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七夕には奇跡が起こる

作者: taktoto

この世にただ一枚。どんな願いも叶える短冊がある。

これが何の為に存在し、何の為に使用されるのか。

手に入れた者しか、答えを知らない。


―7月1日


商店街はいつもと変わらぬ街並みで、相変わらずの静けさだ。

そんな中、一人ランニングをする少女の姿があった。


少女の名は、日向ハル(ひなたはる)

頬を汗が流れ、朝日に照らされ輝いている。


毎日の日課になったランニングは、ある男と出会う為の作戦だ。

毎朝必ずこの道を走っているその男。


今日もいつもの様に走っていた。

ハルは少し走る速度を上げ、さりげなく男に近づいた。


緊張しながら、いつもの様に挨拶を交わす。


「おはよう♪斉藤君!」


「おはよう。日向!」


爽やかに返事をする斉藤は、先月引っ越してきたご近所さんだ。

フルネームは斉藤龍二(さいとうりゅうじ)、近所でも評判の爽やかさだ。


龍二の笑顔に、ハルの胸は毎日ときめいている。

こんな毎日のやり取りが楽しみで、毎朝辛いランニングをしている。


二人でいつものコースを回る。

最初はついていけなかったが、今では大分マシになった。


龍二が飛ばさない限りは、ハルもついて行く事が出来る。

自分の成長に、ハル自身も驚いているくらいだ。


そろそろ家に帰らなければ、学校に遅刻してしまう。

二人はそれぞれ帰路についた。


家に帰ると、母親が朝ごはんの準備をしていた。

軽くシャワーを浴びて、着替えを済ます。


そうこうしている内に、朝ご飯の支度が完了した。

一気にたいらげると、学校へとひた走る。


ここでも、朝のランニングは効果覿面らしい。

楽々学校に間に合った。


その日の放課後、ハルは友達と龍二について語っていた。


「マジ超〜爽やかなんだよ〜!!」


ハルは興奮気味に友達へと語りかける。

半ば呆れた表情でハルの親友でもある、里見洋子(さとみようこ)がそれに答える。


「…はいはい。」


洋子は外を眺めながら、ハルの毎日続く龍二ストーリーに呆れていた。

同じ事を何回も言って、よく飽きないものだ。


そんな洋子をしり目に、ハルは一方的に喋りつづける。

洋子は話題を変えようと試みた。


「…で?告白したの?」


ニヤニヤしながら洋子はハルに問いかける。

ハルは顔を真っ赤に染めながら反論した。


「しししし…してない!!出来ないもん。…。」


(うずくまる)るハルは妙に可愛い。

洋子は構わずツッコミを入れていく。


「だってー好きなんでしょ?言わなきゃ伝わらないじゃん♪」


問い詰める洋子の目は、これ以上ない程輝いている。

ハルは返答に困りイジけてみたが、洋子のネタにされるだけだった。


「こらぁ!!早く帰らんか!!」


担任の喝に驚き、慌てて学校を後にする二人。

家路に着いた。


「じゃぁ、また明日ね〜♪」


「うん♪またね♪」


お互いの家へと向かった。

その帰り道、偶然にも龍二とハルは出会いを果たす。


「斉藤君!?」


「おぉ〜日向。今帰り?」


「う…うん。そうだよ。」


「じゃあ、一緒に帰ろうぜ。」


思いがけないチャンスが到来した。

ハルは迷わず頷くと、龍二の隣を黙々と歩いた。


―何か喋らなきゃ…


頭をフル回転するが、ろくなアイディアも浮かばず、

龍二の隣をただ黙ってついて行くだけだった。


突然龍二が口を開き、ハルに問いかけてきた。


「そういえば、もうすぐ七夕だな〜。」


「日向は願い事しないの?」


笑顔で龍二が問いかける。ハルは必死に願い事を考えた。


―龍二君と…いやいや…


―龍二君が…駄目だ…


―龍二君の…キャー!!


