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ロク  作者: にゃんちぃ
番外編 霊殿のメリークリスマス
55/80

二話:ムッカさまとヤマミンとイチヒメちゃん

 

 折羽綾華の店を後にすると、僕はもう一度、端末ファイルにキーワードを記載して、端末のアラームをセットする。アラームが鳴って、キーワードを確認すれば、失った記憶が蘇るのである。そうしてナムチから貰った錠剤を、店にいた一時間ほどの記憶を失うほどの分量を、飲み込んだ。


 さて、記憶の確認をしてみる。ロクとシャルに贈るための、クリスマスプレゼントの準備ができ、京都までロクに送ってもらったことは覚えている。けれど、そのあとのことは覚えていない。この一時間ほどの記憶はすっぽりと抜けていた。申し分なさそうである。

 端末をのぞき込む。開かれたメモ帳には『この後すぐに、近くのホームセンターへ行き、クリスマスのパーティに必要なものを購入しなくてはいけない』と入力されていた。ホームセンターへ移動しながら、ロクに思念会話をする。



「ロク、どうだ? モミの木、手に入れられそうか?」


「あ、史章。い、今、山の神様と一緒に……、て、丁寧に……、掘っています。はぁ、はぁ」


「霊界に運べそうか?」


「だ、大丈夫です……。ふぅ……、ふ、風呂敷特大を……、用意したので……、それで包み込める大きさです」


「ねこ父にちゃんと言っとけよ。木なんか送ったことないだろうから、防御網にかかるかもだぞ」


「あ、そうね。……。わかったわ。ありがとう史章」


「終わったら連絡くれ」



 どうやら、一生懸命モミの木を掘っているようだ。とりあえず必要なものを買っておくとしよう。


 飾りつけのオーナメントを大量に、ポインセチアも大量に、とここでもう僕の持っている風呂敷は一杯になってしまう量だった。どうしたものかとしばらくカートを止めてエスカレーターの脇にあるベンチに座って考える。


 電飾系の装飾を買っても使えないしなぁ。やっぱりアルタゴスに相談するか。

 このオーナメントも、もしかしてロクやシャルに思念で作らせたらいいのか。

 ポインセチアはどうだろう。生花なら買うべきだけれど、イミテーションならこれも思念で形成してもらえばいいか。

 あれ? そう考えたら、ほとんど買う必要ないな。

 問題は料理だよ。いったい誰がつくるんだ? 僕でもそんなに大量には作ったことないし、クリスマス料理なんてチキンを焼くぐらいしかできないぞ。


 いろいろ、あれこれ、うんうん考えていると、ロクから思念会話が飛んできた。



「史章、どこにいるの? こちらは終わりましたけど」


「ああ、ご苦労様。場所の説明が面倒だから、僕の中に来いよ」



 そう言い終えるや否や、ロクは僕の中に入ってきて、すぐに出てきた。いやまあ、僕が中に来いとは言ったけど、出るときはもう少し、人目を気にしろ!



「なあ、こういうのって、思念で形成できるよな」


「ええ、すぐにできますよ。今、覚えてしまいますし、これまで見てきたものもあるので、それは買わなくて大丈夫ですよ」


「わかった。電飾とかどうする?」


「それはたぶん大丈夫ですよ。長時間でなければ、わたしでもコントロールできますもの」


「そうなのか! じゃあ、それも解決。あとは、最後の難関。料理はどうする?」


「それそれ! 史章、もうお買い物はいいから、移動するわよ」



 そう言い終えると、すぐにでも行こうとするので、「ちゃんとカートの中身を戻してからだ!」と叱ると、口を尖らせて「わたしが入れたんじゃないのに……」とぶつくさ言っていた。


 商品を元のあった場所に綺麗に戻し店を出ると、すぐに空間移動をする。結局僕はどこに行くのかも聞かずじまいだったのだが、着いたところは神社だった。



「料理の神様にでも会うのか?」


「そうですよ。ここに居れば、ですけどね。いるかなぁ、ムッカさま」


「なんだ、よく知ってる神様なのか?」


「ええ、霊殿の大膳(だいぜん)主厨長(しゅちゅうちょう)なんです。ほとんど霊殿にはいらっしゃらないのですけれどね。ホラ、霊殿の食事はほとんどが自動で作られてて、簡素なものでしょう。だから、大きなイベントで霊殿に料理が必要な時は帰ってくるのですけれど、それ以外のときは下界の神社で神様をしているのですよ」


