。


 平知盛をやっつけて、霊虎の分身思念体を撃退して、なんとなく自分も戦えるんじゃないかと錯覚していたけれど、なんのことはない、やっぱりそれは錯覚でしかなくて、基礎体力は常人未満の軟弱非力な人間だった。思い上がりとはこのことである、分をわきまえよう。そんなことを思っているとリモーリ。



「本当はその苦しいところからの訓練継続が、筋力の向上や持久力の向上に繋がるのですが、今回は時間もありません。それに敵と一分間以上、一対一で継続して打ち合うという状況も滅多にあり得ないでしょうから、とにかく瞬発力の向上に努めましょう」



 リモーリはなんと優しい、ずいぶんと慰めてもらった……。ともあれ、そこから訓練再開となったのだが、何度か繰り返すうちに、ネモーリの全方位攻撃は八割ほどを受け切ることができるようになった。それでもさっき同様、すっかり痣だらけの僕を、今度はシャルが治療に来てくれた。



「さっきロクがブーブー言ってたのは、このことだったんですね」


「どうせ『まったく史章ったら、手がかかるんだから』とか、言ってたんだろう? 僕に対する要求が大きすぎるってもんだ」


「うは、さっすがぁ! 正解です! でも、それだけ期待してるってことじゃないですか?」


「どうだかだぞ。もしここで僕が、見事な剣捌(けんさば)き、でもしてみろ。間違いなく全力で僕をコテンパンにして、『まだまだですね、史章』とか言うに決まってるぞ!」


「アハハハハ! 確かに! まあでも、頑張ってくださいね。タカがご自分で身を守れるようになれば、ロクも攻撃だけに専念できるようになるのですから」


「ああ、そうだな。そのための特訓だしな」



 治療を受けながらリモーリに問いかける。



「なあリモーリ、この特訓のゴールはどういうものなのか、教えてくれないか?」


「わたしとネモーリの二人の攻撃を受け切る、かつ攻撃は直線だけでなく曲変化にも対応できるようになることです」


「曲変化?」


「ええ、やってみせましょう」



 そういうとリモーリとネモーリは互いに構え合う。リモーリが上段の打ち込みを入れると、ネモーリは木刀を斜めに受ける。受け止められたリモーリは、そのまま木刀を曲げて、いや、実際は木刀はそのままなのだけれど、霊圧エネルギーで形状化した木刀の切先だけが、まるで幽体離脱をするように青白い姿で飛び出てきて、ネモーリの頭上を襲った!


 おいっ! なんだそのインチキな変化は!


 そう思っていると、今度は受けていたネモーリの木刀からも、霊圧エネルギーで再現された青白いモノが飛び出してきて、頭上を襲う青白い切先の攻撃を受け切ったのだった。



「と、こういう感じです」


「おいおい! そんな出鱈目な攻撃、受け止める自信はこれっぽっちもないぞ」


「この訓練にあたって、事前に霊虎が攻撃している様子を大王様の記憶で見せて頂きました。尾や前脚で攻撃しているところを見ると、やはりこういう攻撃は容易にできるものと思われます。それに、タカさんは天叢雲剣から霊圧エネルギーを飛ばせています。であるならば、こういった動きも恐らくはできるのではないかと考えています」


「ふぅん。なるほど。確かに天叢雲剣ならできるかもしれないか……」



 シャルが治療を終え、自分たちが訓練している場所へ飛んでいくと、僕は早速、天叢雲剣を取り出してエネルギーを溜め込む。例の(ひいらぎ)ビカビカだ。これを、さっきリモーリがやっていたように形状を変化させなくてはいけないのだが、これがなかなかに難しい。

 王の間の扉を壊すときに、チェーンソーのようにグルグル回せたので、同じように出来そうなものだが、このビカビカを飛び出させて曲げるというのが、どうもうまく行かない。試しにビカビカの回転をもう一度やってみたのだが、それは二度目でもあり、いとも簡単にできた。



「うーん、何が違うんだろう……」


「そうですねぇ。こればっかりはお教えのしようがないんですよね。わたしたちにとって霊圧エネルギーを変化させるのは、体を動かすそれと、変わらないんです。生前の手を動かす、足を動かす、と同じようなものです」


「なるほどな。僕の方は全然違ってな、かなり集中しないと出せないし、しっかりイメージしないと形を作れないんだよ」


「もちろん、わたしも生前は霊圧エネルギーとか知りませんでしたから、今タカさんがそうやって出したり動かしたりしてる方が驚きなぐらいですよ」


「うーん。うまく出せるようになるまで、練習がいるな、これは……」


「ですが、今日はもう時間です。ひとまず明日、できるところまでやりましょう」


「リモーリ、夕方以降は時間、空いているかい?」


「ええ、大丈夫ですが……」


「なら、作戦会議が終わり次第、もうひと指南よろしく頼む!」


「わかりました。お待ちしております。もっともその時に、わたしたちの霊力が残っているかどうか疑わしいのですが」



 リモーリは力ない笑顔で言った。

 彼らはこれからロクたちと合流しての訓練で、そちらの方が過酷なものになるらしかった。


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