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Everlasting  作者: 水無月
行きつく未来

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「奥様、来客です」

「あら、どなたかしら?」

「マイヤー伯爵家の者と…カロリアンのヴィノーチェ公爵家の方です」

「まぁ。待たせてはいけないわ? お通しして頂戴」

「かしこまりました」


 サーシャは、真っ赤な唇を弧にしながらうっすらと微笑みを浮かべた。妖艶な空気が一気に広がる。


「まぁ、そうなるわよねぇ…」


 サーシャは独り言ちる。こうなることはある意味想定内だった。そして同じくして、彼が自分可愛さにサーシャに丸投げするだろうことも。


「今までよくしてあげたのに、失礼なオトコ」


 彼のことは、簡単にいって扱いやすい人間だと思っていた。未亡人を癒してあげるのが自分の役目だとのたまっていたが、それしか能のない男、の間違いだろうとも。

 見目は悪くなかったし、後腐れのなさそうな男だと思って遊んでやったのに、女性を守ることなく自身の保身を考える男がこの先も社交界でまともに生きていけるはずもないことに気づかない馬鹿なオトコ。


「…でも、面倒ねぇ…」


 サーシャとて長く社交界にいる。貴族社会の裏表なんて知り尽くしたといっても過言ではないと思っている。だからこそ、面倒だった。


「クリストファーもやらかしてくれたわねぇ…。イイコだと思ったんだけど…」


 そういうサーシャの脳裏にクリストファーの姿が思い浮かぶ。ぼろぼろになった彼を興味本位で買って、そして躾けた。自分に心酔して何でもやる彼の存在を失うのは少しだけ痛手…かもしれない。


「ピーター、いるかしら?」

「はい、サーシャ様」


 サーシャは隣室に控えていただろう従僕を呼ぶ。この男も、自分が興味本位で買った男だ。だが、クリストファーとは違って心酔することもなければ適度な距離感を持って接してくる。そんな彼を、サーシャは気に入っていた。


「クリストファーはどこかしら?」

「彼ならばサーシャ様がお休みを与えたことにより自室にいるはずです」

「そう……」


 ピーターの淀みない返答に、うっそりと微笑みを浮かべる。ぺろり、と真っ赤な舌が唇を舐めた。


「ねぇ、オトモダチが去るのは、寂しい?」

「…友、であれば」


 不可解な質問にもちゃんと答えるピーターに、サーシャは満足したように微笑みを浮かべた。その笑みを見ても一切動じることのない彼に、サーシャはまともな人間って面白い、と思いながらも指示を出す。


「これからお客様のお相手をするわ。クリストファーを連れてきてくれるかしら。……そうね、三十分後くらいに」

「かしこまりました」


 きっとピーターには自分がこれからどうするのか、ある程度想像ついているのだろう。しかし、彼は何も言わない。まるで使用人の鑑だ。うん、何事もなければ彼はずっとこの屋敷に置こうとサーシャは考える。その頭には、すでにクリストファーの存在は消え去っていた。






*******





 馬鹿で、哀れで、寂しい奴だ。

 もし()をどう表現するのかとピーターが問われれば、迷うことなくその言葉を口にするだろう。それくらい、ピーターは彼を憐れんでいた。

 あいつは、ピーターのことを下に見ている。理由は簡単だ。主であるサーシャのお気に入り(・・・・・)の一人であることに自信を持っているのだろう。しかし、ピーターからすればそれのどこがいいのか分からなかった。


 サーシャという女性に出会ったのは、とある娼館だ。娼館といっても、女性ではなく男性がいる場所だが。ピーターは、貧しい村に生まれた。そして食料がなくなり口減らしのために売られた。よくある話だ。そして行き着いたのが娼館だっただけの話。栄養の足りていない体は、線が細いというわけのわからない理由で男たちに弄ばれた。時には、女も。

 唯一良かったことといえば、貴族御用達しの店だったため、衛生などはちゃんとしていたことくらいだろうか。そんな場所に、サーシャはやってきた。


『あら、可愛いコね? いくら?』


 そうして簡単に金で自分を買い、屋敷に置いた。サーシャは、とても高い身分の貴族だということはすぐに分かった。そして旦那に先立たれたことも、すぐに知った。

 てっきり娼館のようなことをさせられるのかと思えば、そうでなかったことに覚えた驚きは、今でも覚えている。

 サーシャには感謝している。ちゃんとした教育、食事をくれる。だが、いた場所が場所なせいか、サーシャに対して自分を救ってくれた救世主のようには感じなかった。


「馬鹿だな…」


 あいつ…クリストファーのこれからのことを想像して、少しだけ気分が悪くなる。クリストファーとは友人ではない。知人…くらいの関係かもしれない。クリストファーよりも長くサーシャの傍にいる自分を妬んでいることを、ピーターは知っていた。

 正直勝手に妬まれて敵視されても…という感じだったが、それでも似たような環境から来たという仲間意識は少なからずあった。…クリストファーは欠片も持っていないだろうが。


「クリス」

「…ピーターか。なんだよ」


 部屋の扉をノックして名を呼ぶと、苛立ちを隠そうとしない声音が返ってきた。


「サーシャ様がお呼びだ」

「!」


 部屋の中からドタン、バタンと音がし、勢いよく扉が開かれた。


「今どちらに!?」

「落ち着け。今すぐにではない。これより三十分後に応接室に来るように、とのことだ」

「!! わかった…! あぁ…! こんな格好ではだめだ…! 今から湯あみ…も時間がかかりすぎる…! ピーター、なぜすぐ言わなかった!」

「…とりあえず伝えた。必ず三十分後、だ」

「わかった!」


 ピーターの落ち着いた声音でもクリストファーは欠片も落ち着くことなくせわしなく部屋へ戻っていった。少しでも落ち着いていれば、ピーターの声の低さに違和感を覚えただろう。しかしクリストファーはサーシャのことばかりで何一つ気づくことはなかった。


