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君と私と竜と白と黒  作者: 雨月 そら
竜の嘆き
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失っていた記憶

 気を失っていたカロが目覚めた時、懐かしい場所に立っていた。

 そこは昔住んでいた実家、黑狗(こくこう)神社の大きな黒い鳥居の前であった。鳥居を抜け階段を登って行くと御社殿が見え、その横に大きな平家が併設されていた。

 不思議な感覚を覚えながら、拝殿をじっと見つめてから手を合わせ、家の中へと入って行った。

 家の中はいつも通りひっそりとしていて、昼間のこの時間はやはり誰もいなかった。

 小さな道場が庭の奥にあり、迷う事なくそこへと歩いてく。扉は開いていてその中にははやり、小学生位の自分が剣道着を身に付けて竹刀を振っていた。

 学校から帰ってくると必ずこの道場で素振りをするのが日課だったのだ。それは、母から小さい頃から躾けられたからであった。

 両親が戻ってくる夜まで一心不乱に素振りをし汗だくになって風呂へ入り着替えた頃、食卓には父の作った暖かな夕飯が並べられて一日の内唯一三人が揃う時でもあった。

 小さなカロに付いて行って、食卓に向かえば両親が着席してカロを待っていた。


 最後に見た母よりも少し若くて、懐かしさと嬉しさと、恐怖を感じた。


 夕食を終えて父は家事をし、母は夜のお勤めに出掛けて行った。

 此処は母の実家で代々女性が神主を勤め、黒い犬神を祭り、黒い狼に似た犬を犬神様に見立てて飼う珍しい神社であった。

 でも、本当に幼稚園くらいの頃は黒い犬を飼っていたのだが老衰で亡くなって以来、犬は飼わなかった。それは代々飼っていた犬は特別だったらしく、亡くなった犬でその品種はいなくなってしまったからであった。


 母は昼間は神社の神主を務め、夜はこの狗守(いぬがみ)町の昔からの習わしで邪気払いを毎夜執り行っていた。

 この町には邪気が集まりやすい鬼神山と云われる小さな山があって鬼が鬼門から出て悪さするのを黒い大きな犬神様が退治したとされた。その山の鬼門を封印する為に神社ができたのだが、夜な夜な山から邪気が漏れ出して災いが起こったので邪気払いが必要となったと母から聞いた。

 あくまでも言い伝えであり、鬼がいるかどうかよりも伝統行事でそれをする事で安心感を得ていたと思うのだ。


 ただ丑の刻、帰ってくる母は人が変わった様であった。性格が不器用で表に感情が出にくく、元々笑顔を頻繁見せる方ではないのだが、その時は冷たい目をして帰って来ていた。


 自分は小学生であったし稽古を毎日していたから普段は熟睡して起きる事はなかったけれど、偶々尿意を覚えて目覚めてトイレから戻ってきた時にその母と出会したのだ。

 その時の母は冷たい視線を向けると、無言で自室へと早々に入って行った。


 それからだろうか、眠れない事が度々あっった。見なければいいのに、こっそりと襖の隙間から覗く様になった。多分、あの母は偶々疲れていてそう見えたと思いたかったのだ。

 でも現実は、その時間の母は別人の様に冷たかった。


 心の何処かで母に恐怖を覚えているのに、それでも昼間の母は不器用なりに料理を作ってくれることもあり、厳しくはあったが時折笑顔を向けてくれていた。

 戸惑いはあったものの母の優しさを温もりを信じていたい気持ちが、あの時までは勝っていたのだ。


 カロが小学5年になり誕生日を迎えた日、母と一緒に夜のお勤めをする事になった。

 昼間の神主の装束とは違い、黒い狩衣を纏って剣を腰に携えて街を練り歩き、町中にある小さく黒い鳥居の前で祝詞を唱えながら剣を振うだけの事であった。


 その日もそうやって全て鳥居の前で祝詞を唱え終わり何事もなく帰って行った。

 眠いぐらいのもので、特段何事もなく拍子抜けした感じはあった。それでも将来は母の代わりに勤める大事な仕事と、誇らしくもあった。

 本来なら神主は女性であるべきだが、子は自分しかおらず、そういう時は男性が神主を勤める事になっていたから、自分の将来は此処の神主だと思っていた。

 だからこそ母は自分に厳しく教え剣を身につけさせ、お勤めにも連れて行ってくれたのだと思っていた。


 ただその日に限っては満月ではあったが雲が薄ら陰り赤みを帯びて、なんとも不気味で不思議な夜であった。


 家に帰ってきた母はやはり言葉も態度も感情がなくひやっと冷たい感じがし、近寄りがたかった。だからと言って、ただそう感じただけで何かされた訳でもなく、互いに無言で部屋に帰って行った。


