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ロク  作者: にゃんちぃ
第四章 霊界急襲さる
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十三話:パワーブランチ


 朝食を済ませた僕とロクは暗部や情報部を訪ねた後、ねこ父のところへ向かっていた。今後について打ち合わせである。


 霊殿内部はもうすっかり綺麗になっていた。寝る前は掃除機の音もしなくなって、夜中は騒音を避けるための中断なのか、それとも使い過ぎや砂鉄詰まりで壊れたのか、などと勝手に想像して、『まだまだ砂鉄除去には時間がかかるんだろうな……』と思っていたのだけれど、驚いたことに掃除はあれからもしっかり進んでいたのだった。

 いや、驚いたのは掃除機の方である。僕とロクの隣を、今も自動で並走しているのだが、そのモーターの音がないのだ! ただ空気の流れる音、物を吸い込む音と走行する音はしているのだが、あのやかましいモーター音はゼロなのだ。しかも、集塵した砂鉄は何処へ溜め込んでいるのだろう、と不思議になるほどのスタイリッシュさである。ロクにそれとなく聞けば「異空間に飛ばしているのでしょう」とあっさり即答だったから、きっとそういう仕組みを利用しているのだろう。ともあれ、こんな改良ができるのはアルタゴスしかいない。まったくとんでもなく凄いヤツである。



 砂鉄爆弾の苦境からの回復ぶりを、そこかしこで確認しつつ王の間に到着、ノックをしようとしたのだけれど、その扉は壊れたままだった……。アルタゴスよ、こっちの修理の方がが先だろうよ……。壊れた扉をノックしながら中を覗き見ると、玉座であるらしい、ふわふわソファベッドにねこ父のその姿はなかった。と、奥の部屋から全身を使った伸びと欠伸をしながら、のろのろと出てきた。



「おはようございます」


「なんじゃ、ロクとタカか。えらく早いのぅ……」


「あれ、昨夜は遅かったのですか? 出直しましょうか?」


「よい。おヌシらとはいろいろ打ち合わせせねばなるまい」


「ありがとうございます。ですが、できればナムチやアルタゴスとも一緒に話したいので、時間を合わせて打ち合わせをしたいです」


「そうか……。ちょっと待っておれ」



 そういうと、ねこ父は思念会話をはじめる。僕は少しばかり時間がかかる覚悟もしていたのだけれど、意外にも二体はすぐに応じてくれるとのことだった。結果、三十分後にダイニングキッチンで打ち合わせすることになった。



「ロク、シャルと言仁(ときひと)も呼ぼうか」


「そうですね」



 僕は言仁のところへ、ロクはシャルのところへ、それぞれ呼びに行った。言仁の部屋に行くと、端末でなにやらチェックしていた。



「客間をいただけたのは嬉しいのですが、あっちの軟禁部屋の方が待遇がよかった気がします……」


「いや、そもそもお前は文句を言える立場なのか?」


「いえ、違いますけど……、でもホラ、こういうのはタカさんぐらいにしか言えないじゃないですか」



 笑った。



「そうか、そうか、確かにな。まだ立場がな。ククク」


「はあ、……。笑い事じゃないですよ……」


「ハハハ。まあでも、これからその立場も、もう少し良くなるかもしれないから、一緒に来い」


「どこへですか?」


「打ち合わせをするぞ! 食堂だ」


「行きます、行きます! わたしごはんまだなんです!」


「打ち合わせにメシはないぞ……」


「えっ。……そうですか。………………」


「いや、お前。残念そうにしているけれど、そもそもメシなんて食う必要ないだろうが」


「それはそうですけど……、タカさんと一緒だと何か美味しいものが食べられるんじゃないかと……」


「僕と食べ物を勝手にセットにするな!」



 ダイニングキッチンに戻ると、ロクとシャルはもうそこにいて、コーヒーと紅茶を準備していた。なんとも、これじゃあまるで人間そのものだ。まあでも、せっかくだからもっと活用させてもらうとしよう。

 会議まであと二十分ほどある。ロクに駅前のパン屋でサンドウィッチを買い占めてきてもらうことにした。言仁は食べたがっていることだし、シャルもねこ父同様に、先ほど起きたばかりらしかった。そんなに大きなパン屋という訳ではない上に、昼時の前だったので(いささ)か申し訳なくは思ったが、今回ばかりは霊界も苦境の中にいるのだ。少し甘えさせてもらうとしよう。


 そういう訳で、急遽のパワーブランチと相成った。





「皆、忙しい中、そして疲れている中、集まってくれたこと感謝する。また、此度の襲撃における、それぞれの的確な判断と素晴らしい活躍に驚きと感謝を禁じ得ぬ。心より礼を申す。ありがとう!」



 ねこ父は、目を瞑り、頭を下げた。



「大王様、有り難きお言葉、感謝の念に堪えません。ですが、我々は当たり前のことをしたまでです。ですから、どうか頭をお上げください」



 ナムチはさらに続けた。



「ですがタカには、本当に心から感謝申し上げます。そして救命に心血を注いでくださった安徳帝にも。わたしからも礼を言わせてください。ありがとう」



 そうして、ナムチも頭を下げた。


 そうなると、アルタゴスも何か言わなくては、何かしなくてはいけなくなる……。しかしどうやら、アルタゴスはそういうのが苦手なのだろう、困った風な顔をしていた。ちょっとどうなるのか見てみたかった気もしたが、アルタゴスのここまでの活躍はとてつもないものである上に、僕もずいぶん助けてもらった。フォローすることにした。



