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Everlasting  作者: 水無月
行きつく未来

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「へぇ、見つかったんだ…どこにいたって?」

「カロリアンだそうよ」

「そんなとこに…道理で簡単に見つからないわけだ…。ありがとう、サーシャ。貴女のお陰で見つけられたよ」

「いいのよ。それに、見つけたのは私の可愛い子だもの。褒めるならその子にしてあげて」

「そうだね」


 アレックスは、サーシャからの報告にほくそ笑んだ。カレンが懐妊したことにより、マイヤー家は数少ない吉報に沸いている。そんな中、ヘレンが見つかったと連絡すれば、さらに喜ぶだろうことを想像して。

 しかし一つだけ懸念がアレックスにはあった。カレンから懐妊報告を聞いて以来、彼女の様子がおかしいのだ。その時にも話したのだが、アレックスにはカレン以外に彼の子供を産ませるつもりなどない。それだというのに、どうして彼女はあそこまで怒るのだろうか。


「そういえばサーシャ、カレンが子を授かったんだ」

「まぁ! 喜ばしいことね。おめでとう、アレックス」

「ありがとう。でもね、カレンは私が他の女性の元に通うのが嫌だと未だに言うんだ…。夫人たちのお茶会には参加しているはずなのに…どうして理解してくれないのか…」

「アレックス…人それぞれに別々の考え方や理想があるのよ…。きっと貴方の奥様もそれと一緒。でも長く共に過ごしていたら、きっと分かり合えるはずよ」


 アレックスはサーシャの言葉にそうか、と頷いた。確かに、カレンと結婚してから彼女のことを大切にしていたつもりだが、ずっと共にいたわけではない。それに執事からは妊娠初期の女性の精神面を守らなければならないとも言われた。


「執事から聞いたんだけど、妊娠中の女性に精神的な負担をかけると子が流れやすくなるって本当?」

「そうね…。とてもデリケートな問題ね。少なくとも奥様が不安に思いすぎて食事が摂れなくなったりすれば、流れやすくなる可能性は高いわ」

「そうなんだ…。サーシャ、私は当分の間カレンの傍にいることにする…。でも、たまには会いに来たいんだが構わない?」


 折角できた子が流れるのだけは回避したかったアレックスはそうサーシャに提案する。だが、絶対に来ないという選択肢だけは彼にはなかった。

 アレックスにとって、未亡人の女性を慰めることは息をするのと同じくらいに生活に必要なことだ。だが、それと同じようにカレンのことも大切に思っている。


「そう…そうしてあげたほうがいいわね。大丈夫よ、アレックス。私は暇な未亡人ですもの、いつまでも待つわ」

「サーシャ…」


 そうだ、この物分かりの良さが、カレンには足りない。子が産まれ、落ち着いたらサーシャとカレンを会わせるのもいいかもしれない。サーシャであれば貴族女性の在り方というものをカレンに教えてくれるだろう。

 だがまずは。


「なら、今日はたくさんお慰めしないとね」

「ふふっ…悪い人」


 当分の間会えないのであれば、せめてその間の慰めるための思い出をつくろうと決め、アレックスはサーシャの豊満な体に手を伸ばした。






*******






 ヘレンは夢うつつでいた。見る夢は悪夢ばかりで、涙が止まらない。幼いヘレン(自分)は何度も出てきた。そして、ヘレンの手によって死んでいった。何度も、何度も。

 ただ、一つだけ気づいたことがあった。


”だから、駄目なのよ”


 そういう彼女の表情が、どことなく悲しそうな…仕方のない子を見るような、そんな表情をしていることに気づいたのだ。…気のせいかもしれないけれど。


「ヘレン、もうすぐ着くよ」

「……」


 飛ばしに飛ばしたのだろう。ヘレンがカロリアンに来るよりもずっと短い時間でバーゲンムートに入ったようだった。そのころにもなると、ヘレンの体はクリストファーによって与えられる薬に慣れるようになっていた。


「……ヘレン、光栄に思うといいよ。私の大切な人が君に会いたいってさ」

「……ど…して…」

「そんなこと、私がわかるはずもないだろう? だが、あの人のやることに間違いはないよ」


 そして、クリストファーは異常なまでに彼の言う”大切な人”に依存していることがわかった。最初は薬で朦朧としていて、その異常さに気づけなかったが、彼の行動の根底には”大切な人”の存在があった。


「……どうして、そこまで、するの……見つかれば、貴方は、罪に…問われるのに…」

「あははっ、君が知る必要はないよ…でもね、そうだな…」


 クリストファーは浮かれているのだろうか、にこにこと笑いながらヘレンの顔を覗き込んだ。


「”彼女”は、私にとって全てだからだよ。あの人のお陰で、私は生きていける。あの人と一緒に幸せになることが、私の全てだからだよ」


 熱に浮かされたように、歌うように話す彼の気持ちを、ヘレンは理解できなかった。本当に大切だというのであれば、罪の片棒を担ぐことがいいことなのか。


「まぁ、君に理解してほしいなんて欠片も思っていないから大丈夫だよ。そうだ、これからの君のことを話してあげようか。君との旅もここまでだし、もう二度と会うこともないだろうしね。アレックスはね、私の大切な人の情夫なんだよ…。でもあの人には私だけがいればいい。だから、君にはアレックスの興味をずっと引いていてもらわないと困るんだよね」

