第27話 サダルマ・プンダリカ・アスラ
……頭が、追いつかない。白を基調とした回廊は、静かすぎるほどの空気だった。そして――目の前に立つ白銀の髪の少女は、じっとイブキを見つめているだけだ。敵意も、歓迎もない。ただ、最初からそこに『存在する』というような佇まい。
(……落ち着け)
イブキは胸の奥でそう言い聞かせた。混乱したままでは、何も掴めない。――一つずつ順番に、確かめていけばいい。
「……あの」
自分の声が、やけに小さく響いた。少女は答えない。だが、その視線は逸らされることなく、イブキを捉え続けている。イブキは唾を飲み込み、最初の疑問を口にした。
「……ここは、どこ?」
声は震えていなかった。それだけで、少し安心する。少女は、わずかに目を細めた。まるで――その問いを、ずっと待っていたかのように。
イブキは間を置かずに続ける。
「あなた……『アナンダの女王』って言ったよね」
鈍色の空と海が、視界の端で静止している。時間そのものが、凍りついているようだった。
「アナンダは、超古代文明のはずよ。記録に残っているのは、崩壊した文明としてだけ……それなのに――どうして、その女王が……今、私の前にいるの?」
胸の奥がざわつく。答えを聞くのが、少しだけ怖かった。イブキは拳を握りしめ、最後の問いを投げかけた。
「……これは、夢?」
夢であってほしいという気持ちと、夢ではないとどこかで確信している気持ち。相反する感情が胸の中で絡み合う。
少女――サダルマ・プンダリカ・アスラは、初めて口元にほんのわずかな笑みを浮かべた。その表情を見た瞬間、イブキは直感する。
(……違う。これは、夢なんかじゃない)
ここから先は、戻れない場所なのだと――。
アスラはバルコニーの縁から視線を外し、イブキへと向き直った。その動き一つ一つが、やけにゆっくりに感じられる。
「……まず一つ目の問いに答えよう」
澄んだ声だった。静かで、しかし空間そのものに響くような声。
「ここは、そなたの精神世界――魂の領域だ」
「……精神世界?」
イブキは眉をひそめた。ついこの間見てきた、あの場所。だが、あの時の風景とはあまりにも違う。アスラは白い回廊と空と海を、ゆっくりと見回した。
「正確に言えば、ここに映るすべては、そなた自身の『相』だ」
「相……?」
「魂が持つ姿。心、記憶、業、願い――それらが重なり合い、形となったものだ」
イブキは足元の白い床に視線を落とす。どこまでも清潔で、どこまでも無機質な空間。
(……これが、私?)
「では、なぜ我がここに在るのか」
アスラは、イブキの思考を遮るように続けた。
「我の肉体は、とうの昔に失われた。されど魂は滅びてはおらぬ。我は魂のみの存在として、今も在り続けている」
「……魂、だけ?」
「そうだ」
アスラは胸元に手を添えた。
「ゆえに我は実体を持たぬ。この世界に、己の領域を築くこともできぬ。だからこそ――今は、そなたの魂の領域を“共有”している」
「……共有?」
思わず間の抜けた声が出た。
「正確には侵入でも寄生でもない。そなたの魂が、我を拒んでおらぬからこそ成立している状態だ」
その言葉に背筋がひやりとした。
(拒んで……ない?)
「なら……これは、夢じゃない?」
アスラは即座に首を横に振った。
「否。夢とは意識が作り出す仮初の像にすぎぬ――だが、ここは違う。ここは、そなたの魂そのものが開いた領域だ。意識が眠ろうと、現実で肉体が倒れようと――魂が在る限り、ここは消えぬ」
イブキは息を呑む。
「ゆえに、これは夢ではない。そなたは今――己の魂の奥底に、確かに立っている」
その言葉が胸の奥に落ちていく。否定したかった。信じたくなかった。だが、この空間の静けさも、アスラの存在感も、夢と呼ぶにはあまりにも『確か』すぎた。
「……じゃあ」
イブキは無意識に一歩、後ずさる。
「私は……」
その先の言葉が喉で詰まる。アスラはそんなイブキを見下ろしながら、静かに言った。
「恐れることはない……ここに辿り着いたのは、必然だ」
その言葉が慰めなのか、宣告なのか――イブキにはまだ分からなかった。
――必然。その意味がどうしても掴めない。イブキは立ち尽くしたままアスラを見つめる。胸の奥が、ひどくざわついている。
(必然って……なにが?)
