第26話 首都攻防戦⑧
「舐めるなよ!!」
レイの紅眼は、今までにない輝きを放ち、防護障壁の強度を高めようと闘争本能を剥き出しにしていく。その効果は、誰が見ても分かるほどに障壁が可視化されていた。
みるみると近づいてくるプラズマ弾は要塞島を照らし、視界を真っ白にするほどの明るさを放ちながら、何重にも重ねられた防護障壁の第1層に到達した。
「っ!!」
プラズマ弾が防護障壁に到達すると、衝突音と衝撃波が要塞島全体に響き渡る。
「ぐっ!」
レイの紅眼の輝きが増していくが、かなり苦しそうだ。それほどまでにプラズマ砲の威力が凄まじいのだろう。
「操舵手!! 舵を切れ!! 少しでも軌道をずらすんだ!!」
「!? だっ! だめです!! 舵を切れません!!」
操舵手と隊員の2人ががりでかかっても、舵は微動だにしない。要塞島をも押さえ込むほどの想像を絶する力は、やがて第1層の防護障壁に異変を生じさせる。
「障壁に亀裂を確認!! もっ! 持ちこたえられそうにありません!!」
隊員が言いづらそうに状況報告をする。無理のない話だ――無敵と思われていたレイの防護障壁が崩壊しようとしてるのだから……。キサラギ大尉は何としてでも回避を試みようとしたその瞬間――「パキッ」という音とともに耳をつんざくような破裂音が響いた。
「ぐあっ!!!!」
「レイ様!!」
駆けつけようとするキサラギ大尉をレイは手で制する。
「馬鹿者!! 私にかまってる暇があるなら地上部隊の再編成を急げ!! 奴を上陸させるぞ!!」
レイは額を手で覆いながらも、紅眼の輝きは薄れてはいなかった。むしろ更に輝きを増していた。
レイは考えていた。まだ未知の部分が多い黒炎の巨人の能力を図るには、相手に攻撃をさせ、耐える必要があった。そのためには防護障壁で身を固めた要塞島を餌にすることが最善だった。たとえ自分の身を危険に晒すことになっても、勝利のためなら躊躇することはなかった。
一方で、レイの思考に今頃気づいたキサラギ大尉は再び逡巡する。だが、すぐに軍人としての本分を取り戻し、気持ちを切り替える。
「玄武の出撃準備はどうなっている!?」
「機体のチェックは済んでいます! いつでも行けます!!」
「上出来だ」と告げると、地上部隊の再編成を急がせる。
「再び高密度のエネルギーを感知!! ――プラズマ砲です!!」
司令室がざわめく。この僅かな時間で再びプラズマを錬成する巨人の熟練度に……。明らかに戦闘、戦術においては巧者で間違いないだろう。
「第2フェーズへ移行だ! 地上部隊は所定の位置へ急げ!!」
これ以上、レイの足手纏いにならないためにも早急な対応が必要だ。とはいえ、想定以上のフェーズ移行の早さにキサラギ大尉は舌を巻き、隊員達はプラズマ砲の恐怖に耐えながら急いでフェーズ移行を開始する。
黒炎の巨人はドリルの回転をさらに上げ、収束されたプラズマに黒炎を次々と注ぎ込んでいった。火花を散らしながら、どんどんと肥大化していくプラズマの塊は、先程とは比べ物にならないほど巨大化していた。
『臨界点に達しました。射出されます。退避してください! 退避してください!』
戦術AIの抑揚のない警告と同時にプラズマ砲が放たれた。先程と同じく黒炎を螺旋状に纏いながら、容赦なく防護障壁へ一直線に向かっていく。
「プラズマ弾、急速に接近!! 到達まで10秒!!」
「衝撃に備えろ!!」
各々が衝突に備える中、レイは迎え撃つ態勢で身構え、紅眼を輝かせた。
「さっきと同じようにはいかんぞ!!」
明らかに先程とは比較にならない大きさのプラズマ弾が第2層の防護障壁に到達した。
「ぐあっ!!」
「!! レイ様!!」
衝突と同時に臓物をひっくり返されるような激しい揺れが起きる。隊員達は自席のデスクにしがみつくが、体を大きく揺さぶられる。床にしゃがみ込んだ者も、辛うじて自分の体が転がらないように耐えていた。
キサラギ大尉も目の前のデスクに手をついて揺れに耐えていたが、レイの苦しむ声を聞くと思わず振り向いてしまう。そこには全身に力を込め、プラズマ弾の衝突に耐えるアカツキ大佐の姿があった。しかも、ほのかに紅色のオーラを全身に纏っていた。
「あれはまさか!!」
キサラギ大尉は、大佐の今の姿を以前にも見たことがあった。それはレイのカルマ『従属』のスキルの1つ『超人化』を自らに付与した姿だ。普段は支配している相手に分配しているのだが、この時はその効果を全て自身の身に付与するため、凄まじい力を発揮する。