 着替え終わって布団へ潜ると急に眠気に襲われて、カロは直ぐに眠りに落ちた。


 だからどうして急にそうなったのかは思い出せないが、首が締め付けられる様な感覚を覚えて目が覚めた。

 恐怖に冷や汗が溢れ、挙動不審に目がキョロキョロと定まらず、息苦しさに心臓は今までにないぐらいバクバクと高鳴り、空気を求めてひゅーひゅーっと喉が鳴った。

 ぼんやりする視界が晴れていき、クリアになる目の前の出来事に、カロは衝撃を受けて目を見開いて喉が詰まった。


 母が、


 鬼の形相をして、


 カロに馬乗りして、



 首を絞めていた。


 母の長くて綺麗な髪がカロの頬を撫で、落ちてきた髪は母の顔を半分隠した。もう半分の目は無機質でどこまでも冷たく背筋が凍る思いだった。


 信じられない光景でも、身体は恐怖し、そして生きたいともがいて慌てて息を吸い、母が締め付けている手を退かそうと必死に抵抗し、それでも止めない母にありったけの力を込めて爪で引っ掻いた。

 流石の母も手を引っ込め、カロはやっと自由に息をする事ができ苦しさにゼェゼェ言いながら思い切り息を吸い込んだ。


 その瞬間、パァーーーンっと高々と鳴った。カロの頬を、母は平手で強く叩いたのだ。


 「なんで...お前は男なんだ!」


 憎々しげに吐き捨てるように言い放ち、氷の様な冷たい視線をカロに向けると母は早々に部屋を出て行った。

 その時は何がなんだか分からず、ただ叩かれた方の頬がジンジン痛んで、痛いから涙したのか、打たれたから悲しくて泣いたのか分からないままに朝まで本心状態でいた。


 「...大丈夫かい?」


 そう心配した様な声で父が呼び掛けられて初めて、カロは意識が戻り、意識が朧げなまま父を人形になった様にぎこちなく見上げた。そんなカロを父は苦しそうな顔して、グッと口を噛むとカロを優しく抱きしめたのだった。


 暫くして、父とぽつりぽつりと会話していくうちに意識がはっきりして、恐怖が込み上げて父の胸の中で大声を上げて泣いた。


 その日を境にカロはお勤めを禁じられ、母と一緒に行く事はなくなった。


 ただ母が変わってしまった訳ではなくて、やはり昼間はいつも通り不器用でも優しかった。


 けれど、あの日の体験は恐怖で、暫くは夜は眠れなくなった。

 あの時間母が廊下を歩くたび、恐怖に震えガタガタと身体を振るわせながら掛け布団にくるまって縮こまった。

 ある時は母の足音が自分の部屋で止まった時があった。怖くて初めは目をグッと瞑ってやり過ごしてきたが、少しして気が緩み恐怖心は消えなかったが、怖いもの見たさだったのか布団から顔を出した時があって、襖を見た。襖は少し開けられていて、そこから母の冷たく無感情な目がギョロリとカロを覗いていたのだ。

 その時は、怖くて怖くて自分の身体をギュッと抱きしめて咄嗟に被った布団の中で一晩中恐怖に震え、それでも声を出したら入ってきそうでグッと我慢して静かに泣いた。


 そんな事があって、すっかりカロはやつれてしまい一人では眠れなくなってしまった。


 それを心配していた父と一緒に寝る様になってからは、父に抱きしめられている温もりを感じて安心して眠れる様になった。


 だが母の事がトラウマとなって、カロはハキハキとものを言える活発ではあるが落ち着いていて誰とでも人見知りせずに話せる明るい性格だったのに、段々と無口になって、6年になる頃にはあまり笑わなくなり、女性恐怖症になってしまった。

 側に寄られると母の事が急にフラッシュバックして、息が苦しくなって倒れる事も度々あった。


 だから中学からは男子校へ通う事になった。中学に入った頃からか少しずつ背が伸びたが然程伸びなかったのだが、ただ毎日欠かさずに行っていた剣道の稽古のお陰もあって筋力が付いて体格はよくなった。

