変わり始めた心
カロは目を覚まし、上半身を起こす。黑がおはようと声を掛けてきて、いつもの日常が戻ってきたのだと嬉しさで顔が綻んだ。
「何?朝からにやついて、気持ち悪いな」
「気持ち悪いってなんだよ」
黑の憎まれ口もいつものことで、カロは安堵した。
昨日の黑達と話したことは、カロにとっては信じがたいことだが、そもそもこの世界自体も信じがたいことだらけ。
カロは、枕元の近くにいる黑をちらっと横目で見た。
今は信じるしかないと、そう思う。もし仮に、嘘だったとしても側にいて欲しいという気持ちが勝ってしまうだ。
「そういえば、クーアは?」
カロはぼさぼさの髪をぐしゃぐしゃと掻きながら、欠伸混じりに黑へと尋ねる。
「随分前に出掛けて行ったけど。特に何も言ってなかったら知らない」
「...そう...か。次いでに起こしてくれてもよかったんだけどなぁ〜」
置いてけぼりにされたのが少しだけ寂しさを感じた。そんな寂しがりではなかったはずと思う反面、どこか不安が拭いきれないのかもと。自分が自分じゃないみたいで、調子が狂うと頭を掻いた。
それから黑を頭上に乗せて、カロは寝床を後にした。
大広間に行けば、定位置なのか入口から遠い上座で、ノームが待ち構える様に一人座っていた。
その斜め横のテーブルの上には、一人前のパンとサラダとスープが置かれている。
「あれ?ノーム、一人?」
「そうだのぅ。皆、各々の仕事へ行ったからのぅ」
「カロが、起きるのが遅いから仕方ない。とっくに昼も過ぎてるしね」
「え!えぇ!!まじかぁー...」
カロは驚きと気まずさで苦笑が漏れる。
「まーまー、元気ならそれで良いでの。食事にでもしようでの」
ノームは優しい笑み浮かべ、手招きする。
カロは、小さく二度頷くと近づいて行き、食事が置いてある斜め横に座った。
「さぁ、食べるでのぅ」
カロはうんと頷き、いただきますと手を合わせて食べ始めた。
時間が経っているのか、食事は冷めているがそれでも美味しいと感じた。
「ん?そういえば、ノームは食べないの?」
「わしらは、マナがあるからのぅ、必要ないでの。クロもスピカもウンディーネも食べている所は見ていないのではないかの」
はっとカロは気付く。黑は機械だからと疑問すら思わなかったが、スピカもウンディーネも食べている所は見たことがない。一緒に食事しないだけだと。
カロは、少し残念そうな顔を浮かべる。美味しいものを食べると少しだけでも幸福になれるから。
「のう、カロ。夕餉にはまだ早すぎるしのぅ。わしとちと散歩でもしないかの?」
カロが食べ終わりそうなのを見計らって、ノームはそう提案してきた。
カロは最後のパンを頬張りながら、同意を込めて頷いた。
外は陽が燦々と降り注ぐ。昼を少し過ぎた暑くなる時間帯。
それでも、心地よい風が吹き続け、さほど暑いとは感じさせない。
ノームが少し先頭を、カロと頭上の黑がついて行く。のんびりと、ゆっくりと。
どこまで行くのか、一つの丘を越え見えてきたのは煤汚れたレンガ作りの一軒家。大きな煙突からは、もうもうと灰色の煙が立ち上っている。
ノームは説明しないまま、その一軒家へと入ってしまい、カロ達も後へと続いた。
カン カン カン カン
熱の籠った部屋から金属を打つ甲高い音が響き、奥にある炉からはコークスが勢いよく炎で燃え上がる。その前に背の小さいがガタイの良い二人の男がいる。
腹の出ている方は金床の上の鋼を火箸で持って小槌で叩き、もう一人は大槌を全身を使い振り下ろして叩き、交互に叩き合っている。息のあったその動作に、言葉もない。
「あれ?カロ君達、どうしたんですか?」
そう言って入口近くの部屋から大きな籠を抱えて出てきたのは、クーアだった。
「え?クーアこそ何してるのさ」
「僕は...此処で話すのは二人に邪魔になるかもしれないので、外に行きましょう」
今度はクーアの後について、カロと黑は外へ。だが、ノームは部屋に残ったので別れた。
「昨日、ちょっと頼みごとをしましてね。なので、出来ることでお手伝いしようと思いまして」
「へー。クーアは偉いね」
「そんなことは...無理なお願いをしたので」
「無理な、お願い?」
「...僕の...父さんから受け継いだ槍が折れてしまって...どうしても直してもらいたくて。...結局は無理だったんですが...。でも、溶解して新しい槍に使ってもらうことになったんですよ」
話すクーアは笑ってはいるが声からは悲しみが伝わってきて、カロも無意識に同じ気持ちになって顔に出してしまう。
「カロ君、そんな顔をしないでください。新しく生まれ変わるんですよ。素敵なことだと思いませんか?」
「へ?そんな顔??...あ、うん、うん。そうだな。良いものが出来るといいな」
「ええ!」
悲しい気持ちはそこにはない、いい笑みと返事がクーアから返ってきた。
カロは安心した様に笑みを浮かべる。
丁度、中からノームが出て来た。
「ほほ、順調にいってみたいだの」
「そうですか。よかったです」
「ゴヴニュとクレドネに任せておけば大丈夫だでの。見た目はああでも、ミニエーラで一番の鍛冶職人の二人だからの。後は、ルフタがおればのぅ......おっと、これは余計だったのぅ」
一瞬ノームの声音に悲しみの色が乗った様な気がしたカロだが、ノームの変わらない笑みの前では聞いてはいけない様な気がした。
「じゃ、僕は洗濯物があるで行きますね」
クーアと別れたカロ達は、家に戻ることになった。
帰る途中、一度鍛冶場の一軒家を振り返るノーム。
「どうかした?」
「...いや...良いものが出来るといいのうと思っての」
「そうだね。すぐできないんでしょ?」
「そうだのぅ。二週間くらいは掛かるかもしれんの」
「なら、クーアも通うだろうから、私もちょくちょく見に行くよ」
「そうか、そうしてくれるかの。二人は人好きだからの」
ノームは本当に嬉しそうに微笑んでいる。
何かあったのかもしれないが、カロはそれよりも、自分が今、出来ることをして行こうと、その笑みを見て決めたのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回は、思い出の味です。
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