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ロク  作者: にゃんちぃ
番外編 霊殿のメリークリスマス
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四話:もしかして偽物?


 前半組が引き揚げ、後半組が参加するまでの間、十五分。ロクとシャルは霊殿前広場の隅っこでへばっていた。



「どうだ? 楽しめてるか?」

「疲れました……。なんかお世話ばかりしていて……、楽しくないわけではないんですけど、こんなにも大変だとは思っていませんでした……」

「まったくです。もう少しぐらいは運営する側の霊員も増やしておくべきでした」

「ハハハ。だから言ったろう。あんまり規模を大きくするなよ、って」

「わたしたち、まだムッカさまの料理を食べてないんです!」

「そうなるだろうと思ってな、お前たちの分は別に用意してもらうように頼んでおいたんだよ」

「ええ!? 本当に?」「本当ですか!?」

「ああ、すべて終わった後にゆっくり楽しめるようにな。だから、ここはしっかり頑張って、あと半分、みんなを楽しませてやれよ」

「元気が出てきたわ。頑張りましょう、シャル!」

「ええ、もうあと半分ですものね」

「あ、ちょっと待て。これを飲んでいけ」

「回復剤? ありがとう史章、愛してるわよ」



 まあ想定通りである。ロクが最初にやりたいと言ったとき、僕は経験上イベント企画の大変さを知っていたので、反対しようとしたのだけれど、言葉で説明してもわかるもんじゃないし、ロクがそれで諦めることもないだろうから、やりたいようにやらせてやろう! とこのパーティに乗ってやったのである。とはいえ、失敗してもらうとか、苦労してもらうとか、そういうことを知らしめたいわけではない。というか、むしろ逆である。大成功してもらって、その喜びと苦労の両方を知ってもらいたいのである。


 大成功というのは、偶発的に生まれるものでは決してない。綿密な計算と勇気ある大胆な挑戦を(もと)に生まれるのだ。そして、このことを知っているかどうかで、成功率というのは大きく変わるのである。今回は『クリスマスパーティ』という楽しいイベントではあるけれど、いや楽しいイベントだからこそ、そのことをロクに知ってもらうにはいい機会だと思い、僕も全力で応援することにしたのである。


 イチヒメちゃんにお願いをして帰る途中、ロクと決めた約束は二つ。一つは、準備についてはすべて一緒に、きちんと()()()()()()()考える。もう一つは、パーティの当日は、僕は主催者でも参加者でもなく、傍観者でいる。この二つだった。


 一つ目の方は、ロクが苦手なところなので、僕の知っていることを教えるためである。ロクはたいてい『思いつき』で、あれをしたいとかこれをしたいとか言うのだけれど、そのひとつひとつに、目的と手段を確認していった。例えば先ほどのクイズ大会でも、



「それは、誰のために、なんのためにやるんだ?」



 と聞いていくのである。初めはこの作業をものすごく嫌がっていたロクだが、ひとたびその意味が分かるようになると、いろいろ自分でも工夫して楽しむようになっていた。



「参加者全員に、盛り上がってもらうため、かな……」


「うん、じゃあそのクイズ、どんな問題を用意すればいい?」


「そうか! 霊界のみんなが楽しめるものと、神様が楽しめるものが要るんだ」


「だな!」



 という具合である。これまでの下級霊との戦闘でも、美女ロクは大胆な攻撃を仕掛けるのは得意なのだけれど、綿密な計算というよりは感覚で戦っている感じだった。まあ、ロクが綿密な計算をできるようになってしまえば、僕の役割というのがどんどん少なくなってしまうのではあるが、それでも一対一なんかになってしまうこともあるだろうし、阿吽(あうん)の呼吸で一緒にできるようになれば、もっといい戦略で戦えるようになるのは間違いないのである。



