八話:ボクも頭に来てるんだ!
ロクとシャルが削り、サルメがその削ったところを昇華する。しばらくこの連携攻撃を続けているのだが、まだ相手をジリ貧にするまでにも至っていない。むしろこのペースだと、こちらの方がジリ貧なのだ。
「もう少し膨張させて、削った傷跡に触らせたらどうなる?」
「よし、やってみよー!」
サルメは拡張を少し大きくして、傷口に触るようにする。すると、一瞬だけであるが、傷口に触れた分だけ弧を描いた形に削れた。そして、削れた個所は、他のところからその部分を補うような形で復活した。つまり、これは小さくなったということだろう。これは行けそうだ。ただ、さっきより進歩はあるけれど、やはりまだ時間はかかる。
それでも、さすがにロクとシャルである。すぐにこちらの意図を理解し、サルメが狙いやすいような個所を攻撃するようにしていた。
「なあ、サルちゃん」
「ボクはー、さっきよりはー、忙しいけどー?」
「うん、ごめん。やりながら聞いて欲しいんだ。いきなり本体、それこそ核がある辺りを打ったらどうなるんだ?」
「それはダメー。相手の霊圧エネルギーが少なくなってー、戦意喪失してないとー、昇華はできないよー」
「なるほどな。うーん、でもこれじゃあ持久戦になってるんだよな」
当然だが、持久戦では絶対量が強大な敵の方が圧倒的に有利になる。おまけに敵を削るエネルギー量よりも、こちらの消費エネルギー量の方が上回ってしまっている。
「悪いんだけど、サルちゃん、敵の肩口に一発やってみてくれないか?」
「もー、タカくんは、ボクのはなしー、信じないんだからー」
そう言いながらも、一発、肩口に打ち込んでくれる。ビー玉サイズの黒球体は肩口に当たると、そこで膨張し、削り取っていた。が、いつもならそこから収縮する黒球体は収縮できずに崩壊する。崩壊した中から黒い靄が出て、敵の肩口に戻っていった。一見すると失敗なのだが、ちょっとした妙案を思いついた! これはいけるかも!
「ほらねー」
「いや、いいんだ、サルちゃん。いいか。サルちゃんがさっきのをやって、崩壊する前にロクとシャルに切るなり、打つなりしてもらうんだ。そしたら、削り取ったところが弱まるから、もう一回サルちゃんが削り取った球体めがけて飛ばすんだ!」
「うへー、それって、ボクめちゃくちゃしんどいじゃーん! タカくん、きらいー」
「回復は僕がしてやる。あと、今度、内緒でプリンやるから」
「プリン? プリンってなにー?」
「うまいんだぜ」
なんでプリンと言ったのか、自分でもわからなかったが、少なくとも僕の知る限りでは、『プリンが大嫌い!』という女性は見たことがない。もっとも、サルメにはまったく意味のない交渉カードだったのだが……。とはいえ、攻撃の意味は理解してくれたようで、しぶしぶながらもサルメは肩口にもう一度、黒球体を放つ。
「ロク! 削った球体を攻撃してみてくれ!」
サルメの球体が、削って膨張したところで、ロクが刀で切りつける!
そこから黒い靄が出てくるが、敵の肩口に戻ることはない。サルメが先んじて放った二発目が黒い靄に当たると、それは見事に昇華された。
「よし! この攻撃で削ろう! サルちゃん、核を狙いたいところだけど、先ずは削りやすいところでいいぞ!」
「ぐへー、重労働ぅー。ぶらっくぅー」
そうは言いつつも、さすが霊殿一と言われるだけある。サルメは両手を使って、敵の両足を狙う。膨張を少し大きくして、削りを大きくする。そこにすかさず、二柱が刀を振るう。刀を振るっているときには、もう既に二発目を打ち込んでいた。敵の体が少し小さくなるのが、ほんの僅かではあるけれど、初めて視認できた。
(これは、サルメの霊圧エネルギーが要る!)
