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幸を呼ぶ猫  作者: 梅桃
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9・自分と相手、見た目と中身

「アミィ、聞いて……はないな」

「聞いてませんね。魂が戻ってくる間に仕上げては?」

「そうだな。聞いているかどうか知らんが、一応言っておく。冗談でも何でもないからな。返事はすぐにとは言わん。が、考えておけ」


 遠くにそんなシーゼル様の声が聞こえて、私はふらふらと近くの椅子に腰を下ろした。


『ミャウー』


 あ、子猫が可愛い。


(天使)


 現実逃避してから一呼吸置き、さっきのシーゼル様の言葉をもう一度反芻する。


 お前、俺の婚約者になれ 俺の婚約者になれ 婚約者になれ。


 誰が?


 アミィ、お前が、俺の、婚約者に お前が、俺の、婚約者に お前が、婚約者に。


 本気で?


 冗談でも何でもないからな  冗談でも何でもないからな  冗談でも何でもない。


 暫く反芻した後、シーゼル様の背中に目線を向ける。


 俺の婚約者になれ。


 にやっと口角を浮かべてその言葉を放ったシーゼル様の顔が浮かんで、直後、ぼんっと顔に火が付いた。


「え、え……そんな……ええええっ」

「あ、シーゼル。戻ってきた様ですよ」

「結構時間かかったな」

「で、ですが、あの、でも……」


 イケメンな、ご令嬢から人気のある、しかも王族で、そんな人から何の脈絡もなしに冗談でもないそれを言われた。


「まぁ、なるもならないもお前が決めていい。王族の俺が安易に発せられる言葉でも案件でもない。非公式とは言え、王族である俺の言葉は、俺自身でもそう簡単に撤回出来ないからな。が……お前は、深く考えるな。たまたま俺が条件を述べている時にお前がそこにいて、たまたまそこにいたお前がその条件にはまっただけだ。そう考えれば気が楽だろ。それに、俺が否定するより、お前からした方が心象はまだ悪くならないはずだ。それを加味した上で判断を委ねた。それと一つ聞きたい。というか、確認しておきたい。お前も地位や財、それと容姿にこだわるのか?」

「そ、それは……そんなことは……。その……願望はあっても、実際にそうなるという想像は出来ませんでしたから……。それにその。地位や容姿の件は……私が気後れしてしまいますので、もしそういう話が上がったとしても出来れば普通でいいとすら思っていましたし……市井に降りてもいいとすら……」


 だから、シーゼル様やアーツ様の様な整った容姿の威勢は、どちらかというと苦手だし、高すぎる地位は私には正直しんどい。


「むしろ苦手か。新鮮だな? アーツ」

「苦手と言われるのは初めてですね」


 伯爵家に生まれて、独学とはいえ一般には身に付けられない知識も得られた。

 それは市井に降っても強みにはなると思うから、無駄ではないと思ってる。


 そして仮に、結婚したとして、後妻で相手が老後の暇つぶしに私を選んだとしても、それもまた一つの人生だと思っていたし、そうなったとしても絶対にそれが悲しい事とは限らないのだし。

 或いは、ずっと行かず後家状態か修道女になってもいいとすら思っていた。

 修道女になれるかどうかも怪しいんたけど。


「だが、お前に合う地位というのはなんだ? お前に合わせて選ぶということは、相手には失礼にはならないのか。所詮相手もその程度の人間だと言われている様なものだとは思わないのか?」

「そんなことは……」

「ないとは言えないだろう。上を見て努力をするのはいいが、それをせずそうなるのが当然だと鼻を高くしているだけなのは気にくわん。かといって、自分を貶め必然的に相手にお前も仲間だというのもどうかと思うがな」


 確かにそうだ。

 でも、そういう意味で言ったわけでは……。


「分かっている。そうとられても仕方ないという話だ」


 言い方に気を付けろって事だよね。


「だが、今のお前が気後れするというのは分からんでもない。が、不安に思う原因の幾つかはこれから取り除いてやるから安心しろ。だから、二度と自分も相手も貶める様な事を言うな。それはお前に提案した俺も駄目なやつだと言っていると思われても仕方ないぞ」

「はい……」

「他に思っている事はないのか」


 言われて、私には気になる事がまだあった事を思い出した。


「シーゼル様やアーツ様にはお話ししましたが、私には前世の記憶がございます。気持ち悪くないのかと問うたのは……それと合わせて中身が見た目以上の年齢で……」


 前世の私は、三十一歳で事故死した。


 丁度赤信号に変わり、立ち止まろうとしたけど、過労で疲れがピークで足元がふらつき一歩二歩と進んで倒れ込んでしまった。

 そこへ曲がってきた車が現われ、轢かれてしまった。


 その日は、前々日からプロジェクトの総仕上げをこなし寝不足状態だった。

 それに加えて日々の過度なワークスケジュールで疲れがたまり、みんな限界に近かった。

 なかでもリーダーを任されていた私の疲労は半端なく、ようやく終えたプロジェクトに安堵しつつもフラフラの状態だった。

 事故に遭ったのは、プロジェクトも終止符を打ち、集中力もプツリと切れふわふわの頭での帰宅途中の事だった。


 運転手には、悪い事をしたと思う。


 だって、みんなが言った通り、仮眠室かカプセルホテルに泊まりさえすれば、起きなかった事だったから。

 翌日は休みだったし、ゆっくりして帰っても良かったんだから。


「前世と合わせると、五十歳になりますから……」

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