隣で目まぐるしく表情を変えるハルを見て、龍二は思わず笑ってしまった。


「日向、あんまり欲張るなよ。」


「はははっ」と笑いながら軽くハルの頭を叩く龍二。

思わずハルは真っ赤になる。


「そういえばさ〜日向は知ってる?」


龍二の質問に「知らない」と答えるハル。

当然、質問の内容が分からないからだ。


「願いが叶う短冊の話だよ。知らない?」


―そういえば、母親が前にそんな事を言っていたような…


ハルは小さく頷いた。龍二も笑顔で頷く。


「…本当にあったら俺は…」


小さく龍二がつぶやいた。


「…え?」


ハルは聞き取れずに聞き返した。


「何でもないよ」と龍二はまたしてもハルの頭を叩く。

その笑顔が少しひっかかったハルは、思い切って問いかけた。


「…斉藤君。願い事あるの?」


龍二は少し考えると、こう答えた。


「…うん。あるよ。どうしても叶えたい事がね。」


真顔で答える龍二。ハルはそれ以上聞けず、

家の前まで辿り着いた。


「じゃあ、また明日の朝な。」


笑顔で龍二はそう言った。

さりげない一言が嬉しかったハルは、笑顔で返した。


「うん!!また明日ね♪」


大きく手を振り、家の中へと入っていく。


―俺の願いは…叶わないんだよ…


ハルを見送りながら、龍二は小さく呟いた。

ハルにはそれは聞こえなかった。


翌日も変わらず龍二と走る。

その翌日も。次の日も。


―7月6日


この日も朝からランニングの予定だが、龍二は来ない。

気になったが、一人でコースを回るハル。

ふと神社に人が集まっていた。


神社の境内には、大人が集まっており

ヒソヒソ話をしていた。


ハルは悪いと思いながらも、聞き耳を立てその会話を聞いた。


「おい。今年も短冊が来るぞ。」


「あぁ…一年待ったな…。」


「今年は誰にする?」


「そうだなぁ…。」


どうやら七夕の話らしい。

「なんだ。」と心の中で呟いたハルは、その場を後にしようとした。

が、その後の大人達の会話は衝撃的な物だった。


「いいか…誰にも聞かれるなよ。」


「あぁ…分かってる。今年も俺達のチームが貰う!」


「願いの叶う短冊をっ!!!」


大人達がにわかにざわめいた。

思わずハルは声を上げてしまった。


「…ええええーー!!」


―しまった…


ハルは一目散にその場を離れた。

コレもランニングが幸をそうし、無事大人達に見つかる事は無かった。


遠くでは大人達の声が聞こえる。

ハルは振り返らず、全力でその場を後にした。


息を切らせ家に着くと、母親が不思議そうに話しかけた。


「どうしたの?そんなに慌てて!」


ハルは呼吸を整えながら、母親にいきり立った。


「お母さん!!願いの叶う短冊って本当にあるんだね!!」


興奮しているハルを見て、母親はにっこりと笑いながら


「ええ。あるわよ。」


そう答えた。ハルは嬉しそうな表情を浮かべ、急いで学校に向かう準備をした。

朝ご飯を食べてないが、そんな事はどうでも良かった。


「行ってきます!!」


ハルは元気に玄関を飛び出そうとしたが、母親に一つ質問をした。


「お母さん!どうすればその短冊が貰えるの!?」


母親は笑顔で答えた。


「今日の夜7時7分…願川の土手に出るわよ。」


―願川


古くから言い伝えとして、天女が舞い降りた川だと言われている。

場所は学校のすぐ近くだ。


「有難う!!お母さん!!」


「頑張りなさい」


母親はにっこりと笑顔でそういった。

ハルは駆けだした。まずは龍二のところへ…。


未だかつてないほどに全力で走った。


龍二の家には直ぐに辿り着いた。

どうやら部屋に居るらしい。


手近な小石を龍二の部屋に向けて投げる。