僕はすぐに腹に気を集める。少し雑ではあるけれど、一瞬だけ目を瞑り、その気をなるべく綺麗に練る。すぐ横にいるサルメに肩に手を当て、直接流し込むイメージをする。ロクの一回分に相当する量だ。サルメはこれでひとまず全回復したはずだ。残りはまだ四回分ある。
「うーん。いいねー、タカくんのー」
サルメはまた二発分、さっきより少し大きめのものを放ち、削り取り、昇華する。さらに二発、と繰り返す。敵の図体は、ロクの三倍程度にまで縮まった。これで完全に立場は逆転した。今、エネルギーを削り取られているのは、確実に平知盛の方だ。
僕たち全員が『よし! いける!』と思ってしまった。誰一人としてそんなつもりはなかったのだけれど、それは間違いなく、油断だった。
二倍半程度の図体まで削り取ったところ、突如として平知盛は大きくのけぞって、息を吸い込む。炎でも吐き出すかのような姿勢だ。皆が、何かを吐き出すと、身構える。が、敵が出してきたのは『声』だった!
(ヤバい!)
僕は咄嗟に両耳を手でふさぐ。同時に、心の中で叫ぶ!
『耳をふさげ! 例の攻撃だ!』
が、遅かった。
ロクもシャルも動けずにいる。隣のサロメも動けずにいる。僕は、敵との距離があったことも幸いして、声が届くと同時ぐらいに耳をふさげた。すこし頭がぐらついたが、まだ動ける。
敵は薙刀でシャルに襲い掛かり、一刀両断。左腕と左足を切断される。シャルの切断面からは、まるで血が流れ出るように、黒い靄が出続ける。平知盛は、体を反転させると、今度はロクを狙う。
ロクのところに行きたかった。それでも行けなかった。そもそも間に合わないし、次にサルメを狙うのがわかった。今、僕はサルメを守らなくてはいけない! 僕らの勝手な判断でこうなっている。サルメを巻き込むわけにはいかないんだ。シャルが作ってくれていた防御網は、当然、さっき消えてしまった。
ロクが切りつけられる。肩口から斜め一閃。ロクが大きくのけぞる。
(くそう! くそうっ!!)
悔しくてしょうがないのだけれど、僕はサルメを守る! サルメを僕の後ろにやり、形代・天叢雲剣を構える。戦国武将に勝てるはずはない。僕は剣道をやったこともなければ、刀の握り方すら知らないのだ。とにかく敵の攻撃を受けきることだけを考える。
相手の薙刀も刀も、実際のものではない。霊圧エネルギーで再現されたものだと考えるべきだ。ならば、やっぱりこの形代・天叢雲剣に、僕のエネルギーを注ぐしかない気がする。だが、一歩間違えれば、敵を回復させることになる。せっかくここまで、全員が苦労して削ってきたんだ。僕の判断ミスで、回復させてしまうことはできない。
(腕が飛んでもいい。このままで受けてみる!)
平知盛はこちらに向かってくる。
やはり気を向けられると、とてつもなく恐ろしい。
足と手が、がくがくと震える。
敵はまっすぐこちらに向かうまま、突きにくる!
おいおい、突きを払うなんてできないぞ!
後ろにはサルメがいるから、避けることもダメだ。
(刺し違えしかないか!)
剣士は対峙すれば相手の力量がわかるという。僕がとてつもなく弱いことを認識して、油断してくれることを祈るばかりだ。それならば、少しは可能性がある。どうせ差し違えしかないなら、胃の辺りでも狙って、核とやらに一発ぐらいお見舞いしたいもんだ。
ドンッ!!!!
右わき腹に、遅れて猛烈な痛みが走る。僕の切先は、相手に届きもしなかった。
(痛い、痛い、痛すぎる)
敵は、薙刀を引き抜く。さらに激痛が走る。敵が振りかぶるのが目に入る。
(くそう、くそうっ! 届けぇぇええ!!)
死力を尽くして、前へ。前へ、前へ!
「うおぉぉおおおおおおおお!!!!」
とにかく必死、気力だけだった。
剣が青白く、光っているのは見えた気がする。
今、痛いところが、右わき腹だけだ。
どういうことだろう?
面を上げる。
敵の大きな図体がある。
が、動きは止まっている……気がする。
敵の図体に、穴があって、その先が見える。
よくわからないけれど、チャンスかもしれない!
痛いけれども、一歩前に踏み込む。
すべての力を振り絞って、斜めに振り下ろす。
「うがぁああ」
相手の悲鳴のようなものが聞こえる。
どうなっている?