自分がここにいることも、この女王と名乗る存在と向かい合っていることも、何一つ納得できていない。
そんなイブキの様子を見て、アスラはほんのわずかに口元を緩めた。笑ったというより――すべてを見通した者の、余裕のある表情。
「……ふむ。そなた、少し混乱しておるな」
次の瞬間、何もない空間にそれは現れた。白い床の上にアンティーク調の丸テーブル。繊細な装飾が施された木製の椅子が二脚。そして、湯気を立てるティーポットと陶器のカップ。
「……なっ」
思わず声が漏れる。
「話が長くなりそうなのでな。立ち話もなんだ。紅茶でも飲みながら、ゆっくり話そうではないか」
あまりにも場違いな提案に、イブキは一瞬言葉を失った。
(……紅茶? この状況で?)
だが抗議する気力もない。言われるがまま椅子に腰を下ろす。椅子は意外にも柔らかく、体を包み込むような感触だった。
差し出されたカップを受け取り、そっと口をつける。
温かい。鼻に抜ける香りはどこか懐かしく、落ち着く。胸の奥に絡みついていた緊張が、少しずつほどけていくのが分かった。
(……なんで、こんなに落ち着くのよ)
数口飲んだ頃には、頭の中のざわつきもだいぶ静まっていた。イブキはカップを置き、ゆっくりと息を吐く。
「……じゃあ」
顔を上げ、アスラを見る。アスラは紅茶には手を付けず、ただ穏やかな微笑を浮かべてイブキを見つめていた。急かす様子はない。答えを急ぐ必要もない、という態度。その視線に、イブキは覚悟を決めた。
「いくつか、聞かせて」
アスラは何も言わずにうなずく。
「まず一つ目」
イブキは記憶を辿る。高度一万メートルで遭遇した戦闘機。マッハ6を超える速度。あの時、突然――。
「戦闘機とドッグファイトをしてた時……マッハ6を超えて飛んだ瞬間、急に暗闇に包まれて……何かに引き寄せられる感じがした。……あれは、あなたの仕業?」
アスラは即答しなかった。ただわずかに目を細め、楽しげとも取れる微笑を浮かべたまま話を聞いている。イブキは続けて二つ目の質問を投げかける。
「それと……ヴァンと戦った時も……意識を乗っ取られるみたいに人格が変わった。自分じゃない誰かが体を動かしてる感じがしたの。……あれも、あなたがやったの?」
問い終えると同時に、室内は静まり返った。アスラは紅茶の湯気が立ち上るテーブル越しにイブキを見つめている。その表情は変わらない。すべてを受け止めるような、余裕のある眼差し。まるで――答えを知っている者が、問いを楽しんでいるかのように。
アスラはゆっくりと口を開いたが、すぐには答えなかった。やがて、わずかに目を伏せる。
「……その問いに答えることは出来ぬ」
「え?」
思わず声が漏れる。
「正確には――今のそなたには、答えを理解できぬ」
「なによ、それ……」
イブキは眉をひそめる。だがアスラの表情に、からかうような色はない。
「そなたが問うた二つの出来事。それを語る前に、まず話さねばならぬことがある。なぜ我が、そなたの精神世界に存在しているのか。それを理解せぬ限り、そなたの問いに対する答えは意味を持たぬ」
室内の空気が、わずかに変わった。穏やかだった空気が、遠い過去へ沈み込んでいくような感覚。
「……どういうこと?」
イブキの問いに、アスラは静かにうなずいた。
「これは、遠き昔の話だ」
その瞬間、白い空間の景色がゆっくりと色を失っていった。視界が淡く揺らぎ、やがて映画館のスクリーンのように、ある光景が映し出される。
――それは、記憶。いや、記録と呼ぶべきものだった。
――古代文明アナンダ。それは、現代の歴史には存在しない文明である。だが確かに、その時代に存在していた。広大な大地に築かれた都市群。空へと伸びる白亜の塔。整然と並ぶ街路と、水路を巡る透明な水。文明は成熟し、争いは少なく、人々は豊かだった。その頂点に立っていたのが、女王アスラである。
