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33話から投稿しております。
感想・誤字脱字報告をありがとうございます。
当作品は殺人補助を推奨するものではありません。
あまり気のいい話でありませんので、読みたくないと思われた方はスルーでお願いします。
重厚な扉を、ミーシャは何の躊躇いも見せずに叩く。
「失礼! サーシャ・ウェードル夫人に火急の用があってきた! どなたかいませんか!」
幾度鳴らしても出ないため、ミーシャは声を張り上げる。すると、扉の向こうから人の気配が感じられたので、そっと距離をとった。
「―――このような時間に、火急の件とは」
「失礼しているのは承知の上です。夫人に面通り願いたい」
出てきたのはぱっとしない青年だった。だが、無表情ゆえか、少しの気味悪さを感じさせる。
ミーシャの言葉に、青年は少しだけ考え込むように目を伏せると、感情の浮かばない瞳をミーシャに向けた。
「……主は只今立て込んでおります。よろしければ応接間へご案内させていただきます」
「―――緊急なのだけれど」
「……クリストファーのことでしょうか?」
「っ」
彼が逃亡したことはまだ公になっていないはずだ。だが、元主ということと以前にもミーシャが来たことがあるため、この青年はそう判断したのかもしれない。そう考えたミーシャは、表情を変えないまま一つ頷いて見せた。
「主には伝えます。ですので、こちらへどうぞ」
「―――お前たちはここで見張っていろ」
「はっ!」
ミーシャは青年に先導され、応接間へと足を運ぶ。
「只今お飲み物をご用意いたしますので、少々お待ちいただけますか」
「お構いなく。急に来たこちらが悪いのですから」
ミーシャがそう断るも、青年は一礼だけするとその場を後にする。そしてミーシャは、誰もいないことをいいことに部屋を見回した。
部屋に揃えられている調度品は、全て名匠のものなのだろう。繊細な造りをしている。バランスよく配置され、尚且つ調和されているように感じる。だが、何故だろうか。どことなく素っ気なさも感じた。温かみがない、とでも言えばいいのだろうか。
ミーシャが違和感を感じていると、青年がワゴンを押しながら入室してくる。
「主には別の者が伝えに言っております。…主が空くまでの間、差し支えなければ私がお相手をさせて頂いても?」
「…もちろん」
主に火急の件だと伝えているはずなのに、この青年の落ち着きようは異常ではないかとミーシャは思った。青年はミーシャの許可が出ると、勝手に自分の分の飲み物も用意して、ミーシャの前に腰かける。
「……クリストファーとは、長い付き合いなの?」
「えぇ…まぁ」
用意された紅茶の香りを確かめ、何も盛られていないことを確認したミーシャは少しだけ口に含む。
「…クリストファーは、とても馬鹿な男です」
「?」
すると青年がいきなり語りだした。その表情には、相変わらず何も浮かんでいない。
「彼は、主を唯一としてしまいました。世界が広いことを、彼は知ろうとしませんでした」
「……だから簡単に犯罪行為に手を出す、とでも言いたいのかな?」
「いいえ。あれは彼が悪いでしょう。主の為、という免罪符を片手に勝手に行ったことですから」
「同僚だと思っていたんだけれど…嫌っているの?」
ミーシャはつい素で話してしまった。それほどまでに、無表情な彼から話される内容に驚きを覚えたためだ。
「いいえ。嫌ってなどおりません。ただ……哀れで、馬鹿な男だとは思っております」
「……」
「少しだけ、私の独り言にお付き合い願えませんか?」
「構わないけれど…」
すると青年は、今までの無表情から一転、酷く疲れた表情をした。
「クリストファーは、サーシャ様を救世主のように思っているようですが、私からすれば酷い人だと思っています」
「それは、何故?」
てっきりクリストファーと同じように思っているのかと思いきや、彼の口からは予想外の言葉が齎される。
「お気づきかもしれませんが、私もクリストファーも、主に買われた立場です。…つまるところ、奴隷のようなものです」
「……」
カロリアンでは奴隷は廃止されている。だからこそ、人身売買に対して厳しい摘発を行っているのだ。バーゲンムートでも廃止されていると聞いていたが、違っていたのだろうか。
いや、カロリアンでもあるように、廃止しておきながらも裏ではあるのだろう。
「ご存じの通り、主は現王の異母妹様で在らせられます。本来国が摘発すべきことを、主が利用している、という理由で見逃されている部分が多数あるのです」
「―――それは」
「貴女様に言うべきことではないのでしょう。ですが、もう全てが終わりますので」
「終わる…?」
不意に、どこから甲高い女性の声が聞こえたような気がした。
「―――まさかっ!!」
ミーシャがあることに気づき、慌てて立ち上がって扉に向かおうとすると。
「どうぞ、お戻りください」
「っ」
扉を開くと、そこには大柄な男がいた。
「危害を加えるつもりなどありません。ですから、どうぞ、お戻りを」
再度言葉を重ねる青年に、ミーシャは厳しい視線を向けた。
「何が起こっているのか知っているの」
「もちろん。私は、この屋敷の執事ですから」
「なら!」
「―――私は、主が、憎いんです」
強調しながら発された言葉に、ミーシャはこれを狙っていたのか、と。そしてまんまと嵌められた自分に対して怒りを覚える。
「お前の主でしょう!? 助けなくていいの!?」
「もう一度言いましょうか。私は、サーシャ・ウェードルを、憎んでいるんです」
「だから!?」
