二話:古典的な、怒る仕草
僕とシャルガナは、なぜか牢屋に入れられていた。
シャルガナは顔面を蒼白にして、慌てて雨合羽からはみ出たところはないか、僕の体のどこかが欠損していないか、確認をしてくれている。暗くてよく見えなかったのだけれど、体の痛みもなかったし、起き上がってみて、動かせないところもなかった。
「たぶん、大丈夫だと思う」
「ああ、よかったです。ああ、もう……心臓が止まるかと思いました」
どうやらシャルガナにとっても想定外の出来事らしかった。
でも僕はそんなシャルガナの姿を見て、全く感情がないってわけじゃないんだ、と思っていた。
「ここって、牢獄だよな」
「ええ、そうですね。恐らく入ったところの防御網にかかってしまったのだと思います。防御網にかかると、消滅できるものを消滅させ、消滅を免れたものは、そのまま牢獄へ転送されますので」
「そうだよ! それでこそ防御システムってもんだ!
だいたい現世のマンガやアニメはそのへんの設定が不十分…………」
「たかあき!!」
僕がすべてのセリフを言い終える前に、僕を呼ぶ声が聞こえた。ロクの声だ。どうやらすぐに迎えに来てくれたようだった。きっと何かの手違いでもあったんだろう。
「ああ、ロク、迎えに来てくれたんだ。ありがとう」
薄暗い中、僕はそう言いながらロクの声がした方へ、這うように進んだ。
鉄格子のところまで進むと、その向こうに確かにロクがいた。
確かにいたのだけれど……、顔をぐしゃぐしゃにしたロクだった…………。
「おい、おい、どうしたんだよ」
「たかあき、たかあきぃー」
ロクは僕の顔を見るや、また、ボロボロと涙を流し始めた。
そして、うわんうわんと、小さな子供のように、大きな声を上げて泣き始めた。
何がどうなってるのか、さっぱりわからなかった。
※ ※ ※
とりあえず早くここから出してもらいたかったのだけれど、ロクは泣きっぱなしで会話すらできなかったし、シャルガナは状況の理解に苦しんでいるようだった。
ロクのいる場所を薄暗い中でよぉく観察してみると、それは王の間に繋がるはずの廊下ではなく、僕とシャルガナがいる牢獄と瓜二つである。こいつも牢獄にいるとしか思えないのだが、どうしてそういうことになっているのかさっぱりわからない。
なんとかこの状況を理解してみせようと、いくつかの奇抜な、常識はずれのアイデアを出してみたのだけれど、どれもピースが埋まらず、さすがに手を上げるしかなかった。
「ロク、とりあえず僕のところに帰ってこい」
そういうと、ロクはひとたび泣き止んで、
僕の顔をじっと見る。
思うところがあるらしく、
僕の顔をじっと見る。
何か言いたげな顔をしていたのだが、
また顔をぐしゃぐしゃにして僕のところに飛び込んできた。
ガシャンッ!
勢いよく飛び込んできたロクだったが、鉄格子に顔をぶつけると後ろ向きに倒れた。
「おーい、なにやってるんだー。こっちに来るんじゃなくて、僕の中に戻るんだぞー」
おでこを思いっきりぶつけたロクは、そこをさすりながら、
しかもさっきまで号泣していたので、まだ激しく嗚咽しながら、
「そうしたけど……行けない……。うっ、うぅ。戻れない……」
という。どういうことかと、シャルガナの方を見ると、
「鉄格子はいかなるものも通しません」
と、眉一つ動かさずに言った。
堅牢だった。
「それと、継宮さまは鉄格子に触れないようにお願いします。欠損してしまいますので」
どうやら僕らにできることは会話だけらしい。
「誰か、何かに気付いてもらえるまでしょうがない、くつろいで待つとしよう。
で、ロクはなんでこんなところにいるんだ? 僕はてっきり迎えに来てくれたんだと思ったんだけれど」
「い、言いたくありませんっ! ヒクッ
それより、ヒッ、史章さんとシャルガナこそ、ヒッ、わ、わたしを迎えに来たんじゃないんですか? ヒクッ」
おいおい、言いたくないって、どういうことだよ! と口にしようとしたとき、
シャルガナが説明を始める。
「わたくしは大王様に命ぜられ、継宮さまを列車の停止場までお迎えに上がりました。継宮さまと無事合流をしまして、霊殿までお連れして中に入ろうとしたときに、恐らくは大王様の特殊防御網にかかりまして、あ、正しくは特殊防御網にかかったのは継宮さまだけなのですが、咄嗟に助けに入ったわたくしも一緒にこちらに転送されてしまいました。
ですので、キャスミーロークさまをお迎えに上がったわけではございません。キャスミーロークさまがこちらにいらっしゃることも存じ上げておりませんでした」
「わかったわ。ヒクッ、ありがとう。シャルガナはもう、ヒッ、下がっていいわよ」
「あ、あの、キャスミーロークさま。わたくしもここから移動することは叶いません」
「な、なによもうっ! ヒッ、じゃあ、ヒクッ、あっちの隅っこに行ってなさい!」
「はい。かしこまりました」
シャルガナはスッと後方に下がる。
「あんまり無茶言うなよ、シャルガナも今回は被害者みたいなもんだからさ」
「なによ! ヒッ、史章さんはシャルガナの肩を持つの! ヒクッ」
ちょっとロクのわがままっぷりにびっくりはしたのだけれど、それでもこんなに号泣しているロクを見るのも初めてで、少し可愛らしかった。安心させることにした。
「大丈夫だロク。僕はお前の一番の味方だから。最初から最後までお前の味方だから。安心しろ」
僕も少し大げさに言ったのだが、それを聞いたロクは、
また顔をくしゃくしゃにして、うわんうわん泣き出したので、
僕はまた一からやり直すことになってしまった。
犬のおまわりさんは、とてもよくできた歌だ。
ロクをあやしながら、やはり相当な重圧を抱え込んでいたことを確信した。
きっとどうにもならない壁にぶつかったんだろう。
「なあロク。僕もな、ついさっきまで、お前みたいに泣いていたんだよ」
「えっ?」
「まあ、どん詰まりでな。で、ちょっとねこ父と話をしたんだ。いろいろとな」
「どんな話ですか?」
目を大きく開けて、興奮気味に喰いついてきた。
目は真っ赤にして大きく腫らし、すっかり浮腫みきった顔をしているくせに、嬉々としていた。
やれやれである。
まあ、それでも笑顔が戻ったのはよしとして、話しはじめようと口を開いたとき、
僕らはまた、転送された。
※ ※ ※
目の前が、急に回りが明るくなった。
ちょうどロクに列車での出来事を話そうと、胡坐をかいて、左手で手振りを構えたところだった。
(ん?)
