偽りが崩れる時4
ニフリートが立ち去った部屋は静まり返り、黑はアンの顔を見つめた。
今の所は安定しているのか、少し顔色もいい。
暫く静寂の時が流れ、アンに変化があった。瞼がぴくっと動いたのだ。それからそれほど経たぬうちに、アンは目を開いた。その瞳は色のない真っ白な瞳。
「アン!」
「.........そ、その声は......スルト様...?」
「...その名で呼ぶのは、アン、君くらいだよ」
「...そ、そうですか...わしは...」
「アン!!無理は禁物だよ。寝てなさい」
よろめきながら起きあがろうとするアンを、黑は声で制する。
「...そ、そうですか...」
「身体の方はどう?痛い所はない?」
「そうですね...今の所は。ただ、疲労感はありますか」
「...そう。なら、寝てなさい」
「...スルト様、そういえば、シンモラ様は、お目覚めになりましたか?」
「...シンモラは、一度も目覚めていない。このままでは、世界は崩壊してしまう」
「...神魂...スピカのままですか」
「そう。完全体での目覚めは、いつなのか。今の仮初めの身体が、いつまで持つか...」
「...そういえば、スピカは?」
「......原因が分からないが、ウンディーネと一緒に、結晶体の中で眠ってる」
「...そうですか...それだと、結界は?」
「それは、問題なく作動してる」
「なら、取り敢えずは大丈夫ですね」
「...多分。ロキは、カロ達を連れ去ったから、まだこちらへ攻め入っては来ないとは思う。今は、ニフリートがそれに向けて動いているはず」
「...そうですか。なら、安心しました。後は、クーアと最後の別れができれば、わしは思い残すことはないです」
黑は言葉に詰まった。じっと、失明して視線の合わないアンを見つめた。
「...そんなこと、言うな」
そう言った、黑の声は悲しみが帯びていた。
「...スルト様、我々は、いつしか死を迎えるんですよ。でも、わしは、クーアが戻ってくるまでは頑張りますよ。約束ですから」
「...そうだね。それにしても、いつも通りに敬語はなしでいいのに、アンは律儀だね」
「...そうは、いかないですよ。皆が忘れ去ったとしても、この世界を見守る神なのですから。皆の手間、ああ喋っていただけで、敬意は常にありましたよ」
「...アンは会った時と、そういう所は変わらないね」
「こうみえて、私は律儀なんです」
「...そうだね...変わらない。安心するよ。...スピカが、あのエルフの少女と契約して、世界が修正を施した時も、アンだけは変わらなかったからね」
「...ええ。不思議とわしだけは、修正対象にはならなかったんですよね」
「...それは多分、夢予眼のお陰かもしれないね。あれは、神族からのギフトだかね」
「...そうなんですね。それで......ん...ふぅ」
辛そうな表情をするアン。
「疲れたんじゃない。まだ時間はあるし、少し休みなよ」
「...そうですね。お言葉に甘えて、少し休みますね」
ゆっくりと瞼を閉じるアンを、異変が起きないかじっと見ていた黑だが、穏やかな小さな寝息をし出したのを見届けると視線を外した。
それから、黑は上の方を向く。
(カロ達は、今頃どうしているだろうか...)
そう思いながら、カロ達がいる方向へ視線を向けたのだった。
その時、黑の機械の身体から小さな破片が溢れ落ちた。偽りで象られた身体も、もうすぐ崩れる予兆のように。