正直、大柄な男と一対一で勝てないわけではない。そんな軟な訓練を受けてきたわけではないのだ。だが、目の前の男と戦闘して、無傷ではいられないだろうとミーシャの勘が継げていた。
そのことを理解しているのか、青年はゆっくりと紅茶を口にする。
「……主さえ、私たちを憐れんで、そして国に言ってくれていたのであれば、私たちのような人間は居なくならないとまでも、数を減らせたのかもしれません」
「……」
「貴女様はご存知かもしれませんが、…身売りをさせられていたというのは、酷く嫌な記憶でしてね。…少年少女の奴隷を、かつての私と同じように苦しむ彼彼女たちを見て、私が苦しまないと思っていたのですかね、主は? 助けられないことを嘆いているなどと、考えたことはないのでしょうね、きっと」
「だからと言って、復讐を黙認しろというの?」
「…身体を、人間性を、全てを壊した相手に復讐することが悪いことですか?」
青年は無感動な瞳をミーシャに向けた。そのあまりの虚無に、ミーシャは言葉を飲む。
「甚振られ、壊され、まるで玩具のように扱われ。私にはクリストファーが理解できません。どうして、自分たちと同じような境遇を作り出す人間に心酔できるのか」
悲鳴が聞こえる。
「いずれは、起こったことです。それが、今だっただけの話ですよ」
「―――彼は、カロリアンで裁くと決定している」
「あぁ、そうですね。どうぞお好きに。ただ、私は彼を憐れで馬鹿だと思っていますが、嫌ってはいないのですよ」
そこでようやく、青年が何を待っているのか、ミーシャにはわかった。
「……はぁ…。残念だが、この男を倒して救出に向かうのは難しそうだ」
「左様ですか。彼は力はあるのですが、どこぞの輩に暇つぶしと称されて喉を潰されておりましてね。とても気のいい男なんです」
「そう」
それは建前であり、本音でもあった。
本来であれば、無理にでも強行突破して、サーシャを救うべきなのだろう。だが、ミーシャは善人ではない。それに言い方は冷たいが、所詮他国の人間だ。これが自国の人間であれば、何が何でも突破しようとしたかもしれない。だが、そこまでの情を彼らに持ち合わせてはいなかった。
「―――感謝いたします」
「何が?」
「私たちに、気を遣って頂いたようで」
「私は何もしていないよ。でも、そうだね…。私の想い人を傷つけたことだけは、赦せないから」
「ヘレン・マイヤー嬢ですか」
「…私は自警団員だ。人が困っているのを救うのが、私の役目であり、義務。でもね、私だって人間だよ。貴方たちに対して、何も思わないわけでもない」
売買された人間の末路に、まともな幸福などないことを、ミーシャは知っている。カロリアンでも、幾度となく摘発してそういった人間を見てきた。救えなかった自分、そしてそういった犯罪行為に手を出す人間を嫌悪している。もっと早くに救えていればと、何度後悔したか数知れない。実際、売られた人間が売った人間、あるいは関係している人間を殺害した話を聞かないわけではない。
「…そうですか」
ミーシャの言葉を聞いた青年は、初めてくしゃりと顔を歪めた。
「でも、生きていたら確保する。それは構わないね?」
「もちろんです。……私の勝手な復讐に付き合わせてしまって、申し訳ありません」
「―――二度は、ない」
ミーシャのした行為は、ある意味自身の誇りを傷つける行為だ。救えたはずの人間を救わなかった。しかも自分の勝手な感情で。それがノアや隊長…ましてやヘレンに知られたらどうなるかなんて、想像に難くない。だが、それでも。
「…自警団副隊長としては、最低な行為だろうね」
「ですが、それで救われる者もおりますれば」
幾度となく聞こえたはずの悲鳴が、徐々に途切れていくのがわかる。
……人の命が、零れていく音がする。
ミーシャは、手を固く握りしめた、掌が痛みを訴えてくる。きっと、血が出ているだろう。それでも、ミーシャはその場を動くことをしなかった。
「―――私の独り言に長々とお付き合いいただきまして、感謝いたします」
「……私は、悪魔になったかな?」
人の死など、見慣れているはずだった。だけれど、自分の意志で、人の死を決めたことなど一度だってなかった。これを悪魔と呼ばずに何と呼ぶのだろうか。
しかし、青年は綺麗に微笑みを浮かべた。
「いいえ。私…いえ、私たちからすれば、貴女は神のような存在かもしれませんよ」
「…そう」
本当は、なんとなく分かっていた。クリストファーがサーシャの元に来ることを。そして、きっと事件が起こるだろうことも。結局、ミーシャはそれらをなんとなく推察しながら、見過ごしたのだ。
―――ヘレンが、彼らによって害されたから。
「……今度から、鬼の副隊長と名乗ろうかな」
軽口を叩く。そうでもしなければ、やっていられない。自分が招いたことだとしても。
その日、王妹であるサーシャ・ウェードルが使用人の手によって弑された。彼はカロリアンにて人身売買をした罪があり、移送される予定だったが、逃亡。その後、かつての主の元に行き、彼女を殺害。その後、本人も自殺をした。
主を逆恨みしての犯行とされ、サーシャは手厚く葬られるも罪人クリストファーは野に打ち捨てられた。
「……馬鹿な、奴だ」
一部始終を知っているピーターは、一人そう零し、屋敷を後にした。
その後の彼の行方を知る者はいない。
正直に言って、この部分を書くかどうかすごく迷いました。ですが因果応報ということと、綺麗な部分だけでは人は生きていけないという部分に焦点を当てました。
詳細は活動報告にて。
一部、調度品に関してご意見がありましたので変更しました。




