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終末幼女  作者: どくいも
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 ──雲すら眠る気だるげな天気


 あのゾンビパニックが起きて以来、空は本当に快晴を示さなくなった。

 日光は基本雲越し、夜空は暗黒、それが当たり前になっていた。

 一説によるとこれは無数の核爆弾の影響であるとのこと。

 私は科学者でも天気予報士でもないため、この説が本当かどうかなどわからない。

 が、それでもこの数年間、晴れた日など数えるほどしかなかったのははっきりと覚えていた。


「……そろそろこの車も限界かねぇ」


「うぃ〜♪うぃ〜♪」


 ガッタンゴトンと年期物の車両に乗りながらそう呟く。

 ただでさえ今の体格に合っていないのに、数年間まともに整備すら出来ていない行動を走ると、車体も身体も本当によく浮く。

 安全運転を心がけてなお、少し進むごとに、全身がシートに打ちつけられ、幼女ボディが悲鳴を上げる。


「……こんな時でも、お前は楽しそうだなぁ」


「……うぃ〜?うぃー!!」


 こんな状態でなお、横にいる巨大なお子様は元気であった。

 落ち着きを感じさせるメイド服を着ながら、それを感じさせないほどの無邪気な表情。

 さらりと伸びた身長に豊満な胸。

 首につけた木製の指輪のついたネックレス。

 何よりも、頭部についた長く白いウサ耳が特注的。

 彼女の名前は【ショゴ=吾郎】、こんな名前でも女の子である。

 私が不得意な力仕事をさせるために高身長高筋力で生まれた娘だ。

 もっとも、肉体面に力を入れすぎたせいか、()()()の方が少々残念なのはご愛嬌。

 絵本を読んでやると喜びはするものの、いまいち覚えが悪く、製作してから数年は経過しているが特に賢くなった印象は受けない。

 もちろん、自分の教え方が悪いのも大きいだろう。


「今度は小学校……いや、幼稚園にでも行ってみるか?」


「……うぁ〜〜♪」


 自分の言葉の意味を知ったか知らずか、ショゴ=吾郎は元気に返事を返してくれた。

 かくして、幼女一人とメイド一人を乗せたトラックは、ゆっくりガタゴトと壊れた道を進むのであった。


 ◆


「ほい、こっちのホースを持ったままな」


「うぃー」


 ゴロゴロとトラックの荷台からホースを伸ばす。

 片方はタンクに、もう片方は水面に。

 どるどると、薄く輝く液体がタンクの中に詰まっていく。

 こっそりタンクの水を日陰に移すと、気持ちいつもよりも発光が強い気がする。


「うん、この濃さなら今回は肥料なしでも……お?」


 ホースからの水が止まり、どうしたことかと見れば、どうやらショゴ=吾郎がホースを手放し駆け出したようだ。

 突然なんだと思い、その進行方向を見るとそこには一つの人影があった。


「……あ、ゾンビか、この辺だと久々に見たな」


 その先にいたのは、褐色の悪い変色した皮膚に、捻れた四肢。

 膿汁滾る体表とくるんだ角膜。

 何よりも頭部が風船のように膨れ、瞳孔がないのに鼻と口は複数存在する歪な顔面。

 人の成れの果て、かつて【ゾンビ】と呼ばれていた化け物がそこにいた。


『『『お……オオォ……!!』』』


「この辺のは狩り尽くしたと思ったが……まだいたのか」


 複数の口から同時に漏れる呻き声が実にこちらの不快感を煽る。

 なお、このゾンビという存在は生命力だけならばかなりのものである。

 私が知る限り、基本的に何でも食べるし疲れ知らず。

 噛まれず近寄るだけでも感染し、知性がないかわりにその腕力は相当強い。

 一介の幼女にすぎない自分ではもちろん、かつてな成人男性の頃であっても、あっさりとこのゾンビ相手には押し倒されてしまうだろう。


「ヴィアアアアァァァ!!!」


 もっとも、それはこの肉体労働担当のショゴ=吾郎の前では些細な問題に過ぎなかった。

 ショゴ=吾郎は、目にも留まらぬ速さでその多鼻口のゾンビに肉薄すると、そのまま素手で相手の腹に風穴を開ける。

 ついでとばかりに、反対の腕でこのゾンビの頭部を鷲掴みにすると、まるで砂糖菓子のように、あっさりとその頭部を引きちぎったのであった。


「よ〜し、よしよし!ゾンビをすぐに倒せて、いい子だね〜!いい娘いい娘。

 ……あ、でもそんな脳味噌を生で食べちゃダメ、ばっちいからぺーしなさい。

 はら、ぺー、ぺー」


「ウー」


 もりもりと引きちぎった頭部をかじり、脳を貪るショゴ=吾郎。

 かつて、食人病と呼ばれた【クールー病】は、ヒトの脳や神経細胞に含まれる特殊な蛋白が原因だと聞いたことがある。

 無論、これがこのゾンビやショゴ=吾郎に該当するとは到底思えないが、それでも無駄に人の脳の味を覚えさせないほうがいいだろう


「ほれ、このままだとせっかくのネックレスも汚れちゃうから。

 ほら、ぺー、ぺー!」


「うぃぃぅぅ……」


 かくして、渋るショゴ=吾郎を尻目に、再び水汲みを再開するのでした。


 ◆


「ただいま〜」


「うぃうぃ〜うぃ!」


 ここでの挨拶は返事がなくとも思わずしてしまう、習慣というものなのだろう。

 湖の辺りから戻る事数刻、ショゴ=吾郎と共にトラックから降り、タンクとゾンビの死体を自宅の加工所へと移動させる。


