ロリコン
ハアハアッ。
街のやかましい喧騒の中に、男の息遣いが聞こえる。
この男は、とてつもないロリコンだった。
ロリコンは最近とんでもなく増えているが、コイツの場合半端じゃない。
朝昼晩、まるで食事みたいに毎日毎日そのことばかり考えている。
そして今、彼はそれを行動に移していた。
渋谷ハチ公前。
待ち合わせ場所として有名なそこに、男はいた。
男は、周りの注目を一手に集めていた。
でもそんなことはお構い無しだ。彼にとって、そんなものは己の快感を果たすためには、何ら障害にならない。
そして男は、気にせずハチ公像の上で、回転を続けた。
ローリングコンプレックス。
通称ロリコン。
地球の自転に魅入られた彼等は、頭を軸にして、自らの身体を回転させることで、地球とシンクロした心持になる。
その瞬間、彼等は最高の至福を得て、さらに回転速度を速めていく。
ブレイクダンサーすら、彼等の回転テクニックには度肝を抜かれてしまう。
まるで竜巻すら起こせそうな高速回転になると、周りの人間から拍手すら起きる。
だが、大衆のことなど、どうでもいい。
彼等にとって、回転することこそが全て。
誰がどう思おうが、彼等の回転行為には、まったく関係しない。
「ちょっとアンタ」
「ヒューーーー!」
「おい、アンタ!」
回転しながら、男は声をかけてきた人間を鬱陶しそうに見た。
でも回転はやめない。
「そこで回るのはやめなさい!」
「ヒューーーーーー!」
「警察です! 早く回るのをやめなさい!」
太っちょな警官は、とうとう男の回転を実力行使で止めた。
「何するんだ! ハァハァ」
「これはね、回るためにあるものじゃないの! あーあー、像が削れちゃってるよ!」
確かに、ハチ公の片耳は摩擦で削れ、少し小さくなっている。
「あのさ。回るのは勝手だけどね……場所を考えてね」
「うるさい! 俺は広いところより狭いところを中心にして回るのが好きなんだ!」
「いや、だからね、これは回るためのものじゃないし、お前のものじゃないんだよ」
「知るかそんなこと! 昨日だって、東京タワーの天辺で回ってきた! 俺は自由だ!」
「あっ、貴様! 昨日東京タワーがいつもより赤くなってるって通報を受けたけど、それお前か!」
警官が男のつむじを見てみると、確かに大きな穴が空いていた。
良く生きているものだ。と警官は思わず目を背ける。
「クソ、これ以上邪魔するっていうなら、俺にも考えがあるぞ」
「はいはい。とりあえず話は署で聞かせてもらおう。あと、病院紹介するから、頭縫って貰え」
「うおおおおおぉぉぉぉ!」
男は、警官の帽子を叩き落とすと、その頭の上で回転を始めた。
「ヒャッホーーーーー!」
「ぎゃああああああっ!」
警官は男を振り落とそうとしたが、彼の安定した回転技術が、それを許さない。
やがて摩擦熱で二人の髪の毛は燃え上がり、すぐに火達磨と化した。
「イィィィィィィィヤッホオオオォォォォォォォウ!」
「ウギャアアアアアアアアァァァァァァァァッ!」
バタッ。
二人は黒焦げになって、地面に倒れた。
その生き様に、傍観者達は一同に拍手して、ロリコンと警官の冥福を祈った。
この事件がキッカケで、政府は野外ローリング禁止法を作った。
街中で回転する奴は、みんなその場で射殺していいというものだ。
おかげでロリコンは街中から姿を消した。しかし、ストリートで活躍するブレイクダンサーは堪ったものではない。
「クソッ、悪いのはロリコンだけなのに。どうして俺等まで迫害されなくちゃならないんすか? なんでショウジが撃たれなくちゃならなかったんすか! チクショウ……!」
テレビで涙ながらに訴えるダンサーだったが、法律は覆らなかった。
こうして二〇八九年。ロリコン革命が起こる。
どこでも一部のマナー違反のおかげで、他の人達が肩身の狭い思いをするものなのです。