前夜
遥か昔から毎年行われていた伝統行事がある。
祈願祭
四国全土で行われていた行事で、今はミニエーラでしか行われていないらしい。
今年は、フリークの奇襲があって中止になっていたが、状況が落ち着いているし、折角カロ達も来ているからと、行うことになったのだ。
丁度良いタイミングでスピカも目覚め、祈願祭を執り行うため、皆が準備に取り掛かっていた。
祈願祭の前夜。
辺りが寝静まった夜中、一人眠れなくぶるっと寒さに身震いして部屋を出た。相変わらず、黑はスピカの側を離れないでいた。
何気なく歩いていると灯が漏れている部屋があり、そこから生薬の様な独特な匂いが漂っている。
カロは気になって、その部屋を覗いてみると、そこにはナビールがいた。火の付いたかまどの上には大きな黒い鉄鍋がある。その鍋を棒でぐるぐると混ぜている。
「おや?カロじゃないですか。どうかしましたか?」
「いや、何か眠れなくて。そしたら、ここの明かりがついててさ」
「...なるほど。何か、眠れる飲み物でも作りましょうか?」
「いやいや、大丈夫。それはそうと、ナビールはこんな夜更けに何してんの?」
「私は、薬を作っているんですよ。こっちの葉を入れると傷薬、こっちの赤い実がついたのを入れると風邪薬になるんです」
披針形で白い産毛が生えた緑の葉と、枝にどんぐりの様な形の赤くピカピカの実と長卵形の深緑の小葉が付いた植物を手に取って、ナビールはカロに説明した。
「違う植物を入れると、効能が違うのか。面白いね」
「ええ。元々、今混ぜているものに微量ながら、私の治癒魔法を流し込んでいるので、これだけでも小さな切り傷ぐらいを治す効果はあるんですけどね。これらを入れると、直ぐ治るんですよ、狼獣人なら。狼獣人は、人並み以上の自然治癒力を持っているので、あまり必要ないですが、子供と年配者は能力が低い傾向にあるので必要なんです」
「へーそうなんだ。...そういえば、ナビールは、治癒魔法使えるんだ」
「ええ、私はちょっと特殊で防御と治癒の両方使えるんです」
(そういえば、シュッツァーが例外がいるっていってたのは、ナビールのことだったのか)
「ん?でもさ、治癒魔法使えるなら魔法で治せばいいんじゃない?何で薬作ってんの?」
「...んー治癒魔法はそんなに多くは、今は使えないんですよ」
「そうなんだ。ま、確かにその薬で狼獣人は治るんなら、わざわざ魔法を使わなくてもいいのか。... それって、狼獣人以外も効くの?」
「ええ、効きますよ。狼獣人程ではないですが、自然治癒能力が上がりますから。...多分、カロが狩りで怪我した時に使ったのではないですか?」
「......ああ!!確かに傷薬塗っておけばすぐ治るって、塗られた!そうか、それがこれなわけだ。なるほど」
(直ぐにって訳ではなかったが、確かに治りが早かったような気がするな)
ナビールは、しゃがみ込むとかまどの横にこん盛りとある砂の山を、鉄製のスコップで掬う。掬った砂をかまどの火に投げ入れていくと、火は段々と小さくなって消えていった。
火が完全に消えると、スコップを置いて手に付いた砂を落とすように両手をぱんぱんと軽く叩き、ナビールは立ち上がるとカロの方へ向いた。
「気分転換に、外へ散歩しに行きませんか?」
「ん?...うん。いいけど」
カロはナビールの提案を受け入れ、外へと出た。
外は昼間とは比べものにならないほど寒く、カロは身震いする。羽織るものを持ってくればよかったと後悔していると、くすくすと小さく笑いながらナビールがファーコートを差し出してきた。
ありがとうと言って、カロはそれを受け取り急いで着込んだ。
ナビールが歩き出したので、カロも歩きだす。
ふと、違和感を感じたカロ。何故かナビールは、ファーコートは着けていない。
「寒くないの?」
「...ええ。私は、寒くないです。暑さ寒さには...強い?体質みたいで」
「へー便利だなー。私も、そんな能力欲しかったよ」
「ですが、感覚が鈍いということは、危険察知に鈍いということですよ」
「あーそれは困る。それだと、即、死にそう。...所で、何処行くんだ?」
「......ちょっと、最近行けていない所がありまして。友人の墓なんですけど...迷惑でしたかね?誘って」
「...墓参り...明日は祭でそれどころじゃないだろうし。私は別にいいよ」
カロはそう言いながら、日本の墓地の夜は薄気味悪いというイメージが浮かんで、少し顔が引き攣ったが、軽く首を振って打ち消した。
