真実の隙間9
ヴァンは苦しさと暑さと寒さとよく分からない感覚を覚え、はっと目を開ける。目を開けた途端、その感覚は嘘の様に消えていた。
苦しさは首を絞められていたからか、暑さは火山の中にいたからか、寒さは血を流したからだろうかと何故か思考は冷静だ。それに、暑いと言っても防御魔法が掛かっているのでそこまで感じるはずはないと考えれば、アイゼンの様に炎で身を燃やすこともないのだから何故暑さを感じたのだろうかと思えば、アイゼンが燃えていた姿が暑い、熱いと感じたのかもしれないと思い直す。
それでやっと気づいて、アイゼンは何処かとキョロキョロと見回すが見当たらない。むしろ、何故、フリークに居るのか、何故、あの美しかった頃のフリークが目の前に広がっているのかで、戸惑った。
ヴァンは何が起こったのか分からず頭をブンブン振ってみるが、全く光景は変わらない。戸惑ったままただ、懐かしくもあってヴァンはゆっくりと歩み始めた。少し行くと、今はもう無い自分の家が見えてきて、ヴァンは嬉しくなって家の中へと入る。
中には父親のテンダーネスがキッチンでミルクを温め、奥には小さい頃のアイゼンの姿があり、赤ん坊の自分と一緒にフルールが揺籠の中で眠っているのが見えた。ヴァンが側に寄っても全く気づくことはなく、そこにいるアイゼンは無邪気な笑顔でじぃーっと赤ん坊の自分達を見つめ、時折優しく頭を撫でる。
「あないに泣いてたのに、よく眠ってるなぁ...んー...ミルクはまた後でええか...アイゼンは、あやすのが得意やなぁ」
両手に哺乳瓶を持ってやってきたテンダーネスは自身の赤ん坊を覗き込んでから、アイゼンの頭を優しく撫でてにっこり微笑んだ。
「僕は別に大した事してないよ...やっぱり満月の夜に生まれて、シルフ様の特別なご加護を受けたから、いい子で、すぐ泣き止んだんだよ」
「...そーか...アイゼンが言うならそーかもしれへんな...ところで、この子達の面倒見てくれるんはありがたいけど...家にいなくても大丈夫なんか?」
「......うん...父さんは...僕がいない方がいんじゃないかな...」
先程までの笑みは消えて、急の暗い顔をアイゼンはする。
「そないなこと、あらへんよ」
「...でも、僕にだけ厳しいし...それって、僕が本当の息子じゃなくて...妹の子だから?母さんが...父さんの反対押し切って、狼獣人の民と結婚して...僕のせいで命を落としたから?」
テンダーネスは悲しそうな顔をして、背後からアイゼンを優しく抱き締める。
「ちゃうて、ちゃう...確かにハイリデは反対をした...でもそれは、アイゼンのお母さんが身体が弱かったからや...向こうで暮らす言うから...余計反対されてやな...アイゼンが生まれた時もそりゃーハイリデは喜んでなぁ...アイゼンのお母さんはまぁ天命だったんや...アイゼンのせいやない。そりゃーみんな、分かってる事や。ただな、小さい頃のアイゼンは少し病弱でな...向こうでは暮らせるか心配やったし...こっちなら気候もいいからって、アイゼンのお父さんとハイリデが話し合って預かる...ちゃうか...息子として育てるんにちゃんとしなきゃあかんちゅー責任を感じてるんやと思うねん」
「...でも...」
「わいもなぁ...奥さんをこの子らと引き換えに亡くしてもうて...でも...奥さんの分まで幸せにせなって責任感じてんねん...でもわいは、ハイリデみたいにしっかりしてへんから...厳しくできんと...すぐ優しくしてしまうんや。だからな、ハイリデは決してアイゼンが嫌いで厳しくしてるんやないんよ。一人前の男に育てたいって思うからこそや...分かってやってな」
アイゼンは大人しくテンダーネス話を聞き終えて、テンダーネスの顔を見上げてじっと見つめると笑顔が戻ってうんと元気よく頷く。
「...僕...父さんの手伝いしてくる!」
そう言ってテンダーネスから離れたアイゼンは、元気よく家を出た。
ザザ ザザザ
砂嵐が起こり、景色が変わっていく。ヴァンは魅入っていたがハッと意識を戻し、その頃には違う景色が広がっていた。
「おーい、アイゼン兄さーん!」
