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ロク  作者: にゃんちぃ
第四章 霊界急襲さる
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七話:初めての空間移動と副作用


「そこを下に行ってくれ。下に行ったら右な」



 安徳帝のいる軟禁部屋に着く。扉を開ようと試みると、案の定、それはいとも簡単に開いた。磁力の施錠が効いていないのだ。部屋に入ると安徳帝が驚いた顔をしてこちらを見る。



「言仁、緊急事態だ! お前もすぐにロクの防御網の中に入れ! たぶん生霊でもヤバいだろ、これは」


「あわわわわ、なんですか? とりあえず入ります。ロクさん、お邪魔します」


「軟禁部屋でむしろラッキーだったな。やっぱりここにはあまり入り込んでないな」


「どうしたんですか?」


「敵襲だ。というより爆弾を放り込んで来やがった」


「さっきの爆音ですね。状況は?」


「まだ僕の予想でしかないけれど、恐らく砂鉄をありったけ封じ込めたモノを、霊殿に送りこんで爆発させた」


「砂鉄ですか!」


「ああ、触れてしまった霊たちはみんな動けなくなる」


「手立てはあるんですか? わたしは何をすればいいですか?」


「さすが! 戦国を生き抜いたヤツだけあるな。切り替えが早いじゃないか。ねこ母と話したいんだ。こちらからモニターを起動する(すべ)はあるか?」


「それは難しいですね。こちらから呼びかけとかできるんですかね。まあでも、ダメもとで呼んでみましょうか?」


「ああ、出来たらラッキーでいいさ!」



 言仁は息を大きく吸うと大声で呼びかける。



「ティルミン様、いらっしゃいますかぁ!!」



 応答を待つ。…………。



「ダメか……。しょうがないな。じゃあ、少し作戦でも練ろう。ロク、シャル、出てきてくれ」



 ロクがするりと、シャルを抱えて出てくる。シャルはようやく目を覚ましたらしく、それでも頭が痛いと二日酔いの様相を呈していた。いったい何をどれだけ飲んだのだろう? まったく武霊が聞いてあきれる。



「まず聞いておきたいことがあるんだけれど、砂鉄を吸収してしまって磁力コントロールができなくなった場合、霊体は死んでしまうのか? それともただ動けないだけか?」


「砂鉄がどういう影響を及ぼすかは、全くわかりません。ですが、磁力コントロールができなくなる場合は、基本的に動けないだけです。ただ、それが長期に渡るとか、霊力の弱い子なんかは徐々にエネルギーを失ってしまって霊命の危機に瀕する場合があります」


「わかった。じゃあ、最初にすべきは人命……じゃない、霊命救助だな。助けられる命を助けよう」


「わかりましたが、史章、実際にどうするんですか?」


「まず、僕とお前とで下界に行って、強力な磁石かなんかを手に入れて、ねこ父とナムチ、あとアルタゴスの砂鉄を取り除こう! そしたら、もっといい案も出てくるかもしれない」


「わかりました」



 言仁はソワソワ、オロオロしていたが、それでも自分のできることを探っていた。



「わたしは何をすればいいですか?」


「言仁ができる得意なことってなんだ?」


「うーん、お祈りですかね」


「わかった……。シャルを介抱してやってくれ。すぐ戻るから、それまで水を飲ませておいてくれ。それと一時的にここの防御網がなくなるから、絶対に! どこも開けるなよ。シャルが回復したら、防御網を張らせるんだ。いうことを聞かなかったら、僕かロクに連絡しろと、それから行動しろと言ってくれ。ここでシャルを失うわけにはいかないからな。ものすごく重要な役割だ。頼んだぞ!」



 どうやら最後の文句が効いたのか、言仁の表情も引き締まる。


 僕が言仁を話している間、ロクは自分の左手の小指を切り落とし、なにやら印のようなものを結んでいた。気にはなったが、恐らく必要な何かをしているに違いない。あとで余裕があるときにでも聞こう。



「行けるか?」

「はい、準備オッケーです!」



 僕が空間移動をするのはなんだかんだで初めてである。もちろんテスト移動を試みる時間なんてのはなく、不安しかないのだけれど、やるしかない! 体のどこかが欠損してしまわないことを祈るばかりである。


 左腕にロクを抱える。恰好は抱えているのだが、心情的には『しがみつく』だ。



「では、いきます!」



 景色が歪む。

 暗闇の中に放り込まれると、頭が揺れ、吐き気を催す。

 気分が悪くて仕方がなかったが、

 左腕の中にあるロクが心の支えになる。

 景色の歪みが、いっそう頭を揺らすので、堅く目を閉ざす。

 が、それでも体が震えだす。

 顎と左ほほをロクの頭の上に乗せ、

 抱きしめる左腕には否が応でも力が入った。

 もうこれ以上は耐えられない、と思ったときである。



「史章、ちょっと痛いです。……着きましたよ」



 ロクの声を聞いて目を開ける。まだ頭が揺れていたが、横目で周りを見ると、どうやら僕の部屋に間違いない。安堵のあまり、僕はロクのおでこにキスをする。ありがとうの意味だった。



「ヤバいな、これは……。相当辛いぞ……」


「フフフ。本当は大空ダイブをしたかったんですけど、急ぎだったので直接部屋に来ました。でも、わたしとしてはこっちの方がよかったです♪ こんなに密着してもらえて……、ウフフフ」



 ロクのおどけに乗ってやりたかったが、吐き気はそのままだったし、体も震えていて、僕はそのままベッドに倒れこんでしまった。僕のその様子を見て、ロクも慌てて介抱に寄る。