「そんなこと、できるわけ……」

「それに君のご両親も、君のことをずっと探しているんだ。そんな中、君が見つかればどうなるかなぁ。それに、アレックスが君を見つけたとなれば、マイヤーはアレックスに対してとてつもない恩義を感じるだろうね!」


 それはそうかもしれないが、マイヤー家にヘレンの居場所はない。だからこそ逃げ出したのもある。そんなヘレンのことを理解しているのか、クリストファーはわざとらしくもあぁ、と声を漏らした。


「でもさ、君は家族から逃げ出したわけだし? そんな君を欲しがる家なんてないだろうね。だとすれば、アレックスが君を引き取るのが一番いいかもしれないね。マイヤーに戻るのもありかもしれないけど、出来ないだろうしね」

「そんな、こと…」

「戻れるの? 全てを捨てたくせに?」


 彼の言葉に、ヘレンは一瞬息を止めた。戻れるか、と問われれば、戻りたくないというのが本音だ。だからと言って、アレックスのところに行きたいわけもなく。


「助けは来るのかな? でも、もしヴィノーチェの人間が来たとしても、ここはバーゲンムートだよ。彼らがカロリアンでどれだけ力を持っていたとしても、ここでは意味を成さないだろうね。あぁ、ヘレン、君の未来はとても…いいね」


 にたりと微笑むクリストファーの瞳には、狂気が宿っていた。


「ど…して、こんな…」

「どうして? 簡単な話だし、気づかなかった? 私は君のことが大嫌いなんだよ」


 それは、彼の言葉の端々から何となくわかっていた。言葉こそ柔らかく親しみを帯びたものではあったが、彼の瞳はいつだってヘレンを嫌悪していた。


「生まれてから何の苦労もなく生きてきたヘレン。君は知らないだろう? 汚泥を啜りながら惨めに生きることも、身体を売らされることも、何も知らないヘレン。それだというのに、君は自分がまるで悲劇の主人公のように振る舞って…あぁ、なんてむかつくんだろう。それでいて、全部捨て去って逃げ去った哀れな主人公…本当に腹立つよね」


 クリストファーの表情は、嫌悪も露わにヘレンを嘲っていた。彼は、本当にヘレンのことが嫌いなのだろう。そして彼の言っていることは、ヘレン自身が自分に対して思ったことでもあった。

 頑張った自分を認めてもらえないからといって、殻に引きこもった。頑張ろうと思った矢先、自分を売られそうになって逃げだした。まるで、自分が悲劇の主人公のようだと思った。

 

「あぁ、本当に苛つく。…君は、まるで私のようだ」

「あなた、の…?」


 ヘレンにはクリストファーの言っていることが良く理解できなかった。どう考えても、ヘレンとクリストファーに似ているような部分はない。

 そんなヘレンの考えを読み取ったのか、クリストファーは笑みを消した。しかしヘレンの問いに答えるつもりはないのか、御者台のほうへ身体を向ける。

 カリカリと爪を噛んでいる様子は、初めて見た。だが、それほどまでに彼にもストレスが溜まっているのだろうことが窺い知れた。


「あぁ、早く帰りたい……こんなにも長い間離れているなんて、想定していなかった…」


 心底疲れたとでも言うように零すクリストファーに、ヘレンはこれからのことを想像して、微かに身を震わせた。






******





「……本当に休みなく進む…」


 ゼニアは馬を走らせながらぼそりと零した。その傍には誰の姿もない。

 あの後、いくつか村を確認したのち、ゼニアたちはヘレンが乗っているだろう馬車を確認した。御者台にいる男はその場を離れなかったために実際に乗っているところは確認できなかったものの、アマリーの言っていた人物とそっくりな男が馬を替える手配や食料を三人分手配していたりしているところから、かなりの確率で当たりだろうとつけた。

 ゼニアとミーシャの意見も一致したことにより、今はゼニアが当初の予定通りに馬車を監視している。


「……ヘレン嬢に無理をさせていないといいけど…」


 彼女が馬車から降りている姿を見たことはない。馬車の中にどれだけ前もって準備をしてたのだろうか。そのことから、念入りにヘレンを攫う手はずを整えていたことを知る。

 これだけ飛ばしている以上、ヘレンに対して暴行を加えているとは思えない。だが、彼女の姿が見えないことから何かしら薬を盛られているのだろう。だとすれば、前もって話していた通りヘレンを今ここで救うわけにはいかなかった。

 相手は男二人。何もなければゼニアでも善戦するかもしれないが、まともに動けないかもしれないヘレンを守りながらは分が悪かった。


「やはりミーシャ様の慧眼は素晴らしい……」


 きっとこういうことも見越しての指示だったのだろう。だからこそ、ミーシャについて行こうと思えるのだ。もちろん、隊長のことも尊敬しているが。

 ゼニアは背嚢から保存食を器用に取り出し、がじりと噛んだ。栄養価と腹持ちの良さだけで選ばれているそれは、正直に言って美味しくない。


「……全部が解決したらヘレン嬢も誘って食事に行こう…」


 ゼニアは絶対にそうしようと心に決め、咀嚼しながら馬車の後をつけた。





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