「ねこ父もナムチもアルタゴスも、気持ちはもらった。だから、もうそういうのはナシだ! まだ、なにも終わってないからな。それに、今からは回りくどい敬語もナシだ。とにかく、ちゃんと前に進もう! 僕は……、知ってたヤツが多いわけじゃないけれど、それでも今回霊命を落とした皆の仇を討ちたいんだ!」



 思っていた以上に言葉が走ってしまった……。でも、本心だった。

 参加したみんなの顔つきが引き締まった。

 が、言仁だけはサンドウィッチを食べ損ねた、というような顔つきをしていた……。まったく世話が焼ける。



「ああ、サンドウィッチは食べてください。下界では、ブランチを食べながら打ち合わせをすることをパワーブランチと言います。食べながらリラックスしての打ち合わせなので忌憚ない意見を交わしやすい、というのが表向きの解釈になっています。なので、遠慮なくやりましょう!」



 そう言ったのだが、ねこ父は例のごとく違うものを食べているので、誰から手を付けるのか? 妙に上下のしきたりがしっかりしていて驚くばかりである。特筆すべきは言仁だ。まだ六歳というのに、まあ海底でずいぶん年は食ったろうけれど、それでも世の中と隔絶していたのだから知識は六歳のままだというのに、この場では自分が一番下っ端であることを自覚した上で、サンドウィッチに手を付けていなかった。ここはロク辺りがサクッといってもらいたかったのだが、僕らはしっかりと朝食を摂ってすぐだった……。が、こんなところで時間をかける訳にもいかないので、結局僕が一番槍をすることになった……。自分で食べよう言って、自分が一番に食べるという、なんとも情けない役回りである。



「さあ、皆さんも。言仁も食べていいよ」



 まったく、これではサラリーマンと変わらないではないか! 本題に入るまでにどれだけ時間かかってるんだよ!

 およそ会議というのは無駄なものである、という論調はよく耳にするものであるが、僕に言わせれば極めて重要なものだ。積極的に参加しようが、消極的に参加しようが、全体の方向性をメンバーが認識・共有することは重要だし、その中で意見を交わすというのはもっと重要である。それでも無駄無駄と揶揄されたり、悪者扱いされるのは、何より時間を食うからである。有益な会議と無用な会議の大きな違いは、議事進行のスピードなのだ。



「史章、グダグダついでに聞きたいのですけれど、裏向きの解釈はどういうものですか?」


「ロク、お前は僕の苦労を……、なぜあっさりと流してしまうんだ……」


「だって、とても気になって、このままでは会議の内容が頭に入ってきませんもの」


「はいはい、わかりました。ご説明差し上げましょう」



 もうすっかり、ダメムダ会議だった…………。まあパワーブランチだし、今回は目を瞑ってもらおう。



「パワーランチやブランチの表向きの目的はさっき言った通り。でも、それをもっと効果的にするための重要なポイントがあって、それは『どこの席に、誰が座るか』なんだ。例えば、自分と相手がいて、自分が交渉を有利にしたいときは、背後に視野の広がりがない壁際に座るんだ。そうすると、相手の視界には自分しかいなくなるだろう? 外の風景なんかはもちろん、チラチラと店員やほかの客が動く姿も目に入らない。常に自分のことだけを見ていてくれるから、話に集中してもらえるって寸法さ」


「なるほどぅ!」


「ただ、相手がとてつもなく偉い人で、接待の意味合いが強いときなんかは全く反対になるんだ。今度は、相手にくつろいでもらうことを優先させるから、出来るだけ開けた景色が眺められるいいポジションに座ってもらうという訳さ」


「ふうん。では、とてつもなく偉い人に、接待をしながら交渉をしたいときはどうするの?」


「お前ならどうする? ロク」



 コイツに教育しても意味ないんだけど……、つい会社の時の癖で聞いてしまった。うんうん、と考えていたのだがさすがに下界のビジネス習慣がないと結論は出ないだろうよ。が、ナムチがポツリと言った。



「そういう時は、二段構えですかね」



 さすがである!



「えっ? どういうことですか?」


「いえ、わたしはよくするのですが、公式の場ではそこそこの話をして、本題は非公式の場で内密に行います。この場合もちょうどそんな感じによく似ています」


「さすがです、ナムチ。そういう時は食後に別のラウンジ、ちょっと落ち着いた場所に移動して、コーヒーを飲みながら交渉をするんだよ」


「へぇ、なんだか今よりも回りくどい、グダグダなことをするのですね」


「お前はいつも身も蓋もないな……」



 その場にいる全員が笑い、その場にいる全員がサンドウィッチを手にした。案外コイツは、天然のできる営業マンになれそうである。ともあれ、パワーブランチとしては申し分のない状況になったのである。


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