今よりも少し幼いヴァンが元気よく草原を走り、教会にいる青年になったアイゼンへと全力疾走で走っていく。それに気づいたアイゼンはにっこりと微笑んで手を挙げて小さく手を振る。
「今日は、いつになったら遊べるんや?」
「今日はもうだいだい片付いたから、もう大丈夫だとは思うけど...一応父さんに聞いてくるよ」
「いつもの場所でフルールも待ってるんや!急いで、急いで!」
アイゼンと手を繋ぎ急かすヴァンにはいはいと頷きながら、アイゼンは中にいるハイリデに聞きに行き許可をもらうとヴァンが更に急かして走るものだから、一緒になって走っていく。
着いた先は少し小さな丘になっていて、見晴らしの良いお花畑が丘を埋め尽くす場所。時期によって咲く花が違ってとても美しく、フルールがフリークで一番好きな場所でもあった。
二者がフルールに駆け寄ると、フルールは花の冠二つ作り上げたところだった。
「お兄ちゃん、お帰り。アイゼン兄さん、いらっしゃい。ふふ、タイミングいいのね...花の冠できたから、二者にあげるね、はい」
そう言って座っていたフルールは、手を伸ばして近くに座った二者の頭の上に花の冠を乗せる。
「...ありがとう...フルール。嬉しいよ」
アイゼンは少し頬を赤く染めながら、にっこりと嬉しそうに花の冠をそっと触る。
「ほんま、フルールは花の冠作るんは天才やな!」
「気に入ってくれたなら、良かった」
「でも、わいら家族のフリーク言語を使わんのはあかん!!」
「...また急に...と言うか...その方言は...昔使ってたけど...今使ってる人は少ないから...」
「せやけどな!おい、方言言うなや、標準やろ!」
「まーまーヴァン...今時の女の子は方言使わないよ...うちに来てるおばさん達くらいでさ...まぁ、諦めよ」
「そーそー」
「おい!!」
三者はそうやって絶えず何気ない話をして楽しそうにしていた。
ザザ ザザザ
ヴァンの気持ちは置いてきぼりで、勝手に砂嵐になり、場面は変わる。
「...僕...フルールの事が...好きだ...」
「そうか...まぁ...人を好きになるんは自然な事や......告白はしたんか?」
青年の姿になったヴァンと少し大人びたアイゼンの二者だけで、教会の大きな木に登って話をしている。ただ、ヴァンは隠しているが少し複雑そうな顔をしている。
ザザ ザザザ
砂嵐、感覚が短く、場面はどんどん変わる。
「フルール...僕はずっと小さい頃から君を見続けて...ずっとずっ好きだった!...君が好きなサラマンダー様は...シルフ様と一緒の神様だ!僕達とは違うんだ!目を覚ませ!」
何処かへ駆けて行こうとするフルールの手を掴み、アイゼンは必死に止めようとする。その顔は悲しみに満ちていた。
「...ごめんなさい...アイゼン兄さん...でも、私は...神様だからとか...関係ないの...」
立ち止まったフルールはアイゼンをじっと真っ直ぐに見つめ、手を強引に振り解く。
「...止められないの...ごめんなさい...ほっといて...」
悲しい顔をしながらフルールは駆けていき、それを見つめる目は涙で溢れ唇を噛んだアイゼンは呆然と立ち尽くしていた。
急に、辺りは暗くなる。
バンっと急に明るくなった思えば、ヴァンを満月が照らす。そこへ闇からスーッ歩いてきたのはアイゼンだった。
「ふむ...事前に話は聞いていたけれど...こんな過去を見せられるとは...まぁ...フルールは死んでしまったからね...今更...見せられても」
「...いやいやいや...フルールは、生きてるやろ!ずっと...ずっと...わいの側におった...」
「ふっ...アハハハハハハハ!!ヴァン...そうか...なるほど...なるほど...これで合点がいったよ...君さぁ...そりゃー流石に冒涜というものだよ?...でもまぁ...仲間や、狼獣人を喰らって、この身はただの人間だったはずが今や狼獣人と同等...それ以上...僕も相当な罪深き人間、一緒かぁ!!」
ヴァンは急に焦点が合わなくなると力無くガクッとしゃがみ込み、大声で笑いながら喋っているアイゼンの言葉を聞きたくなくて手でグッと耳を覆うと、いつしか空な目になって電池が切れた人形の様に黙りこくってしまった。