「へぇ、霊界にも料理が出るイベントとかあるんだな。そっちの方が驚きだよ」


「フフフ、確かに、史章が霊界に来てからは一度もありませんものね。わたしも三回くらいしかありませんよ」



 鳥居が三つほど並び、すぐに拝殿、そのすぐ後ろに本殿があるという、小さい規模の神社というか、もうそれは通りすがりにあるちょっとしたお(やしろ)みたいな感じだった。石柱には高橋神社とある。



「ロク、ちょっと待ってくれ」


「どうしたんですか?」


「うん、神様に遭う前に、ちょっと予備知識を確認しておきたいんだ。失礼のないぐらいは」


「そんなのは大丈夫ですよ。気さくなお方ですから」


「まあ、それでも、な」



 端末で調べると、式内社(しきないしゃ)ではあるが村社(そんしゃ)の格とある。祭神は磐鹿(いわか)六雁(むつかりの)(みこと)栲幡(たちはた)千千姫(ちちひめの)(みこと)の二柱のようだ。今から会うのが磐鹿(いわか)六雁(むつかり)の方で、膳大伴部(かしわでのおおともべ)……。なんとこれは! 天皇の料理人じゃないか! しかもその後、子孫たちも宮中の料理人として代々続いているのだ。なるほど、料理の神様だ。


 大まかなところを理解したので、ロクにいいぞというと、呼びかけに入った。



「ムッカさま、いらっしゃいますか。霊殿のキャスです。」


「おお、これはこれは、キャスお嬢さま。お懐かしゅうございます。おおきゅうなられましたなぁ」



 いや、大きくって……、変わらないだろうよ……。



「ああ、いらっしゃったのですね、よかったです。お久しぶりです」


「お父上はご健勝ですか?」


「はい。あ、聞いてくださいムッカさま。お父様ったら、最近はすっかり下界の猫の食事に、それはもう大興奮しているのですよ」


「ホホホ。そうですか! それはそれは、とてもよいことを聞きました。これからは霊殿でも腕を振るえそうですな。して、そちらの方は?」


「わたしの依代、史章です。タカと呼んでやってください」


「挨拶が遅れました。ロクの依代をしております、継宮史章と申します。タカとお呼びください」


「そうですか、タカは依代を……。ああ、それで剣をお持ち…………!! そ、それは、もしや草薙剣(くさなぎのつるぎ)ではございませぬか!?」


「あ、えっ? あ、はい、そうですが……、剣を体内に持っているのが、よくわかりましたね」


「ホホホ、いや、こちらこそ唐突にすみませんでした。刃物にはめっぽう鼻が利きましてな。しかも代々天皇が所有しております剣ゆえに、ちと興奮してしまいました。改めまして、磐鹿六雁(いわかむつかり)と申します。霊界では、イワンムッカと、大王様より命名頂いております。キャスお嬢さま同様、ムッカとお呼びください」


「では、ムッカさま。僕の方こそ以後お見知りおきのほど、よろしくお願いします」


「ムッカさま、今日はお願いがあって来たんです」


「わたくしめで、できることであれば」


「霊殿でクリスマスパーティをしたいんです。それで、ムッカさまに料理の準備をお願いしたくて」


「それは楽しそうですなぁ。クリスマスということは、二十四日ですかな?」


「そうなの? 史章?」


「うん、まあ、いいんじゃないか。正しくは二十五日なんだろうけど、イヴを楽しむ方が多いようだし、二十五日の零時をカウントダウンして楽しむというのもあるしな」


「ふぅん。ムッカさま、その日は空いていらっしゃる?」


「ええ、ちょっとした食事会に食べる方で呼ばれていたのですが、わたくしとしては作る方が楽しめますので。それに霊殿の給仕ができるのでございましたら、それはもう喜んで腕を振るわせていただきたく存じます。食事会の方はキャンセルしておきましょう」


