2・猫相手に愚痴ってみる。
とにかく一人になりたい。
お父様達は社交で忙しいだろうし、そもそも私には興味ない。
帰りたいけど、お父様達を待たなくてはいけなくて、時間いっぱいどこかで暇を潰さないといけないのが辛い。
私だって、踊って、友人達と歓談して、空気を楽しみたい、そんな願望はある。
だけど、その相手もいない私には、それらを楽しむ事すら出来ないまま会場にいるのは苦行でしかない。
会場に続く中庭へでて、社交の場の一部として開放されている範囲で、静かな場所へ足を向ける。
だんだんと遠ざかっていく楽団の奏でるワルツ。
美味しそうな料理の匂い。
楽しそうな笑い声。
私を見てひそひそとクスクスと嘲笑する声。
それらが聞こえなくなるいつもの私の定位置。
夜のここは静かで、外灯の明りを反射して煌めく池泉がある。
社交に来て、こんな所で過ごす人はまずいないから気が楽。
そこでのんびりと過ごして、会場に戻り帰宅するというのがいつもの流れ。
『ミアー』
ベンチに座り、目を閉じ時折そよぐ風に樹木がなびいてさわさわと鳴る葉音を静かに聞きながら静かに過ごしていると、いつの間に来たのか、突然聞こえた猫の鳴き声にほんの少し驚いた。
「仔猫?」
『ミャアー』
「お前、どこから入って来たの?」
『ニー』
足元に寄って来てひたすら体を擦りつけてくる。
「ふふっ。くすぐったい。おいで」
そっと抱え上げて膝に乗せたら、そこで足をふみふみとし始めた。
「お前はあったかいね。お母様はいないの?」
『ニャー』
「そっか。はぐれちゃったのかな? お母様心配してるよ?」
人間の言葉を理解しているとは思えないけど、とりあえず会話として成立させてみる。
仔猫は頭をお腹に押し付けるようにぐりぐりとし始めて、今度は体をくねらせ、ようやく落ち着いたのかそこで丸まって大人しくなった。
「少し肌寒くなってきたものね。二人でいたら温かいね。……お前は優しい子なのね。私の事を毛嫌いしないもの」
仔猫の背中を撫でながら独り言を口にする。
「私だって……好きでこんなになったんじゃないのよ。お前と同じで私も迷子。どっちかっていうと心の方かな。お父様達も最初は気に掛けてくれていたの。でも、私は他の同じ魔力不適合症の人より酷いから……少しも改善されなくて。高価な魔道具も与えて頂いたのに一向に良くならないし、こんな醜くなっちゃって。ついには面倒見切れないし家の恥だって言われちゃった。それからだんだんと離れていっちゃったの。この病気ってだけで敬遠されるのよ? 本当……好きでこんなでいるわけじゃないのにね。普通に恋もしたいし、結婚だって憧れるし、社交で楽しく過ごしてみたいし、そんな願望だってあるわ。そう言うと、気持ち悪がられたの。お前が暗いから余計そうなるんだってお兄様に言われたの。私だって最初からそうだったわけじゃないわ。こんなだけど、頑張って明るく振舞って馴染もうと努力だってした。でも、見た目がこうってだけでその努力は意味がなかったの」
猫相手とはいえ、私がずっと喋るのは自分でも珍しいと思ったくらい。
むしろ、相手が人間じゃないからといってもいい。
それくらいずっと愚痴という独り言を仔猫相手に語り続けていた。
「私ね、もうすぐ田舎の小さな別邸に住む事になるのよ。そうだ。ねぇ、お前も一緒に来てくれない? そしたら迷子同士で二人なら寂しくないと思うの。嫌な視線も受けないしとっても静かで穏やかに暮らせると思うのよ。きっと、侍女達もつけてくれないだろうから……本当に一人きりね。あ、でも、私こう見えても家事は出来るのよ。だから慎ましく暮らす分には支障はないと思うの。それにね、私、前世の記憶があるから結構何でも出来るのよ? 凄いでしょ?」
『ニアー』
「ふふっ。それ、どっちのお返事なの? ついて来てくれるの? そうなら嬉しいなぁ」
ぐりっと頭を押し付けてきて、それがまるで「いいよ」って言ってくれてるみたいで、思わず笑みを浮かべた。
「へぇ。お前そんなに喋れる奴だったんだな。独り言かと思ったら猫相手に話してたのか」
ふいに背後から声がして、私はびくりと肩を竦めて硬直した。
そろりと振り返れば、そこには会場にいるはずの私とは全てが交わらない世界にいる人が、腕を組んで立っていた。