第2話
入学式前日。俺は個人部屋ゴロゴロとしていた。制服も新調してかなり良い。その上、学園に行ったら兄が出迎えてくれるらしい。
案外、楽しみになってきてワクワクしている。そうしていると、ミリアが近付いてくる。
「ティル様。旦那様がお見えです。」
「……分かった。時間稼いでくれ。」
少し慌てながら、車に布をかけて隠していく。流石に見つかったら怒られそうな気がしてしまい、その後ろからソファーなどを置いて隠しきる。
そして服を整えると同時に、父親が入ってくる。
「ティルアス、居るか?」
「はい、ここに居ります。」
父親が入ってきたが、車には気付いて居ないようだ。有難いことこの上ない。
「……お前はパイロクロア家の恥だ。学園でこの家の顔に泥を塗るな。」
やっぱ嫌いだわこの父親。面倒臭いから適当に頷いておく。それが一番楽な方法だ。
「……それだけだ。」
「分かりました。」
話を流している間に終わったようだ。とりあえず俺は早く学園に行きたい。また父親と顔を合わせるのは好きじゃないから。
「……ミリア、頼んでいたものは手に入ったか?」
父親が部屋から出ていくのを確認すると、ミリアに尋ねてみる。それさえ用意出来れば作るのは問題ない。
「はい、パール塗装の道具なら全て御用意してあります。」
「助かる。それと既に俺の持ち物は寮に運び込まれているんだよな?」
「はい。あとはこの車を送ればすぐにでも学園で研究などの活動が行えます。」
軽く塗装を済ませていく。塗装をしておかないと鉄の色で凸凹もあるので、早めにやっておきたかった。そしてクリア塗装もしておけば、後はこの車を学園に運び込むだけとなる。そうすればあとは学園の設備でフルチューンにして、デザインをすれば俺の愛機が完成する。
「カッコよくなってくれよ。」
変形するので、中も塗装をしなくてはならないのが面倒な点だ。普通の車なら変形した時に銀色なのだが、ジャンク等で作り上げているので、新しく塗装をしないと汚い接合跡が見えてしまう。
何度も塗装を塗り直していくが、速度に影響しないようにしてやるのはかなり難しい。やっているうちに夕方にまでなってしまった。昼ご飯も食べていないので腹がかなり空いている。
「……ル様。ティル様。」
「……どうした?ミリア。」
ミリアから声をかけられて気付く。
顔を向ければ、トレーを持っていた事から、多分夕飯でも持ってきてくれて居たのだろう。
「夕御飯です。それと1つお聞きしても良いでしょうか?」
「勿論だ。何が聞きたい?」
多分この車についての話だろう。メカニックとしては自分の愛車について語れるのは嬉しい。
「あの……説明ではその車は変形するのですよね?」
「ああ、外の機構の様に動き出せば何か言うことはなく変形出来るぞ。」
「原初の魔法……ですか?」
この世界の機械が動き出す為には、人が始まりの魔法をかけることが条件だったはずだ。そうすることで、魂と機構が繋がるとか何とか……理論は理解してないが大体そういうことらしい。
「そうだ……それを使えば意思で動けるようになるんだよな?」
「はい。ですがその為には条件が必要となります。」
条件とは何だろうか?魔法をかけなくてはいけない的な事で当たっているのかも分からない。
「あれ?じゃあ今はまだ動かない?」
「……非常に申し上げにくいのですが、その通りです。」
かなりまずいことになった。いくら燃料を積めるようにしたとしても、それではただの車だ。わざわざ内装までやっている意味が無い。
「……あー、もうヤケクソだ。意地でも完成させてやる。」
ドライバーを握ると、部品などを見ながら塗装をやっていく。今まではゆっくりめだったが、早く終わらせておかないとかなりまずい。いくら前世がゴールド免許でも、ブランクや慣れが全くないこの体だ。すぐにでも動かせるとは思えない。
「夕御飯はここに置いておきますね。学園の始業式はからですので、遅れないようによろしくお願いします。私は先に向かっておりますので。」
ミリアの言葉を左から右に流すと、塗装をしていく。まさか原初の魔法が使えないとなるとは思っていなかったので、結構慌てている。
考えても見れば、ただ作り上げただけで魂と機構が繋がるはずもない。当たり前なことなのに、なぜ気付かなかったのか。
明日の入学式にこの車で行くつもりが予定変更しなくてはならない。傷がついた時の為に最低でも3時間は欲しい。そうなると朝には向こうで準備を終わらせなくてはいけないことになる。
「面倒くさっ。」
少し焦り気味になりながら大まかに塗装を済ませると、ベランダへ出れる場所のロックを済ませる。そして車に乗るとちゃんと動くかどうかを試していく。
「問題は無いな。それじゃあドライブに行くか。」
置いてある夕飯を車に乗せると、そのままベランダから屋敷の庭に出て、王都へ向かう。久しぶりの車となれない身長だが、それに合わせて作ったので問題は無い。座席があまりフカフカではないのが嫌だが、そんなに荒れた道を行くわけではないので問題は無さそうだ。
「そういえば、あの好々爺がいるのも学園だっけ。明日にでも会いに行こっかな。」
一応凄い人ではある好々爺が居る。あの人に頼めば原初の魔法についても色々と教えて貰えるかもしれない。
「……よし、最後はニトロだ。耐えてくれると良いが。」
部品が足りなかったり、ナイトラス・オキサイド。つまりは亜酸化窒素が用意出来なかったので、似たようなものをミリアに用意してもらった。
実際に使ってみたが、かなり速い。時速が元々150キロ程度出ていたと思うが、今は250キロを超えてるとすら思う。
あまり時間をかけずに作ったニトロにしてはいい出来だろう。これなら変形しても武器か何か代わりにはなると思う。
「やはり良いな。異世界に来てまで趣味にふける事が出来るのは。」
馬力は言うほどある訳じゃないが、最高速度等はかなり良い。この世界の鉄等は良質で、前世の日本刀並の良さはある。これほどの鉄を作れる人物は、日本でも片手の指の数程度いたら良い方だ。
早く学園に行って、新しく作り直したいと思う。期待に胸をふくらませながら、どんどん車を加速させて学園に向かうことにした。