アナンダは長い年月をかけ、繁栄を極めていた。その理由は一つ。国民のすべてが、『カルマ』の使い手であったこと。カルマ――それは精神と魂に干渉し、現象へと変換する力。人々はそれを生活の一部として扱い、労働、建築、医療、さらには学問や芸術にまで応用していた。科学と精神文明は対立することなく融合し、互いを高め合っていた。結果として、アナンダの文明は文化的にも、科学的にも、現代を遥かに凌駕する領域へと到達していた。
やがて、その繁栄は周辺地域にも影響を及ぼしていく。アナンダの外縁には、小さな国家や集落が次々と生まれ始めた。彼らはアナンダと交流し、技術や文化を学び、交易を行った。そして多くの国がアナンダの庇護を求めるようになる。アスラはそれを拒まなかった。属国となった者たちにも、『原種』を与えたのである。カルマを扱う資質の種子。それは選ばれた者の魂に宿り、やがて力として芽吹く。こうしてカルマの使い手は増え、アナンダを中心とした文明圏は拡大していった。
だが――すべての国が、その繁栄を受け入れたわけではない。アナンダに属することを拒む国家も存在した。各地に点在していた小国は、やがて一つの思想のもとに集まり始める。力の独占への恐れ。カルマという力そのものへの警戒。そして、繁栄し続けるアナンダへの嫉妬。それらはやがて結束し、ひとつの連合を形成した。――連合国家。彼らが選んだ道は共存ではなかった。戦争である。アナンダ文明に対する、全面戦争の開始だった――。
静かに語られていたアスラの声が、そこで止まり、しばらく海の方を見つめていた。語りは一度途切れ、静寂が落ちる。先ほどまで穏やかだった彼女の表情に、わずかな陰が差していた。イブキは言葉を挟まず、ただ次の言葉を待つ。
やがてアスラは、再び口を開いた。
「……戦は、我の望むところではなかった」
その声は静かだったが、先ほどまでとはどこか響きが違っていた。
「開戦当初、連合国はアナンダの領地にすら踏み込むことが出来なかった」
それは当然の結果だった。アナンダ文明の軍事力は、他国とは次元が異なっていた。文明の差。技術の差。そして何より――カルマの差。アナンダの軍を束ねていた将軍は、特異なカルマの使い手だった。その力は個人の能力に留まらない。兵士一人ひとりの身体能力を引き上げ、常人を遥かに超える力を与える。速度、膂力、反応速度、耐久力。そのすべてが強化され、兵は一騎当千の戦力となった。
さらにアナンダの領土全域には、巨大な防護壁が展開されていた。都市を覆うのではない。国そのものを覆う、広域防護結界。外部からの侵入を拒み、あらゆる攻撃を減衰させる絶対防壁。連合国の軍勢は、その境界線にすら近づくことが出来なかった。
「我らは攻めなかった」
アスラの声は淡々としている。だが、その奥には、かすかな後悔の色が滲んでいた。
「戦など、する意味がなかったからだ」
力の差は、あまりにも明白だった。アナンダが本気で攻めれば、連合国は数年も持たなかっただろう。だがアスラは、それを選ばなかった。守りに徹する。侵略はせず、防護壁の内側で静観する。いずれ無意味な争いだと悟り、相手が諦めるのを待つ。それが、アスラの判断だった。そして――戦況は長い間動かなかった。数十年……やがて百年。さらに時は流れ、戦争はもはや「続いている」という事実だけが残る、形骸化したものになっていった。連合国は攻め込めず、アナンダは攻めない。均衡は、永遠に続くかのように思われた。
だが、ある日、その均衡は唐突に崩れた。
「……事件が起きたのだ」