そのかわり、体には相当の負荷がかかってしまう。
諸刃の剣ともいえる切り札を切ったレイの覚悟を見て、キサラギ大尉は躊躇している暇などなかった。
「玄武を出撃させろ!!」
「了解です!! 射出口甲板、開放します!!」
キサラギ大尉の号令とともに、要塞島の地上の地形が大きく動き出す。
島の中央付近に十字型の亀裂が入ると、地面が上昇しながら4方向に分かれ始めた。
『開放シークエンス良好。射出進路1番から10番オールグリーンです』
『シンクロ率100パーセント維持。内部電源への充電完了。安全装置、1番、2番ロック解除。射出ターミナルへ移動開始します』
発進準備の一連の流れを淡々とこなしていく戦術AI。報告を受け、キサラギ大尉は管制モニターに映るアルフレッドを睨みつける。
「AIごときに、この局面を任せるとはな……」
苦虫を噛むような表情のキサラギ大尉だが、レイの指示である以上、従うしかないのだ。
「っ! し……しばらくの間、お前達には耐えてもらうぞ」
「承知いたしました。出来るかぎり時間稼ぎをしてみましょう」
「ふん! 期待しているぞ……」
『射出シークエンス完了。射出角度、右舷へ20度に固定』
『玄武、射出ターミナルに到着。発進準備完了です』
プラズマ弾と防護障壁が衝突する中、戦局は大きく変化しようとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
全方位索敵モニターとはいっても、どうみても人間仕様には設計されていないようだ。コックピットともいえる台座に鎮座した瞬間、玄武の機体システムが手に取るように理解できた時、アルフレッドは呆れるしかなかった。
「ナガト博士は、私に一体何をさせようとしているのでしょうか……」
言っている間に発進の準備ができたようだ。アルフレッドは緊張している玄武に話しかけた。
「玄武さん。そろそろ発進します。大丈夫ですか?」
「だだっ、大丈夫じゃよ。さっき教えてもらったとおりに動けばええんじゃろ」
アルフレッドは玄武の機体でできることを把握し、ある程度の戦術をレクチャーしていた。これはイブキに格闘術を教えた経験が生かされたようだが、玄武とイブキでは比較できない要素がたくさんあるので、不安は拭いきれない。
『機体チェック、オールクリア。発進10秒前です。射出時の重力加速に備えてください』
戦術AIからアナウンスが入ると、射出甲板に搭載された電磁カタパルトから振動が伝わってきた。そして、玄武を発進させるための射出ロケットに火が入る。
「5秒前」
ロケットから勢いよく吹き出す炎の噴射音が轟音となって響き渡る。轟音と比例して機体が激しく揺れ、オペレーターからの音声も聞きづらくなってきた。
「4、3」
アルフレッドは重力加速に備える。
「2、1、発進!」
電磁カタパルトとロケットの推進力が玄武の機体を一気に押し上げる。スピードを上げながらトンネル状の射出甲板を駆け上がっていくと、前方に見える出口が広がっていき、一気に視界が開けた。
「おっ! おーーーーーー!!」
「玄武さん! 落ち着いてください!!」
要塞島を眼下に見ながら上昇していく。思った以上に高く射出されたので、その高さに玄武は翻弄されてしまった。そして、射出ロケットが切り離されると、黒光りした卵形の機体だけが残った。
「玄武さん! 着陸用ブースターを作動させてください。このままだと直撃です!」
「ぶっ! ブースターじゃと!? どこじゃ、どこじゃ!?」
「ここです! 見てください!」
あたふたしている玄武が分かるように、機体図面を見せるアルフレッド。
「点滅している部分です!!」
「こっ! ここじゃな!!」
玄武はアルフレッドに教えてもらった場所を認識すると、ブースターが作動するように念ずる。すると、下部に内蔵された7基の着陸用ブースターが作動した。
「おーーーっ!! 出た出た!!」
落下速度が徐々に緩やかになってきたが、アルフレッドには落ち着く暇はない。全方位モニターから流れてくる様々な情報を瞬時に解析し、玄武に次の行動を指示しなければならない。本来なら玄武が判断して行動を起こすのだが、それはまだまだ先の話だ。
「玄武さん、着陸ができたら本体を覆っている外殻を脱いで、すぐに四神形態へ移行し、シールドを展開してください」
