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16話から投稿しております。
いつも感想・評価・誤字脱字報告をありがとうございます。
全て有難く読ませていただいております。(返信できておらずに申し訳ございません…)
色々と突っ込みたい部分があるかとは思いますが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
「やぁ、ヘレン。久しぶりだね。元気そうで本当に良かったよ」
「……」
翌日、ヘレンは見たくもなかった顔を見ていた。
「そんな仏頂面をしないで? 折角美人に生まれたのだから、笑顔で迎え入れるくらいの度量が欲しいな」
「…どうして、私を」
「どうして、かぁ。まぁ、答えるのはやぶさかでもないんだけどね?」
アレックスは、昔と何一つ変わらない笑みを浮かべていた。クリストファーのことは嫌いだが、彼と一つだけ分かり合えることがある。アレックスに嫌悪感を持つことだ。
「私を連れ戻して、どうするつもり?」
「うん、気になるだろうね。そういえば、カレンが僕の子を妊娠したことは知っている?」
「……」
「その様子だと知っているみたいだね。まぁ、その間、私はカレンに気を遣わなくちゃならなくてね。ここの女主人ともそうしだし、他のご婦人ともそう簡単に会えなくなるんだよね。そうすると、私を支援してくれている人たちからの支援が少なくなる。そうなれば、カレンも困るだろう?」
そもそも支援を当てにするなとヘレンは返したかったが、情報を得るために黙り込んだ。
「でもさ、私だって男だ。カレンが出産するまでの間、何もしないなんてことは出来ないし、したくない」
「…カレンを、愛しているのではないの」
「愛しているさ? でも、生理現象は仕方ないよね」
平然と浮気発言をするアレックスに、自分の手元に武器があれば一撃与えてやるのに、とヘレンは思った。自分が良くないことをしたことは理解している。だが、それ以上にアレックスは嫌悪感を感じさせた。
「カレンが出産するまでの間、君が私の相手をしてくれたらなぁってね。それにほら、カレンにとっては他人じゃないだろう? バレたとしても許してくれると思うし。それに、色々と傷がある君を養うって名目でマイヤー家から援助も見込める」
「…最低ね」
「あははっ。思ったよりも元気だね。良かった良かった」
にこにこと笑みを浮かべるアレックスは、一瞬で表情を変えた。そのあまりに変化に、ヘレンは一瞬息を呑む。
「逃げようだなんて思わないでね? そもそも君が逃げ出したのがいけないんじゃないか。あの時さっさと私の元に来ていれば良かったのに」
「っ誰が、貴方なんかと…!」
「あれ? カロリアンで好きな人でも出来たのかい? でも残念。ヘレンはこれから私の元で暮らすんだよ。カレンの為にもね」
「―――!」
「カレンね、妊娠しているっていうのに少し精神面で不安定なんだ。彼女曰く私が他の女性の元に通うのが悪いって言うけど、結婚するときにちゃんと話したのにね。それに夫人たちのお茶会に行って勉強しているはずなのに、まだ覚えてくれないんだ」
「……」
そんなこと許容できるはずがないだろうとヘレンは思う。ヘレンとて同じ両親のもとに生まれたのだ。カレンと同じように結婚した相手とは相思相愛でいたい。相思相愛が望めないのであれば、互いの意思を尊重する関係が欲しい。しかし、アレックスにはそれが理解できないらしい。
「でも私の子が流れてしまうのは困る。だからカレンを安心させたいんだ。大丈夫、カレンが子を出産した後に会わせてあげるよ? まぁ、秘密は増えるかもしれないけど、いいよね?」
「そもそも、それが嫌だということが、どうして理解できないの…!?」
「嫌かい? でも、君に選択肢は与えていないよ」
アレックスは笑みを消した。
「ヘレン、君のせいで、マイヤーもてんやわんやだ。アンドレの教育はうまくいっていないし、その所為で夫妻もギスギスしている。このままだと、アンドレは当主として失格っていう烙印を押されるだろう。そうなれば、マイヤー家は跡取りが不在になったということで貴族籍をはく奪されるかな?」
「……」
「でも、私たちの子が男であれば、アンドレが病に倒れたことを理由に養子に出すこともあるかもね? まぁ、もう二・三人子供を産んでもらってからになるだろうけど。義父上にはそれまで頑張ってもらえればいいよね」
「…それなら、私がっ…!」
「一度全てを捨てた君を、誰が信じるんだい?」
「っ―――!」
アレックスの言葉はヘレンにとって痛いものだった。確かに、一度逃げ出した人間を受け入れるほどバーゲンムートの貴族社会は甘くない。いくら父であるドナルドが情報を隠匿しようとしても、絶対にばれないということはない。
ヘレンは、すでにバーゲンムートの貴族社会に身の置き場などどこにもないのだ。
「それにサーシャから少しだけ話を聞いたけど、君のせいで使用人一人の人生が変わっちゃったんだろう? それであちらに戻れると本当に思っているのかい?」
「っ……」
それをどの口で言うのかとヘレンは言ってやりたかった。そもそもアレックスさえヘレンを探すように言わなければ起きなかったことだというのに。
しかし、ヘレンにも少なからず自分の所為だとは感じていた。
ヘレンがもっと早くに、過去と向き合うことができていれば。そうしていれば、アレックスがヘレンを求めることなどなかったかもしれない。後悔ばかりが、ヘレンの胸中に去来する。