と思うが早いか、割座していたロクは、すぐさま片膝をつき頭を垂れていた。
(あ、転送されて、……もしかして王の間に来たのか!)
と理解したときには、僕のかなり後方にいたはずのシャルガナも、ロクの隣に来て同じように姿勢を正していた。当の僕はまだ身動きすることなく、ロクの左横で、胡坐をかいて左手を上げて、それはまるでロクに耳打ちしようとしている図みたいになっていた。
完全に出遅れである。今から構えを正すのも気恥ずかしくて、胡坐をかいたそのままで左に九十度、ぐるっと回る。
玉座にねこ父がいた。
よっこらしょと、姿勢を正そうかとも考えたのだが、場の雰囲気は僕の知るものではなくて、結局向きを変えただけで胡坐をかいたままでいた。
王の間は、ヨーロッパの謁見室とか日本の書院や大広間といったそれらとはまるで違うもので、ねこ父の遊び部屋というか秘密基地というか、まあよく言えば私室であった。玉座といってもほわほわとしたねこ用ベッドみたいなもので、後方の壁にはボルタリングのようにキャットウォークが設置されていた。奥や隣の部屋に繋がるであろう扉は、すべてねこサイズである。もはや僕がそれらの部屋に入れる手段は皆無である。
それだけであればやはり大王を前にして、少しは背筋も伸びるというものであるが、王の間にはこの四人、いや一匹と二柱と一人以外、他に誰もいなかったのだ。むしろここにあるべきは、またたびと猫じゃらしである。
「シャルガナ、ご苦労であった。しばしの間であるが、ゆるりとするがよい」
「はっ。ありがとうございます」
「何か所望するものはあるか?」
「いえ、特に必要ございません」
「うむ。では、後ほど食事を運ばせよう。下がってよいぞ。ゆるりと休め」
「はっ。お心遣い、痛み入ります。では、失礼します」
シャルガナは忍者のようにスッと消えた。
「さて、キャスミーロークよ。少しは落ち着いたかのぅ」
「はい、お父様。先ほどは、申し訳ございませんでした」
「うむ。まぁよい。して、継宮史章を依代とするのでよいのだな」
「はい、史章と共に戦います。必ずや吉報をお届けしましょう」
ねこ父は小さくため息を吐く。得心を得、覚悟を決めるため息のようだった。
「あいわかった」
そういうと、ねこ父は史章の方を見て少し微笑んだ。
「継宮史章よ、すまんかったのぅ。少々ややこしいことになっておってのぅ、いきなりではあるが牢獄に入ってもろうた」
「ん?」
(どうゆうこと? わざと? わざと……。)
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。そこのロクがずいぶんと取り乱しておってのぅ、埒が明かなんで困っておったのじゃ」
「お、お父様っ!」
ロクは古典的に、頬を膨らませる。まあでも、確かにその仕草は僕の幼少期に流行っていたよ。
しかし、ようやく理解ができた。おおかた喧嘩にでもなって、悪いのはロクの方だった……、といったところだろう。で、そのなだめ役に僕が抜擢されたというわけだ。
「なかなか見事な塩梅であったぞ」
「はあ、それならそうと、先に言ってくださいよ……。僕もびっくりしましたけど、シャルガナとか青ざめてましたよ」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。それでは、おそらくダメじゃったと思うぞ。いたずらのような謀に関しては、そやつ、めっぽう鼻が利くでのぅ。ふぉ、ふぉ、ふぉ」
「あー、なっと……」
「そこっ! 変なところで納得しないっ!
お父様もっ! いらないことは言わないでください!!」
ねこ父と僕が大笑いすると、ロクはまた、頬を膨らませた。
その後は少しの間、一匹と一柱と一人で他愛ない話をした。
やっぱり今度来るときは、またたびと猫じゃらしを持ってこよう。




