秘めごと
葉が生い茂る巨木の下で、黑はスピカに優しく両手で包まれ、胸に抱えらた状態で目覚めた。
今は闇が包み込む、静かな夜。
空は満点の星々が煌めき、ここら一体を蛍の様な光が無数に飛んぶ。一際、黑とスピカの周りに光が注がれている。
巨木の周りには、丸く囲む様に泉があり、時折、湧水のぽこ、ぽこと言う音が響く。
両手の隙間から見えたスピカ。直ぐそこに顔があるのに、触れる事が出来ない。
神魂で触れ合った事は幾度もあっても、本来の器が伴って触れ合ったことはない。
今の仮の器では、機械の小さな手しか無く、眠っているスピカを撫でたくとも叶わない。
同じ世界にいるのに、遥か遠くに感じる。
胸が痛んだ。機械でも痛むのかと虚しい気持ちになった。
感情が出ない機械の目でスピカを黙って暫く見ていたが、やはり起きる気配はなく、手の中から這い出た。
何かが前を遮る。視線を上げるとゲミュートと目が合う。
スピカと寄り添う様に伏せをし、黑の方へ顔を向けていた。
『愛し子よ、やっと起きたか。心配したよ。久しぶりだね』
頭の中に直接響く、ゲミュートの声。精神感応だ。
『うん、久しぶり。心配掛けて、ごめん。ここまでマナを消耗するとは思ってもいなくて』
黑も精神感応で答えた。ゲミュートと話す時は生まれた時からそうだった様に。
『この世界の呪いのせいか?』
『そう...かもしれない』
この世界の呪い
初めからあった分けではない。あの事がきっかけとなって、この世界は歪んでしまった。その時に、この世界に呪いが掛かってしまった。
黑は、それをこの世界の外側から見ていた。
見ている事しか出来なかったが正解か。今でも、何も出来なかったことを後悔している。
「そろそろ起きる頃かと思ってきてみれば、丁度良かったみたいだのぉ。体調は、どうかのぉ?おお、ゲミュート。やっと主人が起きて、良かったのぉ。聖獣は、本来、主人の側に常にいるものだからのぉ。すまんの、今まで側にいさせてやれなくてのぉ。...今は、クロと呼ぼうかの。お主にも悪かったのぉ」
音もなく静かにやって来て、声を掛けてきたのはノーム。
ゲミュートを優しく撫でながら近寄ると、ゲミュートの尻尾の方へ、よっこしょっと言って腰を下ろした。
それを見ていた黑は、ノームの近くの尻尾の方へとすーっと飛んで止まった。
「...ノーム。ゲミュートの事は仕方ないこと。謝らないで欲しい。それに色々と手助けしてくれて、ありがとう。お陰で、...カロは穏やかに過ごせている様だし」
「いいんだでのぉ。わしは特別、何かしたとは思っていないしの。ましてはこの世界の為でもあるしのぉ」
「...そうだね」
「本人にも言うのかの?」
「ある程度は。...ただ、カロにも掛かった呪いが発動すれば、この世界は壊滅する。...あの漆黒の竜の姿にならない様に、今は精神を穏やかに保ってあげないと」
「そうだの。...お主ら二人がこの世界に落ちて来てから半年か」
「...そうか、そんなに経つのか。スピカの光の鎖がカロを拘束し続け、漆黒の竜から人の姿に落ち着くまで」
黑はスピカに視線を移す。
「大変だっただろうに。私に元の力が有れば、スピカの力もここまで弱まらなかったはずなのに」
「確かにそれも一因かもしれんが、今はウンディーネの庇護下だからの。影響を受けているのかもしれんのぅ。ウンディーネの力が弱まっている今、キュアノスを離れたことによってマナの供給が足りないのだろうのぅ。ロキの所為でもあるが、この世界の歪みは、一層酷くなる一方だからのぉ。まぁ...」
ノームは話の途中で黙り込んだ。悲しみの色をした瞳のまま、笑みを浮かべる。無理に笑っている様にも見える。
黑はどうしてなのかを何となく分かっているからこそ、何も言わなかった。
「そう言えば、アンの様子はどう?」
ふと思い出した様に、黑は聞いた。
「伝鷹によれば...良くもなく、悪くもなくと言った感じかの」
「...そう。ロキは、アンの夢予眼が奪いたかった。予知されては困る何かがあった...のか、ただ、困らせて楽しむ為だったのか...」
「ロキのことは、分からないのぉ。ロキは、ロキの性に従っているだけだからのぉ」
「良心もない...タチが悪い」
はっと、黑は思った。そんな事は、今までは思ったことがない。カロとの結び付きは、何か自分自身をも変えているというのか。
「まぁ、良心があれば出来ることではないのぉ。ただ、わしらも、わしらで性がある様にのぅ。それは決して逃れることはできないからのぉ」
黑は静かに頷いた。そして、押し留めていた言葉を口にした。
「それで、......アンの目はやはり、失明したの?」
「一子相伝で、己の瞳に受け継がせる特別な魔法だからの。元々、身の丈に合っていない力だけに、奪われれば、本来なら命を落とす危険もある魔法だからのぉ。もとより、受け継いだ時点で、代償として色彩は失っていたが、何も見えないのとは訳が違うからのぉ。命が助かっただけよかったと思うべきなのか、分からんの」
「...そうだね」
ただただ、黑はやるせなかった。
スッと光が過った。
何かと思えば、光る鹿が静かに音もなく近寄って、スピカに頭を垂れていた。
スピカの聖獣だ。
「おお、今日も来たか。やはり、主人が恋しいのかのぉ」
ノームは優しく、その聖獣の胴体を撫でていたが、何かに気づいたらしくそっちを見やっていた。
「そうか、連れてきてくれたんだのぉ」
黑はノームが気付くよりや早く、感じていた。近くに、カロがいることを。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回はカロに打ち明ける真実です。
引き続きよろしくお願いします!




