第28話 アスラの詩(うた)
いつもありがとうございます。
大変遅筆ですみません。
今回の話から、AIを使用しています。
今までの1話から27話までを記憶、理解させ、プロンプトを作成して執筆を行いました。
生成された文章を自ら修正・加筆を繰り返して、完成させてます。
今までの文体を崩さず、かつ進化できるように試みています。
冒頭にもあったとおり、超遅筆な私にとっての苦肉の策となります(汗)
これで少しは早く執筆できれば――と思います。
周りの空気が変わった。
白い空間の景色が再びゆっくりと色を失い、あの日の記憶へと沈み込んでいく。
アスラは紅茶のカップに視線を落としたまま、静かに続けた。
「……首都が包囲されるまで、あと数刻というところまで来ていた」
声に、これまでとは違う響きがあった。諦観に近い、しかしどこか研ぎ澄まされた静けさだ。
「我は、選ばねばならなかった」
――勝つか。守るか。
その二つは、もはや両立しない選択だった。将軍の裏切りによって指揮系統は瓦解し、防護壁の制御権すら奪われかけている。このまま迎え撃てば、あるいは連合国軍に手痛い一撃を与えられるかもしれない。だが、それだけだ。民は死に、都市は焼け、たとえ勝ったとしても――アナンダという文明そのものは、もう二度と元には戻らないだろう。
「我は、勝利を選ばなかった」
アスラは、ゆっくりと目を伏せた。
「文明を、生かすことを選んだ」
――勝たずともよい。ただ、失わなければいい。
それがアスラの結論だった。戦って勝つのではなく、戦いそのものから民を連れ去る。連合国の手が届かぬ場所へ。時間さえも彼らを傷つけられない場所へ。
「我のカルマは『侵理』」
その言葉に、イブキは思わず息を呑んだ。
「世界の理に干渉し、新たな理を築く力だ。……本来ならば、都市ひとつを覆う結界を張るだけでも魂を摩耗させるほどの代償を伴う。まして――」
アスラは目を開き、まっすぐにイブキを見た。
「都市そのものを、この世界の理から切り離すなど……正気の沙汰ではない」
だが、アスラはカルマを発動した。
首都の中心――白亜の宮殿の最上階。
アスラは玉座の間に立ち、両手を広げた。眼下には、逃げ惑う民と、崩れゆく城壁と、迫りくる連合国軍の旗が見えていた。
「もう、時間がない」
アスラは呟き、瞳を白銀に輝かせた。
カルマが発動する。それは今まで彼女が振るってきたどのカルマとも異なる、桁違いの規模の力だった。
次の瞬間――アスラを中心に、虚空そのものが軋んだ。
彼女の両手の先から、見たこともない文字の羅列が溢れ出す。それは古代アナンダの言語にすら見えなかった。もっと根源的な、世界の設計図に刻まれているとでも言うべき記号の連なり。光る筋となって空間に浮かび上がると、まるで滝のように上から下へと絶え間なく流れ落ちていく。
一列、また一列。
文字は増殖するように枝分かれし、玉座の間の壁を、天井を、床を覆い尽くしていった。淡い青緑色の光が、崩れゆく城の残骸を不気味なほど美しく照らし出す。
それは、世界そのものの『理』を書き換える作業だった。
アスラの唇が微かに動く。声にはならない詠唱――いや、詠唱ですらない。それは、この世界に刻まれた法則そのものへ直接語りかける行為だった。流れ落ちる文字の一つ一つが、彼女の意志に応じて明滅し、位置を変え、組み替わっていく。まるで巨大な方程式が、彼女の魂を演算装置として解かれていくかのように。
「……我に、力を貸せ」
その一言と共に、流れる文字列の速度が一気に増した。視界を埋め尽くすほどの光の奔流。ひとつひとつの記号が、都市の輪郭を、建物を、そこに立つ人々の姿を――光の情報へと変換していく。
アスラの瞳の中にも、同じ文字が映り込んでいた――彼女自身もまた、この巨大な書き換えの一部となっているかのように。
首都全体を包むように、目には見えない波動が同心円状に広がっていく。地面が、建物が、そこに住む人々が、次第に淡く発光し始めた。
「なにをする気だ!」
異変に気づいた将軍が、反乱軍を率いて玉座の間に踏み込んできた。だが、アスラはもう振り返らなかった。
「そなたが選んだ道を、我は咎めぬ」
静かな声だった。怒りも、憎しみもない。ただ、すべてを見送るような響きだけがあった。
「だが――我が選んだ道も、誰にも咎めさせぬ」
最後の瞬間、光が弾けた。
首都を包んでいた光が一気に収縮し、都市全体が――ひとつの点に凝縮されるように、消えた。
いや、消えたのではない。
この世界という舞台の裏側へ、そのまま滑り落ちるように――『時間』という概念そのものが存在しない、静止した亜空間へと転送されたのだ。
連合国軍が突入した時、そこには既に何もなかった。廃墟すらない。ただ、更地だけが広がっていた。
アスラの声が、記憶の映像の上に重なる。
「時が止まった箱の中で、そっくりそのまま眠っているのだ」
誰も老いない。誰も傷つかない。飢えることも、争うことも、涙を流すことすらない。永遠に等しい静寂の中で、アナンダの民は――今も、あの瞬間のまま在り続けている。
――だが、代償は途方もなく大きかった。
世界の理そのものに干渉するという行為は、アスラの魂の器である肉体ごと焼き尽くした。カルマを解放した瞬間、彼女の肉体は光の粒子となって崩れ落ちていく。指先から、腕から、足元から……まるで砂の像が風に溶けていくように。
