三話:タカヤローのアップルパイ
「では、皆さんの記憶を取り出してみましょうか」
この黒いふわふわの煙り玉は恐ろしいことをサラリと言った。そんなことができるのか!
ウワハルはすぐに小さなピンのようなものを取り出し、ロクとシャルの頭に突き刺した。そのまま僕のところへも来たのだが……、
「あれ? もしかして、タカヤローには痛みってのがあるんでしたっけ?」
「あるよ。あるけどさぁ……、その前にタカヤローってどういうことだよ」
「バカヤローのタカで、タカヤローです。まったく人間のくせに! 面倒な人ですね!」
そう文句を言いながらウワハルは、僕の頭に突き刺す予定だった小さなピンを自分の煙の中に入れたかと思うと、もう一度取り出して僕の頭に、乱暴にぶっ刺した。ロクやシャルとは違って、明らかに悪意を込めた刺し方をしたのだけれど、確かに痛みはひとつもなかった。口は悪いが、なるほどいい仕事をする。ロクがお気に入りというのも、なんとなく頷ける。
これから何かの機械にでも繋がれるんだろうと、ただ漠然とそう思っていたのだが、そんなものが準備されることはなく、ウワハルはクリっとした目を光らせると壁に向かって照射した。それはもう、すっかりプロジェクターだった。
はじめはシャルの記憶が投影される。
平知盛との戦いで、ロクと挟撃しているシーンが再現された。
「もう少し先の方がいいですね。ここは大した戦い方もしていませんし、敵の攻撃も単調ですから、あまり得られるものはないかと思います」
それを聞いたウワハルは、いったん映像を止めて、すこしの間をおいて次のシーンを映し出す。サルメが削った黒い球体をロクが切りつける様子が投影される。目線は当然、シャルの目線である。この戦闘シーン自体を僕はもう知っているのだけれど、視点が違うだけで、それはまるで初めて見る戦いのようだった。サルメの『ぐへー、重労働ぅー。ぶらっくぅー』という声が、遠く微かに聞こえた。
「ここでいいです。このまま再生続けてください。ちょうど敵の未知の攻撃もわかるかもしれません」
僕はあのギリギリの戦いがフラッシュバックする。それでも、この戦いの顛末を知っているので、本当に正しい行動ができていたかどうか? 反省をするように見ることができていた。しかし、あの場に居なかった、ねこ父とアルタゴス、そしてナムチは、表情を強張らせ、固唾をのんで、仕舞いには息をのんで映像を凝視していた。
平知盛の咆哮による攻撃シーンではナムチが身を乗り出し、僕の天叢雲剣での攻撃シーンではアルタゴスが身を乗り出して、何かを見つけ出そうと、食入るように映像を凝視する。僕は、自分が気絶してしまった後のことが気になっていたので、そこのシーンが映し出されると、他の面々と同じように身を乗り出して瞬きをすることなく凝視した。
シャルの記憶の再生が終わると、投影していたウワハル本人も含めて、あの場に居なかった全員が絶句していた。重い空気の中、ねこ父が口を開く。
「まさか、ここまでの戦いであったとはのぅ……」
「つ、続けますか?」
「うむ。これを見て、分析をしたり、解き明かしたりすることがワシらのやるべきことじゃ。ナムチ、アルタゴス、しっかり頼むぞ! ウワハル、いつでも確認できるように戦闘部分はすべてデータにして保存しておくのじゃぞ」
「はい! では、次はキャス姉の記憶再生します!」
ロクの記憶も、ほぼ同じところから再生された。きっと僕だけじゃなく、全員が似たようなシーンの再生になると思ったはずである。が、それは全く別物だった。何をさておき、とにかく視点が忙しいのである。
敵を見て、僕を見て、敵を見て、シャルを見て、サルメを見て、敵を見て、周囲の確認をする……。