その言葉と同時に、空気が重く沈む。アスラの瞳の奥に、明確な感情が宿り始めていた。怒り。それも、長い年月を経てなお消えぬ種類のもの。
「連合国が、突如として軍事力を飛躍的に向上させた」
それだけではない。戦場に、異変が現れ始めた。連合国の兵の中に――カルマの使い手が現れたのだ。それは、あり得ないことだった。カルマの原種は、アスラが与えた者にしか宿らない。アナンダの血統と、適性を持つ魂。その両方を満たさなければ、力は発現しないはずだった。
「我は……理解できなかった」
アスラの声が、わずかに低くなる。
「原種を与えていない者が、なぜ力を持つのか」
調査が行われた。そして、やがて真実が明らかになる。それは――凶行だった。連合国は、アナンダの民を誘拐していた。戦場ではなく、国境付近の村や交易路を襲い、密かに人を攫っていたのだ。そして――誘拐した者たちを、連合国の人間と強制的に結ばせた。子を産ませるために、カルマの力を手に入れるためだけに。その結果として生まれた子供たちに、原種が継承され始めていた。アナンダの血を引く、新たなカルマの使い手。それは、力を奪うために生み出された存在だった。
その瞬間、アスラの表情から完全に笑みが消えた。
「……命を、道具として扱ったのだ」
静かな声だった。だがその内側には、燃え上がる炎のような怒りが確かに存在していた。
「力を求めるあまり、魂を踏みにじった」
白い空間の温度が、わずかに下がった気がした。イブキは無意識に息を呑む。目の前にいるのは、ただの語り手ではない。かつて世界を統べた女王。そして――怒りによって、何かを決断した存在なのだと。
「……そこから、すべてが変わった」
アスラはしばらく海の方を見つめていた。その視線は、もはや過去を語っているというより――その時代を、今もなお見続けているかのようだった。
「……そして、追い打ちをかけるように、もう一つの事件が起きた」
声は落ち着いている。だが、その奥には先ほどまでとは異なる重さがあった。
アナンダ文明を攻略するためには、どうしても越えなければならない国家が存在していた。アナンダ本国へ至る経路の要衝。天然の地形と高度な防衛機構を併せ持つ、要塞国家。そこはアナンダにとって盾であり、同時に外界との橋渡しを担う重要な国でもあった。
そして――その国には、一人の王女がいた。カルマの使い手としても、剣士としても、比肩する者のいない存在。戦場に立てば先陣を切り、民衆の前では誰よりも気さくに笑う。自由闊達で、身分の隔てなく人々と接し、兵士から民衆に至るまで厚く慕われていた。
「……あの者は、特別だった」
アスラの声が、わずかに柔らぐ。
「もし我が、女王の座を誰かに譲るとするならば――あの者しかおらぬと、本気で思っていた」
それほどまでに、人格も、力も、備えていた。王としての資質を持ちながら、それに縛られない強さ。民衆を守ることを誇りとしながら、戦いを好まない心。アスラにとって、それは理想に最も近い存在だった。
だが、連合国がその要塞国家へ総攻撃を開始した時――事態は一変する。圧倒的な数の軍勢。これまでとは明らかに質の異なる戦力。戦場は瞬く間に激戦へと変わった。王女は先頭に立って戦った。退くことなく、逃げることなく。民と国を守るため、最後まで剣を振るい続けた。
そして――戦死した。
その報告を受けた時、アスラは初めて動揺した。
「……理解できなかった」
かすかに、声が揺れる。
「敗れるはずがなかったのだ」
あの王女が。あの力を持つ者が。戦場で命を落とすなど、あり得ない。アスラは即座に調査を命じた。戦闘記録、目撃証言、残された痕跡。すべてを精査した末に――一つの事実が浮かび上がる。連合国の軍勢の中に、異質な存在がいた。カルマの使い手。だが、その力は、これまでのどのカルマとも異なっていた。