―ガサッ


が、無残にも木に直撃した。


「もう一回!!!」


ハルは思いっきり投げた。

少しサイズが大きい石を。


―パリーンッ


派手な音と共に龍二の部屋の窓は砕け散った…。

ハルは頭を抱えながらしゃがみこんだ。


「うおッ!!!」


龍二の叫び声が聞こえたと同時に、必死に心の中で謝った。

龍二は驚きながら窓の外を見る。


「日向!!何するんだ!!!」


龍二は少しいらついている様だった。

ハルは泣きながら謝った。


「ごめんなさーい…」


龍二は溜息をつくと、日向の傍へと走った。


―何を考えてるんだか…


半ば呆れ気味な龍二が来た。

ハルは謝りながら伝えた。


「窓を割ったのはわざとじゃないから!!」


違う。そんな事を伝えに来たのではない。

ハルは大きく首を振りながら、もう一度言い直した。


「今日の7時7分に、願川に短冊が出るのよ!!」


「?」


龍二は話の内容が分からず首をかしげていた。

しかし、構わずハルは言葉を続けた。


「願いが叶う短冊よ!!!」


龍二は思わず笑ってしまったが、真剣なハルの表情を見て笑うのを止めた。

そして問いかけた。


「…それ…本当なのか?」


大きくハルは首を縦に振った。

龍二は少し考えながら言葉を続けた。


「もし…もし本当なら…」


その表情は、今まで見たことが無いほど悲しく、切なそうな顔だった。

ハルは「この人の願いを叶えてあげたい…」そう思った。


「一緒に行こうよ!!!」


龍二は小さく頷くと、携帯を取り出した。


「連絡先を教えてくれないか?打ち合わせをしたいんだ。」


「もちろんだよ!!」ハルはそう言って、連絡先を龍二に伝えた。

龍二はお礼を言うと家の方へと向かった。振り返りハルに言った。


「有難う!!ハル!!!」


名前で呼ばれたのは初めてだった。

ハルもそれに応えた。


「うん!!龍二!!」


そういってハルは赤く顔を染め、龍二もまた照れ笑いを浮かべた。

お互いに学校へと行く時間になっていた。


それぞれが学校へと向かい、授業中にメールで打ち合わせ。

手法・時間・戦略…。


あらゆる事を打ち合わせしている内に、昼休みへと突入した。

屋上へと向かったハルは、電話で龍二と打ち合わせを行う。


そこへ洋子が現れた。普段と違った雰囲気のハルに、疑問を持っていた洋子。

深入りするつもりは無かったが、親友として見過ごせなかった。


「…ハル、何かあったの?」


突然声を掛けられ、ハルは飛び上がった。


「いや…あの…何でもないよ。」


慌てて反論するが、洋子には通じなかった。

洋子は一つ溜息をつくと、ハルに言った。


「…ハル、私達…親友だよね?力になれる事があると思うよ?」


洋子の言葉が、ハルの胸を打つ。

ハルは思い切って事情を説明する事にした。


「実は…。」


ある程度話を聞いた所で、洋子がゆっくりと口を開いた。


「ハル…斉藤君の願いって…。」


言いかけた言葉を途中で止める。

ハルが傷つく事になるかも知れない。しかし、親友だから…。

どんな状況になっても、自分はハルの味方でいよう。

洋子はそう思った。


「洋子?」


考え込む洋子にを、ハルが不思議そうに覗き込む。

洋子は笑顔を作ると、ハルに一言だけ言った。


「…頑張ろうね。」


ハルは嬉しそうに「うん!」と答えた。

そして運命の時間は、刻一刻と迫っていた。


夕方6時、願川近くの公園に集合した3人。

最終的な打ち合わせを行っていく。


「てゆーか…」


洋子が二人に向かい質問した。


「願川の土手のどの辺なの?」


「…」


「…」


ハルと龍二は顔を見合わせると、「しまった」という表情を見せる。