 周りに女子がいる環境が減って、身体も鍛えて力が付いた事で自信が持てたのか、トラウマは落ちついてきた。


 父の勧めで中学の部活は弓道を選び、親友の守と一緒に部活に励む様になってやっと女性恐怖症も女が苦手程度になって少しず笑みも増え、前の自分に戻りつつあった。

 それは親友の守が気を遣って守の家に頻繁に誘ってくれて、部活動の後は守の家で夕飯をご馳走になって帰る事が多くなって自分の家にあまりいる事が減ったのもあった。


 そうしてトラウマもいつしか消えて、昼間も段々と距離を置くようになった母ともきっと折り合いがついて、元通りになると何処かで思っていたのだ。


 けれど、そんな日は永遠に来なかった。


 あの時と同じ、赤い満月の夜でカロは中学3年になっていた。その日は雲一つなく晴れ渡って、初夏を迎えたばかりで少し寝苦しく少し汗ばむそんな夜だった。

 寝苦しくて寝付けずに夜中、起きた。その日は大会も近く部活も力が入っていてその後稽古もあって疲れて直ぐに眠り付いてしまったのも原因だったかもしれない。


 月明かりが部屋に差し込んで、襖を開けて外を見上げた。


 赤い月が不気味だと思ったが、昔みたいに恐怖で震える事はなかった。ただすっかり目が覚めてしまい、部屋に戻っても眠れそうにないので庭を散歩しようと部屋を出た。


 夜のお勤めから帰っていないのか、母とは会わず庭へと歩いて行った。庭には小さな池があり、錦鯉が数匹泳いでいた。それを何となく気になってしゃがんでぼーっと見ていた。


 すると何だか焦げ臭い臭いがしてきて、カロは眉を顰めた。家とは反対方向を向いていたから直ぐには気づけなかったが、自分の家が燃えていたのだ。

 驚きもあったが、父が家で寝ている事を咄嗟に思い出して急ぎ走って家の中に入った。


 父と母の寝室にも火が燃え移っていて、慌てて襖を開けた。


 すると


 信じられない事に母が、


 火が付いた松明を手に持って立っていた。


 虚ろな目をした母は、何かに取り憑かれた様に不気味に口元を歪めて笑っていた。


 立っている母の足元で父は気でも失っているかの様に、うつ伏せに倒れている。


 「...父さん!!」


 あまりの事にカロは呆然と立ち尽くしていたが、慌てて父に駆け寄った。そんなカロには全く目もくれず、気が触れた様にクスクス不気味に笑って母は部屋を出て行ってしまった。

 そんな母を止める事もできたが、目が合った瞬間あの時の冷たい視線がカロを射抜いて、一瞬動けなくなってしまったのだ。


 止められない悔しさもあったが、何よりも部屋は段々と火が広がってしまうので兎に角父を目覚めさるしかなかった。


 「...父さん!!」


 二度目は大声で呼び掛けたのと父の身体を揺らした事で、父はやっとぼんやりしながらも目を覚ました。そこでカロは父の手を強引に引っ張って立たせると、父に肩を貸して必死に二人で外へ出た。

 煤汚れ喉を煙で痛めただけで、火傷らしいものも殆どなかったのは幸いだった。ほっとして二人で安堵したが、外には母の姿がなかった。


 父と一緒に慌てて拝殿に向かうと、神社にも火の手が上がり轟々と燃えていた。


 その燃え盛る拝殿の中央で母は、立っていた。


 「母さん!!」


 そうカロは母に向かって、大声で呼び掛けた。けれど虚ろな目の母は、カロを見ようともしない。

 カロはそんな母を助けようと、咄嗟に全力で走り出した。


 あと一歩で手が届きそうで、父に後ろから押さえられて引き離された。


 「死にたいのか!!」


 初めて聞く、父の怒鳴り声にカロはハッと意識が戻った。


 「...でも...母さんが...」


 父は目に涙を溜めて悲しい顔をし、力強く首を横に振った。


 「...いや...いやだ...まだ間に合う!!母ぁさん!!!」


 止める父を振り解こうと必死に抵抗して、カロは母へと手を伸ばす。


 でも、母は手を伸ばす事はなく、アハハハと気が触れた様に高笑いして不気味に笑うと火の海に飲まれていってしまった。


 カロは母を助けられず、呆然と立ち尽くすしかなく、急に力が抜けて立っていられなくなった。


 すると全てが火の海で囲まれて、側に居たはずの父も居なく、どうしようもないなくてカロは一人地べたに座り込んだ。


 カロの目は段々と光を失われ、囲んでいく炎は心が蝕んでいくのと同じ様に黒く、より黒く、不気味に闇に染まっいった。そして、無数の黒い手が伸びてきてカロをベッタリと纏わりついてきた。

 息苦しくてほんの数秒もがいたものの、どんどん気力が吸われているのか失っていって 

、もうカロには抵抗できる力は残っておらず、無数の黒い手によって闇の奥底へと引き摺り込まれていった。

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