「先約をお断りされて大丈夫ですか?」


「ええ、問題ございません。気の知れた仲間内ですので。もしかすると、霊殿の給仕に参加したいと言い出すやもしれないほどです」


「霊員やメニューなどすべて、ムッカさまのお好きになすって下さい。必要なものがあれば、それもわたくしにおっしゃってください。あ、このことを知っているのはわたしと史章、それに霊殿ではシャルガナ、あとたぶんアルタゴスだけには言わないとしょうがないかしら。

 とにかく、内緒で進めているの。お父様にもびっくりさせようと思いまして」


「そうでしたか。わかりました。でしたら給仕に関しましては、どうぞわたくしめにお任せくださいませ。全員が二交代制で参加するとなれば、……どうでしょう? 半日ほどのパーティで考えればよろしいですかな?」


「うーん、どう? 史章?」


「いいんじゃないか。夕方五時ごろから翌一時ぐらいで十分回るだろう」


「わかりました。では、メニューや段取りはすべてお任せください。そうそう、食材の手配いに(かむ)大市(おおいち)比売(ひめ)をお呼びして貰えると助かります」


「あら、わたし先ほどまで山の神様と一緒でしたのよ。じゃあ、今から頼んできますね。こちらに寄ってもらえばいいですか?」


「はい、ぜひお願いします。欲しい什器や機材などは、追ってキャスお嬢様にお伝えしますね」


「ありがとう、ムッカさま」



 僕とロクはお辞儀をして、山の神様のところへ向かうべく上空に舞い上がる。再び上空から神社を見やると、磐鹿(いわか)六雁(むつかりの)(みこと)ことイワンムッカは、さあやるぞと言わんばかりに腕まくりをして本殿内に入っていくところであった。やはり料理人というのは、神様だろうと人間だろうと同じようで、自分の作った料理を食べてもらうことが何より楽しいらしい。



「ところでロク、山の神様と食材の姫と、どういう関係があるってんだ?」


「イチヒメちゃん……、んと、(かむ)大市比売(おおいちひめ)は、山の神様、大山(おおやま)祇神(つみのかみ)の娘で食糧神よ」


「へぇ、山の神様の娘が、食材の神様なんだ」


「ついでにいうと、イチヒメちゃんは、史章が持ってる天叢(あまのむら)雲剣(くものつるぎ)を見つけた須佐之男(すさのお)の奥さんでもあるのよ」


「奥さん? ん? スサノオの嫁は確か、助けた櫛名田(くしなだ)比売(ひめ)じゃなかったか?」


「ええ、そうよ。イチヒメちゃんは側室ね。イチヒメちゃんの方が年上なんですけどね。さ、時間が惜しいので空間移動しますよ」




 そう言うと、僕が返事をする前に、大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)に到着していた。ここ最近はこんな移動ばかりなものだから、どうしたって人間の乗り物とか移動手段が面倒になってしまうのである。つい三ヶ月ほど前にリニアモーターカーが開通して、下界はずいぶんと色めき立っていたのだけれど、それに乗ってみた僕の感想としては『この程度の時間短縮ならむしろ寝台列車の方が楽しい』というものだった。


 まあ、そんなことはさておき、こちらの神社は相当に大きい。もちろん空間移動してきたのだから、いきなり本殿に到着しているわけだが、ここまで大きくて荘厳な神社にくると、なんとなく、ちゃんと鳥居をくぐって参道を歩いて、拝殿を経て本殿までくるべきで、そうしないのは罰当たりなんじゃないかと思ってしまう。

 が、ロクはそんなことはお構いなしに、玄関先で中に呼びかけるように声を張る。



「ヤマミン、いらっしゃいますかぁ?」



 おいおい、ヤマミンってなんだよ。確か大山祇神(おおやまつみのかみ)ってすごい神様だったはずだぞ。



「なんだいキャスちゃん。やっぱりもう一本いったのかい?」


「ああ、ヤマミン、何度もごめんなさい。違うの、モミの木はもういいの。今度はイチヒメちゃんに用があって。今いる?」


「バカ娘かい。なんか年末で忙しいとかで、今は出払っているよ」


「どこにいるかわかる? ムッカさまがイチヒメちゃんの助けを借りたいって」


「ええっ!? ムッカ殿がかい。じゃあ呼んでみよう。ちょっと待ってね」



 そういうと、大山祇神(おおやまつみのかみ)ことヤマミンは思念会話を始めた。それにしても、どうも上下関係がよくわからない。元々人間であるはずの磐鹿六雁(いわかむつかり)に、様とか殿とか敬称がついて、神である大山祇神や神大市比売(かむおおいちひめ)はあだ名で呼ぶとか、どういうことだよ。まったく訳がわからないぞ。



