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感想、誤字脱字報告をいつもありがとうございます!
29話から投稿しております。
ご意見の旦那→夫の件ですが、一度完結させてから修正しようと思います…。(すみません、完結させるので精一杯で…!!)
クリストファーには、今自身の身に何が起こっているのか理解できなかった。
「では、彼はこちらに引き渡すということですが」
「そうね」
「…バーゲンムートの法でなく、カロリアンの法による処罰になりますが」
「構わないわ」
「……さー、しゃ…?」
「貴方たちが面倒だというのであれば、こちらで処罰しても構わないけれど」
「…いいえ。彼は私の屋敷の使用人にも手を出したので。では、彼のことはこちらで」
「そう」
目の前の光景が、理解できなかったし、理解したいとも思わなかった。どうして、この男が、ここに。
「あぁ、クリス。ヘレンを探してとだけ言ったつもりだったんだけど、攫ったのねぇ。それに、彼の家の使用人に手を出したのですって? 野蛮なことをするのね」
「さーしゃ…?」
どうして、そんなことを言うのだろうか。全てはサーシャの為にしたことなのに。どうして。
「そんな危ない人を、ここに置いておくわけにはいかないわね。クリス、自分の罪は自分で償いなさい」
「サーシャ!?」
悲鳴のような自分の声がする。意識が飛びそうだった。
「サーシャ、サーシャ、何を、何を言って…全部、サーシャの為に…!!」
「そうなの? でも危ないことをしたら駄目じゃないの。少しだけエリザベスから話を聞いたけれど、ヘレン、とても怖い思いをしたそうよ?」
「それは! アレックスは、アレックスはどうなっているんだ!! 全部あいつが悪いのに!!」
「アレックスにはそれ相応の罰が下るわね。でも、実際に事を起こしたのは貴方でしょう? クリストファー…貴方、貴族というものがどんなものなのか、忘れてしまったの?」
まるで聞き分けのない幼子に対するような言葉遣いに、クリストファーはようやっと気づいた。気づいてしまった。
自分が、見捨てられたのだと。
「サーシャ、サーシャ! 違う、違うんだ! アレックスにヘレンを渡して、君と二人で幸せになろうとしただけなんだ!」
「まぁ…。クリス、貴方、平民なのよ? それに私は亡き夫をずっと愛しているの。貴方とどうにかなるわけ、ないでしょう?」
「――――」
クリストファーは、何も考えられなかった。
男…ノアの傍にいた女が自身の腕を縛ってきても、押されるようにして歩きだした自分を、憐れむように見ていたピーターを目にしても。
「……なん、で…?」
どうして、なんで。自分は、サーシャの為だけに生きていくはずで。ヘレンさえ渡しておけば、アレックスはサーシャに近づかなくなるはずで。
なのに、どうして。
どうして、自分は拘束されているのだろうか。どうして、自分はサーシャから離されているのだろうか。彼女の傍に、いなければならないはずなのに。
「…今までよく勤めてくれたと思うけれど…犯罪は駄目なのよ、クリストファー」
遠くでサーシャの憐れむような――そんな声、初めて聴いた――そんな声がして、クリストファーは現実から逃げるように気を失った。
******
「そう、ですか…」
あの後、ノアとエリザベス、ミーシャはマイヤー家へと戻った。意識を失ったクリストファーは拘束して馬車に転がしてある。このまま夢と現実の狭間にいたほうがある意味彼の為かもしれない。
そしてサーシャはやはり食えない人物だったのだとヘレンは思った。
彼女に会ったのは一度きりだ。彼女がヘレンを見たいという理由でアレックスの屋敷に連れられる前に会った一度きり。濃い色気を発する女性だと感じたが、それ以上に彼女には能力があったのかもしれない。ただ、バーゲンムートという国でなければ、彼女の能力は発揮されたのかもしれないが、そうはならなかった。