洋子は溜息をつくと、ある提案をした。


「ふぅ…そうね。だったら3手に分かれましょう。」


地面に軽く地図を書き、洋子は説明を続ける。

龍二とハルは黙ってそれを聞いていた。


「まず、出現箇所はある程度予測がつけられるわ。」


「どうして?」


「大人達がいる所の周辺でしょうね。」


なるほど。確かに一番可能性が高い。

しかし、逆に競争率が高い事を意味している。


ハルは少し不安な表情を浮かべたが、直ぐに切り替えた。

三人はお互いの顔を見合わせ、小さく頷いた。


これから始まるバトルに向けて、気持ちを新たに締め直す。

それぞれが持ち場へと散っていった。


―A地点:担当:斉藤龍二


もっとも人が集まっているA地点に龍二が配属される。

体力勝負になれば、大人達にも負けない自信はある。

しかし、人海戦術で来られたら勝ち目は薄い。


龍二は緊張しながら、大人達の動向を見渡していた。

ざっと推測すると、ここに集まっているチームはおよそ8チーム。


平均で5〜7名の構成といった所か。


「魚燐の陣!!」


「フォーメーションB!!」


それぞれが、思い思いの練習をしている。


―負けてたまるか…!!


龍二は再度闘志を燃やした。


―B地点:担当:里見洋子


B地点には割と女性が多い。ここは主婦連が中心のようだ。

洋子は辺りを見渡し、戦力分析を行っていた。

そして、ある結論を出した。


「勝ち目薄いなぁ…。」


主婦連と言っても、体系はみなガッシリした体格。

体力勝負では勝ち目がない。戦略を立てようにも駒が無い。


「困ったな…。」


洋子はギリギリまで考える事にした。

親友の為にも負けられない。洋子は決意を新たにした。


―C地点:担当:日向ハル


C地点には若い層が集合していた。中には知った顔も見てとれる。

ハルは緊張しつつも、冷静に辺りを伺った。


どこをどう見ても勝ち目が薄い。戦力が足りなさ過ぎる。

ハルは困り果てていた。

すると若者の集団が声を掛けて来た。


「ねぇ君さ。短冊狙ってるの?」


ハルは少し考え、返事を返した。


「はい。どうしても叶えたい願いがあって…。」


ハルは素直に応えた。

若者の集団は笑顔を作ると、「お互い頑張ろう。」と言って去って行った。


スタートまでは後十五分。

願川に緊張が走る。空気が重く、ハル達を押しつぶしていた。


洋子は考えた。


「戦力を分散させずに、一点集中で攻め立てるか…。」


弱者の戦術だ。不本意だが仕方ない。

洋子はハルと龍二に連絡を取った。


攻める場所は決まった。地点D…。

ここは老人達が主体だ。三人で勝つには、体力勝負に持ち込むしかない。


他の地点に出たら一貫の終わりだが、このままではどうせ勝てはしない。

三人はここに全てを掛ける事にした。


―7時7分


一瞬空が明るくなったと思った瞬間、願いを叶える短冊がハル達の頭上に現れた。

運が味方している。ハル達は落下地点に向い走り出した。


が、老人達は予想外のスピードで走りだした。


「うおおおおおおおおおおおおおーーーー!!!」


老人達の気迫が空に響き渡る。

ハル達は圧倒されそうになったが、負けてはいられない。


「ぬりゃあああーーーーーーーーーー!!!」


負けじと声を上げ、集団グループに突っ込む。

周りでは老人達が口ぐちに叫んでいる。


「若造がーーーーー!!」


「十年早いわぁ!!!」


「これはワシらの希望なんじゃーー!!」


「空気を読めーーーーーー!!」


その声は様々であったが、全員が本気ある事には違いない。

老人達の妨害が始まる。


「くらえ!!」


ハル達に向かって何かが飛んでくる。


―ベチョッ


これは…コンニャク!?