視ているこちらも、ちゃんとその気になっていないと、映像に酔ってしまうほどである。敵を見て、というその動作ひとつにしても、薙刀を見るのは一瞬で、その軌道に見当がついた段階で敵の足元を見たり、敵の空いている手の動きを見たりという具合である。僕はついていくのに必死だったけれど、シャルはいろいろと参考になることが多いのだろう、遂には投影されている壁際まで移動をして、鼻息を荒くして凝視していた。
「すごい! すごいっ!! こんなにも周りの状況把握をしながら戦っていたなんて! 勉強になります」
「ふふん♪ まあね」
ロクはご機嫌のようである。ちょっと褒められるといつもこうである。まあそれでも、この戦いぶりはさすがに僕も感心させられるものだった。武霊とは決して名ばかりではなかった。あとで心ゆくまで称賛してやろう。
問題のシーンに差し掛かる。ロクの視点は、シャルのそれと比べてしっかりとその方向に向けられていたのだが、平知盛が被ってしまっていて、肝心の形代・天叢雲剣が見えないどころか、僕の動作すら確認ができず、結果的には何ひとつ見出すことができずに終わった。
いよいよ僕の視点だ。気絶しているところというのは、どうなるんだろう? と考えていると再生が始まる。
『僕は! 僕はアイツの依代なんだ!! そばにいなくちゃいけないんだぁぁああ!!!!』
「あ、間違えましたぁ」
「わざとだよな……。ウワハルちゃん……」
「タカヤローに『ちゃん』とか! 呼ばれる筋合いはないもんねっ!」
うん、わかってはいたけど、やっぱりウワハルには完全に嫌われているらしい。と思っていると、ロクが目を輝かせて、
「ウワハルちゃん! そのシーン、もう一回! それと、わたしにコピーして頂戴♪」
なんでお前は話を拗らせるんだ!
僕を貶めることに失敗したウワハルは、すこぶる渋い表情をして、いや表情なんてないのだけれど、明らかにそれとわかる雰囲気を醸し出して、黙って適正な位置での再生を進める。どこかでウワハルと仲良くならないとマズいよなぁ、などと考えながら、僕は自分の記憶を見はじめていた。
記憶がはっきりとしないところに差し掛かる。ちょうど平知盛と刺し違えた、いや違えてはいない、刺されただけだった…………。この直後である。僕の記憶は曖昧というか、ほとんどないに等しいのだけれど、目に映り込んだ記憶はそこにちゃんと残されていた。
形代・天叢雲剣が青白く、柊の葉のように刺々しく輝いている。それが、切先に集まったかと思うと、その光は矢のような形状になって飛びだし、平知盛の下腹を一気に貫く。貫いた部分はぽっかりと穴が開き、サルメの黒い球体をぶつけたときのような塞がる気配もなかった。
「なあロク、この時の知盛の下腹の穴が塞がっていかないのは、なんでなんだ?」
「恐らくは、そこが核だったのだと思いますよ。普通の霊体は核を失えば、その瞬間消失してしまうのですが、この知盛は生霊でしたし、気力みたいなもので、まだ攻撃を繰り出そうとしていたのです。まったく本当に、その戦いぶりは尊敬に値する敵でした」
「なるほどそういうことか。ありがとう…………ん?」
「どうしました?」
「えっ? じゃあ、これが知盛じゃなくて、弱い下級霊だったとしたら、僕の攻撃は昇華することができるってことか?」
「そうなりますね」
驚いた! 形代・天叢雲剣は僕でも昇華ができるということになる。これをロクやシャルが使いこなすようになれば、とんでもなく強力な武器になる! 大変な苦労をして得たものではあるけれど、これはこれは、十二分に価値のある代物である。霊虎討伐に向けて、大きな前進をしたと言っていいだろう!
しかし、肝心の違いがわからない。弓武士との戦いで回復エネルギーを飛ばしたときと、知盛を攻撃したときと、どちらも青白い稲妻が走るようで、外見上に違いはまったく見受けられないのである。弓武士のときは、ロクとシャルはちゃんと吸収できている。いったいどういう違いがあったんだろうか?