「クリストファーはカロリアンに連れていき、カロリアンの法の下裁きを受けてもらいます」
「えぇ、わかっております」
「そのため出来るだけ早くここを発つつもりです」
「わかりました」
祖母とノアが今後の予定を話し合っている。それと同時にヘレンの心臓が緊張からか大きく鼓動した。
「ヘレンは、どうする?」
「私……」
本来であれば、ノアと共に出ると即答するべきなのだろう。だが、何故か言葉は続かなかった。
「ヘレン、貴女はちゃんとドナルドたちと話し合いなさい」
「…わかりました、お婆様」
「ドナルド、貴方もちゃんと娘と話し合うのよ」
「はい……」
それは、きっと祖母がくれたチャンスなのだとヘレンは感じ取った。今まで互いに逃げ回って、ちゃんと話し合うことをしなかった家族への。
それが決別になるのか、和解に繋がるのかはわからない。だが、これを無駄にしてはいけないのだとヘレンは確かに思った。
「お姉さま…?」
「久しぶりね、カレン」
「~~~お姉さまぁ!」
翌日、アレックスは言葉通りにカレンをマイヤー家へと戻した。これ以上の面倒は御免だったのだろう。そしてヘレンは、久しぶりに見る妹に笑みを浮かべて迎え入れた。
「お姉さまっ、お姉さま!! 今までどこにいたの!? ずっと心配していたのっ…! わ、わたし」
「落ち着いて、カレン。お腹に赤ちゃんがいるんでしょう?」
「っ…」
カレンは涙をぼろぼろと零しながらヘレンに抱き着いた。そんなカレンをヘレンも抱きしめる。…ずっと昔、幼いころに戻ったような気になった。
「カレン、お帰りなさい」
「お婆様っ…!」
屋敷からは祖母や両親も出てきて、カレンを迎え入れる。
「カレンちゃん!!」
「アンドレ!!」
軽い足音を響かせながらアンドレアスがカレンに駆け寄った。カレンは実家に帰ってきたことにほっとしたのか、ようやく心からの笑みを浮かべた。
ふわり、と紅茶の香りが部屋を満たす。マリリンが淹れた紅茶がそれぞれの目の前に置かれた。その部屋には、マイヤーに連なる者だけが顔を合わせていた。
しかし祖母エリザベスは基本的に会話に加わるつもりはないのか、少し離れたところに座している。
「……お父様、お母様。私は……」
「へ、ヘレン…待ってくれ、ここに残ってくれないのか」
「どういうこと、お父様? お姉様はどこかに行ってしまうの?」
話を全く聞かされていないカレンが戸惑いの表情を浮かべる。ヘレンはうまく考えがまとめられておらず、何を言っていいのかわからなかった。
「カレン、これからは母上もここに住むことになる。アンドレの教育の為だ」
「お婆様も? なら、家族みんなで暮らせるようになるのね!」
「カレン……いいえ。私は……」
「ヘレン、やっぱり家族みんなで暮らしましょうよ? お義母様もいるし…前のように貴女にばかり負担をかけたりしないわ? ね?」
「お母様…」
ジャクリーヌが眉尻を下げながらヘレンに考え直すように言ってくる。アンドレアスは、そんな母を見上げたりヘレンを見たりしていた。
「貴女にばかり負担をかけてしまったことを、とても申し訳なく思っているわ……だから、せめてもう一度みんなでやり直すチャンスを…」
「ジャクリーヌ。それ以上は駄目だ」
必死になって言い募るジャクリーヌを、ドナルドが珍しく止めた。そのことに驚いたヘレンは、父を見る。
「…ヘレン。お前や母上…そしてロドリゲスに色々と言われて、気づいた。お前に過度な期待をかけておきながら、アンドレが生まれた途端にどうしていいか分からなくなってしまった……すべてのことを放棄して、アンドレばかりに構っていた…。ジャクリーヌ、カレン…ヘレンが病を発症させたきっかけは私たちにもあるのだ」