次々と飛来するコンニャク爆弾。

別に痛くはないが気持ち悪い。


ハル達は必死によけつつ前を目指す。

しかし、予想外にコンニャクの量が多く、前に中々進めない。

すると、龍二は手近にあった棒を拾い、飛来するコンニャク爆弾と対峙する。


「おりゃーーーーーーーーーー!!」


飛来するコンニャク爆弾を打ち落としながら、龍二が敵軍へと突っ込んでいく。

遅れないようにハルと洋子は後に続く。


「ぬ!?こしゃくな!!この若造めが!!!」


老人軍団はそう言うと、龍二に向かってタックルをかます。


「おわっ!?」


バランスを崩した龍二をコンニャク爆弾が襲う。

龍二は行動不能になった。


「龍二!!!」


ハルが叫ぶ。


「俺に構わず行けーーーー!!」


龍二が叫ぶ。

その声より先に洋子は駆けだしている。


狙うは…コンニャク爆弾の入ったザルだ。

洋子は飛来するコンニャク爆弾を華麗に避ける。


そしてザルを持った老人へとタックルをやり返す。


「ゴメン!!お爺さん!!」


「ぐわッ!!」


老人を洋子が押さえた。ハルはそれを横目にする抜ける。

洋子と老人がもみ合っている。


「トメさんに何をするかー!!」


老人が数人洋子へ向かって突撃する。


「キャァーーーー!!」


洋子が抑えられた。行動不能へと陥った。


「洋子!!!」


ハルが叫ぶ。


「行きなさい!!」


洋子が叫ぶ。

ハルは小さく頷くと短冊へ向かって駆けだした。


短冊はヒラヒラと舞いながら落ちてくる。


―このまま行けば…。


ハルがそう思った瞬間、反対側の河川敷から声が聞こえる。


「そうはさせるかーーーーーーーーーっ!!」


若者の集団が叫んでいる。

反対側ではどうしようもないかに見えた。

しかし、若者たちは次々に川へと飛び込む。


「おりゃーーーー!!」


「渡すものかーーーーー!!」


世界水泳も驚きのスピードで泳いでくる。

先にゲットしなくては勝ち目はない。


ハルは走る速度をさらに上げた。

息が苦しい…心臓が張り裂けそうだ…。


ハルは汗だくになりながら、短冊へと向かいラストスパートをかける。

短冊まであと少し…。


後ろからは復活した老人集団も近づいている。

右からは若者の集団が迫っている。


しかし…。ハルは短冊へと辿り着くと、すかさず捉えた。


「やったーーーーーーーー!!」


ハルの声が木霊する。

今年の勝者はここに決定した。


老人も若者も大人達も、ハルの周りに来ると拍手で称えた。

ハルは照れながら、龍二と洋子の姿を捜す。


龍二と洋子はハルの傍へと駆け寄った。


「やったな!!」


「やったわね!!」


なんとも言えない達成感で大満足の三人。

ハルは短冊を龍二へと渡そうとした。

しかし、それを見ていた老人がハルに向い叫んだ。


「渡すな!!消えるぞ!!」


思いがけない言葉に動揺するハル。

そんなハルを見て老人が言葉を続けた。


「…その短冊は、最初に掴んだものしか使えないんじゃよ…。」


「もし第三者に渡してしまうと、その場で消えてなくなるんじゃ。」


それを聞いた龍二は、


「…それはハルが使えよ。俺は…いいからさ。」


無理やり笑顔を作ると、龍二はそう言った。


「でもっ!!」


反論しようとするハルを制し、龍二は言葉を続けた。


「…いいんだ。別に。いいんだよ…。」


龍二はそう言うとその場を後にした。

それに続く様にそれぞれが散り散りに去って行く。


その場にはハルと洋子だけが残された。

洋子は困っているハルに言った。


「ハル、七夕は明日だから。ゆっくり考えなさい。」


洋子は龍二の願いを叶える方法など、いくらでも思いついたが、

あえてハルに答えを託した。


「どういう風に使うかは…ハルの自由だからね?」


そういうと、洋子もその場を足早に後にした。

ハルは短冊を握りしめ、帰路についた。


家に帰ると、母親が笑顔で迎えてくれた。


「お帰り。どうだった?」


ハルに問いかけるが、ハルは力なく笑い部屋と戻って行った。

部屋に戻ったハルは一生懸命考えていた。


―どうしよう。


その迷いは、ハルの気持ちに対してだった。

龍二の願いを自分が叶えても良い。その事には気づいていた。


でも龍二の願い事がもしも…


もしも…自分が知らない誰かに対してだったら?


それも…女の子だったら?


