5・異世界ではやっぱり機密文書に最適らしい。
地球という世界。
魔力の代わりに科学が発達していて、魔力・科学それぞれ一長一短で、どっちが便利かは言い難い。
昔は、ここと同じ様に馬や馬車が行き交って、他にも籠という乗り物があったけど、今は科学という力で馬を使わずそれよりも早く長く走れる乗り物が沢山あって。
料理も世界中の色んな料理が食卓に並んでいたし、余程の事がない限りは最低でも十五歳までは国の援助の下、教育は義務化されていた。
「魔法がないのか。想像つかないな」
「皆が幼き頃より読み書き計算が出来ているのですか?」
「そう、ですね……国によっては落差はありますが、私がいた国では文字種が三種類あり、自分の名前は大抵の人が書けます。一番簡単な文字種なら、ほぼ、皆読む事は出来ていました。私がいた頃の国は少し識字率は下がった傾向にあったみたいなのですが、一時期は一〇〇%とも言われていたのですよ」
「それは、流石に異常ではないのか?」
「国としては小さな国でしたから、可能であった事かも知れません。出来て当たり前の事でもありましたし、それが普通でした」
「三種類もあるのですか?」
「はい。平仮名、片仮名、漢字という三種です」
『あ ア 亜』と書き記し、同じ「あ」という読みの漢字でも『阿 吾 明 蛙』と、それぞれに意味の違う語があるのだというと、驚かれた。
「同じ読みでも意味が変わるのが漢字なのです。文字に表す時にその三種を使い分けて文章にするのです。他にも、この世界にもございますが、数字があります」
『いち 一 壱 1 Ⅰ』
「どれも同じ一という数字なのですけど、左側のは読み方、一般的によく使われるのは「一」や「1」、「Ⅰ」という種のもので……」
0から9までを書き、10・11と続くと説明する。
「失礼。それだけの文字種があり数字の種類があり、それで識字率が高いというのはやはり信じられません」
その言葉に、私は苦笑するしかなかった。
だって、慣れというしかないのだから。
「そこに外国語や、母国語と外国語を掛け合わせた独自の言葉も加わったりしていましたから」
と言えば、「何とも複雑な」と、半ば呆れた顔をされてしまった。
でも、全部が全部使いこなせているわけじゃない。
特に漢字なんて書けそうで書けないもの、というか全く書けないものが多いくらい。
新しい言葉だって常に生まれていたし、文字……言葉による変化は本当に目まぐるしかった。
発信源は、文豪だったりTVだったりギャル達やネット民達で、今や全く意味の違う言葉として使われるようになった物とかも多くて、なかなか面白かった。
「だが、この表記は分かり易くていい」
「ただ、余白があれば数字を足して誤魔化されたりもしますから、数字の先頭に円マーク、終りに棒線を書き余白が出来ない様工夫しておりました」
そこでシーゼル様が顎に手をやり少し考え込んだ。
「……」
どうしたのだろうと暫く待っていると、ふと顔をあげたシーゼル様が視線をぶつけてきた。
「アミィ。お前、今日から暫くここに住め」
「えっ……?」
「シーゼル、それは……」
「このヒラガナ・カタカナ、それと少しのカンジ、そして簡単な複合語でいい。それを教えろ」
何をどう思ってそうなったのか。
「機密文書に最適だ」
「あぁ。そういう事でしたか……」
前世で読んだラノベでも日本語を暗号に使う様な話があったけど、まさか私がそれに協力しろって言われるとか思わなかった。
世界の違う言語だから機密文書には最適って事なんだろうけど。
暗号文字は、その世界の概念で作ってしまうから定期的に変えないといけないらしくて、結構面倒なんだとか。
「しかし、今日の今日では……」
「ア、アーツ様の仰られる通りです! それに、その……」
と、自分の身体と服を見下ろす。
自然とドレスのスカートを握ってしまった。
(私の体系に合うドレスなんて……)
こういう時……。
私の様な体系の人間は困る。
まず直面する問題は、着替え。
こんな私の体系サイズの服があるとは思えない。
今までそういう事は一切なかったから気にもしなかった。
あり得ない事だった。
けど、そのあり得ない事を言われてしまった。
「お前が努力をしていなかったら手助けをしてやるつもりはなかった。が、そうではなかった。故に。俺がその悩みを少しばかり解決してやる。まぁ、ある意味実験台になってしまうがな」
そう不敵に笑ったシーゼル様を、思わず見上げた。