「大丈夫ですか? 水飲みます?」


「冷蔵庫に……たぶんアイスコーヒー……あるから、……注いできてくれ……ないか……」



 ロクが大急ぎで持ってきてくれたコーヒーを一口飲むと、ようやく深呼吸できた。それでも全快ということにはほど遠く、ほんの少しマシになったというだけで、まだ気分はとてつもなく悪い。



「すまない。三分で何とかする。ちょっと横にならせてくれ」


「ほかに何かしてほしいことはありますか?」


「隣にいてくれ」



 僕の言うことにロクは驚きの表情をしていたが、それでも僕が求めるものを察したのか、隣で横になってくれた。僕は、とにかく自分を落ち着かせたかったのだが、今になってようやく、自分の心臓が凄い勢いで連打していることに気付くぐらい動揺していたのだった。


 早く霊殿に戻らないと! とは思うものの、そう思えば思うほどひどくなっていくようにさえ感じる。まるで体内に攻撃でも受けたかのように、体の震えは止まらず、鼓動は鳴りやまない。空間移動中の船酔いのような頭の揺れは収まったが、今度は激しい頭痛に襲われた。体中を巡る血液という血液が、荒れ狂っているのがわかる。隣にいるロクを引き寄せ、抱きしめる。暖かさが、安らぎが欲しくてたまらない状況だった。



 ―― ただじっと ――



 僕としては三分の感覚。その間、なんとか、なんとか自分自身を落ち着かせようと、身を潜めるように静かに息をし、耐え忍ぶ。ゆっくりと、穏やかになっていく。体の震えは止まり、鳴り響いていた鼓動も徐々に消えていく。

 が、今度はこのまま眠ってしまいたいという欲求と戦わなければならなかった。少しでも油断すれば、すぐにでも眠りに落ちてしまう。


 ここでこのままいたら、この安らぎに埋もれてしまう。


 決して万全というわけではないけれど、ひとまずは立て直せている。力を振り絞り、自分自身を奮い立たせ、腕の中のロクに呼びかけた。



「うん。……ありがとう。行こう」



 ロクには僕の不安定さが伝わっているのだろう。心配そうな表情で僕を見る。



「大丈夫ですか?」


「ああ、早くしないと。霊殿が危ない」


「少しくらいゆっくりしても大丈夫ですよ。史章がもし……」


「ダメだ、ロク。…………。ダメなんだ……。

 今は……、今は、僕を叱咤激励してくれ。そうでないと、今の僕はあっという間に弱い方に流されそうなんだ」



 ロクの優しさを投げかけてくれるであろう言葉をさえぎって、自分を鼓舞するために吐き出した。



「わかりました。行きましょう! どこへ連れていけばいいですか?」


「今の時間は?」


「午後七時のようです」


「なら、まだホームセンターが開いてるな」



 僕の具合を考慮して、ロクは空間移動ではなく、空を飛んで移動をしてくれた。結果的にロクの希望する大空ダイブとなったのだ。もちろん自由に駆け巡るような快適な空の旅とはいかなかったが、ロクの嬉しそうな気持ちが流れ込んできた。それでもロクは丁寧に優しく移動してくれる。僕を気遣って静かに飛ぶ空は、気分が幾分和らいだ。



「すまないな。もっと楽しく飛べるとよかったのだけれどな」


「今はいろいろと火急の事態ですから、それは次の機会に楽しみましょう」


「……ああ。そうだな。急ごう!」



 ホームセンターに着くと、まずありったけの大きめの磁石をカゴに放り込む。次に、安いラップ、ごみ袋、布テープと養生テープを陳列されているだけ買い占める。防護服、ゴーグル、それに防塵マスクも買い占める。使えるかどうかはわからないが、紙パック掃除機も二台ほど念のために買う。紙パックも買い占め。最後にレジ前にあった『ウコンの源』を一本カゴに放り込んだ。


 精算を終えると駐車場の屋上へ行き、買ったものすべてを風呂敷に包む。ロクは磁石に触れると力が抜けるらしい。磁石に触れる度にふにゃふにゃになっていた。霊にお困りの人がいれば、磁石を持っておくことをお勧めしよう。磁気ネックレスは血行にいいとされているけれど、案外除霊効果の方が高いかもしれない。


 風呂敷を包み終えると、普段ならそのまま上に放り上げれば霊殿に着く。しかし今回は直接、言仁の軟禁部屋に届けたい。ロクは、新しく生えていた左手の小指を再び切り落とすと、風呂敷の上に乗せて印を結んだ。すると風呂敷は忽然と姿を消した。



「今ので軟禁部屋に着くのか?」


「ええ。ばっちりです!」


「じゃあ、僕らも霊殿に戻るぞ」


「こっちの部屋には戻らなくてもよいですか?」


「ああ、カギはかかってるし問題ない。霊殿が落ち着いたら、ゆっくり帰って来よう」


「ご気分は大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。お前のおかげでずいぶんマシになった。死ぬわけじゃないからな。こんなところで止まっている場合じゃない。急ごう」



 そう言って、僕はロクを再び左腕に抱き寄せる。ロクはたった今、生やしたばかりの左手の小指を再び噛み切る。また景色が歪む。行きの影響がまだ残っている中、頭が再び揺らぐ。船酔い中の船酔いみたいな感じ。頭がぐるぐる回ったかと思うと、そこはもう軟禁部屋だった。

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