真実の隙間7
アテネは息苦しさを感じ、目を開ける。黒いモヤに呑み込まれた事までは覚えているがそれ以上は分からない。ただ、目の前には美しい草原が広がり、穏やかな風が吹き、その中に白い小さな教会がポツンと建っていた。
わぁーっと子供達が元気よく草原を走って行き、草原に立つアテネをすり抜け、教会へとキャッキャと戯れながら入っていく。
アテネは訳が分からず自分も教会へと向かい、教会の近くの大きな木の側で洗濯物を干している神父に声を掛けようとして声が出ない事に気がつく。それでも諦めきれないアテネは神父の近くに寄って行き、顔が見えた瞬間に驚きと警戒心で咄嗟に飛び退く。
そこにいた神父は、さっきまで戦っていた男であった。
ただ、気持ち悪いほどのねちっこい不気味な笑いも、隈がひどく血の気のないやつれた顔も、くすんだ金色の瞳でもない。血色も良く少しふくよかで幸せそうな笑顔に、常盤色の髪をオールバックに、青磁色の美しい瞳は優しそうである。キャソックを身に付け、片翼のロザリオを首に掛けて如何にも聖職者という風貌だ。
アテネは頭が混乱して目を擦った後にもう一度よく見るが、男からは全く邪気を感じなかった。
男が洗濯が終わり大きな洗濯籠を両手に持って教会の裏口から中へ入っていくので、まずは様子を伺ってみる事にして後ろから付いて入って行った。
中はキッチンになっていて、元気いっぱいな肝っ玉母さん風の女性が何人もいて割烹着みたいなのを身に付け、ペチャペチャ楽しげにお喋りしながら料理を作っている。
男はその女性達と楽しそうに少し話してから洗濯籠を部屋の隅に置いてキッチンを抜けて奥へと進んで行けば礼拝堂へ繋がっていた。
そこには一人の男が竜の石像の前で両手を握り締め、跪いて祈りを捧げている。
祈りを捧げていた男は神父が来たのが気づいて祈りをやめて立ち上がると、神父の方へ向く。その男はやや背が低めの髪が白く顔はヴァンにどことなく似ているが、ただ糸目ではなくパッチリと二重でブルー・スピネルの瞳はアンの面影がある。
「やぁ、ハイリゲ」
「やあ、テンダーネス...今日も、奥さんの為に祈りを捧げていたのかい?」
二者は互いに歩み寄り、笑顔で挨拶を交わし合うと近くの椅子へと仲良く並んで腰掛けた。
「...もう直ぐだな、奥さんの出産...双子かもしれないって?」
「そうなんや...もしかしたら今日の夜...そう...今日なら満月や...いつもは眠っておられるシルフ様が目を覚ますはずや...ご加護がより一層受けられる...でも、初出産で双子は未知や?妻の身体も大丈夫やろか...子供が無事に産まれてくれるやろか...もう...わいにできることなんて、毎日祈りを捧げるしかなくてやな...」
石像を見つめながら祈りを捧げる様にテンダーネスは少し辛そうに言って、石像に両手を握って首を垂れる。
「大丈夫だ...お前の奥さんはあの狼獣人の女性の中で一番の力持ちだったんだから...にしても... ゼフィールさんにそっくりなのは顔だけか?...いつもは豪気なのに、こういう時は...情けないねーぇ」
ハイリゲはテンダーネスの肩をポンポンと叩いた後、最後の言葉と共に景気付けとでもいう様にバンっと背中を叩く。
「ぃったぁ!!何するんや、ハイリゲ!!」
「兎に角こんな所で祈るよりも、奥さんの近くで見守ってあげないと駄目だろう?奥さんがいくら気丈で強いからって、心細いんじゃないか?さーさー、立った立った!」
テンダーネスはすくっと立つとそう言って、急かす様にハイリゲに手を差し伸べる。ハイリゲはその手を握って立ち上がると、情けなさそうな顔から勇気が出たのか笑顔が溢れ、グッと握った手に力を込めてからその場を早々に立ち去った。
ザザ ザザザ
砂嵐の様にアテネが見ていた景色、記憶と言ったら方がいいのかは掻き消され、場面は変わる。アテネは戸惑いながらも、誰に聞くこともできずただ傍観しているしかない。
「おとーさーん!!」
手の中に収まるくらいのオレンジ色の百合の様な花束を抱えてフルールと瓜二つだが全く病弱な気配もなく元気な姿で走ってきて、裏庭でフリークの民がいつも身につけている服装ではなくラフな甚平の様な和装を着て薪割りをしていたテンダーネスの元へとやってくる。
テンダーネスは振り上げていた斧を切り株に刺し首に垂らしていた布切れで汗を拭きながら、横にいたハイリゲと一言二言話してその少女に手を振る。