「とりあえず、カレンには君の存在のことはまだ秘密にしておくよ。安定期に入るまではね。その間、ヘレンは私の相手をしてくれていればいい」
「だれがっ……!」
死んでも、嫌だと思った。誰が、妹の旦那と同衾したいと考えるのか。それ以前に、アレックスの性格が、考え方が嫌で逃げ出したというのに。
「そんなことを言っていいのかな? 君が私の相手をしてくれないのなら、他の女性のもとに通うだけなんだけどね。そうなったとして、カレンは平静でいられるのかな?」
「……貴方の、子でしょう…!?」
ヘレンは、アレックスが何を言いたいのかを察知し、そのあまりの外道さに絶句した。彼は、ヘレンが相手にしなければカレンの子が流れる可能性を示唆しているのだから。
嫌悪の表情を浮かべるヘレンに、アレックスはにこりと笑う。
「あはは。いいね、その顔。私のことが嫌いで仕方のない表情…。その顔を快楽で染めるのも、楽しそうだよね」
「っ」
「逃げ出そうなんて、考えないでね? そうなったら、カレンもそうだけどマイヤーがどうなっても知らないよ? 私には、結構知り合いが多いんだ。…クリストファーみたいな、ね」
逃げたい、そうヘレンは切実に思った。しかし、逃げられない、とも。自分が逃げれば、カレンも、その腹にいる子もどうなるかわからない。確かに逃げ出したとはいえ、ヘレンにとっては大切な家族に変わりはない。憎くも、愛しくも思っているのだ。
「……地獄に落ちるわよ」
ヘレンは、それだけをようやっと口にした。その一言に、アレックスはとろりと笑った。
「それも、悪くないね」
******
「……とりあえず、ヘレン嬢の安全は確認取れた…。それにしても、屑みたいな人間しかいないのか、バーゲンムートには…」
ゼニアは独り言ちながら、闇夜に身を隠した。
ノアとミーシャと別れ、その数日後にはヘレンがいるだろうと馬車を見つけたゼニアは、ミーシャの指示通りに身を隠しながら後をつけていた。
相手が手練れを雇っているかもと心配したが、見ている限りでは少人数で動いているようで、正直に言って楽に尾行ができた。
先にバーゲンムート入りしているだろうミーシャの安全を祈りつつも、その眼は目の前を走る馬車から外すことはない。
そうして何日過ぎただろうか。馬車がひっそりと佇む屋敷へと吸い込まれるようにして進んでいく。ゼニアは最初、その屋敷にヘレンの家族がいるのかと考えた。できる限り息を潜め、ほんのりと光を漏らす窓へと近づく。
結局、そこにはヘレンの家族と名乗る人物はいなかった。だが、中にいた人物たちは重要人物だろうと思ったゼニアは、すぐさまミーシャに伝えるべく鷹を飛ばす。
さらにその数日後、ヘレンは馬車で移動させられ、最終目的地であろう屋敷に到着した。
「あんな人間が周りにたくさんいたのであれば、それは逃げ出したくもなる…」
一つ目の屋敷では、女性とクリスと思しき男がいるのは確認できた。しかしあまりにも暗くて、何を話しているかまでは確認できていない。しかし二つ目の屋敷では、ゼニアの特技の一つである読唇術が役立った。
「あの時は吐きそうなほど訓練させられたが…こうして役に立つとは…。やっぱりミーシャ様の慧眼だな!」
今でも思い出したくないほどの厳しい訓練だったが、こうして実を結ぶと不思議とやっていてよかったと感じる。
そこまでいろいろと考えたゼニアは、一転して真面目な表情になった。
「……とりあえず、ミーシャ様には尾行し、ヘレン嬢の身の危険が及ぶまでは静観しているようにと言われた…。それならば、新しい指示がくるまではここで待機…で大丈夫か」
先にバーゲンムート入りしたノア達には居場所を先ほどノックスにて伝えてある。それに、先に入っているということは何かしら考えがあってのことだろう。個人的にはヘレンに対する対応のこともあって、ヴィノーチェには不信感がある。だが、それでも彼らが有能であることには間違いない。
何よりミーシャがそれを許可してるのだ。彼女の下である自分が意見するわけにもいかない。
「……早く来てくれると助かるな…」
流石に何日も一人で警戒するのはしんどいものがある。せめてもう一人連れてくるように指示してくれればよかったと、ゼニアは今更ながらに思った。
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「……どう、いうこと…、ダン…」
「っ…申し訳ございません…!」
エリザベスは、起き抜けに与えられた情報に、言葉をなくした。自分が知らないだけで、そんなことが起こっていたなんて…と、エリザベスは顔色を真っ青にする。
そんなエリザベスの真正面には、同じく顔色をなくし、表情を強張らせた執事のダンが直立不動している。
「あぁ……なんて、こと…!」
まさか、ヘレンが生家に戻って、そのあとに出奔していたなんて。しかも、それをダン達はヘレンからの手紙で知っていたなんて、酷い裏切りのように感じた。
それと同時に、自分の体調を慮ってくれたのだとは理解している。だが、それ以上に悲しく思った。どうして、もっと早くに言ってくれなかったのだと。
ダン達が言わなかった理由など分かっている。ヘレンが立ち直ったことによって、気を張っていたエリザベスの体調が崩れたからだ。その所為でカレンの結婚式にすら顔を出せなかったのだから。だが、今となれば無理をしてでも行けばよかったと思う。そうしていれば、ヘレンの不在など気づけただろうに。
エリザベスが後悔から気持ちを悪くした。
そんな時に、来客を知らせるベルが鳴った。
突っ込みたい部分がある場合、個人的にメッセージを頂けるととても助かります……!