黒光りした卵形の機体は、射出時の本体への衝撃を和らげるための外殻なので、戦闘には必要のないものだ。
「上手くできるじゃろうか……」
「大丈夫です。私に任せてください」
徐々に地面が近づいてきたので、落下速度を完全に落とすために玄武はブースターの出力を上げた。そして、アルフレッドがモニターに映る着地地点にマーカーをする。そこは更地になっている所で、普段は演習場所として使われているようだ。
その場所を認識した玄武は、指示どおりに着地地点へ向かって降下をしていく。怖がり=慎重な性格なのか、丁寧に外殻のブースターを操作している。
(これは……思っていた以上に期待できそうですね)
玄武の操作に、アルフレッドが感嘆しているうちに地面が迫ってきた。そして、玄武は慎重に機体を平行に保ちながら、ゆっくりと着地した。
「ぷはあああ……なんとか着地できたわ~」
「玄武さん! ゆっくりしている暇はありません。早く外殻を脱いでください!」
アルフレッドは間髪いれずに次の指示を出す。こうしているうちに、プラズマ弾を阻止しているアカツキ大佐に限界が来るかもしれない……。そうならない為に、いち早く援護に向かわないといけないからだ。
「そっ、そうじゃったの!」
アルフレッドに言われた通りに玄武は外殻に意識を飛ばすと外殻が真っ二つに割れた。
中から現れたのは、体長25メートル程の亀の姿をした機体だった。青色の機体色をベースに、水色のラインが所々にペイントされていた。そして、玄武の周りを纏わりつくように蛇の形をした機体も姿を現した。
「予定通りです、玄武さん。続けていきましょう!」
「よっ、よっしゃ! 分かった」
玄武からの返事が帰ってくると、アルフレッドは玄武の機体を制御しているシステムにアクセスをする。すると、全方位モニターにメニューが表示され、複数の項目から一つを選択した。新たに複数の項目が表示されるが、次々と現れる項目を選んでいく。
「準備は整いました。あとは、先ほど説明したようにイメージしましょう」
「イメージ……イメージ……」
繰り返し呟く玄武。その裏でアルフレッドがシステムを操作していくと、玄武にある変化をもたらした。
「おっ!? おおーー!!」
「その調子です! イメージするのを止めないで!」
まるで水面が波打つように、玄武の機体表面が揺れ動いた。そして、ボコボコと沸騰するように激しく弾け始めた。
「? 玄武さん?」
「あっ」
玄武が声を漏らした途端、液体金属化していた機体が一気に弾け飛んだ。四方八方に飛び散った液体金属が地面に落ち、雨が降った後のように水溜りが所々に出来上がった。
「うわー!! やってもうたわ!!」
動揺した玄武が喚き出してしまった。その影響で機体の形状を維持できないのか、ドロドロととろけ始めてしまった。このままではいけないと判断したアルフレッドは、仕方なくシステムに再介入するしかなかった。
「玄武さん、とりあえず落ち着いてください。私がサポートしますので、引き続きイメージを忘れないでください」
「すまん!! アルフレッドさん!!」
早く大佐のサポートに行かなくてはならない。
自ら立てたタイムスケジュールが少しずつ遅延している現状を意識しながらも、アルフレッドは瞬時に修正をしていく。それは、アルフレッドにとっては日常的なことだ。なぜなら、イブキと行動を共にしてきた中で、順調にいった試しなどないのだから……。
「この程度なら、まだ間に合いますね」
アルフレッドが操作を開始すると、辺りに飛び散った液体金属がブルブルと震えながら集まり始めた。
『何をしている! 早くするんだ!』
「大丈夫です。お任せください」
司令室からの音声通信が響いてきた。キサラギ大尉の苛立ちが伝わってくるようだが、玄武に集中してもらうために、司令室からの通信はアルフレッドが全て引き受けていた。その甲斐あってか、集中力が途切れていないことに安堵する。
飛び散っていた液体金属がすべて集まった。アルフレッドは玄武がイメージしている姿ー四神形態ーに移行するために再びシステムにアクセスする。
「神経回路に接続。四神形態移行へのプロセスを開始する」
モニターに表示された『開始』を選択すると、先程と同じく玄武の機体表面が波打ち始めた。
「おっ!? おぉぉぉ……」
「もう大丈夫ですよ。組み込まれていたプログラムどおり、オートで四神形態へ移行します」