「ウワハルちゃん、みんなに見比べて欲しいところがあるんだけど……。弓武士との戦いを再生できるかな?」
「ちぇっ、タカヤローのくせに! じゃあ、ちょっと頭出ししてやるから、イメージしてみれば」
「ウワハルちゃん……。もう少しお手柔らかに頼むよ……」
弓武士との戦いを思い出す。弓の弦を鳴らしたところから記憶が再生される。平衡感覚が失われたところは、再生の映像も揺れて乱れる。一部始終を知っている自分が見ても酔ってしまいそうである。が、そのすぐ呼吸を整えた後である。形代・天叢雲剣に込めた僕の回復エネルギーを凝視する。注意深く、細部にわたって、なに一つ見逃すまい! と注視したのだけれど、やはりそれは平知盛のときのそれと全く同じだった。もちろん、ロクとシャルが吸収して、回復して映像は終わる。
いったい何が違うのか? 僕には全くわからない。完全にお手上げである。
それでも何かのヒントを得たく、ねこ父、ナムチ、アルタゴスと順に見渡していくのだが、皆一様にしかめっ面で、不可解であるという表情をしているだけだった。
その後、ねこ父が形代・天叢雲剣を触ってみたりしていたが、結局そのときの解明に至ることはなかった。要調査ならびに研究の対象として、技術部がその責務を負うこととなった。
※ ※ ※
五時間以上にも及ぶ反省会議はようやく終わった。収穫も多かったが疑問が残ったままの事項も多くあった。皆が片付けをしていきながら、改善に向けて早速お互いの協力を取り付けたり、打合せの予定を組んだりしていた。僕の当面の課題は、形代・天叢雲剣の回復と攻撃の解明であり、皆と同じように相談や打合せの段取りなんかを取るべきなのだろう。が、それよりも先に改善しておきたいことがあった。
ウワハルちゃんである。
ここは嫌われていようとも、年長者から歩み寄っていくことが大事なのだ。ん? 果たして、僕は年長者なのだろうか? まあいい、とにかく仲良くなっておきたい。ウワハルが僕の頭に埋め込んだアンテナを取り出して、返す形で話し込もうと目論んでいると、
「タカヤロー、無理に取ろうとしたら脳にダメージ喰らっちゃうから。喰らってしまえばいいと思うけどねっ!」
「そうなのか。それは困る。ウワハルちゃん、取ってくれよ」
「タカヤローはずーっと付けとけばいいんだ!」
うん。まったく仲良くなれる糸口がつかめない……。
僕が困った顔をしていると、
シャルがクスクスと笑いながら寄ってくる。
おお、シャル! 助け舟を頼む!
「ウワハルちゃん。ありがとね。お疲れ様」
シャルはそう言って、自分に差し込まれていたアンテナを渡すと同時に、大皿に乗せたアップルパイを差し出す。
「それ、タカヤローが作ったやつでしょ。いらない……」
「あら、美味しいですよ。ウワハルちゃん、きっと気に入りますよ」
シャルがひとつ、美味しそうに口に頬張る。
ウワハルは気になっているようではあるが、
プイと横を向いて手を付けずにいた。
そこへロクのダメ押しが入る。
「あ、シャル! わたしの分、置いといてよ!」
「ロクは、もう三個食べたでしょう?」
「ええっ……。あと二個は食べたい……」
「ほかの人が食べて、それでも余っていたらね」
それを聞いていたウワハルは、アップルパイをじっと見つめ、さらに僕の顔をじっと見つめたかと思うと、ボールが飛び跳ねるように僕の頭に乗り、次にロクの頭に乗り、最後にアップルパイに乗って、そのまま部屋の外へ出て行ってしまった。アップルパイの皿を見ると、アップルパイは二個減っていた。
「ウワハルちゃんったら」
シャルはクスクスと笑っていた。
ふわ綿煙り玉の攻略は前途多難である。