「それはね、史章。ヤマミンもイチヒメちゃんもお父様と親しい間柄だから、わたしも霊界に来た時から知っているのよ。確かにムッカさまは元々人間ではあるけれど、霊界に美味しい食事を届けた初めての人なの。だから、味覚をもつ霊体には大人気なのよ」


「だけど、お前も僕が教えるまで味覚を意識していなかったじゃないか」


「フフフ。そう。だからね、ムッカさまのことは、それまでなんとも思っていなかったのよ。『ふぅん、誰だろう。何がすごいんだろう』って。でも、史章に食事というものを教わって、今回初めてムッカさまの料理を味わえるんですもの。もう、待ち遠しくて、待ち遠しくて♪」


「ははん、そういうことか。それでこんなにも頑張って準備のために飛び回っているわけだ。それにしたって霊殿は、そもそも味覚を持つヤツとかほとんどいなかったじゃないか」


「ええ、ですから、パーティが少ないのですよ。実際、わたしの経験した三回も、下界の神々を招くようなものでしたので、食事もふるまわれたんです。それこそ史章が来てからですよ。みんなで一緒に食事をするとか」



 あー、これもまた、あのカレー事件の延長上になるのかぁ。クリスマスパーティ、ロクがやりたいというから乗ってやったのだけれど、実はその発端が僕の起こしたものだとなると、さすがにちょっと気が重い。まあでも、ここまで来たらもう止められないよなぁ。


 と、大山祇神(おおやまつみのかみ)ことヤマミンが思念会話を終えたようだ。



「キャスちゃん。すぐに帰ってくるって。中に入って待ってな」

「じゃあ、そうする」

「そちらの(あん)ちゃんは…………」

「依代の継宮史章と言います。お忙しいとこ……」

「おおおー! キミが噂のタカくんかい! 入りたまえ、入りたまえ!」



 噂って……、なんだよ……。



「いやあ、聞いてるよぉ。キャスちゃんのコレなんだってぇ」



 もちろん立てたのは小指だった。僕の存在は下界で、神々の間で、どういうことになっているんだ!



「いえ、そうい……」

「あ、ヤマミンも知ってたんだ。ウフフフ。あんまり広めちゃだめですよぉ」



 おい……、ナニを言い出すんだお前は!

 キナ臭い展開になりかけたちょうどその時、神大市比売(かむおおいちひめ)ことイチヒメちゃんが帰ってきてくれた。助かった。ハズだった…………。



「きゃー、キャスちゃん、久しぶりぃー」

「イチヒメちゃん、会いたかったよぉー」

「あれ? なんで人間が本殿にいるの……、あ!! もしかして! 噂の彼氏ぃー?」

「ウフフフ。わたしの初めての人なの」

「おい! どういう紹介の仕方だ!! まったく……。

 ロクの依代をしております、継宮史章と申します」

「んまあ! ロクですって! きゃー!! 呼び捨てよ! きゃー!!」



 もう、どうにでもなれっ!



「イチヒメちゃん、お願い、手伝って欲しいの」

「うんうん。ムッカさまのお手伝いをすればいいの?」

「うん、そう。霊殿でクリスマスパーティをするの。それでお料理をムッカさまにお願いしたのだけれど、食材の手配にイチヒメちゃんの助けが必要だって言われたの」

「えーっ! ムッカさまがクリスマス料理を作るの!? わたしもそのパーティ行きたいし、食べたーい!」

「うん! イチヒメちゃんもぜひ来てちょうだい。招待状が出来たら送るわ」

「やったー! んで? ムッカさまのところに行けばいい?」

「うん、お願い。奈良の方にいるわ」

「わかった。キャスちゃん、今日うちに泊まってく?」

「そうしたいけれど、早く戻って準備しなきゃなの」

「そっかぁ、わかった! クリスマスパーティ、頑張ってね。食材の件は任せて!」

「ありがとー、イチヒメぇー」



 とりあえず、パーティの料理についてはどうにかなりそうである。が、僕の尾ひれまでついた噂についてはどうにもならなそうである。


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