もうイメージに集中しなくていいことを告げるアルフレッド。それを聞いた玄武は、安堵の溜め息を吐いた。
アルフレッドの言うとおり、液体金属が本格的に動き出した。それはまるで粘土細工のように引き伸ばされ、玄武の機体がみるみるうちに巨大化していった。
「おお!! なんか目線が高くなっていくぞ!!」
玄武は思わず感嘆の声を上げた。アルフレッドから出撃前に説明を受けてはいたが、半ば半信半疑で聞いていただけに、驚きを隠せないでいた。
「一体どれだけ大きくなるんじゃ、ワシは?」
「金属の密度と量との兼ね合いですが、今の戦局から勘案して体長150メートルぐらいが適当かと」
アルフレッドはさらりと答えたが、元が25メートルの機体だ。10倍の巨大化を実現させた技術力は、アルフレッドすらも感嘆させるナガト夫妻の驚異的な発明だ。アルフレッド自身も液体金属で構成されてはいるが、変形範囲は限られている。この技術はまるで、古代に存在していたと言われる『錬金術』みたいだ。
液体金属の伸縮が落ち着き始め、機体の形が固定されてきた。その姿は、25メートル時の玄武をそのまま巨大化した様相となっていた。
「すごい!! すごいぞー!! これがワシなのか!?」
モニターに映る音声波形が、玄武の喜びを現すようにぴょんぴょんと跳ね上がっている。
アルフレッドは次に重要なプラズマ弾を防ぐためのシールドを形成しようとしたその時ーー。要塞島を覆っている防護障壁から再び衝突音が響いた。
「うわわ!! なんじゃなんじゃ!!」
「まさか!!」
アルフレッドは全方位モニターで、衝突音があった方向を拡大してみた。そこに映された光景はアルフレッド達を驚愕させた。
防護障壁が激しく揺れ動き、小さなヒビが所々に入っていた。その原因であるプラズマ弾がもう一発放たれていたのだ。
「なんじゃあれ!! あの光の玉がもう一個あるぞ!!」
「すごいですね。黒炎の巨人のエネルギーには底がないのでしょうか……」
アルフレッドは分析していたデータをバックグラウンドで解析しながら、急いで次の行動に移そうとしたその時ーー。
『アルフレッド!! いいかげんにしろ!!』
再び司令室から音声通信が届いた。さすがに今回はキサラギ大尉自らの指示だった。それほどまでに切迫しているのだろう。
「玄武さん、本当にもう時間がありません。速やかにシールドを展開しましょう」
アルフレッドは再び玄武のシステムにアクセスし、シールド形成のための出力調整に入る。
「よっしゃ!! またイメージすればいいんやろ!!」
自信が芽生えたのか、積極的な姿勢を見せる玄武。その姿に頼もしさを感じるアルフレッドだが、今はもう時間に余裕がない。
「ありがたい言葉なのですが、シールド展開は私がやります」
へっ? と言葉が漏れた玄武を横目に、シールド形成のためのエネルギー出力を上げていく。
「玄武さんはとにかく耐えてください」
玄武が戸惑っている間に調整を終え、モニターに表示された『開始』を選択するのみとなった。
「時間がないので私が準備をしましたが、よく見て学習してくださいね。そして――」
アルフレッドは『開始』を選択すると、玄武の甲羅が形状変化し始めた。
「必ず防いでみせるとの強い意志を持ってください」
「いし?」
甲羅と一緒に玄武の4本足も形状が変化し始めていた。スパイク状の鋭利な突起物が複数生成され、地面に深々と突き刺さっていく。そして、甲羅の部分からはドーム状の膜のようなものが上へと張り出し、その表面は水面のように揺らいでいた。それは急速に膨れ上がり、プラズマ弾を防いでいる場所に到達した。
「司令室、お待たせしました。シールド展開完了です」
『了解!!』
司令室から応答の返事が来ると、さっそく防護障壁に変化が現れた。要塞島の外周から徐々に消えていき、その消えゆく先はプラズマ弾を防いでいる箇所だ。タイミングを計りやすくしてくれているのか、アカツキ大佐の思惑を感じる。
防護障壁がプラズマ弾を防ぐ範囲だけになってくると、放電と火花がプラズマ弾から激しく散り始めた。まるで解放される喜びを表現するかのようにーー。
「玄武さん! 来ますよ!」
「おう!!」
防護障壁にヒビが入ると、あっという間に霧散ーーと同時に、玄武めがけてプラズマ弾が向かってきた。そこを待ち構えていた玄武のシールドがプラズマ弾を捉える。両者が接触すると、激しい衝突音と振動が要塞島全体に響き渡った。さらに、玄武の4本足は地面にめり込み、プラズマ弾からの圧力でブルブルと震えていた。