 二つ目の方は簡単なことで、このパーティの評価をする人がいなくなってしまうので、僕がその立場になろうということだった。もちろんねこ父やねこ母もきっと評価してくれるのだろうけれど、それはあくまでも参加者としての評価になってしまうのである。それに、もうひとつ。僕がこのイベントに噛んでいることがバレバレになるのは承知しているが、それでも『またアイツか』と揶揄されるのをほんの少しでも遠ざけるという、僕の個人的な都合というか、浅はかな思惑もそこにはあった。





 ともあれ、あともう半分で終了である。

 ここまではなかなかにいい流れなので、このまま順調に最後まで、と思いながらトイレに向かっていたのだが、途中「えっ!?」という声に反応して振り返ると、とんでもないモノが視界に飛び込んできた。



「なんでお前がこんなところにいるんだよ!」


「それはわたしの科白(せりふ)よ」



 思わずその場で頭を抱え、しゃがみこむ。そこにいたのは、折羽綾華(おりはあやか)だった。ここへ連れてこられた人間がいるとは聞いていたが、なんでコイツなんだ。日本だけでも一億人ほどはいるんだから、別にお前でなくてもいいだろうに……。



「そんなことは後でいいの。それよりトイレは何処にあるの?」


「神様がトイレをするわけがないだろう」


「ええ? えええっ!? どうすればいいのよ!!」


「まったく……。ちょっと待ってろ」



 先ほどの翻訳機の登場である。アルタゴスとの会話だけはできるのだ。



「ああ、アルタゴス。すまないけれど人型汎用タイプの羽衣を一枚ここに転送してもらえないか? ひとり人間が紛れ込んでしまってて、霊殿内のトイレに連れていきたいんだ。…………うん。…………頼む。…………大丈夫だ、それは僕がやる。……よろしく頼む」


「なによ、紛れ込んだって! イヌやネコじゃあるまいし!」


「ここでのお前の立場は、下界のイヌやネコ以下の存在だ!」



 お前にとって今いちばん緊急なのはトイレだろうよ。『紛れ込む』って言葉に反応するってのは、性格の歪み具合を如実に表しているぞ!



「それに、羽衣ってなによ!」



 さて、どう答えるべきか。懇切丁寧に説明するか? 簡潔にだけ答えておくか? 誤魔化すか? どれを選んだとしても、コイツが相手では面倒な展開しか想像できない。まったくどうしようもなく、やれやれである。

 と、タイミングよく羽衣が僕の手元に届いたので、結局無回答のまま、それを彼女に着せてやることにした。僕が初めて霊界に来た時、シャルがやってくれたように。



「いいか、この布から外に、手とか顔とか耳とか、出すんじゃないぞ。それが風でなびいて思わず出てしまったとしても、その部分は飛んでなくなってしまうからな」


「あなた、本当に継宮くんなの? もしかして偽物?」


「まったくお前というヤツは……。どこをどう見て、そういう結論が出たんだよ」


「すべてよ。似ているのはせいぜい容姿としゃべり方ぐらいのものよ。この前打ち合わせをしたばかりだから、わかっているのよ」


「どうわかっているのか詳しく聞いてみたいところではあるけれど、まあここでは僕の方が先輩なんだ。僕の言うことぐらいは聞いておいた方がいいぞ」


「それよ! 継宮くんはそんなにエラそうじゃないもの。もっと思いやりのある言葉を投げかけてくれる人だったもの」


「だから言ったろう。付き合う前に感じたものなんか幻想でしかないと」


「んまぁ! わたしの記憶を盗み見るだなんて、デリカシーのかけらもない化け物ね!」


「はぁ……まったく……。じゃあもう別人ってことでいいから、僕の言うことは聞けよ。それにお前、早くトイレに行きたかったんじゃないのか?」


「あ! ホント! 早くしてよね!!」



 シャルのような接着技術は持たないけれど、今の羽衣はファスナーのように、僕でも簡単に閉じることができるのだ。ひとまずは無事に着せることができ、霊殿内部にあるトイレまで案内する。彼女は怪訝そうな、そして不安そうな表情で、僕についてきた。