「……カルマを、無効化する者」
アスラの瞳が、ゆっくりと細められる。
「力そのものを打ち消す存在が、現れたのだ」
カルマを前提として築かれてきたアナンダ文明にとって、それは根幹を揺るがす異常な出来事だった。力を強める者でも、奪う者でもない。存在そのものを否定する力。王女はその能力によってカルマを封じられ――ただの一人の剣士として、数に押し潰された。
静寂が落ちる。アスラの周囲の空気が、わずかに張り詰めていた。
「……その時、我は初めて理解した」
ゆっくりと、アスラは呟く。
「これは、もはや戦ではない」
その声には怒りだけではない。何かが決定的に変わってしまった者の、冷たい確信があった。
「――文明そのものを、壊すための行為だとな」
要塞国家が陥落したことで、戦局は決定的に変わった。それまで、いかに連合国が数を揃えようとも、アナンダ本国へ至る道は閉ざされていた。幾重にも築かれた砦と防衛線が、その進軍を阻んでいたからだ。だが、その要が崩れた瞬間――均衡は音を立てて崩れ始めた。連合国軍は、まるで堰を切った水のように流れ込んできた。次々とアナンダ本国へ繋がる砦が攻略されていく。かつて絶対の防衛線と呼ばれた拠点が、一つ、また一つと沈黙していった。報告が届くたびに、アナンダの地図から光が消えていく。それは、文明の終焉がゆっくりと近づいてくる音だった。
「……それでも、まだ我は信じていた」
アスラの声は静かだった。だがその静けさは、もはや穏やかさではない。
「本国さえ守り抜けば、戦は終わると」
アナンダの首都は、文明の中心であり、最大の防壁でもあった。領域全体を覆う防護壁。将軍のカルマによって強化された軍勢。そして女王であるアスラ自身の力。連合国がどれほど力を増そうとも、最後の一線だけは越えさせない。そう考えていた。いや――そう信じるしかなかった。
やがて、連合国軍は首都目前にまで迫る。空は戦火に染まり、大地は絶えず揺れていた。アスラは決意する。もはや守り続けるだけでは終わらない。全生命を賭して、迎え撃つと。女王としてではなく、アナンダという文明そのものとして。すべてを終わらせるための戦いを選ぼうとした――その時だった。
決定的な出来事が起きる。
「……愚かだった」
アスラの瞳に、かすかな陰が落ちる。それは怒りではない。もっと深く、失望に近いものだった。アナンダ文明の軍勢を束ねていた将軍。誰よりも長くアスラに仕え、誰よりも多くの戦場を共に越えてきた男。兵士一人一人に超人的な力を分け与えるカルマを持ち、アナンダの軍事力の中核を担っていた存在。その将軍が――裏切った。
突如として軍を掌握し、首都内部で反乱を起こしたのだ。防護壁の制御権が奪われ、王都の内部は混乱に包まれる。外からは連合国軍。内からは反乱軍。守るべき民は逃げ惑い、軍は分断され、指揮系統は崩壊した。それは戦争ではなかった。文明そのものが、自壊を始めた瞬間だった。
「……理由は単純だった」
アスラは淡々と続ける。
「恐れだ」
連合国がカルマの使い手を生み出し、さらには無効化する存在まで現れた。絶対であったはずの力が、絶対ではなくなった。終わりが見え始めた時、人の心は変わる。将軍は、アナンダの滅びを確信したのだ。そして――生き残る側に立つことを選んだ。
結果、女王であるアスラは、守られる存在から――追われる存在へと変わった。
「……我は、退くしかなかった」
静かに落とされた言葉は、重く、動かない。誇り高き女王が、初めて敗北を認めた瞬間だった。
白い世界に、再び静寂が戻る。だが、その沈黙の奥には――まだ語られていない、さらなる破滅の気配が残っていた。