「……我は、これを予期していた」
アスラの声に、初めて微かな笑みが混じった。
「女王とは、常に最悪を想定するものだ」
肉体が崩れゆく中、アスラの意識――その魂だけは、まだ辛うじて留まっていた。そして、崩壊する玉座の間の奥――あらかじめ隠されていた小部屋の扉が独りでに開く。そこには、彼女自身の手で作り上げた『もうひとつの器』が安置されていた。
人の形をしてはいない。むしろ、それは『繭』のような、滑らかな金属質の殻だった。
「肉体を失っても、魂さえ在れば、それでよい」
アスラの魂は、崩れゆく肉体から離れ、その繭へと吸い込まれるように移っていく。最後の光の粒子が空気に溶けた時、玉座の間には、もう誰もいなかった。ただ、繭だけがぼんやりと発光していた。
そして――繭の下部に隠されていた機構が、静かに起動する。
それは、黒い支柱の形をした宇宙船だった。
人の技術力を遥かに超えた、星々を渡るための乗り物。アナンダの科学者たちが、まだ戦が始まる前――万一の事態に備え、密かに造り上げていたものだ。誰も知らぬまま、宮殿の地下深くで眠り続けていたそれが、今、初めて目を覚ます。
船体が淡く発光し、大地から浮き上がると――一瞬にして、大気の壁を突き抜けた。
「我は、星を離れた」
アスラの声は、どこか遠くを見るようだった。
「行く当てなどなかった。ただ、逃げるように……漂うしかなかったのだ」
真っ暗な宇宙の中を、繭に包まれたアスラの魂を乗せた船は、ただ静かに漂流していく。時間の感覚も、距離の感覚もない。眠りとも覚醒ともつかない、曖昧な意識の中で、アスラはどれほどの歳月を過ごしたのか――彼女自身、正確には分からなかった。
「……長い、長い夜だった」
やがて――。
船の奥深くに刻まれていた帰還のプログラムが、静かに目を覚ます。行き先は、ただひとつ――かつて自分が生まれ落ちた、あの星。
「我は、還ることを選んだ」
繭を乗せた船は、大気圏へと突入していく。摩擦熱に包まれ、まるで一筋の光となって夜空を裂きながら――。
――それは、地上からはこう見えただろう。
巨大な、隕石として。
「……それが」
アスラは、静かに紅茶のカップへ視線を落とした。
「そなたの両親が調査団として赴いた、あの隕石落下事件の――真実だ」
白い空間に、長い沈黙が落ちた。
イブキは言葉を失っていた。すべてを聞き終えても、頭の中で情報が処理しきれない。伝説だと思っていたものが、目の前で語られる『事実』へと姿を変えていく感覚――それは、めまいにも似ていた。
「……じゃあ」
ようやく、掠れた声が出た。
「今のあなたは……その、繭の中の……?」
アスラは、微かに首を横に振った。
「否。今、そなたの前にいる我は――魂そのものだ。器は、また別の場所にある」
「別の場所……?」
アスラはそれ以上答えなかった。ただ、どこか遠くを見るような目で、静かに窓の外――鈍色の海を眺めている。
「――そして、ここからが本題だ」
語り終えたアスラは、静かに手を伸ばし、カップの取っ手にそっと指を添えた。持ち上げる仕草に無駄がない。まるで幾千の謁見をこなしてきた者だけが持つ、洗練された所作だった。
カップを傾け、一口。
湯気の向こうで、白銀の睫毛がわずかに伏せられる。長い沈黙の間、彼女は紅茶の香りだけを味わっているようだった。
やがて、満ちていた張り詰めた空気を解くように、アスラは静かにカップをソーサーへと戻した。かすかな陶器の音だけが、白い空間に響く。
「そなたが問うた二つの出来事。戦闘機との空中戦の最中に見た暗闇。そして、ヴァンという青年との戦いで人格が変わったように感じたこと」
白銀の瞳が、まっすぐにイブキを射抜く。
「それを理解するためには――もう一つ、知らねばならぬことがある」
鈍色の空に、静かに雷鳴にも似た音が響いた気がした。
「それは、そなた自身に関わる話だ」
――白い空間に沈黙が満ちる中、イブキはずっと、心のどこかで身構えていた。
――女王。
その響きを最初に聞いた時から、勝手にイメージを作り上げていたのだと思う。
歴史に君臨する者。冷徹に民を統べ、傲慢に力を振るう存在。だからこそ、目の前のこの少女に対しても、どこかで壁を作っていた。優しい言葉をかけられても、紅茶を差し出されても、心の奥底では警戒を解ききれずにいた。
けれど――。
語られる言葉を聞いていくうちに、その壁は少しずつ崩れていった。
アナンダは、戦や侵略で版図を広げた文明ではなかった。原種を分け隔てなく与え、共に栄えることを選んだ文明だった。攻め込む軍事力を持ちながら、それでも行使しなかった。連合国に攻められ、将軍にまで見限られてなお――アスラが最後まで見ていたのは、勝利でも、報復でもなかった。
民だった――。
自分の肉体が崩れ去ることを理解した上で、それでも彼女は迷わなかった。時を止め、民ごと世界の裏側へ隠すという、誰も選べないような選択を、ただ一人で下したのだ。
(この人は……)
イブキは、目の前の少女をあらためて見つめた。
傲慢でも、冷徹でもない。むしろその逆だ。誰よりも民を想い、誰よりも自分を後回しにできる人だった。
――こんな人が、本当にいたんだ。
胸の奥に、これまでとは違う感情が静かに広がっていく。それは畏怖でも恐怖でもなく、もっと素直な――尊敬に近いものだった。