僕は、痛みで思考がまとまらない。
視界も、だんだんと狭くなっていく。
僕は、意識が遠のくのを自覚する。
ロ……ク……、大丈夫……か?
※ ※ ※
(しまった!)
何たる不覚。体が動かぬ。さきほどとは違う。
視界はある、思考もある。磁場を操っておるか。
敵が、シャルを切りつける!
次はワシ、その次はサルメか!
横目で、史章とサルメがいる方を見ると、
史章はなんとか動けておるようじゃ。
(史章! 逃げよ! 逃げよ! 逃げよっ!!)
敵が近づき、振りかぶる。
すべて見えて、すべてわかるのじゃが、動けぬというのは、なんと忸怩たる。
(くうっ!!)
先ほどの弓武士のときは、史章の言うように、意識を整えることで動けた。じゃが、此度は違う。磁力で抑えられておるのであれば、それを超える磁力を動かせばよいこと。なぜ磁力を操れぬのかが、わからぬ。
切りつけられたところから、霊圧エネルギーが漏れ出る。傷が深い。漏れ出てしまうのであれば、少しでも傷口を塞ぐのに使った方がよい。磁力のコントロールが出来ぬゆえ、すんなりとはいかぬが、それでも動けるようになったときに、しっかり動けるようにしておきたい。
そうしながらも、やはり横目で史章の方を見る。
史章が形代・天叢雲剣を構える姿が見える。
サルメを守るようにしている。
(バカものが……、おヌシの方が脆いのだぞ!)
史章との思念会話が出来ぬのも解せぬ。
『シャル、聞こえるか?』
返事はない。
手足を失った程度でシャルが死ぬことはない。
どうやら、シャルも完全に封じ込められているようじゃ。
史章の方を見やると、突き刺されていた。
くそぅ! ワシが止血してやらねばならぬというのに!
敵が薙刀を振りかぶり、史章を切りつけようとしている。
史章がこれ以上の傷を負えば、さすがに厳しくなる。
(ええええい! 動かぬか!)
そのとき、閃光が走る!!
(なんじゃ!?)
敵の腹を貫通していた。束縛が解ける!
瞬時に、敵の方へ向かう。
今、自分の出せる全力で向かう!
敵は、史章に追撃しようとして、腹を撃ち抜かれた。
が、一発ぐらいではダメじゃ。
根性で、あの薙刀を振り下ろすであろう。
その前に、なんとしても史章を救う!
敵が振り下ろす前に、
ワシは背後から平知盛を切りつけた!
(間一髪!! 間に合った!!)
すると、史章が敵の前面から、さらに切りつける。
そして、そのまま史章が崩れていくのが見えた。
(許さん! 断じて許さんぞぉぉおお!!)
「シャルっ! 動けておるかっ!」
「大丈夫です!」
「史章の治癒を頼む! ワシはこやつを始末するっ!!」
「ボクも頭に来てるんだ!! キャスミー、大玉喰らわせるから、ギタギタにやってー!!」
サルメが全エネルギーを注ぎ込んで、
平知盛を丸々飲み込むサイズの黒球体をぶつける!
「うがぁああ」
すかさず、ワシは右腕をマシンガンにして打ち込む!
怒りに任せて打ち込む!
シャルに注意されるまで、打ち続けた……。
サルメは最後のエネルギーを使って、昇華させた。
終わった…………。
「史章は?」
「大丈夫です。それよりもロク、早くご自分の傷をひとまず治してください」
わたしはお構いなしに史章の傍へ行く。気づけば、小さな姿になっていた。でも、そんなことはどうだってよかった。
「たかあき! たかあき!!」
史章の頬をさする。
「たかあき!!」
「うっ。……。あ、ああ、ロクか。……大丈夫そうだな。よかった……。」
「バカですか! こんな時に人の心配なんかして! ああ、よかった。ああ、よかった!」
「サルメは……? 大丈夫……? シャルは……? 大丈夫……?」
「二柱とも大丈夫です」
「よかった……。ああ、痛みがないってことは、治してくれたのか。ありがとう」
「シャルが治しました。わたしは、にっくき平知盛をやっつけてやりました」
「よく……、やった。お前は、……泣き虫だなぁ」
そう言うと、史章は横になりながら手を伸ばし、
わたしの頭を撫でた。