「ねえ、本当に継宮くんなの? なんでこんなところにいるの?」


「お前が先だ。どういう経緯でここに来ることになったんだ」


「…………デザインに悩んでいるときに、神様にお願いをしたのよ。そしたら、あなたから……、……知人から依頼が来て、いろいろなことがうまく行くようになって、昨日お礼参りに行ったの。そしたらその夜、夢の中に神様が現れて『もっと見識を広めたいか? お前が望むなら連れて行ってやってもよいぞ』って言われたのよ。夢の中の話だし、見識を広めたいのは事実だし、ぜひ連れていって! と……。言うでしょ、ふつう……」



 さらっと『知人』に言い直しやがった……。まぁいい。彼女の話がその通りだとして、その連れてきた神様が、ロクにさっき聞いたハヅっちゃんだったとして、なんでコイツを選んだんだ? ここは霊界だ。僕が()()()()()()()()()()()()()()()()()であるぐらいに、つまりは僕や折羽綾華なんかよりもっと役に立つ優秀なヤツがいたハズなのに、そいつらですらこの霊界に来ることはできないんだ。人間が立ち入ることは許されないところなんだ。



「で、その連れてきてもらう条件は何だったんだ?」


「えっ……。そ、そんなのは、なかったわよ」


「ウソをつけ! 神様だってヒマじゃないんだ。何の条件もナシに、見ず知らずのお前を、僅かばかりの賽銭をしたぐらいで連れてくるわけがないだろう」


「………………」



 と、ここでトイレに到着したので、羽衣を脱ぎやすくするために少し緩めてやって、折羽綾華をトイレに放り込む。

 まああの黙りっぷりなところからして、何かしら交換条件を出されたのは間違いないようだ。さて、どんな条件でここへ連れてこられたのだろうか。そもそもはアイツと神様の勝手な契約なのだから、放っておくのが一番だし、それが普通ではあるのだけれど、……。それでも内容によっては、今回いいものも作ってもらった恩義もあるわけだし、黙って見過ごすわけにはいかないか……。


 そんなことを考えていると、トイレの中から微かに嗚咽が聞こえてきた。



「おい、折羽、大丈夫か?」


「だ、大丈夫……うっ、じゃない……う、から、うっ、あ、開けないで」


「おい。大丈夫じゃないから開けるな、といわれたら開けるしかないだろうよ」


「うっ、……だ、ダメ。うっう、まだ、う、終わって、うっ、ないから、うっ、う」


「ああ……、そ、そうか……。間違っても落ちるなよ。で、ちゃんと自分で出てこいよ」



 霊殿でトイレを使うのは、当然僕しかいない。だから、全く気にしてなかったのだけれど、霊殿のトイレは水洗ではないのだ。今の僕には容易にわかる仕組みなのだが、汚物はすべて異空間に放出されているのである。そういう訳で、彼女が用を済ませたかどうかは、水を流す音がしないため、僕にはわからないことだった。それと、うっかり異空間に落ちてしまわないか、少しばかり心配するのだった。


 が、ほどなくすると僕の心配を余所に、折羽綾華はぐしゃぐしゃの顔で、羽衣もちゃんと纏うことなく飛び出てきた。ついさっき、アルタゴスにトイレの入り口の防御網をカットしてもらっておいたのは大正解である。



「で、どういう取引なんだ」


「うっ、う、……わたしの…………命」


「えっ!? それは本当なのか?」



 コクリと頷く。



「そりゃまた、ずいぶんと……、割に合わない取引だなぁ」


「う、……お前の、う、命を……うっ、もらい受ける……って」


「……まあ、わかった。どこまでできるかわからないけれど、僕が探ってみてやるから、お前はすこし待ってろ」



 僕は入れ替わりで用を足し、その後もう一度羽衣をちゃんと着せると、ダイニングキッチンに案内してやる。最近ロクがお気に入りで買い置きしていたホットココアを淹れてやり、冷蔵庫は好きに漁っていいから僕が来るまでここを動くな、と言い聞かせて会場へと戻る。