「うがあーー!! こっ! これはキツイ!! アルフレッドさん助けて!!」
玄武が速攻で弱音を吐く。それを聞いていたアルフレッドだが、淡々とシールド操作をしている。
「大丈夫ですよ、玄武さん。あなたのシールドはそう簡単に破られることはありません。さっきも申し上げましたが、耐えるということは『負けない』という強い意志を持つことです」
「だから何なのじゃ!! その『いし』っていうやつは!!」
「玄武さんは私と同じく、ナガト博士によって開発されたAIです。あなたにも感情プログラムが組み込まれているはずです」
これはアルフレッド自身も正しく認識している訳ではない。ただ、イブキと行動を共にしていくうちに、学習能力だけでは得られない行動を取ることが多くなった。特に巨人の黒炎からイブキを守る行動に出た時の演算処理速度は、アルフレッドのスペック以上の数値を弾き出していた。
これは、イブキを何としても守るーー決意と呼ぶ感情ーーという意志と呼べるものがプログラムによって発動したのだと推察していた。
「細かな調整は私がします。今はとにかく『負けない意志』を持ってください。それがシールドの出力を維持することになりますのでーー」
自分の頭脳とも呼べる核に流れ込んでくる、おびただしい数のコードの波に翻弄されてしまっている玄武にとって、アルフレッドの言う『感情プログラム』だの『負けない意志』などという仕組みや概念など、到底理解できないでいた。ただただ、『耐える』ということに特化した行動を選択するのみだった。
「ぐぐ!! 言ってる意味はよう分からんが!! とっ、とにかく耐えればいいんじゃろ!!」
玄武はこれ以上、押し負けないように4本足にエネルギーを配分し、踏ん張りを効かせた。
アルフレッドは残されたエネルギーをすべてシールドに配分すると、シールドの形態を変化させた。
「シールドというのは何も『防ぐ』『弾く』だけじゃないんですよ」
シールド全体が波打ち、弾けるように飛び散り、包み込むようにプラズマ弾を包囲すると激しく火花を散らし始めた。
「玄武さんの機体は水属性の性質を持っています。それならば、プラズマを接触させればどうなるかーー」
火花が更に激しく飛び散り、プラズマが放電した瞬間ーー
「っ!!」
目を刺すような閃光を放つと、シールドもろとも大爆発を起こした。
巻き込まれたシールドは気化熱によって蒸発し、雨を降らすように飛び散っていった。
爆発した周辺は霧がかかり、視界が真っ白になったが徐々に晴れ始めると玄武の機体が見えてきた。
「ビックリしたわ!! 爆発しよったぞ!!」
聞いてないよ、と言わんばかりに玄武は驚きを隠さなかった。
「失礼致しました。説明の暇がなかったので…」
玄武の抗議に謝罪しつつ、アルフレッドは次の行動に移っていた。それは、飛び散ったシールド=玄武の機体の一部である、液体金属をいち早く回収するためだ。そして、黒炎の巨人の攻撃に備えなければならない。
アルフレッドは黒炎の巨人の位置を確認しようとモニターを注視すると、上空にいない事に初めて気づいた。
「!!」
すると、霧が立ち籠っている前方から黒い影が見えてきた。
「もう、目の前に来てたんですね」
モニターに映る識別名称は『黒炎の巨人』とはっきり記されているが、明らかにサイズ感が違う。アルフレッドは即座に軍事衛星にアクセスし、目の前にいる者の位置情報を把握すると、間違いなく黒炎の巨人だった。
「……伸縮自在なんですね。100メートル前後の大きさまで小さくなっている」
霧が晴れ、姿が見えた巨人の姿はさらに変化していた。
黒炎で覆っていた全身からは炎が消え、黒光りした身体が見えていた。手足が長く、隆々たる胴体は屈強なイメージを思わせる。また、顕になった頭部には小さな角があり、大きく裂けた口角からは僅かに牙が見えていた。そして、妖しく光る赤い眼からは、感情を読み取ることはできない。
「なんじゃ? 実体がなかったんじゃないのか?」
「そのはずだったんですが……どういう構造をしているのか全く分かりませんね」
そうは言いながらも、アルフレッドは相手の生態的なことではなく、1つの疑問を呈していた。
(もしかして、これはカルマの能力?)
