祈願祭
祈願祭は、無病息災を祈祷するためと慰霊を行うため、天灯に火を灯し、夜空に放つ。慰霊の場合は、天灯に故人の名前を書くことになっている。
カロはその準備を手伝っていた。
何処か上の空で、昨日のナビールの話が頭の片隅から離れなかったからだ。
「カロ、作業の手が止まってるけど?」
「え?」
「何、ぼやけた顔してるの?目を開けたまま、寝てた?」
いつもの突っ込みをしてくるのは、黑。スピカの肩に乗って、こっちを見ている。
今日は珍しく、カロ、黑、スピカの三人で共に作業をしている。当然、黑は何もしてはいない。
「ね、寝てるわけないだろ。ただ、ちょっと考え事してただけだし。てかさ、ただ見てるだけの黑にとやかくいわれる筋合いないんだけど!」
「...私のこの小さな手で何をしたらいいのか、教えてほしいものだね」
「立派な口はあるんだから、物でも運んでくればいいんじゃない?」
売り言葉に買い言葉で、カロは応戦する。いつもより挑発的なのは、黑がスピカの方にいるのが少し面白くないと思っているからだった。
そんな二人のやりとりを、スピカは柔らかい笑みを浮かべ、口元を手で隠してクスクス小さく笑っている。傍目から見れば、ただ戯れている様にしか見えない二人。
スピカの小さな笑い声に、二人は顔を見合わせ、無言が一時、釣られて笑い出した。
そんなやりとりをしながら、陽が明るいうちは何だかんだと仲良く協力しあって作業を進めていた。カロは初めのうちはもやっとした気持ちだったが、今は楽しそうな笑顔だ。
そうこうするうちに、陽が沈んでいく。辺りは、祭があると分かった様に精霊達が何処からともなく集まって、薄暗くなる空を明るく照らし始めた。
それが合図の様に、祭が始まった。
カロ達がいる場所より少し離れた場所で数人の大人達が円になり、男はリュートの様な弦楽器で優しく少し切ない曲が奏で、女はそのメロディに沿って不思議な今まで聞いたことのない言葉で歌い始めた。
そして、円の中央には山の様に積まれた焚き木が勢いよく空へ向かって燃えていた。
作業が終わったのか狼獣人の民が次々と集まってくる。その中には、ノーム、ナビール、シュッツァー、オネスト、ジョリーの姿が見える。クーアは、鍛冶屋の二人と楽しげに話をしながらやってきた。
カロは皆の居る方へは行かず、作業が終わっても今の場所に留まったのは、黑とスピカの側を離れがたいと思っていたからだ。
そんなカロの方へ、ノームを先頭に、ナビール、シュッツァー、オネスト、ジョリー、クーアも一緒になってやってきた。皆、手には天灯を持っている。
「ほほ、こんな所に居たのかの。今日は、皆バラバラだったからのー。どうかの、あっちに少し小高い丘があって、祭が綺麗に見えるでの。そこで少し話しながら、一緒に見ないかの」
「ん?いいけど。どうしたの?ぞろぞろと」
「まーまー、それもあっちで話そうでの」
カロは小首を傾げながら近くにある天灯を持ち、ノーム達と一緒に丘へと向う。勿論、黑もスピカも。
丘の上からは、高く燃え上がる焚き火に照らされて、円陣になった狼獣人の民が、曲と歌に乗り左右に揺れているのが見える。全体が見渡せ、ここからなら確かに綺麗に見えそうな場所だ。
ノームが腰を下ろすと、すぐ後ろにナビール、その隣にカロ、側にはオネスト、ジョリーが、その隣はナビール、シュッツァー。そして反対側に、黑とスピカが腰を下ろした。
ノームが何もない空間からオフホワイトのナイトケープを取り出し、まずはカロへ一着渡し、もう一着をナビールへ渡すように廻すと、残りの一着はスピカへと渡した。
「ずっと預かっていたがの、返すでの。カロのケープには、アンちゃんの呪いが掛かっていたがのぉ、今は効果が切れていたでの。だから、わしが似たような効果の魔法を掛けて、それに付け加えて暑さ寒さも多少は平気な様にしておいたでの。皆のも同じに掛けておいたでの、着てみるといいでの」
カロを始め、渡された三人は今着ている物からナイトケープへと取り替えた。
確かに以前より寒さを感じないと、カロは思った。
「それと、カロにはこれを渡しておこうと思っての」
ノームは自分の髪に着けていた髪飾りを手に取ると、カロへと差し出した。
「え?どうして?」
「もうわしには、必要ないでの。きっとこの先、カロには必要になると思うでの」
「...え?それって、どういう...」
「そう感じる...としかいえないがの。兎に角、受け取ってくれないかの」
ノームはじっとカロを見つめている。真剣な眼差しに、カロは断ることは出来ず、差し出された髪飾りを受け取った。
「この編み紐に通して、今は首にでもぶら下げておけばいいでの」
そういってノームは、深緑の編み紐を取り出してカロへと手渡した。カロは、髪飾りに編み紐を通して輪を作ると先同士をきつく結び、首にぶら下げた。
「おや?そろそろ、天灯を空へ飛ばすようだの。さぁ、皆、天灯を灯そうでの。ナビール、お願いするでの」
円陣の動きに気づいたノームが、そう皆に向かって声を掛け、最後にナビールを見た。
「はい、ノーム」
ナビールが空に向かって指をパチンと鳴らすと、一斉に天灯に火が灯る。
「さぁー、皆、天灯を空へ放つでの!」
ノームの掛け声と共に、一斉に天灯を空へと離す。あちらこちらから次々と天灯が空へ広がっていき、空は天灯に灯された火でオレンジ色に染まった。
皆、その美しい光景を見上げて見ている。
「カロ、何があっても、黑を信じるでの」
急にノームは、ぼそっとカロへ呟いた。
「...え?」
カロは訝しげに、ノームへ視線を落とす。
「それがカロ、お主を救う道だでの」
そっとノームはカロの背中に手を置き、そういってカロへ、悲しく微笑み掛けのだった。
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