それから暫く無言のまま、二人は歩き続け、着いた場所はスピカがずっと眠っていた巨木の周辺を丸く囲うように泉がある場所。あの時の様に、光り輝く精霊が無数に飛んでいた。
あれ以来、カロは狼獣人の民達と過ごすことが多かったのもあるが、どうもここへは行く気になれなかったのだ。
ただそこが目的地というわけでなく、何か思うことがあってナビールが一時的にそこで止まり眺めていただけで、また歩きだした。
泉をぐるっと回ってから近くの森に入り少し行くと、ぽっかり丸く切り取られた様に森がなくなり平野になっていた。
そしてそこには、文字が刻まれた長方形の石がいくつも規則正しく並んでいた。
墓に行くといってことを思い出したカロは、ここが墓地なんだと思った。
ただ、一つ一つの墓を囲うように小さな可愛らしい白い花が咲き誇り、夜空から燦々と月明かりが降り注ぎ、精霊達が踊っているように飛び回るそこは、墓地とはかけ離れた感じだった。
その中の三列目の真ん中辺りで、ナビールは立ち止まった。
カロはナビールの横に立ち、日本の礼儀に沿って、目を瞑り、手を合わせた。
「...ここに手を合わせても...誰もいないんですよ、カロ」
何を言い出すのかとカロは、ぱっと目を開いて訝しげにナビールへ視線を向ける。
ナビールにはいつもの優しげな笑みはなく、目を伏せ、無とも取れる表情でじっと墓石を見ていた。
「...それって死んで、魂と肉体は消えたからってこと?」
ナビール緩く首を何度か振る。
「...そうではないです。そうでは...昔話を...しましょうか」
急に今度は何だと更に訝しんで、眉を寄せたカロだが、形式だけで合掌した自分の手が目に入った。ああと思い当たると、力が抜けて手を離した。
もしかしたら、その話がしたかったのかと。
「狼獣人の中にたまに、精霊や霊的なものが見える魔力の強い...霊感の強い...とでもいったらいいんのでしょうか、子が生まれるんです。通常の者は、精霊は光の塊にしか見えていないし、霊的なものは見えないんです。そして、霊感の強い子は流れてくるマナが膨大で身体が耐えられず、早死にする傾向にあるんです。私の友も、そうでした...」
ナビールはその場にしゃがんで、誰もいないといいながらも、すっと片手を伸ばして墓石に手を置いた。
「彼は変わっていたけれど、人懐こくて、優しくて、みんなから愛されていました。ある時、彼は聖獣と呼ばれる、光る鹿に会ったんです。彼は変わっていたから、話が通じない光る鹿とも色々と手振り身振りで仲良くなりました。けれど、時は無常で、彼の身体もまた蝕まれたんです。そんな時です、彼は悲しむ両親を見ていられず、光る鹿にお願いしたんです。......僕を取り込んで欲しいと。......ノームからそうすれば、光る鹿と共に生きられると聞いたらしいんです。でも、それは共に生きるではなくて、光る鹿が彼の代わりの存在になって、彼の存在はみんなの記憶からなくなるだけで、この世界に都合のいいように記憶がねじ曲げられるだけで......」
ナビールの声が、微かに震えている。カロは何と声をかけたらいいのかわからず、迷った表情をしながら、ナビールの肩にそっと片手を置いた。
「...それでも彼はいいんだって。両親が悲しまなくていいし、大好きな光る鹿と一緒なら、無になるより全然いいっていうんです。そして、彼は光る鹿に取り込まれ、光る鹿は身体を手に入れた。そして、弱っていた身体はノームの力の一部を得ることで治り、その力の影響でノームに似た青年が誕生したんです。さも、昔からノームの側にいるという形で記憶がねじ曲げられて」
それはと言葉が出かけたカロは、ぐっと口をつぐんだ。
ナビールは墓石をゆるりと撫でてから、真剣な眼差しをカロへ向けた。
「きっともう直ぐ、時は動き出すでしょう。ですが、私は契約でここから動けないのです。だから、シュッツァー、オネスト、ジョリーを宜しくお願いします。...特に、双子は霊感の強い子です。ここまで無事に育ってくれましたが、何があるか分かりません。注意してあげて下さいね」
ナビールはカロの手の上から自分の片手を乗せて強く握ってきた。
カロは、何故その三人なのかという疑問を持ちつつも、ナビールの気持ちに応えるように、うんと頷いた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回は、ミニエーラ最後のお話(祭)になります!
引き続きよろしくお願いします!