「それは…」
「……」
ジャクリーヌにもカレンにも自覚はあったのか、言葉に詰まる。
そしてヘレンは、父が自分のことを考えてくれたことに驚き、同じくしてそこまで父のことをちゃんと見ていなかったのだと理解した。
エリザベスはただただ紅茶を口にし、言葉を発さない。
「ヘレン……もう、この家の為に尽くそうなどとしなくてもいい…。本来であれば、貴族の娘であればそうしろ、と言うべきなのだろう…だが、お前は十分に頑張ってくれた。幼いころから、私たちの期待に応えるべく頑張ってくれたな…グリンデルにももっと褒めてやれと言われたのに、そうしなかった…。アンドレのことだって、お前は色々と物申したいことがあっただろうに……」
「ドナルド…」
「お父様…」
ヘレンは、呆けた。ずっとずっと、褒めてほしかった。頑張ったな、よくやったなと。それだけの為に、ずっと頑張ってきた。だけど、頑張れば頑張るほど次を求められて、どうしたらいいのか分からなくなってしまった。
その、過去が、胸に去来する。
「っ……」
ほろり、と涙が零れた。
「お姉様……」
「ヘレン…」
愛されていないとは思っていなかった。でも、どうしても胸の内にぽっかりと穴が開いていた。酷く、寒かった。
この時になってようやく、ジャクリーヌとカレンは理解した。ヘレンが何でもできる長女ではなく、ただ褒めてほしいだけの娘であり、姉であることを。そしてそのことに思い至らなかった自分たちのことを。
「ヘレン、ねー、さま?」
ほろほろと涙を零すヘレンに、アンドレアスが恐る恐る近寄ってくる。今まで厳しいことしか言わなかった人が泣いているのを見て、戸惑っているのだろうか、それとも心配してくれているのだろうか。
ヘレンはアンドレアスを抱き寄せると、涙声で小さく話した。
「アンドレ…貴方は、強くなるの…これから、たくさん悲しいことも辛いことも、絶対に、ある…だから、たくさん勉強して、強くなってほしいの」
「ヘレンねーさま…?」
「知識がなければ、蹂躙されるだけ…だから…」
ヘレンの弱弱しい様子に、アンドレアスは言っている意味は分からずとも神妙に頷いた。我儘ではあるものの、悪い子ではないのだ。だって、怖がっている相手が泣いていたら、戸惑いながらも慰めようとしてくれる子なのだから。
「お父様、お母様…私は、ノア様と共に生きたいと思います。私が、私らしく、在れる場所なのです」
「ヘレン…お前がそう決めたのであれば、止めない」
ドナルドは初めて父らしく、頼もしく言った。
何一つ、問題は解決していない。カレンのことも、これからのマイヤー家のことも。だが、確かに一つの蟠りは薄れた。長年の確執がこれだけで消えることはない。だが、それでも。
それを理解したのか、ジャクリーヌが静かに泣き始めた。カレンは、泣くまいと必死に涙を堪えているせいが顔が少しだけ険しい。
「今までずっと辛い思いをさせてすまなかった……。どこにいても、お前は私たちの自慢の娘だよ、ヘレン。何かあったら、いつでも戻ってきなさい」
「お、とう、さま……」
そうだ、その、一言が、どうしてもほしかった。
幼い自分が、両親に頭を撫でられながら頬を染めている。これ以上ない笑みを浮かべ、誇らしそうにしているその光景は、ヘレンの妄想だとわかっている。
二度と存在するはずのない光景。
それでも、少しだけ、救われたとヘレンは感じた。
読まれる方々それぞにご意見があるとは思います。
こんなに簡単にうまくいくはずない!と思われる方もいるとは思いますが、話し合わなかった家族が話し合ったら、という考えのもと書いております。(もちろんうまくいくことがないこともあると理解していますが…)
希望的な話ですみません…。