「取り敢えず、三分割でいいか」


 手足を切り落とし、銅を輪切りにし、ゾンビを骨付き肉へと加工する。

 それを何とかドラム缶に貯め、タンクの水も注ぎ、ガリガリとかき混ぜる。

 幸いにもゾンビの肉体の特性か、はたまたはあの川の水の影響か、どんどんゾンビの肉体は、骨まで溶けていき、丁度よく泥状の何かになる。

 そんな頃合いを見計らい、今度はそれを台車に乗せ、庭先へと運ぶ。


「ただいま、ジョニー」


「うぃ〜♪」


 りんごの木だから【ジョニー】、我ながら実に安直なネーミングセンスである。

 ショゴ=吾郎は笑顔でジョニーへと抱きつき、存分にその匂いを楽しんでいた。


「それじゃ、その肥料を注いでくれ。

 出来るだけ(こぼ)さないようにな〜」


「ウィ〜!!」


 ショゴ=吾郎は気持ちの良い返事をした後、そのドラム缶の中身をジョニーの根元の穴に向けて注いだ。

 輝く軟泥と無数な腐肉の混じった液体が穴の中で(あふ)れ返る。

 ジョニーも新鮮な水と肥料をもらい喜びからか、その樹体や枝をメキメキと揺さぶり鳴らす。

 この様子なら、今日明日には新しいリンゴが収穫できるかもしれない。


「よしよし!今日はお手柄だったぞ〜ショゴ=吾郎!

 これなら、久々に新しい枝……いや、木材を収穫しても大丈夫かもしれないな。

 そうだ、ショゴ=吾郎、どうせだから何か欲しいおもちゃはあるか?

 そろそろそのネックレスや木彫りのテディベアだけじゃ物足りないだろ」


 久々の収穫と長年の労いを含めて、ショゴの吾郎にそう尋ねてみる。


「……ウィ!?ウィウィ〜!?」


「え?妹?もしくは弟が欲しい?

 ……ん〜、確かに不可能ではないが……いいのか?」


「ウィ!ウィウィ〜〜!!」


 そして、その返事はこちらの予想を少し超えたものであった。

 確かに不可能か可能かで言えば、可能なことではあるし、仲間を増やすメリットは大きい。

 が、現状最悪飲まず喰わずでもすむ自分とは違い、ショゴ=吾郎含む【ショゴス】には最低限の飲食が必要である。

 そんな中、食い扶持を増やすという意味でもショゴ=吾郎の兄弟姉妹を増やすのは少々危険と言えるだろう。


「……ま、でも人手が増えればできることも増えるだろうし、それに今回でジョニーの収穫量も上がるかもだしな。

 そうだな、一人くらいなら妹を作ってやってもいいかもな」


 だが、せっかく長年連れ添った娘たってのお願いだ。

 そろそろ2人1本だけの生活は寂しくなってきたのも本音だ。

 これくらいすんなりと了承してやるのが産み親の度量というやつだろう。


「……ウィィィ♪♪♪」


 自分の答えがよほど嬉しかったのだろう。

 彼女はこちらに抱きつき、ペンギンのような歓喜の声を上げる。

 更にはこちらを腰から持ち上げ、掲げながらグルグルと回るのであった。

 しかし、嬉しいのはわかるが、もう少し優しく扱ってくれマイ娘よ。

 特に高身長高身体能力でジャイアントスイングもどきなんてされた日には、こちらの三半規管がウボボボ。


「と、とりあえずは設計図だな。

 吾郎のお願いで作るんだから、ちゃんとお手伝いはしろよ」


「ウィ!ウィ、ウィィィ♪♪」


 かくして、この日は2人で仲良く深夜まで、ショゴ=吾郎の妹の設計図を作成。

 数日にわたり、ゆっくりと次の妹の設計図を作成し、その妹の型を製作するのでした。


 ◆


 それから数日後の深夜。


 星々すら消える真夜中。

 低くも強大な唸り声。

 若い女の怒号が夜闇に響く。

 地面をあがる殴打音と破壊音。

 雄々しい獣の断末魔と飛び交う血飛沫、零れる膿汁。

 激しい爆発音の後、幻想的ながらも不条理で身の毛もよだつ光の柱が天に登るのであった。


 ◆


 翌朝目が覚めると、大体全てが終わっていた。


 木の前に横たわる、巨大すぎる肉塊、骨格には複数の人間と多数の犬や豚、間を埋めるは無数のカラスやネズミといった小動物、その更なる細かい隙間をウジやゴキブリ、苔がゲル状の何かに絡みとられ、一つの【巨大なゾンビ】となっていた。

 各々が、人が、犬が、虫からに鳥畜生、全てが一体となっているその巨大な腐肉の獣は、その全てが生き絶えていた。

 そして、その巨大なゾンビを殺したであろう、その体に刺さるのは無数の【木】の杭。

 無数の破壊痕にまるでダイナマイトが炸裂したかのような爆心地。

 その中にあるどこか見慣れたメイド服の裂地に、紐のついた壊れた木の指輪があったのであった。


「……馬鹿野郎」


 かくして私は、その日はその巨大なゾンビの死体の加工と5つ目となる家族の墓を作るはめになったのであったとさ。



 ──これが、この世界の私の今の普通な日常。

 ──厳しく辛く、しかしそれでもなお生き続けなくてはならない光景がそこにはあった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 新規ユニット追加したら事故って主力ユニット設備が消失する うーん、賽の河原!
[一言] 淡々と進んでいくこういうタイプの小説だともうちょっと分量が無いと読んだ気がしない・・・
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