「お帰り、フルール...あーえー...どこ行ってたんや?」
長かった髪をバッサリ切った短い髪のテンダーネスは頭を掻きながら言いづらそうにそう言って、ハイリゲに視線を向けて変である。ハイリゲはそんなテンダーネスを見て、小さく溜息を付く。
「...あーうん...ちょっと...お友達の所?」
「...そうか...うん...」
物言いたげなテンダーネスだが娘の前では口篭ってしまい、助け舟をだせと言わんばかりにハイリゲを強く見つめる。ハイリゲは情けないと言わんばかりに、小さく溜息をまた洩らす。
「フルールちゃん、お帰り。その花綺麗だね。でもは...ここら辺では見ない珍しい花だけど...どこの花だい?」
はっとしてフルールは口篭り、俯く。
「...フルール...また、ポエニクスへ行ったんか...あそこは...人間は入ったらあかんてシルフ様から言われてるやろ?」
「...ごめんなさい...」
悲しそうな顔をしたフルールは花束をぎゅっと掴んでそう言うと、逃げる様に小走りで家へと駆け出して行った。そんなフルールを困った様な顔付きで二者は見守るしかできなかった。
「こればっかりは...気持ちの問題だ...時が...解決するのを待とう...無理に引き離しても...フルールはまだ幼い...反発して...いや...うん...今は見守ろう...テンダーネス」
「せやな...わいは、フルールの、父親や...他になんて言われようと...味方でいないとな...嫁の分も...」
ハイリゲはテンダーネスの言葉を聞きながら悲しそうな顔をし、テンダーネスの肩をポンポンと叩いた。
ザザ ザザザ
そこからまた、砂嵐。場面が変わる。
「何故や、何故や...何故や!!!フルールが何故、こない怪我しなきゃいけんのや!!...お前は、フルールを連れ戻しに行ったんやないんか!!」
「すまない、すまない...テンダーネス!!!」
「俺は...俺は...」
肩に矢が刺さったまま真っ青な顔をしているフルールを抱き締め、泣きじゃくり悲痛に叫ぶテンダーネスにその近くでハイリゲは必死に土下座をして謝り、その横にはハイリゲが後頭部を押さえ付けながら無理やり土下座させられている青年がいる。その青年もはらはらと静かに泣きながら、抜け殻の様にただそうとしか言えずにいた。
ザザ ザザザ
また砂嵐が起こり、その場は映画が終わったかの様に真っ暗になった。そして、パッとスポットライトがアテネに照らし、もう一つのスポットライトアテネの目の前に立っている男を照らし出す。
「いやーぁ...懐かしいーぃ...懐かしいーぃ」
パチパチパチと拍手しながら、そう言ったのは黒いローブの男。多少の外見の違いはあるが、ハイリゲである。
「俺の昔の記憶をまた、こーぉして見るとーぉ...考え深いねーぇ...」
ピタッと拍手を止めて手を後ろで組むと、ニヤニヤと不気味な笑みを湛えながら一歩一歩ゆっくりとアテネに近づいてくる。
「...この後、テンダーネスの娘、フルールは...サラマンダーに会いに行き...そこで命が尽きて...俺の妹のバカ息子は...怒り狂い...サラマンダーを逆恨みして...無謀にも攻撃して世界は炎の海へ包まれたーぁ...あぁ...なんと嘆かわしい...フルールがサラマンダーと恋に落ちたのが間違いか...俺のバカ息子への教育が間違ってたのか...どう思うよーぉ?」
アテネは身体が金縛りにあった様にその場から動けず、ハイリゲと至近距離で向かい合う。
「...ん?動けないのか?...じゃーぁ、答えられないなーぁーあ。あの後さーぁ...聡明すぎたシルフ様は心を病んで...闇に支配されて変わられてしまうし...側いた俺は 人喰鬼に変えられちゃうしよーぉ?まぁーぁ...シルフ様の手助けできればもーぉ...なんでもいいかーぁ...って感じではある、そう、そう!もう、俺の役目もこれで終わったんだーぁぁ!!杭はぶっ壊れたからな!!お陰様で!!後は、目覚めるのも時間の問題!!お前も一緒に見よーじゃねーかーぁ!!あははははは!!...そしたら、俺の目の礼で、俺が一緒に死んでやるよーぉ!!!」
動けないアテネに腕を回しねっとりと頬を擦り寄せ、とち狂った様にハイリゲの笑いは闇の中、止まらなかった。