納得出来るのか…。


ハルは迷っていた。そうこうしている内に、日付は変わり始めていた。

時計でそれを確認すると、ハルは深い眠りへとついていた。


目が覚めたのは夕方5時。

ハルはボーッとしながら外へと出かけて行った。


龍二の家に向かって。


ハルは決意していた。


「龍二の願いを叶える」と。


それにより、もしかしたらハルは傷つく事になるかもしれない。

でも、この短冊を自分の為に使えば、一生後悔する気がする。


好きな人の為に全力を尽くした。

ただそれだけで、今ならハルは満足できるだろう。


龍二の家の前に着くと、ハルは龍二に電話をかけた。

龍二は窓の外を覗くと、ハルのもとへと向かった。


「…ハル。」


龍二は少し悲しげな表情を浮かべていた。

ハルは龍二に願い事を問いかけた。


「ねぇ…龍二。龍二の願い事ってなんだったの?」


ハルは龍二に問いかける。

龍二は重い口を開いた。


「…俺の願い…か。」


辛そうな表情で龍二は言葉を続けていく。


「引っ越してくる前、彼女がいたんだ。」


それを聞いてハルの胸はズキッと痛んだ。


龍二は更に言葉を続けた。


「俺が…俺があいつを殺したんだよ。」


龍二の目から涙が零れた。


「何で?」


優しくハルが問いかける。

龍二は唇をグッと噛んで、言葉を続けた。


「二人で出掛けた湖で、ボートに乗ったんだ。」


龍二は空を見上げる。


「そこで…俺がバランスを崩してボートが転覆したんだ。」


「あいつは…泳げなかった。」


「レスキューが来た時には、あいつは水を大量に飲んでいて…。」


「意識も無くて…」


「心臓も動いてなくて…」


「俺は…俺は…。」


龍二は泣きながらしゃがみ込み、小さく震えていた。

そしてハルに悲痛な声で問いかけた。


「どうしたらいい!?何て謝ればいい!?」


「今でも夢に出てくるんだ!!恨みを込めた顔であいつが責めるんだ!!」


「何であなただけ生きてるの?」


「何で私は一人ぼっちなの?ってさ!!」


「教えてくれよ…ハル…頼むよ…」


過去を思い出し、パニックに陥る龍二。

そんな龍二を、ハルは優しく抱きしめた。


「会わせてあげるよ…。」


ハルはそう囁いた。

短冊が光り出し、辺りが白く染まっていく。


龍二の目の前に一人の女の子が現れた。


「龍二…。」


女の子が優しく龍二の名前を呼ぶ。

ハルはそっと龍二から離れた。


「サエコ…。」


龍二は顔を上げると、サエコの顔を見た。

その表情は優しく笑顔浮かべ、龍二に微笑みかけていた。


「サエコ…ゴメン…俺は…。」


サエコは龍二の言葉を遮り、そっと抱きしめた。

ハルは胸がズキッと痛んだが、その光景を最後まで見届ける事にした。


「龍二…いいの。あなたのせいじゃないわ。」


ハッとした表情を浮かべ、サエコを龍二が見詰める。


「龍二…もういいの。あなた罪の意識を感じる必要はないから…。」


サエコは涙を流しながら、龍二を優しく撫でる。


「有難う…優しいあなたが大好きでした。」


それを聞いて龍二は大粒の涙を流し、声を上げて泣いた。

暫くそうしていると、サエコがハルに向い言った。


「有難うハルさん。あなたのおかげで龍二に伝える事が出来ました。」


サエコはそう言ってハルに微笑んだ。

ハルはそれを見えて何故か涙が止まらなくなっていた。