今までの事象が、すべてカルマによる能力だとすれば、目の前の怪物は人間である可能性が高い。ならば、戦い方は変わってくるーー。
黒炎の巨人が右腕を挙げると、右手からメラメラと黒い炎が現れ、導かれるようにゆっくりと棒状に燃え広がっていった。そして、その炎は少しの間だけ揺らめいていたが、右腕を振り下ろすと同時に消えた。
「なんじゃあれは!? 武器みたいなもんを出しよったぞ!! 痛そうじゃー!!」
「一体どんな法則で、あの現象を起こせるんでしょうか」
黒炎が一瞬揺らめいた瞬間、巨人が消えた。
「!?」
直後。
空気が、裂けた。
「――っ!!」
玄武の前方、空間そのものが歪む。
不可視の衝撃が叩きつけられ、巨体が大きくのけ反った。
「ぐあああ!!」
「玄武さん! 踏ん張ってください!」
四肢のスパイクが地面を削り、島全体が軋む。
(見えない攻撃……空間干渉?)
アルフレッドは高速で演算を回す。
「物理でも、純粋なエネルギーでもありません。
――現象を直接発生させている?」
「何を言っとるか分からんが……ヤバいのは分かるぞ!!」
巨人が、再び一歩踏み出す。
その一歩で、地面が沈む。
「玄武さん。正面防御は不利です」
「じゃ、どうするんじゃ!!」
アルフレッドは、わずかに沈黙した。
――逃げる、という選択肢はない。
背後には、要塞島と人々がいる。
「……耐えながら、学習します」
「またそれか!!」
「この敵は、力で押し切る存在ではありません。法則を理解しなければ、勝てない」
巨人の赤い眼が、玄武を捉える。
まるで――
試されているかのように。
◇
――どれくらい、眠っていたのだろう。
意識が、ゆっくりと浮上していく。
「……ここは……?」
イブキは静かに目を開いた。
視界に飛び込んできたのは、白だった。
床も、壁も、天井も――すべてが白を基調とした、荘厳な建物の内部。
どこかで見覚えがある。
(……この場所……)
記憶を辿るまでもなかった。
以前、精神世界で垣間見た――宗教施設のような建物。
空気は澄み切っていて、音という音が存在しない。
自分の呼吸音だけが、やけに大きく感じられた。
イブキはゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。
目の前には、果てが見えないほど長く、広い廊下が続いていた。
「……行くしか、ないよね」
誰にともなく呟き、歩き出す。
足音は、まるで吸い込まれるように消えていった。
白い柱が等間隔に並ぶ廊下を進むにつれ、前方が次第に開けてくる。
やがて――。
柔らかな光が差し込む場所に辿り着いた。
広いバルコニーだ。
イブキは、無意識のうちに足を止めた。
その先に広がっていたのは、鈍色に染まった空と、どこまでも続く海。
波は穏やかで、だが生気を感じさせない。
空と海の境界は曖昧で、世界そのものが眠っているようだった。
「……きれい……なのかな……」
そう呟いた瞬間、イブキは気づいた。
――バルコニーの先端に、誰かが立っている。
風に揺れる、白銀の髪。
背中越しでも分かるほど、凛とした佇まい。
(……まさか……)
胸が、ざわつく。
その少女を見た瞬間、イブキは確信した。
間違いない――精神世界で見た、あの少女だ。
まるで、イブキの視線に気づいたかのように、少女はゆっくりと振り返った。
透き通るような肌。
氷のように澄んだ瞳。
年齢はイブキとそう変わらないように見えるのに、纏う雰囲気は圧倒的だった。
「……ようやく、ここまで来ることができたようだな」
低く、静かで、
それでいて命令のように心へと染み込む声。
「……あなたは……誰?」
イブキは、喉の渇きを覚えながら問いかけた。
少女は微かに目を細め、誇り高い微笑を浮かべる。
「我が名は――」
一歩、前へ。
その存在感だけで、空気が震える。
「サダルマ・プンダリカ・アスラ」
少女は、胸を張り、はっきりと告げた。
「アナンダの女王である」
世界が、止まったように感じた。
イブキは言葉を失い、ただ少女を見つめることしかできなかった。
困惑と恐怖、そして説明のつかない引力に、心を掴まれながら――。