 さて、大問題である。まったく面倒なことになった。やれやれである。


 本当はいの一番にロクやシャルに相談したかったのだけれど、今も目の前でクリスマスパーティを盛り上げるべく、懸命に走り回ってもてなしをしていた。せっかく頑張っているのだ、アイツらの手を煩わせるのは最終手段にしよう。

 ねこ父とねこ母を見やると、これまた神々との談笑をしているのだけれど、それは決して自分たちが楽しむというのではなく、ロクやシャルのために一肌脱いでいるという風だった。すぐ近くにいる言仁(ときひと)たちも同じである。


 なんだかんだで、全員を巻き込んでしまってるな……。


 反対のテーブル、つまりは霊殿の霊体たちがいる方に目をやると、……、あ、……。困ったヤツと目が合ってしまった。



「困ったヤツってー、ひどいー」



 一番知られたらマズそうなヤツに、知られてしまった……。



「ぐはぁー! なんか面白そー! なになにー。ぷぷぅー。その娘おわったねぇー」


「おい、楽しんでないで、ちょっとは協力しろよ!」


「えー、でもぉ、ボクは困ったヤツだしぃー」


「はぁ……。……悪かった」


「えーっ、気持ちがぁー、入ってなーい」



 思わず、サルメに借りを作るか、折羽綾華を見捨てるか、天秤にかけてしまう。


 彼女を救ってやるのは、もちろんそうしてやるつもりではあるが、それでもサルメに借りを作るのは危険だと、僕の本能がいっている。もちろん、サルメはひどいヤツではなくて、むしろここぞというときは頼りになる、根はいいヤツなのだけれど、それでもこれから先々チクリチクリともて遊ばれるのは目に見えているのである。



「もういい! 自分で何とかする!」


「えー、いいのー、いいのー? 知らないよー」


 サルメの脅しは間違いなく僕に打撃を与えていたのだけれど、それでも本当に危なくなったら助けに来てくれるだろうと、根拠のない自信はあったので、僕は意を決して神々のいるテーブルの方に歩み寄っていった。




 神々のテーブルでひときわ目立つ服装をしているのが(あめの)羽槌(はづちの)雄神(おのかみ)である。ここまでくる間にざっと端末で調べ、基本的な情報を確認してみたが、これといって僕が得意とするような分野に関係するようなものはなかった。正面突破で話してみるとしよう。



(あめの)羽槌(はづちの)雄神(おのかみ)さま、初めまして、人間の継宮史章と申します」


「おお、これはこれは、ご丁寧に。貴方は人間ですか。わたくしに何か御用ですかな?」


「あなたがお連れになった方に、人間の女性がいると聞いたのですが、間違いございませんか?」


「よく知っておるな。いかにも。今の時世に着物を作っておる真面目な女子(おなご)がおってな、懸命に祈っておるから、勉強に来るか? と聞いたら、『行きたい』というので、連れてきてやったのよ」


「あなたの誘いを受けて断る人間などいないでしょうよ。ところで、どういう条件でこの霊殿まで連れてきてやると、お約束されたのですか?」


「そんな約束などありはしないぞ。懸命に頑張っておる姿を見て、この女子のためにと思うたまでよ」


「そうでしたか。あなたはわたしのことをご存じでいらっしゃいましたか?」


「ハハハ。お前は我に鎌をかけておるのか、そんなことに引っかかりはせんぞ。先ほどお前は言ったではないか、()()()()()とな」


「これはこれは、大変失礼いたしました。さすがでございます。よいものを見せていただきました。ありがとうございました」



 これは一体、どういうことだ! 

 僕は確信を持っているわけではなかったが、

 それでも、わかってしまった。


 この(あめの)羽槌(はづちの)雄神(おのかみ)は、

 ()()()()だと!!

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