「……馬鹿な、やつだ」


 閉じられた扉を前に、ピーターは低く呟く。そして心の中でひっそりと別れを言った。きっと、もう二度と会うことはないだろうから。

 だが、それをクリストファーに言うことはしない。彼は絶対に信じないだろうから。






*******






「こんにちは…。前触れもなくいらっしゃるなんて…とても良い教育を受けられているようね?」

「それは申し訳ありません。ですが、どうしても急ぎの用事がありまして…」

「あら、そうなの? まぁ、今回だけは目を瞑って差し上げるわ」

「感謝いたします」


 サーシャの屋敷の一室には、ノアとエリザベス、そしてミーシャがいた。本来マイヤー家当主であるドナルドが来るべきなのだが、ドナルドを信頼しなかったエリザベスが代理としてきたのだ。

 そして屋敷の主がゆったりとした動作で入室し、ノア達を見るとにこりと微笑を浮かべる。薫るような色気が立ち上ったような気すら起こさせる。


「サーシャ・ウェードル大公夫人、貴女にお伺いしたいことがありますの」

「あら、マイヤー家の。体調不良で臥せっていたと聞いていたけれど、元気そうなのね? 名前は、何と言ったかしら」

「お気遣い、ありがとうございます。申し遅れまして申し訳ございません、エリザベス、と申します」

「そう、エリザベス。それで、カロリアンの公爵嫡男が一緒に来てまで私に聞きたいことって、何かしら?」


 サーシャ・ウェードル。現バーゲンムート国王の異母妹であり、今は亡きウェードル侯爵に降嫁した過去を持つ元王女。夫が亡くなった後から、その家にある莫大な財産をもとに暮らしていると有名だったが、それよりも有名だったのが彼女の浮名だった。

 サーシャは、子が出来ない。兄である現王が王太子の時、彼を狙ったはずの毒物が間違ってサーシャに盛られた。生死の境目を彷徨った彼女はなんとか一命をとりとめるものの、後遺症からか子が出来ない身体となってしまったのだ。


「……サーシャ様、先日、私の孫がカロリアンにいるところを、攫われまして」

「まぁ…ご無事なの?」

「はい。身体に問題はありませんでした」

「そう…よかったわね。それで?」

「アレックス・ファフニールが貴女様にヘレンの行方を探すよう頼んだと吐きました。……サーシャ様、こちらにクリスファーを囲っておいでですね?」

「―――」


 エリザベスはサーシャの顔を観察せんばかりに見詰めた。しかし、少しでも動揺が見られるかと思った彼女の表情は、一切変わることがない。そのあまりの変化のなさに、言い逃げされるのだろうか、とエリザベスが不安になり始めると。


「そうねぇ…アレックス、あの男も、最低ね?」


 ふふっと微笑みすら浮かべながら言うサーシャに、その場にいた誰もがぎょっとサーシャを見る。


「まぁ、こうなることは大体分かっていたわ。いるわよ。貴方たちにあげるわ」

「!?」


 サーシャは詰まらなさそうに指先を見ながら、なんて事のないように話す。


「私はあの子に、ヘレンを探して、とは言ったわ。でも、攫って、なんて一言も言っていない。攫ったのはあの子の独断よ。でも、私も主としての責任はあるでしょうから…そうね、慰謝料はお支払いするわ」

「っ…! サーシャ様! 私の孫が、危険に晒されたのですよ!? そんな」

「あら、ならどうしたらいいのかしら? でも、私を罰することはできないことくらい、理解しているわよね?」

「っ……」


 サーシャの言うことは、まさしくその通りだった。クリストファーの主だとしても、サーシャ自身には何一つ手を出せない。それがバーゲンムートで、そして、彼女はバーゲンムート国王の異母妹なのだから。毒の一件以降、国王がそれとなく異母妹を気にしていることは誰もが知っていることだった。


「…ちょっと意地悪だったわね。これでも少しは悪かったと思っているのよ? 私にできることはクリストファーをあげること、アレックスに対する支援を打ち切って、それを社交界に流すこと。これじゃあ、駄目かしら?」

「…いいえ、十分です」


 サーシャの言葉に反応したのは、ノアだった。


「あら、いい男。ノア・ヴィノーチェね?」

「私のことまでご存じとは…大公夫人、貴女様の広い視野、そして寛大なる対処に感謝いたします」

「いいのよ。ヘレンにも悪かったと伝えて頂戴」

「はい」


 

 ノアは、サーシャという女性の評価を変えた。最初はアレックスに溺れる哀れな女性かと思いきや、全くそうではない。正直、自身の母に通ずる部分があるとすら感じていた。

 サーシャは、きっと最初からこう(・・)なることが分かっていたのだ。だから、ああも簡単に対処できたのだろうと思っている。

 それが、アレックスを要らなくなったからなのか、クリストファーを捨てたかったからなのかはわからない。だが、何一つ未練のない顔を見るからに、予め想定していたのだろうと思う。


「……とても恐ろしいお方だ…」


 ノアの思わず零した声を拾ったのか、サーシャは真っ赤な唇で笑みを浮かべた。



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