「ハルさん、私は一度死んでしまったから…。もうこっちには来れないけど。」


「そんな!!短冊の願いは何でも叶うんじゃ…」


そう言うハルの言葉を聞いて、サエコは小さく首を振った。


「いいえ、死んだ者は生き返れない。これはこの世の決まりだから。」


「それは叶わないわ。だけど、龍二とあなたに会う時間は短冊に貰えたの。」


サエコの姿は先ほどよりも薄らと、透明に近くなっている。

時間が無い様だ。


「ハルさん。龍二をお願いしてもいいかな?」


ハルはそれを聞くと小さく頷いた。涙が止まらない。


「有難う。」


ニッコリと笑うと、サエコの姿は消えていった。

龍二とハルはその場に立ち尽くしていた。


ハルは泣いている龍二を抱きしめた。

龍二も泣いているハルを抱きしめた。


二人はそのまま暫くそうしていた。


どれくらい経ったか分からない…。


先に口を開いたのは龍二だった。


「有難う。ハル。君のおかげで心が救われたよ。」


ハルは笑顔を作ると、そっと龍二にキスをした。

龍二は顔を赤く染めながらも、何も言わずにそれを受け入れた。


「龍二…」


龍二を抱きしめながら、ハルは言う。


「私、龍二が好きです。」


龍二は笑顔を作ると、ハルにそっとキスをした。

それが答えだった。


お互い、顔を見合わせ小さく笑いあった。


「とりあえず…今日も行こうか?」


龍二がそういうと、ハルは頷いた。

そして二人はいつものランニングコースへと向かう。


この先、ずっと一緒に二人並んで走って行ける道へと。


コースには洋子が待ち伏せていた。

手をつないで並ぶ二人を、洋子は優しく眺めていた。


ハルは洋子にお礼を告げた。


「有難う。洋子。…私ね。」


洋子はハルの口を抑えると、龍二に向かって言った。


「この子を宜しくね。」


そう洋子が言うと、龍二は笑顔で答えた。


「今度は…今度こそは失くさないから…。」


龍二は笑顔でそういった。

満足をそうな笑みを浮かべると、洋子はその場を後にした。


龍二はハルに聞いてみたい事があった。


「ハル、どうやって俺の願を叶えたの?」


そう聞かれ、ハルは少し照れながら言った。


「『龍二の願いを全て叶えて下さい』ってお願いしたんだよ。」


ハルは顔を染めながら言った。


「そっか…。俺はサエコに生き返って欲しいと思ってたのか。」


心の底にある願いを、短冊は少しだけ叶えてくれた。


「完全には叶ってないけど…一つは完璧だったよ。」


ハルは不思議そうに龍二を見つめた。

龍二は目をそらし顔を真っ赤にしながら言葉を続けた。


「…ハルが彼女になって欲しい。って願いだよ。」


それを聞いてハルも顔を赤く染めた。

二人は手を繋いで、ゆっくりといつものコースを回った。


―7年後


ハルと龍二は一生の愛を誓う事になる。

だが、今はこのままゆっくりと時が過ぎれば良い。


二人の先に幸せが待っているのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 全体的なお話の流れは綺麗で、緊張しながら読み進めて行きました。 ただ、短冊争奪でのコンニャクが飛び交う辺りのくだりは、それ以外の部分から浮いていて、もうちょっと省略しても良かったのではないか…
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