3・とんでもない人に聞かれてしまった。
え。
なんで?
どうしてこの方がここに?
会場にいるんじゃなかったの?
目をぱちぱちさせつつも、私は固まったままで何も言えないでいた。
「この時間、社交で忙しい者共がこういう場所にいるはずはない。女でぶつぶつ言っている不審者がいると報告を受けたのでな」
だからといってこの方が直接来る必要はないと思う。
硬直したままの私を無視して、さらに続けた。
「で、不摂生に不摂生を重ねただらしない奴かと思っていたが、お前、魔力不適合症だったんだな」
そう言いながら歩を進め、
「ただの伯爵家の令嬢だ。危険はない。もういい、お前達は下がれ。俺はここで少し過ごす。父上の誕生を祝う名目で媚びへつらう奴らの相手は心底どうでもいいからな」
「それを言っては身も蓋もありませんよ。社交の大半はどれも似た様な物でしょうに。そして流石に皆を下がらせるわけにはいきません。私は残りますからね」
「好きにしろ。アーツ以外は、全員下がれ。少なくとも会話が聞こえる位置に立つな」
『はっ』
この方がそう言うと、アーツ様以外の護衛達がザッと敬礼をしてその場を遠く離れた。
ただし、会話が聞こえずともすぐに駆け付けられるようなその位置に。
「名は」
そう問われて、私はそこでハッとなった。
この方が立ったままで、硬直して動けなかったとはいえ私が座ったままというのはとても無礼な事だという事を思い出し、仔猫を下ろして慌てて立ち上がろうとするのを、
「仔猫が起きてしまうだろう。立つな」
と、制されてしまった。
「も、申し訳ござい、ません……。わ、私は、ウェイデン伯爵が娘、アルミリアと申し、ます……」
「アルミリアか。初めて名を知ったな。お前の事はまぁ……色んなあだ名で耳にしていたが。アミィでいいな。俺の事はシーゼルと呼べ」
そう。
急に現れたこの方は、会場にいたはずの第二王子殿下だった。
「で、ですが……」
「呼べ」
「はい……。シーゼル殿下……」
「殿下もいらん」
「……シーゼル、様……」
「まぁいい。アーツは俺の側近だ」
「初めまして。アルミリア嬢。アーツ・シュベルンと申します。私もアミィと呼ばせて頂いても?」
「は、はい……」
アーツ様はシュベルン侯爵家の長男で、シーゼル様の幼馴染み。
お二人ともその容姿のせいで物凄く目立つ。
「アーツ、お前も座れ」
シーゼル様の言葉に、
「いえ。いざという時に動けませんから」
と首を振る。
「目立つから座れと言っているんだ」
「はぁ……。仕方ありませんね。では、失礼します」
更にシーゼル様の言葉に押されて、アーツ様は殿下の隣に腰を下ろした。
「それで? さっき面白い独り言を聞いたのだが」
面白い独り言?
ただの愚痴しか言ってないそれのどこに面白い話があったんだろうか。
すると、シーゼル様は口角を上げて私を見据え口を開いた。
「前世がどうとか言っていただろう?」
あ……。
そう言えば、口走ったかもしれない。
やばいやばいやばい。
「え、えぇと、その、あの……お聞き間違いかと思われますが……」
「いや。はっきりと聞こえた。前世の記憶があるから結構何でも出来るとな」
「他の者は後方にいましたから聞こえていないでしょうが、私にも聞こえましたね」
言い逃れは出来そうにないその空気に、私は思わずため息をついてしまった。